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第十章 2



「――クッソォ。マジでサイアクだ。なんでこの俺が賞金首なんかになってんだよ。しけた街のくせしやがって、マジでサイテーでサイアクのクソだな、ここは」



 薄暗い路地裏を歩くギルバートが、手の中の張り紙を見ながら毒づいた。



「しかも懸賞金がたったの金貨二枚ってどういうことだ? この俺の価値が金貨二枚なわけねぇだろが。クソ。どいつもこいつも見る目のない、サイテーでサイアクのクソばかりだな。クソ。これもすべて、あのクソ生意気な――いてっ!」


 突然誰かにぶつかり、ギルバートは目を剥いた。


「オイコラテメーっ! いったいどこに目ぇつけて歩ってんだっ! このボケがっ!」



「……前を見ていなかったのはおまえの方だろ」



 闇の中に立つ中年男が低い声を闇に放つ。


 そのとたん、ギルバートは慌てて頭を軽く下げた。


「そっ! その声はバルバドスさんじゃないっすか!」


 手のひら返しの態度に、中年男は呆れ返った息を漏らす。

 そして近くの木箱に腰を下ろし、

 薄汚れたコックコートをまとったギルバートを鋭く見据える。


「……おい、ギルよ。おまえも盗賊ギルドの一員なら、暗闇でも見える目を持て。これぐらいの暗さで相手の顔が分からないなんて、盗賊として何の役にも立たないぞ」


「す……すんません。今はちょっと、この張り紙にムカついていたもんで……」


「偶然だな。俺も昨日そいつを目にして、腹に据えかねていたところだ」


 バルバドスは、ギルバートが持つ手配書を指さしてさらに言う。


「どういう理由かは知らんが、サザランの軍人どもがおまえの手配書をあちこちに貼りまくってる。まったく。子どもなんて見逃しておけばいいものを、殺そうとして失敗して、挙句の果てに賞金首にされるとは、おまえは本当にどうしようもないバカだな」


「い……いや、だけどバルバドスさん。あれは俺が悪いんじゃないっすよ。あのクソ生意気な小娘がぜんぶ悪いんです。あいつさえいなければ、俺は今でも伯爵の屋敷でコックを続けられていたんですから、恨みを晴らすのは当然の権利じゃないっすか」


「俺も最初はそう聞いた。だからおまえの復讐に手を貸したんだ」


 バルバドスはゆっくりと立ち上がり、顔の前に右手をかざす。


 すると、中指にはめていた土色の指輪が鈍い光を放ち始める。

 

 直後、バルバドスの姿が桃色の髪の娘に変化した。


「――なあ、ギルよ。さっき、南のパン屋の前で桃色の髪の子どもを見かけたんだが、おまえが殺したい小娘ってのはこいつだろ?」


「す! すげぇっ! そうっす! そいつっす! バルバドスさん! まさか幻影の指輪を手に入れたんっすか!?」


 ギルバートは思わず羨望の声を張り上げた。


 しかしバルバドスは軽く無視し、指輪を再び光らせる。

 そして元の姿に戻り、木箱に尻をのせて口を開く。


「……まあな。三年ほど前に注文していたヤツが、昨日やっと届いたばかりだ。それよりギルよ。俺は誰だ」


「えっ? 誰ってそりゃあ……盗賊ギルドの、大幹部っすよね……?」


「そうだ。俺はこの街の盗賊をまとめる一人だ。だから、おまえの話が本当かどうか調べさせてもらった。それで分かったんだが、あの桃色の髪の子どもは何も悪くない。悪いのは、おまえの頭だ」


「はあ!? なに言ってんっすかバルバドスさんっ! 俺が悪いわけ――」



「いいから聞け」



 バルバドスは手のひらを向けてギルバートを黙らせた。



「いいか? おまえは最初、俺に対してこう言った。ある人間が卑劣な罠を仕掛けたせいで、伯爵の屋敷から追放された。だから、そいつに復讐するために手を貸して欲しい、ってな」


「ええ! そうっす! そのとおりっす! 俺はコックとして真面目に働いていたのに、あの小娘のせいで何もかもダメになっちまったんっす!」


「だが、俺が調べたところ、おまえはあの屋敷の食料を横流しして、それがバレてクビにされたそうじゃないか。しかもその仕事は、俺たち盗賊ギルドには内緒でやっていた盗みだったそうだな」


