エピローグ:Still last a little.
ヴァンパイアサイレンや魔王が現れて、父さんにも他の世界の勇者であることがバレて、色々騒がしかったあの日から一カ月──季節はすっかり夏になった。
明日から夏休みである。
終業式の後の部活を終えた俺は、帰りに真島の家に寄った。
まだ夕方四時ごろで明るい時間帯に帰れるのが嬉しい。
もっと練習に時間をかける学校もあるが、部活のオーバーワークはしないというのがうちの学校のいい方針だ。
それでも三時間はみっちり運動している。
お陰で身体中汗だくだった。
真島は先に帰っていて、シャワーを浴びてさっぱりした顔で玄関に出てきた。
「夜の道場の指導があるから早めに切りあげた」と剣道部員から聞いた。
「なあ、『夜の道場』ってさ、なんか意味深な言葉だよな」
「人の家で最初に言うセリフがそれか。真面目に家業をやっているんだぞ。シャワー借りるか?」
サンキューとさすがに一言言って家に上がった。
着替えは持ってきている。下着、Tシャツにハーフパンツ。
もう計画的確信犯だ。
真島の家は広いし、今は人も少なくなったし、口うるさい妹や母親なんていうのもいないのでのんびりできる。
シャワーを浴びて着替えると、真島の部屋でゲームをする。
床は畳、壁は襖と障子で囲まれた完全和風の部屋で寝転がりながらプレイできる。
そんな落ち着ける空間で、この間新フィールドが解放されたデスメサオンラインができるなんてとても贅沢な気分だ。
まだまだデスメサは熱い。
空調は効いていても、もう一滴も汗はかきたくないので、モーションキャプチャーモードではなく、普通のコントローラーでプレイする。
真島も道場が始まるまで付き合ってくれる──というか、間違いなく一緒にプレイできるのを待ってくれているのだ。
「将道さん、開けますよ」
障子の陰から呼びかけられ、すっと開けられたところから膝をついて座っている将道の母さんが顔をのぞかせた。
両目はちゃんと揃っていて、怪我の跡は微塵もない普通の美人に戻っている。
和服と割烹着がとてもよく似合っていた。
持ってきたお盆には、焦げ茶の飾りのないシンプルなケーキと生クリームの入った壺、皿とフォーク、ナイフが乗っていた。
「ガトーショコラを作ったの。よかったら食べてくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとう。置いておいてください」
俺たちは切り分けて、食べながらプレイを続けた。
真島の母さんは、最近真島がスイーツ好きと知って、よく作ってくれるようになった。
「いいなぁ、おまえんち。美味い手作りケーキが食べられるようになったもんな」
「おまえんちだって、お父さんがケーキ作れるじゃないか」
「あれは喫茶店の商売道具だからさ。俺が好き勝手食べるわけにいかないんだよ」
「ここでも好き勝手食べていいわけじゃないんだぞ」
「でも食べてくださいねって、出されるんだよなぁ……」
「ところで首尾はどうなんだ? 魔法使いは見つかりそうなのか?」
うーんと俺は唸っていた。
そのことだ。そのこともあって、ちょっと家に居づらかったりするのだ。
「ジェイルからは、まだ報告がないよ」
ジェイルは、予想通り警視庁管轄の謎の部署に移された。
そこで、普通の人間の仕業なのか悩むような珍妙な事件を取り扱っている。
もし、転生者やカーナらしい人を発見したら、こちらに連絡してくれることになっていた。
「そんでさぁ……母さんたちが作るしかないんじゃないかって、何日か頑張ったりしているみたいなんだが……」
「おまえんちの方が『意味深な』うちになっているんじゃないか」
「そうなんだよな……。今朝は今朝で、舞と『また妊娠検査薬が陰性でさ』って話してるんだよ、息子の前で! 普通話す? 年頃の中二の息子の前でそんなこと。それを突っ込んだらさぁ、『あんた、前に心は成人済みだって言ってなかったっけ?』って言うんだよ。それなのにさ!」
俺はカバンから新しいスマホを取り出して、真島に見せた。
「ほお、買ってもらったんだ」
「買ってもらったはいいけど、がっちりペアレントロックがかかっているんだよ! やってられんだろ! 一方は成人扱いで、もう一方は未成年扱いって。やってられないっつうの!」
ハハハハハと真島はゲーム画面を見ながら愉快そうに笑った。
俺の愚痴はデスメサをやりながら次々に出てきた。
「安永は毎日毎日『いつ異世界に行くのか?』ってライン入れてくるし。デスメサをしようとしてもフレンド登録しているから『おーい、まだ? 産まれない?』って聞いてくるし。なんだかなぁ、やっぱり一人で行こうかなあって」
