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妖々抜刀  作者: 改樹考果
6/6

六、小豆洗い(後編)

  ★☆★


 どうして僕はこんなことをしているんだろう。

 朦朧とする頭でそんなことばかり浮かぶ。

 「おら! さっさと入れ!」

 「やぱり止めましょうよ。流石に死んじゃいますって」

 「ああっ!? こいつは泳ぎが得意なんだろ? 海で泳いでいたって自慢してただろうがよ! だったら川ぐれなんてことねえだろうがよ!」

 「で、でも、結構ボコっってますし」

 「禊だろうが禊! それともなにか? 俺を裏切ったこいつをかばうのかよ! ああっ!?」

 ナイフをちらつかせ恫喝するからみんな黙ってしまった。

 そして、裸の僕にみんなの視線が集まる。

 心配とかそんな目じゃない。

 早く行け。矛先が俺達に向く前に、早く行け!

 そんなことを言ってるみたいだった。

 きっと、ここで嫌だといっても、逃げても僕はもう駄目なんだと思う。

 ずっとみんなに殴られ、蹴られていたし、うまく体が動かせない。

 走って逃げても元々そんなに足は速くないし、運動で得意なのは泳ぎぐらいだ。

 だから、向こう岸に渡れっていうのはきっと唯一の逃げる手段。

 でも、逃げてどうするんだろう? 誰も助けてくれない。

 ううん。助けてくれたけど、余計にこじれちゃってこんなことになったし。

 「いい加減に入れ! クズがっ!」

 のろのろと川へと身体を向けた僕の背が蹴られた。

 冷たい。身体が動かない。でも、泳がなくちゃ!

 思いに反して上手く進まない。

 冷たくて、息が出来なくって、水を一杯飲んじゃって、冷たくて、冷たくて、身体が重くって、ああ、僕はどうしてこんなことを……して……る…………


  ★☆★




 一瞬にして周りが水になったことに混乱し掛けたが、手の中に刀の柄が飛び込んできたことにより冷静さを取り戻す。

 刀人刀が握れるってことは妖域か!? 先輩は?

 息を止め、周りを見回すがどこまで行っても薄暗い水の中。

 上も下も右も左も後も前も、全て水。

 水面がどちらの方向にあるかもよくわからないほどだ。

 俺の普段の感覚なら、そんな状況になっても上はわかる。

 そういう修行を散々ジジイにやらされたからな。

 だが、そんな俺でもよくわからない。

 つまり、そういう妖域であり、先輩はまだ引き込まれていないということか。

 となると、息が続くまでに倒さなくてはいけないのか……

 これまた修行で長時間呼吸しなくても大丈夫なように鍛えられているが、それはあくまで準備とあまり動かないようにしてだ。

 直前に大きく吸ってない、これから戦闘となると……さて、どれぐらいまで持つか。そもそも、切る相手がどこにいるかわからない。

 そう思っていると、不意に音が消え、水が消えた!?

 まとわりつく感覚の消失と共に、背中から下へと急落し始める。

 空中だと!?

 慌てて身体をひねり、下を確認すると土手と川が見えた。

 航空写真のような。のおまけ付きで。

 水で上空まで運ばれたってことか!?

 急激に近付いてくる地面。

 川は底が浅い。そこへ落下位置を調整しても無駄だろう。水の下は岩や砂利であるのなら、土手の方がまだ着地しやすい。

 後は!

 大きく息を吸い、気を全身に纏わせる。

 丈夫さを上げつつ……ん?

 ふと気付く、身体に触れる空気の流れが緩和されたことに。

 なんとなくの思い付きで意識を風へと向けてみると、気が流れるような感じがした。

 もしかして……

 更に意識して空気を纏わせるようにイメージすると、風が俺の包み込むように発生し始める。

 それまで下から上へと落下により流れていたのにだ。

 しかし、人と一人を飛ばせるほどの浮力は得られないのか、多少落下速度が落ちたぐらいにしかならない。

 慣れていないせいか、それとも気によくある属性や性質でもあるのか、これ以上は強められないようだった。

 これは練習と検証が必要だな。まあ、ここじゃないとできないのが難点だが、とにかく今はこれを利用しつつ最も確実な手段を。

 足に気を集中させ、まとわりつく風を使って身体を立たせ……着地する。

 土手に足が付く瞬間、衝撃を殺すために全身をばねのように屈伸させ、着地面から気を地面に流しやわらかくなるようにイメージした。

 硬いはずの土の道が俺を中心に波打ち、かなりの高所から落ちたはずなのに僅かな衝撃しか感じなかった。

 妖域限定だとはいえ凄まじいな。

 普通だったら即死まではいかないまでにも、足が折れるぐらいはしただろう。

 そんなことを思いながら俺は刀人刀の柄に手を掛けた。

 周囲を見回すと、土手には水の跡すらない。

 それどころか、這妖の気配すらない。

 他の人の気配があるかというと、それもない。

 しいて感じることがあるとすれば、まとわりつくような嫌な気配。

 ただし、これは妖域に入っている間に常に感じる……ああ、つまり、今回は妖域単独か。

 刀人刀曰く、這妖が発生している場合は、核はそいつの中にあるらしいが、妖域のみの場合はその場所のどこかにあるらしい。

 となると、どこだ?

