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第七章 11



「――そういえばおまえら、王冠の魔王って知ってるか?」


 宿屋『マダリン亭』の一室で、九郎がふと、三人娘に訊いてみた――。



 十三魔教の信徒千五百人と、

 サザラン兵三千人の戦闘を放置して立ち去った九郎たちは、

 酒場『マンイン亭』に足を運んで食事を済ませた。


 それから九郎はクヨと黄金剣を抱えて宿屋に戻り、

 二段ベッドの下の段に幼女を寝かせて一息つける。


 するとすぐにコツメとオーラとクサリンが、ご機嫌な様子で戻ってきた。

 どうやらクリアと一日中、遊び歩いてきたらしい。


 九郎はクヨの正体については話さず、

 図書館に監禁されていたから連れてきたと説明する。


 そして素知らぬ顔で魔王について尋ねてみた。



「――えっ? 王冠の魔王ですかぁ? それなら、はい。もちろん知っていますけど」


 クサリンが四つのカップにハーブティーを注ぎ、

 全員に渡しながら九郎に答える。


「王冠だから、一月の魔王ですよね。それがどうかしたんですかぁ?」


「ああ、いや、大したことじゃないんだけど、たまたまそういう話を耳にしたから、みんな知ってるのかなぁって思ってさ」


「知っているというか、知らない人はいないと思いますよ? いうことを聞かない子どもには、『魔王がくるぞぉ』っておかあさんが脅すくらい、誰でも知ってる有名人ですから」


「いや、それは有名人のジャンルに入らねーだろ」


 ハーブティーを熱そうにすするクサリンを、

 九郎はじっとり見つめて、さらに訊く。


「それで、その魔王ってのは全部で十三人いるんだろ? でもさ、一年は十二か月しかないのに、何で十三人もいるんだ?」


「ああ、それは、一番強い魔王が、無月の魔王だからです」



「無月? 何だそりゃ?」



「ええっと、無月の魔王というのは、仲の悪かった魔王たちの間を取り持って、ほとんど力づくで魔王同士の戦争を終わらせた魔王のことです。それで、その魔王は暗黒の大魔王なので、対応する星座がないそうなんです」


「ほほう、なるほど。一月から十二月のどれにも当てはまらないから、無月ってわけか。でも今の話が本当だとすると、魔王同士でも実力差はあるってことだな。それじゃあ、無月の次に強いのは誰なんだ?」



