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第九章 8



「――さて。どうしてかと問うならば、我輩わがはいはかように答えよう。――仕様である」


 赤銅色しゃくどういろのローブをまとった人物が、穏やかな声で呟いた。



 生きとし生ける者がすべて消え去った図書神殿の屋上に、

 その人物は佇んでいた。


 深い知性の光をたたえる瞳は、はるか彼方を走り去る黒いローブを見据えている。



「数を頼りにする者には、数で応じる。邪心を持つ者には、邪心で応じる。真の知識は、知恵と勇気と思いやり、それらを持つ者にこそ相応しい。我が神殿は第九階梯(かいてい)への入口である。邪教徒どころか魔王といえど、立ち入ることはまかりならん。……ま、可愛げのある子どもたちなら、大目に見ることもあるのである」



 その人物は、図書の賢者その人だった。


 賢者はローブを颯爽さっそうひるがえし、大穴の開いた天井へとまっすぐ向かう。

 そしてふわりと宙に浮き、穴を通って広間の祭壇に着地する。



「さてさて。ここには世界の秩序を書き換える魔導書がある。深遠なる神秘を伝える啓示もある。しかしそれらには目もくれず、あの石板一つのみを持ち去ったか。いやいや。なかなかに見る目のある子どもたちである。あれの真の姿と真の価値を見抜いたかは定かではないが、ようやく面白そうな人間が生まれてきたのである。ま、少しばかり臭い気配を感じぬでもないが、たまには枝折しおりを挟むのも悪くはなかろう。そうと決まれば早速、次の段階に移るとするのである――と言いたいところであるが、とにもかくにも、神殿の修復が先である」



 言って、賢者は広間の中を一瞥いちべつする。



 見渡す限りの瓦礫と死体。

 天井は砕け散り、床は赤い血で染まっている。

 書棚は半壊。


 ついでに二体の巨人が音を立てて屋上から落ちてきた。



「これは丸ごと取り替えた方が早いのである」



 賢者は両手を前に差し出した。


 すると左右の手のひらの上に、黄金色の魔法陣が浮かび上がる。

 どちらも中央に六芒星を持つ独特な魔法陣だ。

 

 しかも右の魔法陣は時計回り、左の魔法陣は反時計回りに動き出し、

 すぐさま融合して無限大の記号を描きながらゆっくりと回り続ける。




「――アンリ・アライル・ナイン・ワール」




 賢者は静かな声で魔言を唱えた。



 瞬間――神殿のすべてが淡い光を放ち始める。



 広間に転がっていた瓦礫はすべて、光の粒となって消滅していく。

 同時に天井の穴や破壊された書棚が、ひと際強く輝きながら復元していく。

 

 動きを止めていた四体の巨人もすべて消滅し、

 新たな石像が部屋の四隅に現れた。




「……ま、こんなものである」




 すべて元通りになった広間を眺め、賢者は首を縦に振る。



「では、新たな死体と、血だまりの掃除は任せたぞ」



 その声に、近くの寄生樹の枝が大きく揺れた。

 

 それから図書の賢者は、祭壇上の台座に片手をかざす。

 すると黄金色の光が集まり、形を成して、新たな改ざんの石板が現れた。



「うむ。やはり我が神殿には、これが一番相応しい象徴である」



 賢者は満足そうに呟き、祭壇をゆっくり降りる。


 同時に祭壇全体が床からせり上り、地下につながる階段が現れた。


 図書の賢者は颯爽とローブを翻し、階段を静かに降りていく。


 そして祭壇はまたゆっくりと、元の位置まで下がって止まる。




 そうしてすべてが終わったあと――。




 寄生樹の死体たちが再び行動を開始した。



 新たに大量の仲間を加えた死体たちは清掃道具を手に取って、

 神殿の後片付けに取り掛かった。




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