 核を探そうと周りを見始めた時、再びシャラシャラシャラシャラと音が鳴り出す。

 差し詰め小豆洗いか? 音がなんとなくそんな風に聞こえなくもない。

 周りがまたしても水のみに満たされる。

 音が聞こえている時だけ全ての空間が水になってしまう妖域ってところなんだろう。

 まあ、こうなるだろうと思って、呼吸を大きくしていたのでこのままでも先程より長く戦える。

 が、どっちであってもな……さてこういう場合はどうすればいいんだろう?

 漂いながら困っていると、再び水が消える。

 それしかないのかこれ。

 若干呆れながら、俺は、

 「抜刀!」

 『抜刀』

 刀人刀を抜き、背後から刀人を呼び出した。

 俺のもう一つの体となった日本甲冑ロボットも一緒に落ちるのは変わらなんな。

 飛行機能でもついててもいいのにとか思っていると、なんだかもやっとしたら。

 いつもの刀人刀からの情報ぽいのだが、伝えたいことがあるのに伝えられないそんな感じがする。

 なにかしらの制限が掛っているといったところだろうか? 知りたいことを教えず、共有することを防ぐのに重ねて、抑えるってのはどういうことよ?

 そんなことを思いながら、どうにか俺自身のように落ちる速度を変えられないものかと刀人でも試してみるが、それらしき感覚がない。

 まあ、根本的に丈夫そうなので大丈夫だろう。

 問題なのは、どこに落ちるかだ。

 発生した混沌は必ずなにかしらの依り代があり、そこを中心に妖域が広がっていく。

 ふらり火が発生したのは多分、揚げ物をしていたコンロ。

 すねこすりが発生したのは、間違いなく殺された子猫達。

 火、動物、ならば、今回は水。

 なら、川を吹き飛ばしてみるか!

 落下を気で制御し、先へ落ちる刀人へと一気に近付く。

 刀人の向きを逆さまにさせ、俺の足裏と重なるようにした。

 可能な限り抵抗力を強く!

 身体が空中に一瞬だけ固定されると同時に、俺を踏み台にして刀人が急降下する。

 ぐっ! ちと無理があったか!?

 足にかなりの負荷を感じながら、上空へと吹き飛ばされてしまう。

 だが、折れてはいない。なにより狙い通り!

 重力と脚力が加えた刀人による頭からの飛び込みが、川へと突き刺さる。

 回転している身体を気によって制御しながら見たその様子は、まあ、よくて大きな水しぶきを上げるぐらいだろうとか思っていた。

 だが、目撃したのは体積をはるかに超える川を切断するほどの吹き飛ばし。

 それをやった刀人は、突き出していた両腕が露わになった水底に深く突き刺さっていた。

 ……こんな威力の踏み台になったのか? よく無事だったな俺。いや、それともなにか特効が働いたとか? 対混沌用なわけだしな。

 若干唖然としながら刀人の腕を抜こうした時。

 ん? なんだか感覚が変だ? ……ああ、つまりここか。

 刀人の両腕を外側へと強引に動かすと、なにかが砕け、ひしゃげる音がし始める。

 ビンゴか!

 土と砂利ではありえない音と共に現れたのは、真っ黒な空間だった。

 そして、その中に水色の球体が、周囲の闇を照らさずに存在していた。

 なるほど。妖域単独の場合は、核はその世界の裏側にあるわけか。

 よくわかった。なら、後はただ斬るのみ!

