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第十章 5



「――よーし。ようやくジンガの村まで戻ってきたぞ。……と言いたいところだが、こいつはいったいどういうことだ?」


 ジンガの村の診療所前で馬車を降りた九郎は、

 周囲を見渡して眉を寄せた――。



 朝の七時にラッシュの街を出発した九郎たちは、

 午後の三時過ぎにジンガの村に到着した。


 そして馬車に乗ったまま中央広場に入り、ケイの診療所の前で客車を降りる。


 しかしそのとたん、九郎は奇妙な違和感に顔を曇らせ、

 マガクに疑問を投げかけた。



「なあ、マガクさん。何か変な感じがするんだけど、こいつはオレの気のせいかな?」


「いえ。この村に入った時から、私も違和感を覚えていました。そして、この広場を見て確信しました。この村には人間が一人もいません」


 マガクは広場に面した建物を見渡しながら九郎に答えた。


 九郎も首を回して視線を飛ばす。



 たしかにマガクの言うとおり、広場には誰もいなかった。

 


 村役場に出入りする者も一人もいない。

 酒場や衣料品店にも人の気配は感じられない。

 食材を売るいくつかの露店に至っては、客はおろか店員すら見当たらない。



「……やっぱそうか。いくら人口が少ない村とはいえ、まだ午後の三時だっていうのに、このひとけのなさは異常だな」


 九郎は無人の広場を見つめながら表情を引き締める。


「オーラ、クサリン。悪いけど、二人で村役場を調べてきてくれ。コツメは反対側の酒場を頼む。三人とも、少しでも危険を感じたらすぐに引き返すんだ」



「おうっ!」

「はい」

「うむ。いいだろう」



 三人は即座に返事をして駆け出した。



「マガクさんも悪いけど、ここでみんなの様子を見ていてくれ。オレは診療所の中を調べてくる」


「分かりました。お気をつけて」



 九郎は半分の長さの棍棒を握りしめ、すぐに診療所の中に足を踏み入れた。



「……やはり、誰もいないみたいだな」



 診療所の待合室は完全に無人だった。



 座布団が敷かれた木製ベンチが、ひとけの無さを余計に強調している。


 ベンチに囲まれたローテーブルにはミカンが盛られた木の器。

 それと木の湯呑みが五、六個ほど置かれている。

 湯呑みに触れてみると、まだほんのりと熱を感じる。


「温かい……。ついさっきまで、人がいたような感じだな」


 九郎は棍棒を握り直し、周囲に目を配りながら奥へと進む。



 壁の木のドアを押し開けて中に入ると、そこは診察室だった。


 木製の机が一つに、椅子が三つ。

 壁際にはベッドが三台並んでいる。


 机の近くの薬棚には、大小様々なガラス瓶が整然と並んでいる。

 奥の廊下の先には、裏口らしきドアが見える。



「……机の上には粉薬が置きっぱなし。薬草の入ったガラス瓶も出しっぱなしか。こいつはどう見てもケイさんらしくないな。かなり慌てて出ていった感じがするけど……」


 九郎は慎重に廊下を進み、裏口から外に出た。

 


 すると、裏庭に置いてあった植木鉢がいくつも粉々に割れていた。

 


 どれも踏み砕かれたような感じだ。

 ハーブの花壇にも複数の足跡が残っている。

 奥の物干し台は横に倒れ、竿が一本折れている。



「これはいったいどういうことだ……? 診療所にいた人間が逃げたのか、それとも誰かに襲われたのか、状況がさっぱり分からん……。しかし、何かが起きたことだけは確実だな……」


 言って、九郎はごくりとつばを飲み込む。

 そして裏庭から表に回り、馬車まで戻った。



「どうでしたか?」



「やっぱり誰もいなかった」



 マガクに訊かれ、九郎は虚しく首を振る。


「裏庭がかなり荒れていた。逆に診療所の中が荒れていなかったことから察すると、おそらく大勢の人が慌てて出ていったような感じがする。湯呑みに少しだけ熱が残っていたから、それほど時間は経っていないはずだ」


「そうですか……。そうすると、村人全員がどこかに避難したという可能性が一番高いですね」


「そうだな。肝心なのはその理由だけど――お、戻ってきたな」



 不意に酒場から出てきたコツメが、馬車の横に駆けてきた。



「酒場には誰もいなかった。作りかけの料理に熱が残っていたので、ついさっきまで人がいたはずだ」


「やっぱりそうか。争った形跡とかはなかったか?」

「店の中は乱れていなかった。冷静に出ていった感じがする」


「なるほど……。まあ、この時間に食事をする客はあまりいないだろうし、あそこのマスターとウェイトレスは神経が太そうだから、滅多なことじゃ取り乱さないだろ」



「おーいっ! クロウーっ!」



 オーラが広場中に声を響かせながら、クサリンと一緒に戻ってきた。



「オーラとクサリンも無事だな。役場の方はどうだった?」

「ダメだ。中には誰もいなかった」


「しかも書類がいっぱい散らかっていました。椅子や机もひっくり返っていたので、大勢の人が、かなり慌てて逃げ出したような感じですねぇ」


 二人の報告を聞きながら、九郎はアゴに手を当てた。


「そっちもか……。そうするとやはり、かなりの異常事態が発生したみたいだな。マガクさんはどう思う?」



「そうですね……」



 巨人は灰色の顔をわずかにしかめて思案した。



「一般的に村人全員が逃げ出すのは、敵の軍隊が迫ってきた場合です。しかしここは独立自治区の村で、東側のアルバカン王国と、南西のサザラン帝国は軍隊を動かしていないはずです」


「ああ、たしかにそうだ。アルバカンの軍隊は機能していないし、ハーキーは静観しているからな」


「そうすると次に可能性があるのは、山賊などの盗賊団による襲撃です。しかし、こんな昼日中に襲撃してくることは考えにくい。だとすると、あとは錯乱したドラゴンが襲ってきたというところですが、それにしては建物の被害がまったく見当たらないので、それも上手く当てはまりません」


「そうなんだよ」


 マガクの話に、九郎はうなずいて言葉を続ける。


「村人が逃げ出したわりには、被害らしきものが見当たらないんだ。それに、ここは大賢者マータが住んでいる村として有名なはずだから、わざわざケンカを吹っかけるヤツがいるとも思えない。うーん、こいつはちょっとしたミステリーだぜ……」


「ですがクロウさん。何かが発生していることは確実です。いずれにせよ、行動方針は早めに決断した方がいいでしょう」


「たしかにそうだな」


 巨人の言葉に背中を押され、九郎は全員を見渡して口を開く。


「よし。それじゃあ全員、すぐに馬車に乗ってくれ。とりあえずマータの家に向かおう。マータの体が残っていたら、この指輪でさっさと魔法契約を変更する。そうしないと、オレはあと二日で死んでしまうからな」


 九郎は話しながら指にはめた黄金の指輪をみなに向けた。


「それでもしもマータの体がなかったら、すぐに村から脱出する。そして情報を集めながら村人を探すんだ。さあ、行くぞ!」


 言って、九郎は鋭く手を叩く。


 五人はすぐに客車に乗り込んだ。



 そして、御者に化けたギルバートはニヤリと笑い、黙って馬車を走らせた。




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