第九章 11
『――つまり端的に言いますと、主役は桃色さんの方で、我々は取るに足らない脇役だったのかも知れないということです』
研究室の分厚いドアに耳を当てていた九郎は、
ネイガンの言葉を聞いたとたん、思わずニヤリと顔を歪めた。
(……おやおや。このオレが主役ときたか。それはまた、ずいぶんと買いかぶってくれるじゃねーか。しかも、あのメガネさんがサザランの大法魔で、さらに予測の魔法とやらでオレの行動を誘導していたとはねぇ。こんなの、驚きを通り越して、もはや笑うしかねーだろ)
九郎は口に手を当てて無言で笑う。
(いやはや。魔法ギルド会館の受付にしては、それとなーくマガクさんに指示を出していたから怪しいと思ったけど、やっぱりこういうキャラだったか。うんうん、いいねぇ~。やっぱ帝国側には、こういう裏で糸を引く悪役キャラがバッチリ似合うからな。それに序列第二位の大法魔ってことは、やろうと思えばクーデターを起こして、国を乗っ取ることもできそうなポジションじゃねーか。
うっひょ~。なにこれ?
おんもしれぇ~。
ほんっと、こういうベッタベタな陰謀論、ものすごい大好物っす。いやいや、まさに胸熱の期待値がうなぎのぼりでマッハだろ。うっほほぉ~い、ヤッベェ~、こいつはマジでヤバすぎる。というか、ヤバすぐる。ラノベやアニメだとこういう場合、衝撃の事実を盗み聞きしたオレがショックを受けて、アホな行動に出るのが大鉄板のテンプレだが、ハイ、だがしかし。現実ではショックがゼロすぎて草しか生えてきませんがな。がっはっはぁ~――っと、おっとっと)
不意に魔法ギルドの職員が廊下の奥から歩いてきた。
九郎はドアに耳を押し当てながら、にっこり微笑んで軽く手を振る。
若い女性職員は怪訝そうに首をかしげていたが、
九郎の笑顔を見たとたん、得心顔で微笑んだ。
そしてそのまま手を振りながら、何も言わずに通り過ぎていく。
(うーむ、やはり世界一の美少女フェイスだと、不審者とは思われないんだな……むむ、神だと?)
唐突に聞こえた耳慣れない単語に、九郎はドアにへばりついた。
『――ベリン教の主神である大女神『ベリュンナート』か、バステラ教の唯一神『バステラ』か……』
(……ほほう。ベリン教の主神はベリンじゃなくて、ベリュンナートって言うのか。そいつは知らなかったな。しかし、巨人族を見捨てた謎の神々ってのは何だ? 大法魔や魔法学者ですら知らない秘密が、この世界にはまだまだあるっていうのかよ)
『――最後に二つだけよろしいですか』
(……おっと、やばい。そろそろメガネさんが出てきそうだな)
ネイガンが席を立った気配を感じ、九郎は足を前後に開き、
いつでも走り出せる体勢を取った。
『――改ざんの指輪は必ず回収してください。あれはある意味、最強の魔道具です。サザラン帝国にとって、もっとも価値のある究極の宝ということをお忘れなく』
(……よし、もう限界だな)
即断し、九郎は足音を殺しながらその場を離れる。
そして廊下の角を曲がったとたん、全力疾走。
そのまま魔法ギルド会館を飛び出した。