「い! いや! そ、それはたしかにそうっすけど! あとでちゃんと話そうと思っていたんすよ!」


 ギルバートは慌てて両手を横に振る。

 同時にバルバドスは首を小さく横に振った。


「あの時は俺もちょっと忙しくて、調べる手間を惜しんでしまった。クソヤローを一人始末するくらいなら、大したことはないと思ったからな。だが、それが間違っていたようだ。おまえは俺たちを裏切って盗みを働いた。しかも俺たちを騙して、子どもを始末させようとした。……なあ、ギルよ。おまえ、この落とし前をどうつけるつもりだ?」


「おっ、落とし前!? いや! なに言ってんすかバルバドスさん! 落とし前をつけるのは俺じゃなくて、あの小娘の方っすよ! なんで完全に被害者の俺が落とし前をつけなくちゃいけないんすか!」


「とぼけるな。こっちも一日かけてじっくり調べ上げたんだ」


 バルバドスは指を一本立てながら、低い声で話を続ける。


「いいか、ギルよ。まず、おまえの横流しに気づいたのは、伯爵の屋敷で働いているエスタというメイド長だ。そして、そいつの依頼でおまえの盗みを調べたのは、メイレスという傭兵だ。あの桃色の髪の子どもは、ただの荷物運びとして雇われただけだ。メイド長と傭兵を恨むのならまだ話は分かるが、子どもは何の関係もないだろ」


「いや! あいつら三人がグルなんだから、めっちゃ関係あるじゃないっすか! しかもこの俺がわざわざ食べ残しのパンまで恵んでやったのに、あの小娘は俺のことをバカにしたんすよ!? しかも一口も食わずに突き返してきやがったんっす! あんな常識知らずのクソ生意気な小娘は、ぶっ殺してやらないと気が済まないに決まっているじゃないっすか!」


「まったく……。どうやらおまえの頭はぶっ壊れているみたいだな」


 バルバドスは自分の額を指でつつき、呆れ返った声をこぼす。


「まあいい。筋の通った話が出来ないヤツってのは、たまにいるからな。だがな、ギルよ。あの子どもへの復讐は諦めろ。そして今すぐ、この街から出て行くんだ」


「はあ!? なに言ってんすかバルバドスさん! なんで俺が出て行かなくちゃいけないんすか!?」


「ついさっき報告があったんだよ。この辺じゃ見かけないヤツらが三十人ばかり街に入り込んで、おまえを探しているってな。しかも既に、ギルドの仲間が三人ほど姿を消した。まず間違いなく、そいつらはおまえを消すつもりだ」


「え……? ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」


 ギルバートは驚愕して目を見開いた。


「なっ、なんなんすか、そいつらは? なんで俺が狙われなくちゃならないんすか?」


「そりゃおまえ、サザランの軍人がおまえを指名手配した次の日に、この騒ぎだ。普通に考えれば、サザランの暗殺部隊だろ。たかが金貨二枚の賞金首に、賞金稼ぎが三十人もやってくるはずないからな」


「あ、暗殺部隊!? なんすかそれ!? なんで俺が、そんなヤバいヤツらに狙われるんすか!?」



「知らん」



 バルバドスは冷たい声で言い捨てた。



「だがな、聞くところによるとサザランの巨人兵が、あの桃色の髪の子どもを護衛しているそうだ」


「きょ……巨人兵!? なんでそんなスゲーヤツがあんな小娘を!?」


「おそらく、あの子どもはサザランの最上級貴族なんだろ。巨人兵が護衛につくのは、国のトップだけだからな。つまりおまえは、とんでもない相手に噛みついちまったってことだ」


「そ……そんな……」


 ギルバートはふらりとよろめき、壁に手をついて寄りかかる。


「あんな……あんなバカでクソでクソ生意気な小娘が、サザランの大貴族だったなんて、そんなはずないっすよ……」


「たしかに貴族かどうかは知らん。しかし、あの子どもが巨人兵と一緒に行動していることは間違いない。そして、三十人以上の暗殺者がおまえの首を狙っていることも確実だ。つまりおまえに残された道は、この街から出て行くことだけだ」


「そ……それはたしかに、そうかも知れないっすね……。サザランの巨人兵と暗殺部隊なんて、マジでシャレにならないっす……」


 ぽつりと呟き、ギルバートはすがるような目で盗賊ギルドの幹部を見た。


「で、でもバルバドスさん。俺、この街を出て、どこに行けばいいんすか……?」



「知らん。そこら辺で野垂れ死ね」



「そ……そんなぁ……」



 針のようなバルバドスの声が耳に刺さり、

 ギルバートは泣きそうな顔でひざまずく。


「お……お願いしますよ、バルバドスさぁん……。助けてくっさいよぉ……。俺たち、同じギルドの仲間じゃないっすかぁ……」


「何だそりゃ? 俺に嘘をついてギルドに迷惑をかけておいて、困った時だけ仲間面か」


 バルバドスは氷の目で淡々と言う。


「どうやらおまえの言う仲間ってのは、自分にとって便利な道具って意味らしいな」


「そ……そんなわけないっすよぉ……。俺、盗賊ギルドのヤツらは、本気で家族だと思ってるっす……。だから、俺のせいでみんなに迷惑がかかるんなら、喜んで街を出て行くっす……。だけど、ほんとにどこに行けばいいのか、マジで分からないんす……」


