表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/106

第八章 1 : 人はみな だましだまされ 泣き笑う



「――ぃよーっし。ようやく一流魔法研究者にご対面だな」


 九郎は表情を引き締めながら、

 見上げるほど大きな木製のドアをノックした――。



 王冠の魔王に止めを刺した翌朝――。


 九郎は仲間たちに自由行動の指示を出し、

 クヨを連れて中央城塞へと足を運んだ。

 そして、石の城の質素な応接間に現れたパジャマ姿のハーキーに、

 クヨの保護を頼み込む。


 すると寝ぐせの金髪皇帝は二つ返事で了承し、

 その場で魔法研究者への紹介状をしたためた。

 それからフリルパジャマの幼女を抱き上げ、寝室へと戻っていく。


 九郎は大喜びで紹介状を握りしめ、魔法ギルド会館まで全力疾走。

 メガネの男性職員に案内してもらい、研究室の前に到着。

 そして職員が微笑んで立ち去ったとたん、

 勢いよくドアを叩いて声を張り上げた。



「おーいっ! マガクさーんっ! マガクさぁーんっ! いませんかーっ! いますよねーっ! ちょっと相談したいことがあるんですけど、お邪魔していいですかーっ! いいですねーっ! はーい! それじゃあちょっとお邪魔しまー――うおぉっ!」


 返事を待たずに入ろうとした瞬間――突然ドアが内側に開いた。


 ドアノブをつかみ損ねた九郎は、たたらを踏んで何かに衝突。

 慌てて下がって見てみると、それは灰色の肌の巨人だった。



「……はひ?」



 思わず目を丸くして固まった九郎に、巨人族の男は落ち着いた声で話しかける。



「――はい、おはようございます。待っていましたよ、クロウさん」



「えっと……あなたがその、魔法研究者のマガクさんっすか……?」


 九郎が呆然として尋ねると、太い首が重々しく縦に動く。


「はい、そうです。皇帝陛下からお話は伺っております。とりあえず、中へどうぞ」


「あ、はい、どうも……。それじゃあちょっと、失礼しまーす……」


 思わず小声で返事をし、九郎は背中を丸めて部屋に入る。


(うーむ、マジでびびったぜ……。まさか一流の魔法研究者が、こんなにごついギガン族だったとは……。しかもこの人、顔が死ぬほど怖すぎる……)


 九郎は部屋の中央にあるテーブルに案内されて、

 大きな椅子にちょこんと座る。


 するとマガクは隣の部屋に茶を取りに行く。


 一人ぽつんと残された九郎は、室内の隅々に視線を向ける。



 巨人が使う研究室は、かなり広かった。



 床も天井も頑丈な石造りで、机やソファなどの家具も超特大サイズだ。

 壁はすべて本棚で、分厚い本がぎっしりと詰まっている。

 隣の部屋には、おそらく台所があるのだろう。


(ああ、そういえばメガネさんが、ギガン族の研究者がいるって言ってたっけ。それがまさかハーキーの部下だったとは、世の中って変なところでつながっているんだな……)



「――ギガン族の魔法研究者は、やはり珍しいですか」



 不意に戻ってきたマガクが言った。

 巨人は大きな木のカップをテーブルにそっと置き、

 九郎の向かいに腰を下ろす。


「ああ、いえ。オレはこの世界のことをまったく知らないから、何でも珍しいだけです」


「ほう、そうですか。それはまた興味深い発言ですね」


 巨人は淡々と言葉をこぼし、ハーブティーをゆっくりすする。


(ぬぅ、さすが巨人用のカップ。小型のバケツみたいだな……)


 九郎は渋い表情を浮かべながら、両手でカップを持ち上げ、

 湯気の立つ茶を一口含む。

 そして、ハーキーからの紹介状を差し出しながら話を切り出す。


「えっと、それでマガクさん。早速だけど、オレの魔法契約を解除する方法があったら教えてもらいたいんだけど……?」


「はい。お話は陛下から伺っております。ですが、そのためにはまず、クロウさんの事情を知らないと結論が出せません。ですので、その魔法契約がどのようなものなのか、出来るだけ詳しくお聞かせください」


