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妖々抜刀  作者: 改樹考果
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四、すねこすり(後編)

 「『抜刀』」

 俺の言葉に応え刀人刀が渋いおっさんの声で喋り、鞘から刀身が抜かれる。

 同時に新たな視界が現れた。

 周囲を警戒しながら背後を見ると、空間の裂け目のような横一文字が上下に広がり、そこから日本甲冑のようなロボットが出ている。

 刀人。

 刀人刀から呼び出し、俺のもう一つの体となるそれを感じ感じられながら息を吐く。

 腰から離れない触れない刀がある時点で、これもまた出すことはできるとは思っていたが昨日今日で二回目だからな。

 少しだけ安心感を覚えつつ、刀人刀を下段に構える。

 が、ここからどうするか……

 子猫のような鳴き声は未だに周りの至る所からする。

 だが、そこに視線を向けてもなにもいない。

 鳴き声で判別するに計五匹か? 死体がない焦げ跡の数と合わない気もするが……この分だとあまり常識に沿った考え方をしない方がいいかもしれないな。

 しかし、移動しているのか鳴く場所は瞬間的に変わり、前でしたかと思えば後ろから右から左からとするのはどういうことだ?

 さっきの出来事を思い出してみる。

 足を一歩前に出した瞬間に足下に現れて脛に絡みつかれた。

 警戒していた俺がそんな接近を許すほどの速度でだ。

 姿を消して高速で動いている?

 いや、それだけの速さが出るのなら脛どころか足に全くのダメージがないのはおかしい。

 速度は増せば増すだけぶつかった時の威力が増すはずだ。

 自慢ではないが俺は飛んでくる矢ぐらいなら気配を察して防ぐことぐらいできるからな。

 それができるように結構な頻度でジジイに射抜かれていたのはいい思い出……なわけないか。矢だけじゃないが、ジジイのせいで何度死ぬような目に遭ったか……

 とにかく! 少なくとも弓矢以上の速度がないと感覚の網に引っかかる。

 そして、小さいとはいってもそれなりの質量があるすねこすりがそれだけの速さで動けば……まあ、超常の力が働いているのであればその限りではないかもしれないが、結局殺すのであれば随分と非効率だ。

 物言わぬ骸となって血の海に沈んでいる進学校生を改めて確認する。

 俺と同じように脛に纏わりつかれ、転んだのは間違いない。

 聞こえた悲鳴からして倒れた瞬間は生きていて、叫ぶ一拍はあった。

 それ以降がないということは、次の瞬間には喉を噛み切られたのだろう。

 うつ伏せに倒れているのに? 頸動脈を攻撃されたのなら叫ぶぐらいはできるんじゃないだろうか?

 つまり、下からということか……となると、姿が見えなくなっているというより、別次元に隠れているといったところだろう。

 瞬間移動とも考えられなくもないが、どちらであっても攻撃の瞬間までいないことには変わりない。

 近接攻撃手段しかない俺には対処に困る能力だな……

 となれば!

 俺は一歩前へ。

 足裏が地面に付くより早くすねこすりが足下に現れ、一気に胴を伸ばす。

 「ふっ!」

 まとわりつかれるより早く刃を振り下ろす。

 頭部が真っ二つになり、僅かな間を置いて霞となって消える。

 効いたのか? ……鳴き声が一匹減ったな。

 斬り裂かれた中に小さいがどろりとした黒い球体・核があった。

 それごと断っていたから一撃で倒せたといったところか? なんだ。これなら刀人いな……くて……

 不意に意識がぐらつく。

 僅かな間だったが、これが積極的に攻めてくる奴だったら致命的な隙になっていた。

 これは……なんだ? 昨日、ふらり火の核を斬った後と似ているが……

 刀人刀が自身を見るように言ってきた気がした。

 刀身を見ると赤いオーラがまとわりついているのが確認できる。

 もしかして、気と相性が悪いのか?

 柄を握っている手から昇っているようだったので、それが流れないように意識すると消えた。

 代わりに薄っすらと白い光が刀身から漏れ出す。

 混沌を斬ると思え。

 なるほど。

 試しにそう思ってみると、刀身の輝きが強くなり始めた。

 つまり、この刀はこれで完成されているってことか。

 だとすると、気を使って強化とかは下手すると邪魔をしかねない。それどころか、下手にそれで斬ってしまうと意識を失ってしまうリスクがあるわけだ。

 どんな原理でそうなるのかはわからないが、ふらり火の時にやったように刀人によって這妖の体を破壊し、核を刀人刀で斬る必要があると。

 隠れているこいつら相手に?

 チラッと後ろを見ると、全長三メートルはある飾りのない日本甲冑。

 自分を見ている自分と目が合わさるのは妙な気分だ。

 つくづく美女っぽい容姿だと思わされる。自分で美って思うのもなんだが。

 とにかく、果たしてこの巨体で小さなあいつらに攻撃を当てられるのだろうか?