「安永がウザいっていうなら、俺んとこに来ても無駄だぞ。この間、みんなと同じように本体のチャットアプリをダウンロードした。安永も前からフレンド登録してしまっているからな」
真島が説明しているそばから、画面からピコーンと機械音が鳴った。
『YAASU』というフレンドがオンラインになった事を知らせる小さなウィンドが隅にできている。
YAASUは安永のハンドルネームだ。
しまったと俺がゲームを止める間もなく、すぐにテレビのスピーカーから安永の声が聞こえてきた。
『こんちは真島! おや? 吉留が真島のうちにいるんだね』
「そうだよ。道場の稽古が始まるまで付き合ってもらっているんだ」
「やあ」
俺も仕方なく挨拶をする。
俺たちの声はコントローラーに付いたマイクが拾う。
『吉留、まだ準備できないのかよ。早く行こうぜ、異世界』
「ほら! 言うと思った。真島、ずっとこんな調子なんだよ。こっちだって焦っているのに」
「安永、少し抑えろよ。こっちもどうしようもないんだから」
『だってさー。アピールしておかないと置いてかれそうじゃないか』
「準備ができたらちゃんと知らせるよ。わかっているんだろう?」
真島にたしなめられて息を呑む安永の気配が伝わった。
俺のスマホに着信が入った。ジェイルだ。
応答して耳にあてると、だいぶ慌てた声で要件をまくしたてる。
ジェイルがSNSでなく、電話してくること自体が緊急を要することを伝えている。
スマホを切ると、俺は立ちあがった。
「途中で抜けて悪いな。ケーキ美味しかったですって言っておいてくれ」
「俺も一緒に行こうか?」
「平気さ。家に刀を取りに帰らないといけないところが面倒だけどね」
ジェイルが事件で魔物に遭遇しそうなときには、俺もジェイルと行動することになっていた。
実際会って戦うことになったら修行にもなるし、ちょっとした手当も出る。
「たまには俺も呼んでくれ。これから夏休みだから」
画面からこちらに顔を向けてくれた真島に手をあげ、玄関で大きな声で礼を言って屋敷を出た。
古い門は崩してしまったので、最近最新式の警備システムが付いた新しい門構えが完成したばかりだ。
俺をカメラで確認して自動で開いていくくぐり戸をくぐって走り出した。
いつ最後の一人に会うかわからない。
でも、結構近くにいるような気もする。
それまでになるだけ強くなっておきたい。
姫を守るだけじゃない、父さんも、もしかしたら安永まで行くことになるかもしれないのだ。
どんなメンバーであの世界に行くことになるかはわからないが、また姫に会って、みんなを紹介できるということはとても楽しみだ。
でも、こわい目にもあわせてしまうかもしれない──そんなことがないように、俺がもっと強くならないと。
モテなくてもバカでも、なにはなくとも、俺を頼りに俺を呼び、俺についてきてくれた奴らをそんな目にあわさないようにする──それが、俺のなかの理想の勇者ってもんだからだ。
× × × × ×
真島将道は、友人が出て行ったあともゲームを続けていた。
安永とはフィールドが離れていたので、一人その場で組んだパーティーでなし崩し的に中型ボスを倒し、用があるからと離脱した時、今まで黙っていた安永が話しかけてきた。
『ねえねえ、いつから気づいていたの?』
「なんのことだ?」
『さっき言った「わかっているんだろう」は妙じゃないか? いつから気づいていたんだ? 魔力じゃないよな? 使ったことないし』
「こっそり使ったことはあるよな。ダロスが俺の許可なしに姿を消すなんてありえないんだから。『安永のそばにいろ』って言った俺の命令を守らないなんて」
『なるほど。あの辺りからか……』
「ところで、伝説の魔女よ。俺も一緒に行っていいのかな? 伝説の魔女は、これまで姫の成長を見守ってきた守護者だと聞いているが……」
チャット音声からクスクス笑う声が聞こえた。
『いいんじゃないのか? 良き魔女は常に姫の味方だ。姫が求めるもの、姫を助けるものを差別したりはしない。せいぜい腕を磨いておくんだな』
「互いにな。どうせお前だって、まだまだ力が戻っていないんだろう?」
真島はゲームのスイッチを切ると、すぐに廊下に出た。
真島が爺と呼ぶ老人がそこに控えていた。
「まだお時間ではありませんが」
「自分のためだ。俺もまだまだ力が戻らん。ヴァンパイアサイレンごときで苦労するぐらいではな。相手をしろ。俺についてくる奴に脆弱なものはいらない。鍛えながらお前の正体を見極めてやる」
二人は道場に向かった。




