行き倒れ
かつて一匹の弱々しい狼がいたらしい。その狼はただ毛並みが銀色なだけで群れを追い出され、冒険者に度々狙われたそうだ。
その頃の銀色の狼は魔物の中では負の象徴とされ人から見れば高値で売れる毛皮になるらしい。
そして銀色の狼は他には無い特別な能力を持つと言われている。その能力は個体によって様々であり、銀色の狼の能力は……。
ーーーーーーーー
「ねぇ! クユマル! 外だよ! 久々の外だよ! あー空気が美味しい!」
『主人よ、せっかくの魔道具が無意味になるから黙ってくれぬか?』
「はっ! そうだった……」
ずっと民衆の目に晒されないように閉じこもっていたが、ようやく抜け出す機会を得た。
といってもクリスを見たいと思ってる人は未だに多い。どうして外に出られたかというと、クレアから渡された魔道具によるものである。
その効果は姿を全くの別人に変化させるという優れもので、#変わり身__インステッド__#を付与したローブらしく、クレア曰く今のクリスは茶髪の町娘に見えてるそうだ。
これをクレアは無償で渡してくれた。
それだけ不安と責任を感じていたのだろう。
正直心配して仕事に支障をきたして欲しくないのでこの依頼は受けた以上、必ず成功させなければならない。
クリスはそう心に誓った。
とはいえ、お金があっても他が手ぶらでは意味がない。なので先ずは身を守る防具を先に買うことした。
そう決め込んでいたのだが……、
「おかしいなぁクユマル、この場所見たことあると思うんだけど気のせい?」
『主人よ、もし本気で言っておるのであれば眼科をオススメするが……』
「真に受けんな! 気づいてるくせに言うな! 悪かったわね! この歳で迷子になって!」
そう、ただいま絶賛迷子中である。
というのも、最初からクユマルに任せておけば匂いで大体はわかるのだが、普段から完全にお荷物状態にあるせいか、『今日くらいは自力でなんとかする!』と強情を張ってこの惨状に陥ったのだ。
正直呆れ以上の何者でもない。
「はは……なんで私っていつもこうなのかなぁ……」
クリスは自分の情けなさを感じながら虚ろ状態になって枝で円を描いていた。
『主よ、そろそろ元気を出してくれぬか?主がピンぼけなのはいつものことではないか』
「何時もじゃない! 断固として違うもん! あとそれフォローになってないから! このバカワンコ!」
クリスは涙目になりながらクユマルを振り回しす。
『落ちくのだ主よ、自暴自棄になってもことは進まないだろう? 時間は限られている。だから正気に戻るのだ。あと我はワンコではなく賢狼だ!』
「いてっ」
クユマルの叩きがいい具合にクリティカルする。
そしてクリスは痛みで頭を押さえて「うぅ……」と軽く呻き声を上げた。
『気が済んだか、主よ?』
「うん、ごめん……」
その後クユマルが先導して、五分足らずで鍛冶屋は見つかりました。
(私の存在意義って何だろう……)
クリスは再び深く落ち込むのであった。
ーーーーーーー
「ここが鍛冶屋か……凄いとは思わないね、というか辛気くさいところだね」
『主よ、初めての言葉がそれか?』
「私が冒険者になったときに無関心だったクユマルに言われるとなんか癪に障るんだけど」
『では行くとしよう』
「さらっとスルーするな!ってあれ?」
クリスはクユマルにつれて入ろうとした瞬間に、鍛冶屋と他の建物の間に何かが見えた。
『どうした、主よ?』
「あ、いや。建物の間になんか見えない?」
クリスがそっと指を向けるとクユマルは鼻をクンクンさせると何か分かったかのように耳がピクリっと動いた。
『どうやら何者のかが生き倒れしているようだ』
「え!?」
クリスは思わず驚きの声をあげて、急いで駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!」
「うぅ……」
軽く揺するとどうやらまだ息があるようだ。
クリスはそっと胸を下ろすと助けを呼びに立ち上がろうとしたが、腕を掴まれ「お……お……」何かを掠れた声で訴えてきた。
「大丈夫ですよ!すぐ助けを呼んできますから!」
そう言って手をどけようとしたが、一向に放す気配がない。
クリスは困ってしまい、クユマルに助けを求めたが何故か知らん顔されてしまった。
そんなクユマルに怒りを覚えたクリスは怒鳴ろうとした瞬間、その者の声がようやく明確に聞こえた。
「お、お腹空いた……」
その言葉にクリスは盛大にコケるのであった。