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第十章 1 : 光陰は 自分の歩みが 紡ぎだす



「――やっとラッシュの街まで戻ってきたな」


 宿屋オリビア亭の前で馬車を降りた九郎は背伸びをして、

 長い息を吐き出した――。



 マガクと一緒に城塞都市イゼロンを出発した九郎たちは、

 二日後の夕方にラッシュの街に到着した。


 九郎はすぐさま宿に部屋を取って荷物を置き、

 マガクに留守を任せて再び外出。


 そして宿の前に集まった三人娘を見渡しながら話を始めた。



「よーし。それじゃあ、これからの行動について説明をはまじめす。念のためにもう一度言うけど、はまじめす」


「なあ、クロウ。前から思っていたんだけど、何でその変な言葉づかいをした時は、いちいち二回、繰り返すんだ?」


「いいぞ、オーラ。それはとてもいい質問だ。なぜ二回繰り返すのかと言うと、非常に複雑な理由がある。具体的に言えばユーザビリティだ。だから別に大した意味はない。軽くスルーしてくれ」


 不意に訊いてきたオーラに九郎は指を向けてさらに言う。


「それよりオーラ。おまえはコツメと一緒に民兵ギルド会館に行って、伝言を残してきてくれ。オレとクサリンは薬師の寄り合い所に伝言を頼んでから、警備兵の詰め所に行ってくる」


「おう。それで、伝言の内容は?」


「それは自分が知っている。イゼロンの民兵ギルド会館に残した文面と同じだ」


 横からコツメが口を挟み、二つ折りのメモを取り出した。


 九郎はメモを見て一つうなずき、話を続ける。


「そうだ。オレたちはもう、ハーキーを暗殺する必要がないからな。そのことをチャッタさんに伝えておかないとまずい。いつ戻ってくるのか分からないけど、あの人ならマジでハーキーを暗殺できそうだからな」


「そうですねぇ。わたしでさえあっさり星が取れましたから、チャッタさんならきっと楽勝ですからねぇ」


 言って、クサリンが嬉しそうに微笑んだ。


 九郎はその笑顔をじっとりとした目つきで見下ろして言う。


「だから、殺した相手を星で数えるのはやめろ。というかおまえ、オレに渡したのはやっぱり解毒剤じゃなかったんだな」


「いいえぇ? もちろん解毒剤ですよぉ? 人生という名前の猛毒から、救って差し上げようとしただけでぇす」



「人生が猛毒って、十三歳のセリフじゃねーだろ……」



 九郎は軽く呆れながら、再び三人に目を向ける。



「まあいい。それじゃあみんな。伝言を残したら、すぐに宿屋に戻ってくれ。あと一時間もしないうちに陽が沈むから、必ず二人一組で行動するんだ。ラノベやアニメだと目標達成の直前ってのは一番危険だからな。というか、はっきり言ってどんでん返しとかマジいらない。ほんといらない。これっぽっちも必要ない。カタルシスとか感情移入とかお涙ちょうだいとか、そんなモン見てても疲れるだけだから。起承転結とか山場とかオチとか知ったことか、そんなモン。ほんともぉ、くそくだらない。くそどうでもいい。だからいいか? 絶対に余計なトラブルなんか起こしたり、巻き込まれたりするなよ? 分かったな?」



「おう」

「はぁい」

「うむ」



「よし。それじゃ、行動開始だ」


 言って、九郎は一つ手を叩く。



 四人はすぐに二手に分かれ、それぞれの道を歩き出した。



 オーラとコツメは大勢の人で賑わう大通りを北に向かう。



 九郎とクサリンは南に向かって、東に曲がる。


 東に伸びる通りに入ると、様々な露店が並んでいた。


 九郎は大勢の人で賑わう街の景色を眺めながら、ふと呟く。



「……よく考えると、この街から逃げ出して、もう二週間も経つんだな」



「そうですねぇ。あの時はいきなり警備兵に囲まれましたからねぇ。だけどまさか、逆に警備兵を脅して追い返すなんて思いもしませんでしたぁ」


「まあ、あの時は、ほとんど脊髄反射で対応したからな」


 クサリンの歩幅に合わせてゆっくり歩きながら、

 九郎は赤い空に目を向ける。


「前にも話したけどさ、あれは結局、元コックのギルバートってヤツが、オレを逆恨みして仕組んだ罠だったからな。もしもあのとき素直に警備兵に捕まっていたら、オレはその日のうちに殺されていたと思う」


