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妖々抜刀  作者: 改樹考果
3/6

三、すねこすり(前編)

  ★☆★


 ちっ再生数が上がってねえじゃん。

 僕は心の中で舌打ちしながら通学路から脇道にそれた。

 スマフォで確認したこの間上げた動画は初日のみ凄い再生数だったけど、たった数日で伸び悩んでしまっている。

 改造モデルガンでぬこ撃ち殺すだけじゃインパクトに欠けるか……まあ、いい。次のはもっと過激だ。きっとこの間より凄い再生数になるぞ!

 僕は興奮しながら鞄に詰め込んでいる油とミルクを確認した。

 ここ数日、この日のために餌付けしたこぬこがこの先の廃工場跡地にいる。

 通学路から外れた場所な上に、山も近いから人が滅多に来ない場所だ。

 しかも、都合がいいことに野生動物が目撃されたから近付くなって話が学校から来ている。

 撮影にはもってこいの場所と条件だ。

 目撃されて、場所を特定されて、捕まるなんて馬鹿のやることだ。

 僕はそんなことはしない。

 入念な準備をして、過激な映像を提供しまくる。

 そして馬鹿共が引き寄せられて再生数で儲けまくると。

 趣味と実益を兼ねた素晴らしい動物虐待だ。

 思わずニヤニヤとしていると、目的地に到着した。

 僕が来たことがわかったのか、こぬこ共がにゃあにゃあと工場跡地倉庫のスクラップから出てくる。

 親猫を殺したのが僕だと知らずに馬鹿なこぬこ共だ。

 僕はそう思いながらカバンから平皿を取り出し、その中をミルクで満たしてやる。

 スマフォをビデオモードにしてこぬこ達が画面に入る位置に置いて、マッチと油を取り出す。

 さあ、ショータイムだ!

 そう気合を入れて油の蓋を取りつつ、念のために映りを確認するためにスマフォの画面を確認した。

 「あ? なんだこれ?」

 何故か画面には魔法陣用のようなものが出ていた。

 「こんな時になんだこれ? こんなアプリ入れてたっけ?」

 確認しようとスマフォに手を近付けた時、何故かそれは勝手に消え、元のビデオモードに切り替わった。

 「……後で確認しないとな。どっちにしろウイルスだったら家に帰らないと」

 ちょっと不安を感じつつ、自分に言い聞かせるように僕は撮影を再開した。


  ★☆★




 目を覚ますと俺は病室で寝かされていた。

 女の子も同じ病院におり互いに無傷だったが、大事を取っての検査入院とのことだった。

 もっとも診察の結果は特に問題ないということでその日の内に退院できたが……

 翌日、メディアで取り上げられたのは地下街で起きた過失による火災事故によって六人が無くなったことのみだった。

 あのふらり火に似た化け物のことを伝えているところはどこもない。

 加えて退院する時に少しだけ挨拶した女の子は……俺のことを覚えていなかった。

 火災事故に遭ったショックで記憶が飛んでしまっているのだろうということだったが、実際のところは違うのだろう。

 何故なら俺の腰に勝手にくっ付いている刀人刀が言葉もなく語るからだ。

 普通の人間は『妖域』での記憶を維持できない。

 そして、世界は混沌によって受けた影響を可能な限り自然な形になるように修正を行う。

 と。つまり、妖域だという場所で這妖という化け物に殺された六人は、火災事故ということに置き換わったと?

 ……まあ、実際、女の子がなにも覚えていないのであれば、真実を知っているのは俺しかいない。

 ふらり火の身体は跡形もなく消失していること、混沌だの這妖だの世間で存在していると認識されていないことを加味すれば、真相は容易に捻じ曲げられる。

 その世界の修正というのがどのぐらいのどの程度のものかはよくわからないが、少なくとも夢幻でないのは刀人刀が証明していた。

 俺が最近よく目撃するようになった刀と全く同じそれはどういう原理か、床や壁など物体を透過し俺の手からすらもすり抜ける。

 よって生活には一切支障はないが……これ、完全に昨日の出来事が夢幻だと立証することにならないよな?

