闘姫伝 炎の寵姫
ーー始皇帝の母、趙姫は歌姫であったといふ。
趙の都、邯鄲に満ちるのは、麻薬にも似た興奮の熱気だ。
人々は夜の中に刺激を求める。
あるいは生きる答えを探しているのかもしれぬ。
何にせよ、今宵もとある酒場には歌姫の美しき姿がある。
ーーガシャアアアン!
酒場の天井から吊るされていた金網が床に落ちた。
金網は四角いリングの四方を取り囲むようにそびえ立っている。
ーー二人が入り! 出るのは一人!
ーー二人が入り! 出るのは一人!
観客達の声が広い酒場の中に響き渡り、耳が張り裂けんばかりであった。
この金網の中で繰り広げるられる死闘に、誰もが正気を失っているように見受けられる。
「はあ!」
トップロープに手をかけて、一息にリングに降り立ったのは、長い黒髪の美女ーー
趙姫である。舞踏会の美しき歌姫と後世に伝わる(?)が、その実は武闘会の闘姫であった。
「シャアッ~!」
リングで猛る古強者の亜弐丸。身長は百九十センチ前後、体重はおよそ百四十キロ……
握力を計ると、握力計の針が振り切れ(※100キロまで測定可能)るといふ人間離れした腕力体力を誇る。
ーーカアーン!
死闘開始のゴングが鳴った。趙姫と亜弐丸はリング上で激突した。
技の趙姫、力の亜弐丸。
趙姫が得意の無影脚で攻めこめば、亜弐丸はつかんで投げる。
二人の激闘、熱戦に観客達は狂喜した。
「こ、これは……」
観客の中には秦の人質として滞在していた子楚も混じっていた。
彼は趙姫の闘う姿(特に脚線美)に心を奪われていた。
そして遂に決着の時は来た。
亜弐丸が趙姫をロープへ振った。
跳ね返ってきた趙姫へ、亜弐丸が渾身のラリアットを繰り出した。
が、趙姫はそれを跳躍して避けた。
膝を抱えて体を丸め、蝶のように舞い上がった趙姫。
次の瞬間には蜂のように刺すーー
「稲妻反転キィッーク!」
趙姫の飛び蹴りが、亜弐丸をリングの場外まで吹き飛ばした。
場外で亜弐丸は起き上がろうとしたが、力尽きた。
「勝負ありいいいいい!」
試合終了を告げる審判役の声。
全身を汗に濡らした趙姫は、右手を高々と突き上げながら、観客へ感謝の投げキッスとウインクだ。
この興奮の夜が、趙姫と子楚の出会いの夜だった。
※ニアミスどころじゃありませんねえ……(白目)