「ほんと、ひどい話ですよねぇ」


 クサリンは頬を膨らませて声を尖らせる。


「そのコックって、食料の横流しがバレて逃げたんですよね? それがどうしてクロさんを殺そうとするのか、まったくわけがわかりません」


「まあな。だけど世の中には、そういう頭のおかしいヤツがけっこういるんだよ。あの殺人コックもそうだけど、そういうヤツらってのは感情で物事を判断するからな。しかも自分は悪くないって、心の底から思い込んでいるからタチが悪い。そのうえ年齢に関係なく、幼児から老人まで幅広く存在しているのが恐ろしいポイントだ。現実世界ってのは残念ながら、子どもにも大人にも、悪い人間は存在する。肝心なのは、そういう危ない人間には近づかないようにすることだ」


「でも、クロさん」


 クサリンは歩きながら小首をかしげる。


「それはたしかにそうかもしれませんけど、誰が危険な人かなんて、見た目だけではわからないと思いますけど」


「いや、危険なヤツは見た目でけっこう判断できるぞ。まず、かなりの高確率でデンジャラスな人間は、歩きスマホをしているヤツだ」


「あるきすまほ……?」


「ああ、そうか、こっちの星にはスマホがなかったな。えっと、そうだな、分かりやすく言えば、『ながら歩き』をしているヤツってことだ」


「ああ、なるほどぉ、そういうことですかぁ」


「そうそう。歩きながら本を読んだり、おしゃべりに夢中になって前方不注意になったりするヤツのことだ。そういうヤツってのは自分の楽しみを優先する性格だから、かなり危ない。他の人に迷惑をかける危険性を知っているくせに、これっぽっちも理解していないからな」


「いわれてみると、たしかに他の人に迷惑をかけるのは、自分勝手な人ばかりですからねぇ」


「そうだろ?」


 九郎は指を二本立てて言葉を続ける。


「それと、頭のおかしいヤツを見抜くポイントは他に二つある。一つは人の悪口をよく言うヤツ。もう一つは、言葉づかいがアホなヤツだ」


「言葉づかい……?」


 クサリンは、アゴに指を当てながら九郎を見上げる。


「人の悪口をよくいう人は、たしかに危ない人だと思います。他人に不満を感じやすく、その不満を口に出す人は、盗賊に多い性格だと聞いたことがありますから。でも、アホな言葉づかいというのは、どういうことでしょうか?」


「そのまんまの意味だよ。言葉の意味を考えずに、雰囲気だけで使うヤツのことだ。たとえば『サイテー』とか『サイアク』とか『サイコー』とか、そういう極端な表現を口ぐせのように使うヤツっているだろ? そういうのがアホな言葉づかいだ。もっとも低いとか、もっとも悪いとか、もっとも高いとか、そんなことは滅多にないからな」


「あ、そういうことですか」


 クサリンは胸の前で手を叩いた。


「たしかに薬師でそういう言葉を使う人は、まともな調合ができない人ばっかりです」


「そうだろ? オレの知り合いの使えないブタヤローなんか、口を開けば『サイテー』と『サイアク』が飛び出してくるからな。ソースはそいつだ。異論は受け付けるが、速攻でゴミ箱に放り込む」


「だけどクロさん。頭のおかしな人を見かけたら、誰だって『サイテー』とか『サイアク』とかいいたくなると思うんですけど、そういう場合はどうすればいいんですか?」


「まあ、たしかに、そう言いたくなる時はあるよな。だけどそういう時は、できる限り正しい表現を心掛けるんだ。いいか? 言動がおかしなヤツを見た時に『サイテー』とか『サイアク』って言いたくなるのは、『おまえのやってることは最低で最悪な行為だから今すぐやめろ』って、注意喚起をしたいからだ。だからその呼びかけの言葉を、きちんとした文章にして伝えればいいんだ」


