第十章 6
「――あ~ん、クロウ様がジンガの村に入っちゃったぁ~」
九郎たちの馬車を尾行していたジンジャーは、
村の手前で馬を止め、ため息を吐いた。
「ねぇ、サクナさん。どうしましょう? さすがに村の中まで追いかけると、尾行がバレてしまうと思うけど」
「……大丈夫」
隣で馬を止めたサクナが、周囲を見渡しながらぽつりと答える。
「……距離はじゅうぶんに取った。向こうには気づかれていない。だけど少し、空気がおかしい」
「空気?」
「……ここは静かすぎる。人の気配がまったくない」
「そういわれてみると、たしかに誰も見かけないけど……田舎だからじゃない?」
ジンジャーは軽く左右を見て、のんきに言った。
しかしサクナは表情を引き締め、近くの森に目を向ける。
さらに青い空を鋭く見つめ、硬い声で言葉を続ける。
「……たぶん違う。鳥もいない。何らかの異変が起きている」
「異変?」
「……うん」
サクナは懐から地図を取り出し、目を落とす。
「あら、サクナさん。それは何ですか?」
「……この辺りの地形図」
「まあ、さすがサクナさん。用意周到ね」
ジンジャーは感心しながら地図をのぞく。
同時にサクナは村の外れを指さした。
「……ここが大賢者の家。あの子はここに向かっている。裏の森から近づけば、たぶん見つからない」
「あらまあ。クロウ様は大賢者様にお会いに行くところだったの?」
「……うん」
「どうしてサクナさんは、そのことを知っているの?」
「……昨日、ちょっとだけ盗み聞きした」
「まあ! さっすがサクナさん! 頼りになるぅ~」
ジンジャーは嬉しそうに微笑みながら、サクナの頬を指でつつく。
「それでは早速、森の方に移動しましょうか。クロウ様に恩を売るチャンスを逃すわけにはいかないわ」
「……うん。それじゃ、あっち」
サクナはうなずき、森の奥を指さした。
とたんにジンジャーは馬首を向けて、森の中に突っ込んでいく。
しかしサクナは走らなかった。
伯爵の護衛は馬をゆっくり歩かせ、近くの大木の前で足を止めた。
同時に腰の剣を抜き放ち、太い幹を素早く刻む。
それからようやく馬を走らせ、ジンジャーの背中を追いかけた。
そして、二人が森の中に姿を消した少しあと――。
ラッシュの街の方向から、馬に乗った一団が駆けてきた。
総勢三十名の武装した男たちだ。
目立たない地味な服装をした一行は、
速歩でジンガの村へと突き進んでいく。
しかし不意に、先頭を走る男が手を横に伸ばした。
同時に全ての馬が足を止める。
男は手綱を引きながら、道端の大木に目を凝らす。
そして幹に刻まれた矢印をはっきり確認したとたん、
そのまま振り返らずにハンドサインで全員に指示を出す。
武装集団はすぐさま二手に分かれて走り出し、左右の森に散っていった。