「おう、そりゃあもちろん、宝剣の魔王だろ」

「いえいえ、きっと世界樹の魔王ですよぉ」

「自分は十字の魔王だと思うぞ」



「はいはい、よーし。ちょっと待て」


 オーラとクサリンとコツメが一斉に答えたので、

 九郎は手のひらを向けて黙らせる。


「えっと、今さらだが、おまえらの誕生月を聞いていなかったな。みんなは何月生まれなんだ?」


「おう、あたしは七月だ」

「わたしは三月ですぅ」

「自分は十月だ」


「なるほど。それじゃあ、それぞれの星座は?」


「七月は宝剣座だ」

「三月は世界樹座ですぅ」

「十月は言うまでもなく十字座だ」


「あーはいはい、やっぱりそうか。つまりおまえら全員、自分の星座の魔王をひいきにしているだけじゃねーか」


 九郎は軽く肩をすくめて息を吐き出し、ハーブティーを一口すする。


「それじゃあ質問を変えるが、一月の王冠の魔王と、八月の白金魚の魔王は強いのか? それとも弱いのか?」


「そうですねぇ。強いかどうかはわかりませんが、たぶん、白金魚は一番おとなしいと思いますぅ」


 クサリンが軽く首をかしげながら答えた。

 九郎はわずかに身を乗り出して訊き返す。


「えっ? 魔王なのに、おとなしいヤツもいるのか?」


「はぁい。白金魚の魔王はお城の外にはほとんど出ないで、一年中眠っていたっていわれていますから。別名は、引きこもりの魔王だったとおもいますぅ」


「いやそれ、魔王じゃねーだろ……」


 九郎は思わず、すやすやと寝ているクヨをじっとりと見下ろした。


「えっと、それじゃあ、王冠の魔王はどうだ? あいつにも、何か別名とかあるのか?」


「そうですねぇ……たしか、金ぴか魔王だったとおもいます。金銀財宝が大好きで、『魔王は見た目が九割』っていう言葉を残しているそうです」


「ああ、うん、あいつはたしかに、ものすごぉーくそんな感じがするな……」


 クサリンの説明に、九郎はクエキの姿を思い出しながらうなずいた。


「でも、どうしたんですか、クロさん。なんでそんなに王冠の魔王のことが気になるんですか?」



「ん? ああ、実はさっき、その魔王と戦ってきたんだよ」



「うふふ、クロさんってたまぁにそういう冗談をいいますよねぇ。いくらハロウィンでも、伝説の魔王の格好をする人なんか、いるはずないじゃないですかぁ」


 クサリンは楽しそうに微笑みながら、ハーブティーに口をつける。

 するとオーラとコツメもうなずきながら同意する。


「おう、そうだぞ、クロウ。伝説の魔王がこんな街にいるはずないからな」


「うむ。そもそも伝説の魔王と対峙して、生きて帰れるはずがなかろう」


「いやいや、本当だって。だってほら――」


 九郎は椅子から立ち上がり、ベッドの下から黄金剣を取り出した。


「これが証拠だ。こいつが王冠の魔王の剣で、えっと、黄金剣ホル・クラウとか言ってたな」



 その瞬間――三人娘は黄金剣にかぶりついた。



「うおおおおおおおーっ! なにその剣っ!? すっげぇーっ! ちょーかっけぇーっ!」


「えぇっ!? なんですかっ!? その、ものすごぉーく高く売れそうな剣はっ!?」


「うむ。その剣を売り払えば、人生が苦しゅうなくなる気がするな」



「はいはい、よーし。赤毛は素直で可愛い反応だが、緑と黒はもうちょっと欲望をオブラートに包めコノヤロー」


 九郎は腰のケースから飛苦無を引き抜き、

 黄金剣にワイヤーをグルグルと巻きつける。

 

 それから、ベッドの端と壁の間の狭いスペースに剣を持っていき、

 腰のケースと一緒に荷物の横に立てかけてから、椅子に戻った。


「よーし、いいかー、おまえらー。オレはおまえらを信じている。この中にあの黄金剣を盗むヤツなんか一人もいないと信じている。それはもう心の底から確信している。だからオレは罠なんか仕掛けていないし、剣にワイヤーを巻いたことにも意味はない。そういうわけで、最後にこれだけは言っておく。――おまえら、絶対に盗むなよ?」



「おうっ! もちろんだぜ!」

「はぁい! もちろんですぅ!」

「うむ! 苦しゅうない!」



「よーし。本命は緑で、対抗は黒。大穴は桃色ってことで、ファイナルアンサーだな」


「もう、クロさんったらぁ。わたしがそんなことするはずないじゃないですかぁ」


 クサリンは無邪気に微笑みながら、

 ハーブティーのポットをつかんで九郎に向ける。


「それよりクロさん。もう一杯、お茶をどうぞぉ」


「いや、遠慮しておく。今日はちょっと疲れたから、睡眠薬がなくてもぐっすり眠れるからな」



「ち」



 九郎がカップを手のひらで覆った瞬間、

 クサリンは顔を背けて小さく舌打ちをした。


「おい、クサリン。おまえ今、舌打ちしただろ」


「えぇ~、まぁさかぁ~。わたしがそんなこと、するはずないじゃないですかぁ~」


 クサリンは純真無垢な笑みを浮かべて小首をかしげ、

 ショートツインテールの房を小さく揺らす。


 するとその時、横からオーラが口を挟んだ。


「おう、あたしは見たぞ。クサリンは今、たしかに――」


 瞬間――クサリンが超高速で腰の箱から薄い金属ケース引き抜き、

 しびれ薬をオーラの顔にぶっかけた。


「おほっ! おほっごほっ! おい! クサリン! おほっおほっ! いきなり何しやがる! こいつはいったい何の粉――はれ?」


 オーラの全身が一瞬で固まり、椅子の上から転げ落ちた。


「あらあら、オーラさんたら。そんなところで寝たら、カゼひいちゃいますよぉ?」


 クサリンは優雅に微笑みながらしゃがみ込む。


 そして、ピクピクとけいれんしているオーラの体を一気に持ち上げ、

 二段ベッドの上の段に放り投げた。


「く……クサリンって、体は小さいけど、けっこう力持ちだよな……」


 九郎は思わずぱちぱちとまばたいた。


 クサリンは細い腕で力こぶを作る仕草をしながら、にこりと笑う。


「はぁい。これでも薬師のはしくれですからねぇ。重さがオーラさんぐらいの背負い袋を、いつも持ち運んでいるじゃないですかぁ」


「そ、そう言えば、そうっすね……」


 九郎はクサリンから目を逸らし、カップに残ったハーブティーを静かに飲んだ。


 すると不意に、コツメが寝返りを打った幼女を指さして口を開く。


「それよりクロ。その銀髪の子どもは、いったいどうするつもりなんだ?」


「ああ、クヨか」


 訊かれて九郎は一つため息。

 そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「さっきはわざと言わなかったが、クヨはたぶん、白金魚の魔王なんだよ」