「なるほどぉ。それじゃあ、どういう文書にすればいいんですか?」


「そうだなぁ……」



 九郎は街を囲む外壁の、はるか彼方に見える山に目を向けながら口を開く。



「……頭のおかしいヤツには、きちんとした説明をしないと通じない。かといって、あまり遠回しな言い方だと理解できない。その辺のポイントとバランスを考慮すると、こんな感じがいいだろう。


『あなたは、自分の頭がおかしいことに気づくことができないほど知的レベルと品性が低いので、山に行って穴を掘って死ね』


 ……ふむ、これだとちょっと長いか。だったら少しだけ省略して、


『穴を掘れ』


 ――ってところかな」



「なぁるほどぉ。穴を掘れですかぁ。たしかに恥ずかしいと感じた時は、穴があったら入りたいって思いますから、そういう意味ではぴったりかもしれませんねぇ」


「だろ? これからは頭のおかしいヤツがいたら『穴を掘れ』って言ってやるといい。『おまえマジ穴掘れよ』とか『おまえガチで穴掘りすぎだろ』とかのバリエーションもアリだ」


「それに、本当に埋める時にも使えそうですねぇ。自分で穴を掘るのはめんどうですから」


「いや、本当に埋めちゃダメだろ……」


「えへへぇ、もちろん冗談に決まっているじゃないですかぁ」


「うそつけ。よくもまあ、今さらそんな言い訳ができるもんだ」


 にっこりと微笑んだクサリンを見て、九郎は思わず呆れ顔。



 そして、人通りの多い道をゆっくりと進みながら、話を切り出す。



「えっと……なあ、クサリン。ちょっと話があるんだけど、いいか?」



「え? あ、はい」



 クサリンはきょとんとして九郎を見上げる。



「いや、別に大した話じゃないんだけどさ、このまま問題が起きなければ、明日の夕方にはジンガの村に到着して、オレの魔法契約は変更できる。そうすると、オレたちのパーティーは目的を達成することになる。だからさ、一日早いけど、クサリンには自分の生活に戻ってもらった方がいいかなって思ったんだけど、どうかな」


「ああ、そういうことですかぁ。その話をするために、わたしと二人切りになったんですねぇ」


「まあな」


 九郎は小さくうなずいた。


「オーラとコツメは流れ者の傭兵だけど、クサリンはこの街に家があって、薬師として働いている。だからさ、これ以上オレの都合につき合ってもらうのは、ちょっとばかり気が引けるんだよ」


「わたしなら大丈夫ですよ? 薬師は薬草をとるために、二、三か月ほど山にこもることなんてしょっちゅうですから、なんの問題もないです。それに今回はガマザウルスを売ったお金と、クリアちゃんを助けた時にいただいたお金があるので、半年は余裕で暮らせます。だから、わたしもジンガの村までご一緒させてください」


 クサリンは真剣な顔で九郎に言った。


 九郎はすぐに目元を和らげ、薬師の女の子に微笑みかける。 


「そうか。それじゃあ、最後までつき合ってもらおうかな」


「もちろんですぅ」


 クサリンは嬉しそうに軽く跳ねて、微笑んだ。


「それでクロさん。魔法契約の変更ができたら、そのあとはどうするんですか?」


「ああ、その話か。それが、かなり悩みどころなんだよなぁ……」


 九郎は再び前を向き、わずかに顔を曇らせる。


「コツメは一生楽に暮らしたいとかアホなことを言ってるし、オーラは天空のダンジョンに行きたいとか無謀なことを言ってるし、正直、どうすればいいのかまったく分からん」


「それはただの願望だから、真剣に悩む必要なんてないと思いますけど」


「それはたしかにそうだけどさ、みんなには命を張ってもらった恩があるし、特にオーラなんか、図書神殿で即死しかけたからな。そういうでかい借りを作ったままっていうのは、どうにも落ち着かないんだよ。それでちょっとクサリンに聞きたいんだけど、天空のダンジョンってどこにあるんだ?」