 落下を開始した俺は、操る風を使って強引に体勢を変え、刀人の肩に着地する。

 勢いを殺し切らずに足を脇に入れ、そこを起点に前へと回る。

 構えていた刀人刀の一振りと共に。

 水色の核はあっさり真っ二つになり、最後に洗う音を一つさせて霧散した。

 昨日のすねこすりと違い、周囲の空間は瞬く間にひびが入り始める。

 刀人からぶら下がっている間抜けな状態を直す間もなく、俺は元の世界に戻った。

 ら、何故か川の近くに俺はいた。

 目の前に心配そうな顔をしている先輩と、なぜかその手で震えている猫がいた。

 「戻ったか! よかった!」

 思わずといった感じで抱き着いてくる先輩。

 「濡れてますから」

 「気にするか! まさか私が間近にいるのに……」

 つまり、普通は刀人を先に手に入れた人が取り込まれやすいわけか。

 なんだか泣きそうな気配がしたので、とりあえず後頭部を撫でとく。

 迷惑そうな声で鳴く猫はとりあえず無視。

 「で、俺はどうしてました?」

 「……川で段ボールに入れられて流れていた猫を助けていたよ」

 なるほど。俺が妖域で濡れたことをそういう風にしたわけか。

 猫は世界の帳尻合わせに巻き込まれたのか……いや、段ボールに入っていたというのがな。

 周囲を見回すが、少なくとも俺達以外の気配はない。

 ……まあ、とりあえず、

 「帰りましょうか?」

 「そうだな。猫は私が家に連れて帰るから、君は自分の家に帰ってお風呂に入りなさい」

 「これぐらい大丈夫ですよ」

 「なんだ? 私の家で一緒に入りたいのか? 今家には両親がいるからある意味一石二鳥か?」

 「帰ります」

 先輩の親とは面識はあるが、うちと似たような反応するから困るんだよな。まあ、ここから近いし、大丈夫だろう。

 帰ったふりして密かに見守ればいいだけだし。




 先輩を無事に影から家へと送った後、俺はとっとと家へと帰った。

 濡れた程度で体調を崩すほどやわな鍛え方はしてないが、不愉快であることには変わらないからな。

 風呂から上がり、少し遅めの夕食を取り、就寝までのんびりしている時。

 ふと、先輩をからかい過ぎて忘れていた貰った紙を思い出した。

 四つ折りにたたまれたそれを見ていると違法動画サイトに関する注意だった。

 なんでも近辺の学生の間で密かに流行っている物らしく。

 動物虐待やいじめなどを始めとした動画を中心とした胸糞悪い内容らしく、決して利用しないようにと書かれていた。

 疑問なのがインターネットを利用しているはずなのに、この近辺のみということ。

 映り込んでいる撮影者や被害者・光景などから、この近辺だと予測されている。

 そして、その動画を見るためのアプリケーションソフトウェアを持っているのがここらの学生しか見付かっていないらしい。

 紙にはURLやパスワードをネット経由ではなく、手渡しや落書きなどで広められていると考えているらしく、不審なQRコードやアドレスを見付けた場合は直ぐに学校に報告するようにとのこと。

 ……そんなことって今時あるのだろうか? 仮にサイトへのアクセス手段が原始的な手段で広まったとしても、直ぐにネットで拡散されるような気がするだがな? そもそもこの感じだとそれすら正解であるかも怪しい。

 これは休校明けに渡される予定の素案をコピーしたものらしいのだが、これをわざわざあのタイミングで渡した。

 混沌となにか関係があるのだろうか? ……直接的に情報のやり取りができないのはどうにも不便だな。

 そう思いながら俺は眠りに就くのだった。




 翌日。あの川で水死体が見付かった。

 近隣の高校生で誤って深いところに落ちたようだ。

 猫の爪痕らしき物があったらしいので、どうやら俺が助けたことになっている猫を川に流したのはこいつらしい。

 そして、彼が動物虐待の動画を件のサイトに投稿していることも分かった。

 学校からの注意より先に報道によって情報が広まってしまったのは問題な気もするが、死亡事故だからなんなのかそれほど大々的に伝えられていない。

 俺が知ったのはジジイから自分の周りぐらいのニュースは見とけと習慣付けられていたからに過ぎないからな。

 早朝起きて、地方新聞やネットニュースなど見る高校生なんてそうはいないだろう。

 まだ仮定の段階だが、ジジイが刀人刀や混沌のことを知っていて俺にあれこれと教えというか強要していたとするのなら、これももしかしたらその一環なのかもしれない。

 考えるのは、世界の修正力と刀人刀の影響力。

 ああいうのがあるのなら、それ以外もないというのはおかしな話だろう。

 妖域のように物理法則をはっきりと超えるようなことは無理っぽいが、人の無意識の行動への干渉ぐらいはわけないのかもしれない。

 電車に乗っていた者達を偶然のように揺らしたり、くしゃみや咳をさせたり……であるのなら、違法動画サイトを対象や地域を選んで使わせる・視聴させるぐらいもできそうだ。

 そして、混沌の発生原因に強い感情があるのであれば……違法動画サイトを使って意図的に混沌を発生させている奴がいる?

 なるほど、いつも以上に無理をするな、か……

 ちらっと頭をもたげるのは、妖域の中で這妖に殺された人間。

 どうしても間に合わない、助けられない人々だったと理解も割り切りもしている。

 だが、それでもふつふつと湧き上がる怒りがある。

 混沌の性質を考えれば、俺が巻き込まれなかったのもあるかもしれない。

 向こうに行かなければ、こっちでいくら調べても本当に事故だったのかもわからないのもな……だがだ。

 今年になってからここ近辺で、死亡事故や行方不明者の数が急増しているのを報道で知っている。

 混沌を知る前はそういう年もあるだろう程度に思っていたが…………調べてみるか。

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