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いつもの登校、いつもと少し違う登校

いつも通りの朝がいつもとちょっと違います。

 妹と久しぶりに会話をした翌朝。ベッドの上で薄手の掛け布団をこれでもかと抱きしめていると、アラームが鳴り響き、俺の意識は徐々に覚醒を始める。ただ、起きようとする頭に逆らうように俺は手探りで充電コードに突き刺さったスマホを持つと、停止ボタンをタップしてスマホを放り、枕に顔を埋めた。


 昨日は結局ふわふわとした気持ちのせいで勉強に集中する事が出来ず、深夜までかけて宿題を終えたんだ。その反動のせいで、すごく眠い。


 恐ろしく重たい瞼は、とてつもない重力に押しつぶされている。カーテンの隙間から俺の顔めがけて日光がレーザーのように照射しているものの、俺の瞼はがんこちゃんだ。


 起きようにも起きれない。諦めが頭をいっぱいに埋めたとき、もう一度意識が遠のいていった……。


「お兄! 朝だぞ!起きろ!」


「どわああああ!?」


 遠のいた俺の意識は、むんずと鷲掴みにされ、気付いたら俺に戻ってきた。突如として耳元に大きな声が響き、グラグラと脳が揺さぶられて俺は叫び声を上げながら上体を起こす。


 耳はキーンと甲高い音が反響し、重たかった瞼は嘘のようにひん剥いた。何事だ? と声の方向に目をやると、四季高校の制服に身を包んだ翠が、腕を組んで仁王立ちしていた。


 翠は今時の女子高生らしく、ブレザーのボタンは全開、ブラウスの裾はスカートから出して、リボンは緩く垂れ下げて、スカートは折り曲げている。

 顔もケバくなりすぎないメイクをしており、身内の贔屓目と言われそうだが綺麗に整っている。


「まったく、いつもの時間に起きて来ないから起こしに来てやったんだぞ。感謝しろよ」


「あ、ああ。すまない」


「謝るのはいいから、さっさと着替える!」


 翠は眉間にしわを寄せながら、壁にかけている俺の制服を指さして俺に着替えを促すと、扉を強く閉めて俺の部屋から出て行った。


 なんだったんだ、一体。母さんに起こしてくるように言われたのだろうか。嫌なら断れば良かったのに。


 昨日からなんとも言えない翠の様子のおかしさに背筋の冷えた感覚を覚えつつ、俺は一つ伸びをしてから立ち上がると、パジャマを脱いでベッドの上にたたみ、壁にかけている制服に着替え始めた。


 妹と違い制服は着崩さない派の俺は、ズボンを履いて、カッターシャツを羽織る。カッターシャツのボタンはすべて止めてからズボンにインしてベルトを通した。ネクタイも締めて、ブレザーを羽織り、ブレザーのボタンをしっかり止めてthe優等生のいで立ちだろう。


 着替え終わった俺はスリッパを履いて洗面所に向かい、うがいをして顔を洗い、寝癖も完璧に整えてからリビングへ向かった。


「あら、蒼司。起きれたの? そろそろ起こそうかと思ってたんだけど」


 リビングに付くと、母さんがダイニングテーブルのチェアに腰掛け、黄緑色のマグカップを手に持ちながら俺に声をかけた。その声は少しだけ驚きが混じっている。壁掛け時計に目をやると、時刻は七時十五分。いつも俺が起きてくるのはプラス十分程度だから驚くのは無理もない。


「おはよう。翠に起こされた」


「え、翠が? 珍しいわね」


 どうやら、地獄のようなモーニングコールは母さんが翠に指示した訳ではないらしい。俺が翠に起こされた事を伝えると、母さんは驚いた顔を見せた。本当に意外そうな顔だ。


 じゃあ、翠が自主的に? それこそ母さん並みに意外な顔を俺がしてしまう。


 疑問はむくむくと膨らむが、とりあえずは朝の貴重な時間を無駄には出来ない。俺はパタパタとスリッパを鳴らして、母さんの斜め向かいのチェア、いつもの俺の席に腰を下ろした。