「えっ? 天空回廊ですか?」



 クサリンはきょとんとまばたき、赤い空を指さした。


「それはもちろん、空の上だと思いますけど」


「そりゃまあ、そうだろうけど、さすがにこの街の上にはないだろ」


「いえ、それがそうともいえないんです」



「えっ? まさかこの近くにあるのか?」



 九郎は慌てて顔を上げたが、赤紫色の空には細長い雲しか見当たらない。


 

 クサリンは軽く苦笑しながら、九郎のローブを引っ張った。


「すいません、そういう意味じゃないんです。天空回廊がどこにあるのか知っている人はいないんですけど、すべての空の上にあるという言い伝えがあるんです」


「すべての空の上?」


 九郎が訊くと、クサリンも天を仰いで言葉を続ける。


「はぁい。天空回廊には、大昔に巨人族を支配していた神々と、そのしもべである天使たちが暮らしていたそうです。そして、天空回廊は地上のすべてが見える場所にあるといわれていて、自由に行き来できる天使たちが神々の意思を地上に伝えたり、逆に巨人や人間を天空回廊まで連れていったりしていたそうなんです。だけどいつのころからか、天使たちが地上に降りてこなくなったんです。それで天空回廊がどこにあるのか誰にもわからなくなってしまい、大賢者でもその場所を知らないそうなんです」


「おいおい、大賢者でも知らない場所なんて、絶対に行けるはずねーじゃねーか」


「でも、ドラゴンなら知っているという噂がありますよ?」


「うーむ、なるほど、そうきたか……」


 九郎は深々と息を吐き出し、クサリンに目を向ける。


「だけど、今度はそのドラゴンが、どこにいるのか分からないってオチなんだろ?」


「いえ、ドラゴンはけっこういますよ?」


「へ? そうなの?」


「はぁい。どこの大陸でも、大きな山には大抵棲んでいますし、ドラゴンだけが暮らす島もいっぱいあるそうです」


「へぇ、そうなのか。ドラゴンっていうと、ラノベやアニメでは繁殖力が低いって設定が多いからな。個体数が少ないイメージがあるんだけど、この星ではそうでもないのか」


「ドラゴンの繁殖力が低いかどうかは知りませんけど、最強の生物ですから、天敵はいないと思います。たまぁに人里を襲うドラゴンがいるみたいですけど、そういう場合はベリン教の女神や大賢者たちが駆けつけて、あっという間にぶっ殺すそうです」


「ぶっ殺すって、おまえそれ、めちゃめちゃ天敵いるじゃねーか」


「はぁい。そうともいいまぁす」


 クサリンは再び指先を空に向けた。


「だからたまーに、女神や大賢者が空を飛んでいく姿を見かけますよ」


「へぇ、大賢者はともかく、女神って目に見えるのか。やっぱりみんな、美人なのか?」


「そうですねぇ、ほとんどの女神は美人ですけど、中にはものすごい女神もいますよ。燃え盛る炎の女神とか、図書神殿にいたギガント族みたいなムキムキの女神もいますから」


「うお、マジか。あの巨人にそっくりな女神って、ちょっと想像できないな……」


 九郎は思わず首を左右に強く振った。


「だけど、暴れるドラゴンを退治してくれるなんて、この星の女神はずいぶんとご利益があるんだな」


「それはもう、女神は世界を守る存在ですからねぇ。中には、人間に紛れて生活している女神もいるらしいですよ」


「おお、そいつはすごい。女神が暮らす街があるなら、ちょっと住んでみたいな。やっぱりどこかの水の都で、優雅にゴンドラとか漕いでんのかなぁ? ……って、そういえば、クサリンは女神の加護を受けてるんだよな? 直接会ったことがあるのか?」