 俺自身は現実だと思えているが、そういう強い幻覚だと疑ってしまう。

 早いところ他の人達に確認する必要がある。

 そんなことを思いながら俺は学校へと向かった。

 いつも使っている駅が地下街火災の影響で使えないため、一駅隣から電車に乗ってだ。

 当然、刀人刀らしき刀を差しているいつも見掛ける人達に遭遇する。

 が、チラッとこちらを見る気配は感じれど、なにか言ってくる様子もない。

 もしかしたら接触があるかのと思ったが……なにかしらの不文律があるんだろうか? だとしたら刀人刀が教えてくれてもいいものだが……なんも応えんな。

 刀人刀がなにか言葉もない語りをする時の法則がわからない。

 這妖とか混沌とか教えてくれた割には全部の疑問に答えてくれるわけではないようで、他にも誰がこれを送り付けたのか、どうして俺のところに来たのか、とか教えてくれないことが結構あった。

 せめてなにかしらのコミュニティか組織があるとか教えて欲しいんだがな。

 こうして通学時間にも結構見かけるほどいるってことは、日本全体で、もしかしたら世界中で結構な数がいるんじゃないだろうか? であるのなら、なんかしらそういうのがあってもおかしくない。

 まあ、そこらを確認するためにも接触しなくては……

 電車の中を改めて見回す。

 満員に近い状態なので全員の顔を確認できるわけではないが、少なくとも先輩の気配はない。

 あの人がいれば大体どこにいても俺の傍に来るからな。

 となると、彼女が一番いいか?

 いつも顔を合わせる一人である金髪で星とかハートとかのシールを頬に張っているギャル高生がそれなりに近かったので、目線を送ってみる。

 制服を見てどこの高校かわかるほどその手のには興味がないが、少なくとも俺より後に降りる人だったはずだ。

 最悪、遅刻してもいいから詳しい話を聞きたい。

 そう思って人の合間を縫って近付こうとした。

 が、なぜかそのたびに人が揺れ、隙間が埋まってしまう。

 いくら俺が色々な武術を身に付けていても、完全に入る場所が無くなれば近付くのははばかれる。

 負担少なく押しのけることもできなくもないが、それでもこの状態で無理矢理移動するのは迷惑過ぎるだろう。

 かと言って、ここからまた人が増えるんだよな。大量にいなくなるのは俺が降りる駅だし。

 というか、この路線、そんなに揺れたか? この感じだと人が偶発的に押し合った?

 満員になり切っていない時だと、普通は不用意に接触しないようにするはずなのに? 痴漢と先輩以外は。

 そんなことを思っていると、再び隙間が生まれる。

 まさか……ありえないよな?

 嫌な予感を感じつつも再度ギャル高生に近付こうとして見る。

 案の定、人が揺れ、動くに動けない。

 もはや何者かの意図を感じていると、俺の様子を見ていたギャル高生は苦笑して、そっと人差し指を唇に付けた。

 シーって? なにに対して? いや、そんなことは一つか。

 腰に目線をやると、彼女はジェスチャーを止め少しだけ微笑んで俺から視線を外した。

 まさか刀人刀が持ち主同士の会話を邪魔するのか?

 それ以外ありえないよな。今までこんなことはなかったのだから。

 どうなんだ刀人刀?

 心の中で問いかけてみるが、特に反応はない。

 念のため、試しにバーコードハゲなサラリーマンへのアプローチを試みてみる。

 やっぱり駄目だった。

 邪魔する要素がない場所ではどうなんだろうな? いや、もしかして、普通の人が周りに多くいるからか?

 となると、先輩が適任か。彼女と二人っきりになるのは色んな意味で危険なんだが……まあ、学校でなら大丈夫だろう。

 そう思っていると降りる駅に電車が到達。

 しかたなく降りて駅から出てバス停に向かおう一歩二歩歩いた瞬間、ふと違和感を覚えた。

 これは……昨日と同じ? だとすると……

 周囲を見回すと俺と同じように続々と駅から出ている人達の姿が一斉に霞だし、消えた。

 なるほど、昨日はこうして誰もいなくなったのか。消えた人達はどこに行ったんだ?

 そう疑問に思うと刀人刀が答える。

 妖域は世界と世界の外との狭間。混沌の発生に反応した世界と混沌が生み出す世界の膿でありかさぶた。故に異なる理に満たされた場の混沌。

 つまり、ここは元々の場所から少し外にあるってことか? 昨日今日体験したことを考えれば、混沌が発生した瞬間に世界がはじき出すが、隣接しているが故に元となった場所にいる人間が取り込まれ続けるってことか? しかし、だとしたら、なんで人を取り込む?