 赤いランチョンマットの上には、白い皿に乗ったトーストが一枚。それにバターとイチゴのジャムを塗るシンプルイズベスト。


 俺はパクパクとトーストを平らげると、皿を流し台へと運んだ。


「ご馳走様」


「はいはい。あ、お弁当は炊飯器の横にあるから忘れないようにね」


 母さんはコーヒーを啜り、はっと思い出したように炊飯器の方を指差した。


 いつもは用意してくれたお弁当は俺の席の近くに置かれているけど、ごく稀に母さんが移動を忘れる時がある。その時は、何故かお弁当のおかずがいつもより二、三品多いから嬉しいんだよな。ということは、今日は多い日ってことか。


 俺は昼休みの楽しみが増えた事に心を躍らせると、食べ終わった食器を流しへと運んでから洗面所へ向かい、歯を磨いた。


 歯磨き後、リビングに戻ってお弁当を巾着に入れながら、自室へと戻った。ずっしりと手に感じる重量感が、男子高校生の胃袋を良い意味で刺激する。少し口元を緩めながら、通学用の黒いリュックサックにお弁当を詰め込んで、カバンの中身を確認していく。


 お弁当持った。宿題持った。教科書、ノート持った。筆記用具持った。財布持った。ハンカチ持った。鍵持った。オッケーかな。


 出発前に必要な事を確認した俺は、リュックサックを肩にかけて、スマホを開いた。


 画面に表示されたのは七時五十分を示すデジタル時計。


 そろそろ、あいつが来る頃合いかな。予想して玄関に向かうべく自室から出た瞬間に、チャイムが鳴り響く。


 予想ぴったりだ。俺は待たせないよう急いで玄関に向かうと、黒髪のショートボブが満面の笑顔で立っていた。


皆野(みなの)さん、おはようございます! お待たせっす!」


 俺の後輩である春野 桃子(はるの ももこ)が、元気よく俺に挨拶をして嬉しそうに小麦色のその右手をブンブンと振る。その手の振りとともに揺れるショートカットのほんの少しだけ明るい、春の曰く地毛の茶色い髪が、春野の元気さを象徴しているかのようだ。


 ブレザーを腰に巻いて、カッターシャツを腕にまくり、翠程ではないものの春野も制服を着崩している。春野曰く、シャツはきちんとスカートにインして、ボタンは締めてるからセーフらしい。


「お前、制服着崩して先生に怒られてただろう? 懲りないなあ」


「これがあたしのアイデンティティっす。それに、ボタン外したりスカート折ったりして煽情的な服装ではないからギリセーフって認めてもらったっす」


 安っぽいアイデンティティを振りかざし、無い胸を張る春野に苦笑いを浮かべる。


 まあ、それが春野らしいと言えば春野らしいから俺は気にしない。アイデンティティがあるのならそうした方がいいだろう。


 それに、似合って無い訳ではないし。


「まあ、春野が好きでしてる事ならいいさ。さて、行こうか」


「あ、ちょっと待って欲しいっす。翠ちゃんも一緒っすよ?」


「……は?」


 こいつは何言ってんだ?


 春野の突然の一言に思考がフリーズする。春野が当たり前のように言った一言が、俺にとっては当たり前でない。


 春野は俺と同じ部活で、春野が俺と登下校したいからと一緒に通っている経緯がある。


 むしろ、それが俺にとっては当たり前になっていたんだが、その当たり前が脅かされる五秒前。


 いや、春野と翠は同級生だから一緒に登校するのはわかるんだけど、なんで俺が翠と登校する事になるんだ。


 翠は俺と春野が登校してるのを知ってるはずだ。じゃあ、なんで登校を了承したんだ。


「春野、なんで翠も一緒なんだ?」


 つとめて冷静に、春野に質問をすると、春野はキョトンとした表情をした。


「なんでって、翠ちゃんが……」


「お待たせー。桃おはよー」


「あ、翠ちゃん、おはよっす!」


 春野が俺の質問に答えようとした瞬間、遮るように翠が階段を降りてきて、春野に向かって声をかけた。


 瞬間、春野は太陽のような笑顔で手をブンブン振って翠に挨拶をする。


 クソッ、聞きそびれたし逃げそびれた。


 俺は背中に汗をかいてぺとりと肌にはりついたカッターシャツに嫌悪感を抱く。


 どうしよう、先に逃げるか。今日だけなら逃げれるはず。


「お兄、私も()()()()一緒に行くから」


 俺の願望虚しく、翠から毎日の同伴登校が告げられる。


 俺は観念してスニーカーを履くと、ため息を一つこぼした。



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