「えっ?」


「ほう」


 クサリンは目を丸くしてクヨを見下ろし、

 コツメは興味深そうに九郎を見つめる。


「王冠の魔王、クエキってヤツが言ってたんだけどさ、クヨは魔王として覚醒していないんだ。だからこの先どうなってもいいように、ハーキーに預けようと考えている。あいつはサザランの皇帝だからな。幼女の一人や二人ぐらい、安全にかくまってくれるだろ」


「ふむ。それはそうかも知れないが、あの男が受け入れるとは限らないだろ」


「いや、それはおそらく大丈夫だ」


 九郎は手のひらをコツメに向けた。


「ハーキーはかなり頭が切れるからな。いくら幼女といえど魔王を放置すれば、十三魔教のヤツらが独立国を作ってしまう可能性が高い。それはサザラン帝国にとって、シャレにならない一大事だ。それを考えれば幼女を引き取って育てることぐらい、大したことじゃないからな」


「でもクロさん。それならいっそのこと殺しちゃった方が、サザランにとってはもっと楽だとおもいますけど」


「うーん、クサリンさんは相変わらずドライっすね……」


 きょとんと首をかしげて訊いてきたクサリンに、九郎は渋い顔を向けて言う。


「まあ、その辺は交渉次第で大丈夫だろ。こっちには、これがあるからな」


 言って、ベッドの中から一冊の本を取り出した。

 表紙が白い金属の、分厚い本だ。


「なんですかぁ、その本は?」


「これが白金魚の魔書だよ」


「えっ? それじゃあそれが、魔王を復活させる魔書なんですかぁ?」


「ああ、そうだ。おそらくこいつには相当な価値があると思う。だからこれをハーキーに渡して、その見返りにクヨを保護してもらうつもりだ。そういう契約なら、あいつもクヨを殺すなんてことはしないだろ。それでもダメだったら、ジンガの村に連れていく。大賢者マータなら、魔王でもかくまってくれるはずだからな」


「ああ、そういえばクロさんは、大賢者さまとお知り合いだったんですよねぇ」


「まあな」


 九郎は魔書をベッドに戻し、言葉を続ける。


「あのクソババアがさっさと元に戻れば話が早いんだが、オレが死ぬ前に復活するかどうか微妙なところだからな。だから明日は魔法の研究者に会いに行って、魔法契約の解除ができないか相談してみるつもりだ。それが最後の頼みの綱だからな」


「ふむ。しかしクロ。それがダメだったら、どうするんだ?」


 淡々としたコツメの言葉に、九郎は首を小さく横に振る。


「そうだな。それでダメだったら潔く諦めるさ。今さらハーキーを倒す気になんてなれないからな。だけど、オレの考えが正しければ望みはある。この世界の魔法はかなり現実的な仕組みだから、魔法契約を一方的に解除する方法はまだまだあるはずだ。しかも、今日は王冠の魔王のおかげで新しい発見もあった。おまえらは、魔法陣を複数重ねて使えるって知ってたか?」


「いえ、知らないですぅ」


「ふむ。それは複数の人間が、同じ魔法を重ねてかけることとは違うのか?」


「それがちょっと違うんだよ。――アタターカ」


 言って、九郎は手のひらに黄色い魔法陣を浮かべてみせる。


「あのクエキって魔王は、十二個の魔法陣を組み合わせて効果を何倍にも高めていた。オレの魔法陣を見た時にも『たった一つの魔法陣で――』って言ってたから、おそらく一つの魔法陣で出力を上げるよりも、何個も重ねた方が魔法の威力は大きくなるってことだと思う」


「ほほう。なるほど。そういう使い方をしたことはなかったな」


「わたしもないですぅ」


「まあ、そんなことが分かっても、オレの命が助かるわけじゃないけどな」


 九郎は魔法陣を消してこぶしを握る。


「だけど、技術を磨いておいて損はないだろ。今度暇があったら、みんなでちょっと試してみようぜ」


「はぁい」


「うむ。そうだな」


「よし。それじゃあ、今日はもう寝るとするか。おまえたちは明日も自由行動だから、たっぷり羽を伸ばしてくれ」


 そう締めくくり、九郎は椅子から立ち上がる。


 三人はすぐに服を脱いでランプを吹き消し、

 下着姿でそれぞれのベッドに潜り込む。


 コツメはオーラの下の段に入り、クサリンはクヨの上の段に登る。


 九郎はクヨの隣にそっと体を滑り込ませた。



 そして三人は「おやすみなさい」とそれぞれ呟き、眠りに落ちた。




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