ギルマス
「はい、どうぞ……」
「どうもどうも!」
クリスは内心呆れながら目の前の人物にもしものために取っておいた料理を手渡すと勢いよく手に取ってムシャムシャ食べている。
その者の傍には大量の皿が積み重なっていた。
腹が減ってたのは分かる。
しかし、遠慮というものがないのだろうか? と抗議したいところだが、元々これはクユマルのおやつなので、クリス自身は気にしてない。クユマルはというと、目の前で楽しみを奪われて相当おかしな表情になっている。
そもそもなんでクユマルのおやつを出したかって? 別に弄ばれた仕返しって訳じゃないんだよ? 断固として違うからね、ただの人助けなのだと心の中で笑いをこらえながら自問自答するクリス。
背後から『呪ってやる』と念話が聴こえたのはスルーするとして。
因みに目の前の者、というか人物は歳は不明だが、優男な緋色と翡翠色のオッドアイを持つ#長耳族__エルフ__#である。
生き倒れしてたときはどうにかしてあげないと切羽詰まってて確認するほどの余裕はなかった。
一通り食べ終わったところでクリスは目の前の#長耳族__エルフ__#に話を切り出す。
「ところで空腹だったのは分かりましたが、何があったんですか? もしかしてスリにでもあったんですか? えーと……」
「いえ、ただの研究資料で大金を叩いてしまっただけですよ。あと私は『ヒース』と申します。普段は別の名で呼ばれてますが、そのうち知ることになるでしょう。それと遅くなりましたが食事を恵んでいただき感謝します。いやぁ、まさかお昼代まで使い込むとは思いませんでしたよ、あはは!」
ヒースは清々しいほどマイペースにクリスの問いを返す。
正直アホらしくてなんとも言えない。「ああ、そうですか……」と思考停止な返しか出来ないくらいに。
クリスの心は完全に醒め切ってしまっていた。
クユマルに関しては自分のおやつを食われたことへのショックでいまだに立ち直れていない。
これはこれでレアな体験なのでいざとなったらおやつで釣るとしよう。
「それにしても随分と珍しいですね。人間と賢狼が契約してるなんてね」
「そんな事ないで……って今なんて?」
クリスはヒースの唐突な爆弾発言に思わず反応してしまった。
まさかクユマルの正体を知ってる人がいるとは思わなかった。
そしてヒースから肌がヒリヒリするような感覚が伝わり、先程のマイペースさは欠片も感じない。次第に気持ち悪くなり、「おうぇ」と胃酸を吐き出す。
『主!』
クユマルはすぐ様クリスの前に回り込んで前足を地面に叩きつけてクリス覆うような形で氷を出現させた。
「おやおや、流石は太古の賢狼ですね。まさかここまで魔法精製が早いとは……」
ヒースは柔かな笑顔を保ちながらクユマルを評価した。
『最期に言い残す言葉はそれだけか?おやつの怨みは恐ろしいのだ』
「まあ、そんな怒らなくて……ってそっちかい?」
ヒースは思ってたことと違う内容に困ったかのように頬を掻いた。
普通ならここは『主人によくも! 』的な発言が妥当だろう。
どうやら自身の主の危機よりおやつの怨みの優先度が高いらしい。
少々主が気の毒だとヒースは感じるのであった。
しかし、口ではそう言っててもきちんと主を守ってる辺り、主従関係は良好のようだ。
流石にこれ以上はと思ったヒースは何か言おうと口を開きかけたが、その瞬間にクユマルが威嚇して喉元のギリギリの所まで氷柱のが出来上がっていた。
ヒースは身の危険を察知して降参を表明する。
そしてこの事実を明かそうとした瞬間、誰かが近づく気配を感じた。
「見つけました! 今までどこに油を売ってたんですか!ヒース!」
どうやらヒースの知り合いらしい。
一瞬、助太刀かと思ったがクユマル達はこの声に聞き覚えがあった。
「あれ? クレアさん?」
なんとか調子を取り戻したクリスは氷の塊からひょっこり顔を出した。
それを見たクレアは目の色を変えて勢いよくクリスに抱き付く。
「く、苦しい……」
そしてクリスは顔を真っ青にしてギブギブとクレアの腕を叩いた。
その光景を見たヒースは思わず微笑する。
「久々だというのに変わらないですね、クレア」
「そっちこそ変わらないじゃない! 急にフラッと消えて! どうせどっかでまた倒れたんでしょ! もうちょっとギルマスしての自覚を持ってください!」
(今さっきまで倒れてたなんて言えな……ん? 今なんか重大な発言が聞こえたような……って!)
「ええ!? ギルマス!?」
クリスの叫びは辺り一面に響いたのであった。