「ああ、そりゃたしかにそのとおりだな。えっと、それじゃあ最初から説明するけど、実は――」



 九郎は自分の身に何が起きたのか、すべてを順序立てて話し始めた。



 灰色の巨人は時折小さくうなずきながら、黙って耳を傾けている。

 そして九郎が口を閉じると、

 すっかり冷めきったハーブティーを静かにすする。


 それから淡々とした表情で、ゆっくりと口を開く。



「お話は分かりました。では、結論から言います。クロウさんの魔法契約を解除するのは不可能です」



「ぐはぁ……」



 言われたとたん、九郎は口を大きく開けて白目を剥いた。


 マガクは脱力した九郎を見つめながら、自分の考えを丁寧に説明し始める。


「理由をご説明します。先ほどのお話を整理すると、クロウさんはアルバカンの国王によって召喚された存在です。そして召喚の儀式を実行したのは大賢者マータになります。つまり、その召喚の契約書は全部で三通存在します」


「ああ、たしかにそうっすね……」


 九郎はしょんぼりと肩を落とし、小さくうなずく。


「はい。魔法契約は契約に加わった人物の精神体に刻まれます。つまり、クロウさんとマータ、そしてアルバカンの国王が所持することになります。そしてクロウさんもご存知のとおり、魔法契約を解除すること自体は、それほど難しいことではありません。大きな街の魔法ギルド会館には、魔法契約を解除出来る魔法使いが常駐していますので、申し込みはいつでも受け付けております。ただしそれには、魔法契約に関わったすべての契約書が存在し、契約を交わした当事者双方の同意が必要になります」


「それは、うん、一応ケイさんから聞いているけど……」


 九郎は失望を隠さずに、落ち込んだ顔で言葉を続ける。


「契約である以上、片方だけの希望で、一方的に変更や解除することができないのは当然っすよね。そんなことが可能なら、誰だって自分に有利な契約に書き換えるからな。それでオレの場合は、アルバカンの王様が死んでしまったから、契約の解除ができなくなった。しかも、一方的に解除できるマータも鉄になってしまった。だからもう、他に方法はないってことっすね……」



「いえ。それがそうでもないのです」



「えっ?」



 とたんに顔を跳ね上げた九郎に、マガクは淡々と話を続ける。


「生命体同士の契約である場合、契約の途中でどちらかが死んでしまう可能性は前提として必ず存在します。そのため、片方だけの希望であっても、やむを得ない事情があれば、一方的に変更や解除が出来る救済措置は他にも存在します」


「えっ!? マジっすか!?」


 九郎の顔が瞬時にぱっと輝いた。

 しかし巨人は、重々しく首を横に振って言う。


「その救済措置は三つあります。一つは大賢者に依頼して、強制的に魔法契約を解除する方法です。魔法に深く精通した大賢者であれば、それほど難しいことではありません。しかし先ほどのお話によると、ここから一番近くにいる大賢者マータは鉄になってしまったので頼むことが出来ません。また、このアンラー・ブールの大陸には、他に二名の大賢者が存在しますが、そのどちらかに頼むことも現実的には不可能です」


「ああ、そう言えば、ケイさんもそんなことを言ってたな。えっとたしか……プールとか、パン屋さんとか……」


「はい。一人は大賢者にしていばらの魔女、カラプール。彼女はアンラー・ブールの南西部に位置する、ユタール王国の奥地にいます。四匹の巨大な獣が徘徊する四獣しじゅうの森にきょを構えているのですが、そこに行くまでには二か月ほどかかります。そしてもう一人は大賢者にして虹の魔手、ミスタパン。彼はアンラー・ブールの東の端に位置する商業交易国家、エミランド首長連邦にいると噂されていますが、その正確な所在は不明です。何とか探すとしても、エミランドまでの道のりも一か月以上はかかるので、時間的に無理があります」


