落書き「慶安夜話」
※自分の原点を探る習作。お目汚し失礼します。
蘭丸の元には押しかけ女房のねねがいる。
「蘭丸様、早く起きなさい!」
朝からねねの金切り声が長屋に響く。蘭丸は眠い目をこすりながら起きてくる。長い黒髪の美しい青年で、長屋ではひそかに話題の種だった。
「それでね、蘭丸様ったら……」
ねねは長屋の女房衆と井戸端会議だ。明るく軽い美人のねねは、来たばかりだというのに早くも人気者だ。
そして、蘭丸はといえば、
「ーー行ってくる」
夜に蘭丸は刀を鞘ごと握って長屋の自室から出た。
「御武運を」
ねねも普段の明るさを潜め、貞節な妻であるかのように蘭丸を見送った。
「え、やだ、妻だなんて…… いやん!」
恥じらうねねを置き去りにし、蘭丸は夜の中を行く。鞘の中で刀身がカタカタと揺れていた。
魔を降伏するーー
それが蘭丸が天から与えられた使命であった。
あるいは、それが人を斬った償いであった。
因果応報、自業自得。その理は真実だ。
ーーウシャア~……
果たして蘭丸の行くところ、夜の闇には魔性が潜んでいた。
それは女の姿をしていた。着物姿の女が、武家屋敷の屋根で猫のように蠢いている。
「来い」
蘭丸は刀を抜いた。彼は死を覚悟していた。握った刀の刃には、無数の女の姿が刻まれていた。
ーーウシャアー
屋根から女が蘭丸へ飛びかかった。猫科の肉食動物さながらの、身震いする襲撃だ。
蘭丸の振るった刃が閃き、夜空に鮮血が舞い上がった。女は体を一刀両断にされていた。地に落ちた体は、塵と化していく。
「次は…… 次は何処だ?」
全身汗に濡れた蘭丸は刀を鞘に納めた。彼は魔を降伏する、それは人を斬った償いなのだ。




