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この暮れた地の上で-灰色のふたり-  作者: きんもくせいぷらす
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一章 灰色のふたり (2)

 ユーリは咄嗟に女の子を抱えて全力で走る。その行動を取った自分に驚愕した。このご時世、誰かを助ける余裕なんてない。お荷物を抱えて逃げ切れる程、奴は甘くない。


 これは知り合いでも、友達でも、家族でもない。偶然目の前に転がってきただけだ。助ける義理はない。そうだ、これを囮にして自分は逃げれば良い。奴がこれを蹂躙している間に全力で走れば確実に振り切れる。


 奴の音が耳から離れない。付かず離れずの距離感。体力を消耗する人間が圧倒的に不利だ。迷っている暇はない。さぁ、餌を投げて……。


「クソッ!」


 草むらに向かって走り出した。奴が強いタイプでなければ、これで少しの間、姿を隠せる場合がある。これが二人共無事に生き延びる最善策……。


 自分の甘さに反吐が出そうだ。いつからこんな下らない正義感などを持った!


 人は自分が生きるために人を裏切る。そんなの当たり前の摂理だ。常識だ。人助けなど気が狂っているとしか思えない。それが何になる? 何一つとして得することはない。


 しゃがんで音を立てぬよう、奴を観察する。円筒の頭をくるくると動かして辺りを警戒している。


 奴は、強いタイプではなさそうだ。雑兵か。


 強いタイプは、高威力で速い飛び道具を持ち、どこに隠れていてもこちらを捕捉してくる正真正銘の化物だ。あれだけには出会いたくない。それに狙われれば、生存は絶望的だろう。


 今の奴は、ユーリ達を見失っている様子だが、それも長くは続かないだろう。


 ならば、ここしかない。荷物を二つ地面におろし、背負っていた鉄パイプを右手に持つ。


 左手を鉄パイプにあてがい、ありったけの魔力を込めた。今日は一日、魔力を使うことができなくなるだろう。それは、命の危険が飛躍的に高まることを意味する。


 鉄パイプが青白く光り、バチバチと、大きな静電気のように音を立てる。


 後はこれを思い切り振りかぶり、奴の頭に向かって遠投するだけだ。


 外せば、終わり。一回限りのチャンス。


 外せば、死ぬのだろう。


 なんで女の子一人のために無茶をしているんだか、と冷静な自分が自嘲した。


 書物で見た、ヒーローとやらにでも憧れたか? 自己満足に浸りたかったのか?


 汗ばむ右手で、鉄パイプを握りしめる。左手を前に突きだし、奴の頭に狙いを定めた。


 外した後のことは今は考えないようにする。


 その時は、その時考えよう。


 鉄パイプを、力の限り目標に投げる。勢いのあまり、たたらを踏みかけ、足に力を込めて体勢を崩さぬようにする。


 鉄パイプは空気を切り裂き、真っ直ぐに奴の頭目掛けて飛んで。


 大きな音を立てて貫通した。穴が開き、バチバチとショートした。


 それを確認し、ユーリはナップサックと女の子を横手に抱えて全力でこの場を離脱する。頭をぶち抜いても安心できない。息が切れる。頭がぼうっとする。酸素が足りない。


 奴から離れた場所に着いてから一旦止まる。深呼吸して、息を整え、周りの様子を伺う。景色は変わらない。雨が上がり、音の識別が楽になっている。機械の音も、何かの足音も、聞こえない。


 助かった。生き延びた。


 どこか安全な場所があればそこで休みたい。魔力を、使いすぎた。


 その前に灰色の女の子をその場におろし、自分の服の一部を引きちぎり、足に巻いて止血。ナップサックから消毒薬やガーゼ、包帯を取り出し、手早く応急処置を施した。


 一通り終わり、この先の方針を考える。前には進まず、引き返した方が良いか。この先は、危険地帯かもしれない。大回りして先に進むべきか。


 この女の子は……どうするか。


「歩けるか?」


 彼女は無言で立ち上がろうとして、左足を地面に着けた瞬間、顔を潜めた。


 無理、か。手当てはしたが、機動力を失ったこの子が生き延びることは難しいだろう。


 ……それでも、これ以上世話をする義理はない。自分の身を護ることすら危ういのだ。誰かを護りながら生きていける程、ユーリは強くない。


「俺は行く。後は自分でどうにかしろ」


 女の子に背を向けた。これ以上、ユーリが施せることは何もない。後のことは知らない。ユーリには関係のないことだ。


 なら、何故助けた? 自身の行動に一貫性がない。元々見捨てるつもりなら、魔力を全部使う愚策を取る必要はなかったはずだ。囮に使えば良かったのだ。


 一歩進む。


 食糧や飲料水の倍増、敵に見つかりやすくなるリスクなどを考えても、二人旅にメリットはない。特に、この子はどう見ても戦力にならない。論外だ。お守りをできるほどユーリは強くない。


 もう一歩、進む。


 …………………………だが、近くに集落でもあれば、そこまでなら面倒を見てもいいかもしれない。あくまで、短期間だが。


 もう、一歩……。


 バカだな、と自嘲した。きっと、自分は長生きできまい。冷酷になれない人間の末路なんて、ろくなものではない。


 女の子に向き直り、近づく。ビクリと身体を大きく震わせた。後ずさろうとして、痛みに顔を歪めた。


 どうせ喋らないのだから、意志疎通はできない。女の子を無理やり背負った。鉄パイプがなくなったから背負えるようになったのは皮肉か。


 歩き出す。女の子の重量と、今までの蓄積した疲労と、魔力切れ独特の脱力感で身体が重い。


 今、先程の殺戮兵器に捕捉されたら、一貫の終わりだろう。


 空腹で集中力が乱れた。どこかでエネルギーを補給する必要がありそうだ。思案しながらしばらく歩いていると、先程のバス停まで戻った。


 危険は承知で、この場所で一旦休憩を挟むことにした。……人を運ぶのは初めてだが、子どもでも大変だ。


 女の子を背中からおろし、腐った木材に座った。


 女の子も、ユーリから少し離れた所に座った。俯いて、震えていた。


 気遣うこともせず、無視することにした。


 ナップサックから貴重な缶詰を取り出した。どこかの廃屋で漁った缶詰だ。シーチキンと書いてある。ユーリが一番好きな缶詰だ。


 プルタブを引っ張り、小気味の良い音を立てて蓋が取れる。食欲をそそる匂いが立ち込める。


 どこからか、小さなお腹の音が聞こえた。


 無視して、木材で作られた箸でシーチキンを一欠片頬張る。口に広がる旨味が、身体を満たしてくれる。生きていることを実感させてくれる。


 チクリとした、罪悪感。意味の分からない感情。


 今日の自分は、本当にどうかしている。


「……食うか?」


 女の子は答えない。俯いたまま、震えて、両手を強く握りしめている。ユーリは会話することをすぐに諦めた。


 箸と缶詰めを女の子に押し付けた。理性での行動ではない。自然に身体が動いていた。


 目を瞑り休むことにした。


 結局シーチキン一欠片しか食べていない。ただ身体を休めることしかできなかった。


 バカだな、と思った。

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