 そもそも……

 刀人を一歩動かしてみる。

 ……やっぱり出ないか。

 一匹俺が斬ったからか、人でない奴を餌として見てないのか……これでは囮にも使えない。

 俺が囮になってとなると、身長・大きさの違いから自爆しかねない怖さがある。

 ふらり火の時はそういう危険性がなかったから気にせず大胆に操れた。

 だが、精密な攻撃が必要となると流石に慣れていない体で行う自信はない。

 せめて刀人を扱う修練が出来ていたのならよかったんだが……これを送ってきたというか作った奴はなにを考えてるんだろうな? 戦って慣れろか? そういう意味ではこれほど向かない相手はいないな。

 そう思いつつも、刀人を動かす。

 パンチパンチキックキック。正拳突き、前蹴り、回し蹴り。

 自分の二倍以上の大きさはやはり微妙にずれが生じる。

 そもそも、刀人に変身しているわけではなく、同時に二つの意識が存在しているのだ。

 これ自体に慣れもある程度必要だと今感じた。

 つまり、この未熟な状態でも安全にすねこすりの体を破壊する方法が必要ってことか…………仕方ない。

 地面は砂や埃などが積もったコンクリート。放置されて久しいのか、ひび割れも目立つ。

 しかも、近くには血だまりと死体。

 そんな場所であまりやりたくない方法だが、これが現状では一番確実だろう。

 刀人を膝立ちにさせ、俺はジジイ直伝呼吸法を強く行う。

 俺の身体を丈夫にすることを意識し……ジャンプした。

 自分の身長の何倍もの高さを飛びながら体勢を整え、刀人の前で仰向けに倒れる。

 その瞬間、喉、両手首の前にすねこすりが現れ噛み付いた。

 「くっ!」

 牙が喰い込む痛み。だが、皮膚の下まで喰い込む感覚はない。

 ふらり火の時に火傷を負わなかったことを考えれば、纏う量を増やせば耐えられる。

 という考えは間違ってなかったようだ。制服も破れている気配はしない。

 後は、今だもう一人の俺!

 刀人の両手を正確に動かせるギリギリの速さで動かし、一匹一匹頭を握り潰す。

 ほどなくして四匹の姿が消え、刀人の手の中に四つの核のみとなった。

 飛び上がるように立ち上がりつつ、上段に構えて強く意識する。

 斬る! すねこすりを斬る!

 青白い光が刀身に宿る。

 しかも、試しにやった時より更に強く輝いて。

 思いの強さで強弱が変わるってことか? 加減がよくわからないが、それを試している時間はない!

 「ふっ!」

 俺が息を吐くと同時に刀人の掌から核を放り投げさせた。

 どろりとした黒い球体から泡立つように肉が出るのを確認しながら、一閃。

 真っ二つになった四つの核が、再生していた肉体ごと霧散して消える。

 そして、子猫の鳴き声はしなくなった。

 が、代わりに別の音がし始める。

 軽やかな拍手だ。

 「…………先輩。なにをしているんですか?」

 「ん? いや、可愛い後輩である刀折(かたなおり) 優助(ゆうすけ)君の活躍を讃えているのだよ」

 倉庫の入り口から手を叩きながら現れたのは、おっとり美少女なお姫様、もとい、俺の先輩である東影(ひがしかげ) 詩織里(しおり)生徒会長だった。

 拍手をしながら先輩は俺に近付き、背後に回って手を止めた。

 「まったく、いくら倒すためだとはいえこんな場所で倒れるのはどうなのだ? 汚れてしまっているではないか」

 そう言って背中を叩き出す。

 …………で、上から下まで、正確には尻のところでやたら念入りにぱんぱんとするのはどうなんでしょうかね?

 「ふむ。やっぱり刀折優助君の尻は良い」

 「堂々とセクハラ発言はどうかと思いますけど?」

 埃叩きからじっくりねっとり触り出したところでその手を御用しておく。

 「片手で両手を掴むとは器用なことをしてくれる」

 「納刀するタイミングを失いましたからね。納刀」

 「『納刀』」

 刀人刀を投げ、それが勝手に鞘に戻り、刀人が消える光景を見る流れで先輩の腰を見る。

 抜いていないので本当に同じ刀かどうか確認できないが、こちらも実体化はしているようだった。

 しかも、その身体からは薄い水色のオーラが出ていることに気付く。

 色が違う? いや、そもそも先輩が武術を習得しているという話は聞いたことがない。

 普段の動きにもそれらしきものはなかったはすだ。

 なのにって考えると……刀人刀経由か? いや、気に関しては答えなかったよな? そもそも普通に息を吸って吐いているようにしか聞こえないな? 武術以外で扱う手段があるのか?

 そんなことをあれこれと考えながら先輩の顔を見る。

 視線が合うと彼女は不意に悲しそうな顔になった。

 「きっと刀折優助はこちら側に来てしまうと思ってはいたが……遅かったというべきか、早かったというべきか……」

 今までそういう表情をされたことがなかったので、戸惑うしかない。

 「先輩はいつから――」

 「すまないが色々と話している時間はない。そろそろ崩壊が始まるからな」

 俺の言葉を先輩が遮る共に、周囲の光景にひびが入った。

 驚きと共に周りを見回している俺に、くすっと笑う声。

 「刀折優助が動揺する姿はなかなか新しい。大丈夫、ただ戻されるだけだ。時間がないので一方的に喋るぞ。妖域以外の場所で混沌や刀人に関することは喋ってはいけない。いや、正確には喋れない」

 「ど――」

 「刀人刀がそれを嫌う。信じられないのなら試しに私に話しかけてみればいい」

 その言葉を聞いた次の瞬間、見ている全てが砕け散り――

 気が付いたら俺は教室にいた。

 自分の机にしっかり着席し、既に朝のホームルームが始まっている。

 放り出したはずの通学鞄も机の横に下げられているのは……瞬間移動したって感じではないな。本来であればしたであろう行動をしている? なるほど、世界から拒絶された場の混沌か。

 一時的に世界から外れたことによって、修正力が働いたってことだろう。

 あの中での出来事は、現実ではなかったことになっていて排除されている。

 でも、死はなかったことはならないんだよな……




 翌日、高校は臨時休校になった。

 理由は野生動物に噛み殺されたと思われる学生が近隣の廃工場で見つかったということ。

 そして、近くで野犬の集団が発見され射殺されたという。

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