「……なあ、ギルよ」


 バルバドスは夜のような暗い声で話しかける。


「長いこと盗賊をやってると、暗闇に目が慣れるんだよ。だからこうしてじっくり見ると、おまえの中の闇も見える。おまえの嘘は、俺には二度と通じない」


「ほんともぉ、カンベンしてくださいよぉ……。俺、嘘なんかついてないっす……。マジで助けてほしいんです……」


 ギルバートは胸の前で両手を組んで、哀れっぽい声を漏らした。


 恥も外聞がいぶんもなく命乞いする中年男の姿を見て、

 バルバドスは顔をしかめながら面倒くさそうに頭をかく。



「ああ、もう、分かった分かった。男のくせにめそめそ泣くな。みっともない」



「え……? それじゃあ、助けてくれるんすか……?」



「行き先を紹介してやるだけだ。とりあえず、ローソシアの首都アカモスに行け。俺の紹介だって言えば、向こうの盗賊ギルドに入れてもらえる。そこから先はおまえ次第だ」


「えっ!? マジっすかっ!?」


 とたんにギルバートの顔が喜びに輝いた。


「アカモスのギルドって、めちゃめちゃデカイところじゃないっすか! そんなところにマジで入れるんすか!?」


「まあな。向こうのギルドにはちょっとした貸しがある。おまえ一人ぐらいなら問題ない。ただし、俺の面子を潰すようなことは絶対にするな。そんなことをしたら俺がおまえを殺しに行く。肝に銘じておけ」


「はいっ! もちろんっす! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」


 ギルバートはすぐさま立ち上がり、何度も頭を下げて声を張り上げる。


「ほんっと助かりますっ! もぉ、ほんっと助かりますっ! 俺、この恩はもぉ、絶対に一生忘れないっすっ!」


「ああ、いいからそんなに近寄るな。とにかく、おまえはさっさと街を出ろ。はっきり言って、おまえがいると迷惑なんだよ。街の外に出る抜け道を教えてやるからついてこい」


 言って、バルバドスは腰を上げた。


「はいっ! ありがとうございますっ! ほんっとありがとうございますっ!」


 ギルバートはバルバドスの目の前まで近づき、さらに何度も頭を下げる。


「まったく……。おまえは本当に、厄介なお調子者だな」


 バルバドスは呆れ果てた顔で呟き、横の狭い路地に向かって歩き出す。



 その瞬間、闇の中に茶色い魔法陣が浮かび上がった。



 手のひらの上に小さな魔法陣を浮かべたギルバートの両手が

 闇に向かってゆらりと伸びる。



 直後――バルバドスのアゴと頭のてっぺんをつかみ、一気に捻じった。



 瞬時に中枢神経系を破壊されたバルバドスは白目を剥いた。


 そしてそのまま一言も漏らすことなく、その場に倒れて絶命した。



「……誰が厄介なお調子者だ。オレをバカにしてんじゃねぇぞ、このボケが」



 ギルバートは言い捨てて、生まれたての死体を蹴りつける。


 さらに蹴ってツバを吐き、さらに蹴って、さらに蹴る。



「俺はな、俺をバカにしたヤツには必ず復讐するんだよ。たとえ相手が貴族であっても関係ねぇ。そんなことでイモを引くほど安い人間じゃねぇんだよ。なにが盗賊ギルドの大幹部だ。テメーみたいな小物が俺に意見するなんざ、百千ひゃくせん万億まんおくちょう年早いんだよ、このボケが」


 ギルバートは再び言い捨てながら動かない肉塊を踏みつけて、

 さらに踏みつけ、踏みつける。


 それから不意にしゃがみこみ、死体の指から指輪を抜いた。

 そして邪悪な子どものように口元を不気味に歪める。



「こいつはもらっておいてやる。わざわざ俺のために注文してくれて、ご苦労さん」



 言って、ギルバートは死体を闇の奥に蹴り飛ばす。



 そしてそのまま路地を抜け出し、街の中心部に足を向けた。




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