 混沌は世界から拒絶されているため、その存在維持のために場であれ個であれ人を喰らう必要がある。

 か……それはまた……どう足掻いても共存できない存在なんだな。

 思わず舌打ちしたくなる情報が脳裏に浮かぶと同時に、悲鳴が耳に入った。

 「うあああああああ!」

 若い男の声だ。それほど遠くないか? だが、昨日のようなのに遭遇したとするのなら、間に合う距離ではない。

 そう思いながら通学鞄を放り出し、俺は聞こえた方角に向けて駆け出す。

 ついでに刀人刀に手を掛けてみる。

 触れる。どうやら妖域に入るのが使える条件のようだ。

 まあ、混沌を切るための武器であるのなら当然ちゃ当然か。

 俺はジジイ直伝の呼吸法に切り替え、さらに加速するために力を籠める。

 「は?」

 その瞬間、俺は宙に浮いていた。

 正確には自分の身長を越えるほどの高さまでたった一歩で飛んだのだが……ええ?

 戸惑いながら着地。

 かなりの衝撃のはずだが特に痛みがあるわけではない。

 勿論、上手く着地したというのもあるだろうが……考えてみれば火の中にいたというのに無傷だったな。それと同じことが起きている?

 そう思って自身の身体をよく見てみると、薄っすらとだが赤いオーラのようなものがまとわりついていた。

 なんだこれ? さっきまでこんなのなかったよな? ……呼吸か?

 試しに呼吸法を通常のものへと変えてみると、オーラは消えた。

 同時に僅かな身体の重さを感じる。

 つまり、これを纏っていると身体能力の向上と外的要因からの防御が出来るってことか? ……これはなんだ?

 駄目もとで刀人刀に聞いてみるが、なぜか答えは返ってこなかった。

 なんでだ? いまいち法則がわからないが、それに関して考えている場合ではないな。 

 少なくとも、これは俺自身を強化しているのは間違いない。まるで漫画とかで見る気とかそういう……ああ、なるほど、俺や女の子が炎の中でも無傷だったことも考慮すれば、これは気だな。それもフィクション寄りの。

 今までは概念的なもんだと思っていたが、実際に存在しているわけか。

 ってことは、ジジイから叩き込まれた技術にそれが混じっていたってことか? どうしてそんなのが急に使えるようになったんだ? あ、いや、妖域にいるからか? 異なる理ってのは、こっちにも適応されるわけか。

 ん? だとすると、ジジイはこのことを知ってたんだろうか? あのジジイならありえそうなのがな……まあ、なんであれ、使えるのなら全力で使うべきだ。

 発動の切っ掛けであろう呼吸法を使い全身に赤いオーラを纏わせた。

 意識して使ってみると、呼吸と共になにかを吸い込み、己の内側にあるものと混ざり込み外へと吹き出しているように感じられる。

 それと共に己の身体能力が高まり、速度も徐々に上がっていく。

 どれぐらいのオーラ量でどれぐらいの向上があるか確かめながら、大通りから小道に入り走り出す。

 よし、これなら簡単に調整が可能だ。

 色々と確かめたいところだが……悲鳴は最初に聞いた以外は上がらず、加えて血の匂いがし始めている。

 嗅覚も向上しているのかもしれないが、離れた位置まで感じられるほどとなれば結構な出血量だろう。

 やはり間に合わなかったか……どうにも混沌は殺意も殺傷能力も高すぎる。

 進む先は学校とは反対方向、オフィス街ともずれた方向。昼でも人が滅多に寄り付かない工場跡がある地帯だったはずだ。

 代わりに野良猫や近くに山もあることで野生動物が目撃されているという話もあるので、一時期学校から生徒に対して近付くなというお達しがあったって先輩から聞いたことがある。

 そんな場所に人がね。

 動物に引き寄せられた奴が混沌に襲われ、その余波に俺が巻き込まれたといったところか? 直接俺を狙ったのなら妖域に入った瞬間に襲われてもおかしくないからな。そもそも、他にも登校や通勤中の連中はいたはずなのに、悲鳴の主以外の気配を感じないのはどういうことだ?

 昨日の女の子が唐突に現れたことを考えれば、時間差でかつ一人一人が限度なのか? で、今日の俺は二番目? ということは、襲われる者にはなにかしらの要因がある?

 その疑問と答えが刀人刀から返ってくると同時に現場に辿り着いた。

 工場の倉庫らしき場所にうつ伏せに倒れている学生服の男。

 制服は俺が通っているところではなく、やや離れたところにある進学校だったか?