「なるほど、そういうことか……。仮にジンガの村からどちらかにまっすぐ向かっていたとしても、途中で時間切れになってしまう。だからケイさんは、他の大賢者のことを詳しく話さなかったのか……」


「おそらくそうだと思われます。そして残り二つの方法も、同じ理由で無理なのです」


「同じ理由ってことは、やっぱり時間が足りないってことか……」


 九郎は再びがっくりと肩を落とし、低い声でマガクに尋ねる。


「えっと、一応、参考までに、残り二つの方法も教えてもらっていいですか」


「はい。それではお話しします。アンラー・ブールの南の海を渡った先に、サイエスという広大な大陸があります。そこにアサイン法国という魔法国家があるのですが、その国は契約の女神コントラの加護により、魔法契約に深く精通しています。そしてアサイン法国は三つの魔法派遣団を世界中に送っています。魔法契約の変更や解除を希望する者は大賢者に依頼するよりも、アサイン法国を直接訪れるか、その派遣団を待つという方法が一般的です。ただしその場合、契約の背後関係を慎重に調べられるので、実際に解除してもらうまでには三か月以上待たされてしまいます」


「つまり、その国まで行くにも時間が足りないし、たまたま偶然その派遣団を見つけたとしても、絶対に間に合わないってことか……」


「はい。アサイン法国の手続きは非常に厳格なので、たとえクロウさんがあと十一日で死んでしまうと説明しても、融通してくれることはないと思われます」


「くそ、やっぱりここでも、お役所仕事ってことか……」


 九郎は悔しそうに呟き、力のないこぶしでテーブルを何度も叩く。


「つまり現状で、オレの魔法契約を解除できる可能性が一番高いのは、マータが元に戻るのを待つってことか……」


「はい。残念ながら、そのとおりです」


 マガクは低い声で答え、カップの中身を飲み干した。


「申し訳ありません、クロウさん。あなたは弟をかばってくれたので、出来る限りご協力したかったのですが、残念です」



「えっ? 弟……?」



 九郎が反射的に顔を上げると、マガクの黒い瞳と目が合った。


「ガインです。私はあいつの兄なんです」


「ガインって……え? まさかオヤカタのお兄さん?」


「はい。何やら死にかけたと聞いたので、昨夜のうちに見舞いに行ってきました。魔王に殺されずに済んだのは、クロウさんのおかげだと感謝していました」


「ああ、いや、こちらこそすいません……。オヤカタが死にかけたのは、オレのせいですから」


 九郎は申し訳なさそうに頭を下げる。


「魔王を倒したのも、オヤカタを助けたのも、サザランの軍人です。オレは結局、オヤカタに迷惑をかけただけで、何もできませんでしたから……」


「いえいえ。クロウさんが気にすることはありません。あなたは王冠の魔王から、小さな子どもを守ったと伺いました。ガインはああ見えて子どもが大好きなんですよ。だからたとえ、昨日死んでいたとしても本望だったはずです」


「そうっすか……。やっぱりあの人、子ども好きだったんですね……」


 教会の前で子どもたちを見つめていた巨人の姿を思い出し、

 九郎は静かに息を吐いた。

 そしてハーブティーをごくごくと飲み干して、マガクに尋ねる。


「えっと、一応、最後に確認なんですが、魔法に精通した大賢者なら、誰であっても魔法契約の解除ができるんですか?」


「はい、可能です。魔法というものを突き詰めて考えると、すべてが魔法契約と言っても過言ではありません。ですので、魔法の奥義を極めた大賢者なら、人間同士の魔法契約を解除するぐらい、大して難しいことではないはずです」



「なるほど、やっぱりそうですか……」



 九郎はアゴに手を当てて考え込んだ。



 その瞬間――瞳の奥で力強い光が煌めいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