密林の皇后・曹節
曹操が死去した後、魏王となった曹丕は献帝に禅譲を迫らんとした。
が、曹丕と部下達が献帝の宮殿を訪れると、そこは魔宮と化していた。
ーーがー、がー
ーーぐえー、ぐえー
見た事もない鳥が宮殿の敷地を飛び回っている。
敷地内は緑あふれる密林と化していた。
気が狂いそうな湿気、熱病、毒虫……
これは献帝の妻たる曹節が、来るべき審判の日〈ジャッジメントディ〉を阻止せんと、敷地を密林に変えたのだ。
決して禅譲などせぬという曹節の覚悟が現れていた。
ーーア~、ア~、ア~
そこへ現れたのは、獣の皮をまとった曹節だ。
彼女は艶かしい肌を大部分露出させた姿で、木のツタを利用して林の中を高速移動してきたのだ。
「は!」
そして曹節は高い枝の上に立ち、そこから曹丕を見下ろした。
「玉璽は渡さないから!」
そう言って、曹節は再び木のツタを伝って、密林の彼方に消えていく。
まるで野生の女豹のごときワイルドな美しさであった。
「お、追いかけろー!」
曹丕は武官を率いて密林へと侵入した。
しかし、そこは人跡未踏の異世界に等しかった。
「に、逃げろー!」
曹丕らは大蛇に襲われ、命からがら逃げ延びた。
更に密林を進めば、曹丕らは未知の巨人と遭遇した。
ーーゴッ、トッ、コッ……
奇怪な呼吸音を響かせる巨人の身長は12尺(※当時の一尺は23cm、約276cm)にも及んだ。
この巨人は南蛮から連れてこられた異民族なのか。兵士達は死に物狂いで火矢を放って、巨人を追い払う事に成功した。
更には西方から連れてこられたという巨大な生物、象までもが、この密林には潜んでいた。
象の背には南蛮人が座している。彼が呪文を唱えれば、空はにわかに暗くなり、密林に激しい雷雨が降り注いだ。
「うわあー!」
曹丕は生きた心地もしなかったが、それでも配下を引き連れ、密林を進んだ。
ここまで来れば、禅譲は関係ないように思われた。
今を生きるーー
それこそが人間の全てであるかのように思われる。
同時に、他者を助ける。
それができて、初めて人間は人間たりうるような気がする。
自分のためだけに生きるのは、共食いする畜生に等しく、また虚しかった。
曹丕の父は何を思って乱世を駆け抜けてきたか。
父の思いに心を馳せるのもまた、曹丕には必要な事であった……
宮殿に到着した曹丕一向。
入口では猛獣を従えた曹節が、腰に手を当て兄の曹丕を見つめていた。
曹丕配下の兵士らは、曹節の艶姿に見惚れていた。
動物の毛皮で胸元と腰回りを覆ったのみの曹節。
肩のラインにくびれたウェスト、長く伸びた脚線美の艶かしさ。
ワイルドな美女であった。彼女のイメージが、後に三国志演義にて祝融夫人として伝わったのだろふか。
「玉璽はくれてやるふわあー!」
曹皇后は玉璽を直球ど真ん中で曹丕に投げつけた。腹部に玉璽を食らい、曹丕はくの字に体を折って悶絶した。
だが、曹丕は玉璽を手放しはしなかった。
「や、やったぞ、俺が皇帝だー!」
曹丕の精神は、一時は徳の高みへ達したが、玉璽を手にいれて再び、欲に濁った。
こうしてーー 禅譲が行われ、漢は滅び、魏の国が立った。
「ふん」
面白くなさげな曹節。彼女の白い肢体がセクシーだ。
大義を知る曹節だが、彼女一人で魏を相手に戦えるものではない。
あえて一矢を報いただけでも美しい生きざまであった。
後日、蜀の劉備が皇帝となった。伝国の玉璽を手に入れたからだ。
「いやあ、すいませんね~ 漁してたら網に引っかかったんです~」
諸葛孔明の元へやってきたのは、女の漁師であった。
「ほほう、これは恐らく今の玉璽(※曹丕が持っている)が作られる前に洛陽の大乱の際に失われた本物の玉璽に違いない」
諸葛孔明は台本に目を通すがごとく、棒読みでつぶやいた。
劉備が帝位に就いたのは、諸葛孔明の神算鬼謀か、はたまた曹節の暗躍であったか。
歴史の闇に光が差し込まれる事は、ほとんどないのだ。
お わ れ