「はぁい。もちろんでぇす。女神の祝福を受けられる人間は滅多にいませんから、とっても名誉なことなんでぇす」


 クサリンは自慢げに小さな胸を張りながら、ピースサインを九郎に向ける。


「へぇ、やっぱ女神の祝福って特別だったのか。それで、クサリンが祝福してもらった女神って、どんな女神なんだ?」



「暗黒の毒女神、ポイズリン・ヴェノムーナでぇす」



「暗黒の……毒女神……?」



 九郎は思わずじっとりとした目つきでクサリンを見下ろした。



「おまえそれ、女神じゃなくて、悪魔の間違いじゃねーのか?」


「いいえぇ? 由緒正しい女神ですよ? ヴェノムーナは、癒しの薬草女神ハーブリン・アロマーナのお姉さんで、薬師の間ではファンクラブがあるほど、人気が高い女神ですから」


「はあ? 女神のファンクラブだと? おいおい、宗教の信者・プラス・アイドルオタクって、そりゃもうほとんど無敵じゃねーか」


「無敵というほど巨大な勢力ではないですけど、たしかに血気盛んなイメージはありますねぇ。時々アロマーナのファンクラブと、殴り合いのケンカをしているそうですから。どっちの人気が高いかで張り合っているライバル同士らしいです」


「うーむ、なるほどな……」


 九郎は渋い表情を浮かべて息を吐いた。


「アイドルグループの押しメンみたいに、そいつらは押し女神で争うわけか。そういう情熱ってのは、どこの世界でもあまり変わらないんだな。というか、女神は見た目が劣化しそうにないから、その分ファンクラブの入れ込み具合もすごいってわけか」


「たしかに女神は永遠に年を取りませんし、いろいろな魔法で人間の生活を助けてくれるので、どこの国でも大人気ですからねぇ――あっ、すいません、クロさん」


 不意にクサリンが足を止めて、通りにある店を指さした。


 九郎も足を止めて目を向けると、そこは小さなパン屋だった。


「ちょっとお土産を買ってきてもいいですか? シャルスさんの好きなお菓子が、ここで売っているんです」


「シャルスさんってたしか、チャッタさんと一緒に行動していた、すごい魔法使いの人だよな?」


「はぁい。シャルスさんはああ見えて、けっこう甘いものが好きなんです。すぐに買ってくるので、ちょっとだけ待っていてください」


「ああ、別に慌てなくていいぞ。オレはここで待っているから」


「じゃあ、ちょっといってきまぁ~す」


 クサリンは軽く手を振り、パン屋の中に駆け込んでいく。


 その小さな背中を見送った九郎は、パン屋の壁に背中を預け、顔を上げる。



 太陽がほとんど沈んだ高い空は、濃い紫色に変わっていた。



 九郎は店の中から漂ってくる焼き立てパンの香りをかぎながら、

 白い息を細く吐き出す。



「……今日は十一月十日で、タイムリミットは十一月十三日。けっこうギリギリだったけど、何とか間に合ったな」



 一つ呟き、九郎の頬がわずかに緩む。



「このまま無事に魔法契約の変更ができたら、あの金にうるさいウェイトレスがいる酒場で打ち上げパーティーでもするか。あそこのシチューはけっこう美味かったから、あいつらも気に入るだろ。これでようやくじっくりと、地球に戻る方法を考えることができそうだな……」



 穏やかな声が九郎の口から漏れて出た。



 ふと気づけば、月が黄色く輝き始めている。



 壁に寄りかかったまま、安堵の吐息。

 九郎は体の力を抜いて月を眺める。


 そのまま、はるか彼方の見えない星をまっすぐ見つめた。


 冷たい風。

 鼻の頭が赤くなる。

 瞳の中の月と星が揺らめいた。

 

 

 秋の日暮れの街角。



 一人佇む桃色の髪の若い娘――。




 その姿を、向かいの路地に潜む男が冷静な目で見つめていた。



 そしてさらにもう一人。



 露店の陰に立つ女もまた、男と九郎の両方を、感情のない瞳で観察している。



 男は自分を見ている女に気づくことなく、暗がりに姿を消した。



 同時に女の方も、雑踏に紛れて立ち去った。




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