表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

第四話 ぶらり!ケンタと歩く元気モリモリ町!

 過去の栄光に思いを馳せている間にずいぶんと歩いていたようだ。町を橙に染める西の恒星も遠い空に半身を埋めている。夏の終わりを告げる清涼な夜風に混ざる磯の香りが、その存在感をより一層増していることに気付く。


 もうじき、あの海に着く。


 元気モリモリ町は国内有数の前時代生物保護区として機能しており、それを利用した観光業が町の主な収益である。今月末には海が閉鎖されることもあり、海岸の賑わいも平時の落ち着きを取り戻しつつある。

 

 私は赤錆びたリアカーと共に、現地人が住む居住区から海岸に直通する大通りに出た。点々とではあるが、随所に人が出歩いている。汗だくで小汚いリアカーを引く私に、彼らの好奇の眼差しが向けられる。都市部からきた外の人間であろう。彼らからすれば今や手動の搬送機器など漏れなくアンティークの類だ。保護区指定されたこの地では、環境維持のために以前まではこのような機器がまだ現役ではあったが、技術の発展に伴い次第にその役目を終えつつある。そのため、このような世相の流れに逆らってまで用いるのは私のようなこじらせた懐古主義者くらいだ。

 

 ---私は未だ過去に囚われ続けている。


 囚われているというこの感覚を重々理解出来ている。そして、過ぎた時間の中で生きることがどれだけ非生産的であるのかも痛いほどに理解している。


 しかし、私はそこから脱しようと考えたことは一度もない。むしろ過去を置き去りにすることに対し過度の恐れを覚えるのである。


 私が真に生きていた栄光の時代を拭い去れば、今の私にいったい何が残るというのだろう?


 虚無の中で生きるのはあまりにも寂しい。ひとたび楽園を経験した人間は、二度とそれ以下の環境には身を置けないのである。


 「彼女と過ごしたあの時間が一炊の夢だったとしても別に良いではないか、それで生きた心地を得ることが出来るならば………。」


 好奇の視線を浴びながら、私は自分に言い聞かせるように唱え続ける。


 町は次第に夜の顔を見せ始め、通りに並ぶ店も相応の様相に変わる。遠方の灯台にも灯が灯され、そしてこの町で随一の人気を誇る三ツ星ホテル「海獣の里」が黄昏の空を背景に明々と映し出される。


 このホテルのオーナーであるオキクルミはこの町の市長を兼任しており、彼の働きによりさびれた片田舎でしかなかった元気モリモリ町が有数の観光地として全国に名を広めるようになった。


 彼の政策によってこの町は活気づき、多くの人々が定職に就くことが出来た。そのため、この町に住む殆どの人間は彼に対し絶大の信頼を置いている。オキクルミの存在なくしてこの町は存在しないといっても過言ではない。

 

 その一方で、彼の急進的な観光地化計画によって、従来の町の様相が変わることを快く思っていない人間も一定数いる。最もそのほとんどが星が降った以前の時代に、この地で生まれた老人集団、そしてそこから誕生したガイア教の信徒である。


 彼ら少数派の勢力は日に日に下火となっている。経済発展によって潤ったこの地を求め、近年外部の者が多く移住してきているためだ。私も経緯からすれば新参者の一人であり、この町の経済力にあやかって生きている者の一人である。


 ガイア教は私と同じく過去に生きている。彼らの生きた時代はとうの昔に歴史となったのだ。


 「海獣の里」は海に面したホテルであり、元気モリモリビーチの入り口に隣接している。ホテルの地上テラス席では、暖色の明かりに包まれながら旅行者たちが賑やかに食事をとっている。そこには家族連れの観光客も居るようだ。


 他人の家族が仲良くしているのを見るのは嫌いだ。どうしても、私のせいで離れていった両親の事が脳裏に浮かんでしまうからだ。


 私は特別両親に思い入れがあるわけではない。そもそもこの町に移ることになったのも父の事業の失敗が原因であり、他のほとんどの移住者と同様、この町に淡い期待を抱きやってきたのだ。この町に移ってからは、両親ともにそれぞれの仕事に注力するようになり、私に構わなくなった。おかげさまで私は一人で過ごすことが得意になった。一人で過ごす退屈など大したことではない。自身のほくろでも数えていればいくらでも時間を消化することが出来る。


 しかし、いくら経験を積んでも解消できない悩みがあった。


 ---私は誰かに認められたかった。


 両親は昔から仕事熱心であり、ことあるごとに「またいつか」という言葉ではぐらかされてきた。一度たりとも参観日に来てくれなかった。運動会にも来てくれなかった。なぜ来てくれないのか癇癪を起し私が尋ねれば、二人とも謝りながら不確実な約束を結ぶ。いっそはっきりと来ないと言ってくれればよかった。私は分かっていながらも、両親の「またいつか」を信じ続けていたのだ。


 孤独の身となった今ではもう、その「いつか」が果たされる可能性も費えた。そのため、私を認めてくれたのは後にも先にもトゥンニただ一人だけとなってしまった。


 その彼女も私のせいで失うことになる。彼女を失った現在いまは単なる消化試合だ。


 いつも以上に時間をかけ、やっとのことで元気モリモリ海岸に到着した。


 煌々と私を照らしていた夕日も、もう地球の裏で眠りについていた。

 




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