表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/7

第五話  意外!キヤマケンタに立ちふさがる壁!

 海岸手前には車両および歩行者のために道が整備されており、その一端は遠方に静かにそびえたっているこの町の灯台へと繋がっている。沿岸には一定間隔でシュロの木が植えられており、この場面だけを切り出せば、どこかの南国の海の風景であると騙すことも出来るだろう。


 ビーチに入場するためには、まずこの道路を横断する必要があるのだが、ここであるモノが目に入った。


 海岸側の道路のわきに、パトカーが複数台停車されていたのである。いずれもランプは点灯しておらず、中の人間も不在だ。


 ふと脳裏に、家を出かける際に見聞きしたニュースの内容が思い出される。


 確か、内容はこうだった。本日の早朝に、この海岸で歩行中のカップルが速度を大幅に超過した軽トラックに跳ねられ、海岸線目掛けて「射出」された、と。


 「………なんで射出?」


 他の文面と異彩を放つこの表現に、まず私は自分の記憶を疑ったが、確かにテレビの中のニュースキャスターはそう言っていた。ただ、このニュースを見た時点では、私の意識は既にこのビーチにあり、「射出」という言葉に疑問を抱かなかったのである。


 「射出」されたとはどういった意味なのだろうか。言葉の意味をそのままに、車両に跳ね飛ばされ、そして射出されたなどと表現することがあるだろうか。簡潔に跳ね飛ばされた、という表現だけでは何か不足が生じるのであろうか、などと私は思考を巡らせた。


 メディアは事故の惨状を直接的に、ではなく婉曲的に報じるため、例えば「重体」であるとか「重傷」などといった抽象的な表現を用いる、というのはよく聞く話である。となると、この「射出」という表現も何かしら背後に直接的な意味を持った隠語の類なのだろう、と定めることで私の中では一応の決着がついた。


 私の問題意識はそこからは既に離れつつあり、目先のビーチに向けられつつあった。


 嫌な予感を覚え始めていたのだ。


 私は錆びたリアカーを引きつつ、ビーチの入り口手前まで向かうと、その予感は的中した。


 黒と黄色の警戒色を発するテープによって入り口が封鎖されていたのである。さまざまな言語で「立ち入り禁止」と書かれており、テープ越しに砂浜を観た。薄暗い夜の砂浜に、ライト片手に歩き回る人影が確認できる。


 「日を改めるべきか………。」


 控えめに言っても、今日の私は他と比べるとかなり異様な出で立ちである。ここの道中で向けられ続けた私に対する好奇の視線がそれを裏付けており、このままビーチに不法侵入をしようものならば即座に署まで連行されることは間違えない。小汚いリアカーを引いた不審者が潮干狩りにやって来た、といくら主張しても簡単には信じまい。


 かといって、このまま帰宅するというのも酷な話である。本来なら片道約10分程度の道のりに対して、この嫌に重たいボロ車をわざわざ引いてきたばかりに、一時間近く要してしまっていることに気が付いたからである。ここで何の収穫もなしに帰ることは愚の骨頂である。


 海に向かって、入り口付近に設置されていたベンチに腰掛けながら以上のジレンマを解消させるための妥協案を模索していた。


 しばらく、波の音を聞きながら海を眺めていた。そして、ふと目に入った遠方の灯台をみて案を思いついた。


 灯台は沿岸から突き出た半島に建てられており、その足元の三方がなだらかな坂となっていたことを思い出す。

 

 元気もりもり灯台が機械化に伴い、完全に自動化される以前に、一度家族と行ったことがある。かつてあの灯台には、古くからの灯台守の一家が住んでおり、あの一家に招かれ灯台から元気もりもり海を一望した記憶がある。


 そのため、完全自動化のため灯台守の立ち退きが決定されると、この町の古参の住人が大規模な反対運動を展開したことは強く記憶に残っている。結果として強引に立ち退きを余儀なくされたと聞くが、私はあの一家のその後を知らない。


 無人の灯台はこの町の主要観光地の一つであり、その足元には観光者のために複数証明が設置されている。ライトも持たず飛び出してきた私にとって絶好のロケーションだ。


  そうと決まれば私は立ち上がり、両頬を叩き自身に発破をかける。そして、遠方にそびえたつ象牙色の灯台を目指し再び歩き出した。




        ――――― 18年前 元気もりもり小学校 夕方 ―――――




 「………攻撃にまだためらいが残っている。なぜだ? 情けをかけているのか?」


 曖昧な意識の中、上方より父の声が頭に響く。俺は何も答えず、ただ乱れた息を整えることに集中する。


 「我らガイアの手刀は異教徒の浄化のためにある。故に情けは全くもって不要の代物だ。」


 何度も浴びせられた言葉だ。いい加減聞き飽きた。もう聞きたくない。

 

 「………後、何度お前を地にたたきつければ覚える。立つのだ、我が子チエよ。まだ修練は続くぞ………。」


 冷えた道場の床が心地よい、出来れば、もし出来るならこのまま溶けて、なくなって終いたい………。



 夢で父との修行を思い出していた。


 意識が戻ると、俺は見知らぬベッドの中にいた。意識はまだはっきりしておらず、自身に何があったかが思い出せない。見知らぬ天井をしばらく眺め、ゆっくりあたりを見渡そうと首を動かした。