 血の海に沈んでいることも加えてどんな人物だったか確認できないが、近くに落ちている物がなにをしたのかを示していた。

 スマートフォンや着火ライターに調理用油の空容器。そして……黒焦げになった子猫らしき複数の物体。

 ミルクが入った皿とその周りに焦げた跡が四方に続き、その終着点で暴れ回った後と共にあったそれらに俺は眉を顰めるしかできない。

 登校ついでに動物虐殺映像を撮っていたってところか? そして、それが呼び水になってしまった。

 刀人刀が教えてくれた混沌の発生原因にはいくつかの要因があるらしく、その中の一つにこの現場は適合している。

 曰く、世界が不安定な時に強い感情によって外へ繋がる穴が開き、そこから吹き出した物が混沌そのものであり、その場にあるなにかを取り込むことで現出してしまう。

 それは法則であり、物であり、動植物であり、人であり、なんであっても混沌となる。

 そして、強い感情が呼び水である場合は、それそのものが混沌の素となってしまう。

 今回の場合は……子猫だろうな。

 地面の焦げ跡の終着点のいくつかに死体がないのが確認できたからだ。

 つまり、

 『這妖』

 個の混沌。異なる理を宿したが故に世界から拒絶された存在。

 これになったということだろう。

 昨日のふらり火は熱せられた油と唐揚げでも取り込んだのだろうか? そう考えると猫のような這妖なのだろうか?

 周りを改めて確認してみるが、姿は見えない。

 だが、嫌な気配は消えておらず、そこらかしこから子猫の鳴き声のようなものが聞こえる。

 遠くに聞こえる場合もあれば、近くに聞こえる時もありはっきりしない。

 刀人刀をいつでも抜けるように手を置きながら男をもう一度見る。

 動きはないため既に絶命しているのだろうが、死因を正確に確認したい。

 それがわかればどんな感じの混沌か推測でき、戦い方も構築できるからな。

 これも刀人刀が教えてくれたことだが、混沌と化すと元々がどんなものであってもその姿が激変することがあるらしい。

 時としてそのままということもあるらしいが、その場合でも外見だけだったりと決して油断していいものではないとか。

 色々と教えてくれるのは良いが、いっぺんにあれこれと言葉ではない手段で伝えられるのはどうにも慣れない。

 まるで脳みそに直接情報をぶち込まれているよな感じというか……

 それほど邪魔をしているというわけではないが、慣れていなそれに若干思考が邪魔されていたのだろう。

 俺は迂闊にも男の死体をよく見るために近付こうとしてしまった。

 既にこの場所は這妖のテリトリーだというのに。

 周りを警戒しながらそろりと一歩踏み出した瞬間、なにかが脛に纏わりつく。

 反射的に飛び退き、猫に似ているが猫以上に丸っこいなにかが片足があった場所にいた。

 それは俺が見ている僅かな間に地面へと吸い込まれるように消えてしまう。

 なんだあれは!? 攻撃……されていない?

 ダメージも受けていない脛に疑問に思いながら短い滞空を終え着地した。

 その瞬間、足元から地面に消えた奴と模様違いが無数に現れ、まるで粘土かのように胴を伸ばしてまとわりつき始める。

 着地の衝撃を殺そうとしたタイミングだったため、バランスを崩し掛けたがなんとか踏ん張った。

 倒れないことをわかったのか俺がなにかをするより前に奴らは胴を縮め丸っこくなって消えていく。

 攻撃とすらいえない攻撃だが、転べばどうなるかはこの場に倒れている男が示している。

 転がった瞬間に現出し、無防備な急所を噛み切るのだろう。

 見た目からしてある妖怪の名前が浮かぶが、こんな凶暴な奴だったか? というか、確か猫じゃなくって犬だったよな? いや、まあ、猫として描かれることが多いというから間違っちゃないだろうが……考えて見ればふらり火も果たして本当にふらり火だったのか。

 そう思っていると、刀人刀が勝手に答えを教えてくれる。

 混沌の姿や特性は、人の集合無意識に溜められている情報と元となったなにかが組み合わさって決まるらしい。

 しかも、どの情報と組み合わされるかは完全なランダムらしく、一つとして同じのがないとか。

 なるほど、だとすれば一応これは『すねこすり』でいいわけだな。

 やたら凶悪になってしまっている妖怪、いや、這妖に嘆息しながら俺は刀人刀を前面に構え叫んだ。

 「抜刀!」

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