翔べ! 独孤伽羅!
「伽羅! エースを狙え!」
楊堅は自分に嫁いだ娘を見つめた。
王族としての孤独に満ちた彼は、同じく宮廷で孤独の伽羅にシンパシーを感じていた。
「はい、コーチ!」
伽羅もまた楊堅にシンパシーを感じていた。彼女の人生が女の幸せを掴み取るための戦いであるように、楊堅もまた平和を維持するために戦うのだ。
そして楊堅は伽羅の居場所を作るために、宮廷のアスリートを集め、スポーツの祭典を開催する事にした。
お色気満載の悪女にして伽羅の姉である曼陀は、
「どういう事……?」
と目を丸くしていたが、得意のバトミントンの競技会に参加するために、宮廷の運動場で汗を流す。
まだ十四歳の伽羅は、日々のトレーニングの中で楊堅との絆を育む。
それは愛を越えた鋼の綱――
当時としては珍しい、一夫一妻制を貫く礎となった。
そしてスポーツの祭典当日は来た。
(私は私を信じる!)
伽羅は自身を信じた。
砂浜でのタイヤ引き、神社の長い登り階段でのウサギ飛び。
足元に汗が水たまりのように溜まるほどの、ウォーターバッグへのコンビネーション打ち。
大樹に帯を巻きつけ、ひたすらに繰り返した打ちこみ……
それらの思い出は、楊堅と共有する記憶である。その絆あらばこそ、伽羅は楊堅と共に未来に羽ばたいていけるのだ。
そして伽羅は武術大会に参加する。
大会には宮廷で評判の美女にして「三巨頭」と称される三人も参加する。
三国志の英雄、関羽の子孫と称する関氏(197cm、95kg)。
関羽の義弟、張飛の子孫を自称する張氏(202cm、105kg)。
更に三国志最強武将、呂布の子孫である呂氏(212cm、121kg)……
楊堅もビビりまくる宮廷の三美女達に対する伽羅は145cm、体重は秘密。
誰の目にも伽羅の不利は明らかだが、伽羅に怯んだ様子はない。
「こじゃんときいや!(※全力で来い!的な意味)」
レオタードに似たリングコスチュームの伽羅はロープに手をかけ、一息に飛び越えてリングに舞い降りた。
対する張氏は不敵な笑みを浮かべている……
――カァーン!
開始のゴングと共に伽羅は突っ込んだ。
そして跳躍し、身をひるがえす。
「おお!」
歓声に湧く観客。伽羅のフライングニールキックが、張氏に炸裂した。この奇襲には関氏も呂氏も驚いていた。
「この……」
さほど効いた様子のない張氏が、両手を伸ばして伽羅につかみかかる。
その一瞬をついて、伽羅は張氏の懐に飛びこんだ。
「だああああ!」
伽羅は張氏の右腕に抱きつき、体を回して背負って投げた。
ダダアン!
張氏は受け身も取れずに、背中からリングのマットに叩きつけられた。
後頭部をマットに叩きつけられた衝撃で、張氏は目まいがする。彼女がヨロヨロ起き上がってくる間に、伽羅はロープへ向かって小走りに駆けた。
そして、ロープの反動の勢いも借りて戻ってくると、張氏へフライングクロスチョップを叩きこむ。
「ほげえー!」
ヨロヨロ後退した張氏は、ロープの隙間から場外へ落ちた。宮廷で評判の美女にして大酒飲みの張氏だから、そんな様子にも愛嬌があった。
「翔べ! 伽羅!」
賓客席から試合を見つめる楊堅は立ち上がって叫んだ。曼陀と、顔を般若の面で隠した謎の女も伽羅の試合に注目している。
「当たれえー!」
伽羅は助走してロープを飛び越え、場外の張氏へ向かってフライングボディプレス(いわゆるプランチャー)を敢行した……
伽羅は敵に向かって翔ぶのではない。
楊堅と共に、未来に向かって翔ぶのだ。
〈了〉