 「っっ!?」


 その瞬間、首に強い冷機と激痛が走り、そのショックは同時に自分に何が起こったかを思い出させた。


 「気が付いた?」


 慎重に声のする方に首を向けると、淡い桃色のナース服を着た女がこちらに向かってくる。


 「じっとして。」


 女はそう告げると、目の前で屈み、俺のあごを上方に軽く持ち上げ痛む首に顔を近づけ、首に巻かれた冷えたバンドをずらし、患部に軽く触れる。


 多少痛むが、冷えた肌に伝わる手のぬくもりが心地よかった。


 「大丈夫そうね、さすがあの一家の子。常人ならこの短時間で目を覚ますことはないわ。」


 「………ここは何処だ?」


 「保健室よ。」


 女は胸元のポケットから、梱包された薄橙色の錠剤を取り出し、傍らのストール上にあった水の入ったグラスの横に置く。


 「あなたの首、酷い打ち身になっていたからこっちで冷却処置をさせてもらったわ。その首の保冷材はまだ冷却効果が持続するとは思うけど、早く治したいなら、帰ってからも安静にして冷やし続けることね。その薬は痛み止め。即効性があるからすぐに痛みが引くわ。あなたが帰宅するまでは十分効果が継続するはずよ。」


 「………かたじけない。」


 「これが私の仕事。礼なんて要らない。…あなたに何があったかは聞かないけど、学校では大人しくしていることね。ただでさえあなたには敵が多いんだから…。」


 外でヒグラシが鳴いている。窓から見える校庭にはもう誰もいない。下校時間はとっくに過ぎているようだ。


 「私、あともう少しだけここにいるから。その薬を飲んで落ち着いたら早く帰ってね。首のバンドはまた後日返してくれたら良いわ。」


 「お大事に。」


 女は淡白に告げると奥の事務机に帰っていった。


 窓から差し込む西日が眩しい。俺は目を腕で覆い隠し、日差しを遮断した。腕で作り出した濃密な影の中で、昼間の出来事を思い出す。トゥンニに暴力を振るったあの男が許せない。私以外に誰一人としてあの子を助けようとしなかったことが許せない。あの男に負けてしまった自分が許せない。その上、あの男に全くのダメージを与えることが出来なかった自分が許せない。許せない。何もかもが許せない。


 ………でも、本当に許せないのは、あの状況下でも俺の敵に対し攻撃の手を緩めてしまっていたことである。あふれ出す血のイメージが脳裏に浮かぶと、俺の意思とは裏腹に体が相手を傷つけるをためらってしまう。

 

 臆病な俺が許せない。


 涙が頬を伝ったのは、あまりにも西日が眩しかったからだろう。


 しばらくして、俺は起き上がり、ストールの上にある怪しげな見た目の痛み止めを服用した。あの女が言っていたように効果は即座に現れた。喉をえぐるような痛みはずいぶんと和らいだ。


 ベッドから降りて、帰り支度のため教室にでも向かおうかと考えていたら、奇妙なことに俺の足元に既にお目当てのランドセルがあった。


 私に友人などいない。みんなガイア教に属す俺のことを嫌っているはずだ。それなのに何故、いったい誰が持ってきてくれたのだろうか。全く思い当たる節が無い。


 何者かによって用意されていたランドセルを背負い、あの女の事務机の前を通る。女は無表情で机上のスクリーンに向かいキーボードを入力していた。


「世話になった。貴公の処置のおかげで首の痛みも随分和らいだ。まことに感謝する。」


 女はこちらを一瞥し、すぐに自身の作業に戻る。

 

 「そう、それはよかったわ。」


 トゥンニのその後のことが全くもって不明であったので、俺はダメもとで聞いてみた。


 「恩師、重ねて申し訳ないが、私とは別にけがをした女がここに来なかっただろうか?」


 「私はツバキヤマ。恩師はやめて。トゥンニちゃんのことね、えぇ、あなたがここに来る前に別の男の子がここに運んできてくれたわ。安心して。あの子は大丈夫よ。たいした怪我じゃなかったわ。」


 私は安堵した。私は守ることが出来なかったが、彼女は無事のようだ。それに、私以外にも彼女のことを気にかけてくれる人が居るようだ。その人に礼を言わなければならない。


 「そのオノコについて教えてくれないだろうか。ツバキヤマ先生。俺はその者に礼を言いたい。」


 「彼女と同じクラスの耳が不自由な子だったわ。名前はたしか、キヤマケンタ君だったわね。」


 キヤマケンタ。初めて聞く名前であった。一刻も早く彼にあって礼を伝えねば。


 「なるほど。キヤマケンタと申すオノコであるか。協力感謝申し上げる。」


 私はランドセルを背負い、保健室の出口に向かう。その途中ふと気になったことがあった。


 「ツバキヤマ先生。誰が俺をここに運んだのだ?その人にも礼を伝えたい。」


 ツバキヤマは少し笑みを浮かべ、こう言った。


 「さぁ、気がついたらあなたがベッドに居たのよ。誰があなたを運んだのか見当もつかないわ。」


 いったい誰が俺を運んでくれたのだろうか。礼を言えないことが悔やまれる。


 俺はツバキヤマに改めて感謝の言葉を告げて、保健室を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