第七章 10
「ンなっ!? なにぃーっっ!?」
いきなり石畳に激突した魔王を見て、九郎は驚愕に目を見開いた。
慌てて足を止め、反射的に棍棒を床から引き抜く。
同時に黄金魔王を蹴り飛ばした人物が目の前に着地した。
ラベンダーカラーのワンピースに身を包んだ、長い銀髪の若い女性だ。
その整った顔を見たとたん、九郎は限界まで目を丸くして声を張り上げた。
「みっ!? ミルちゃん!?」
「はぁーい、そうでぇーす」
三つ編みお下げを背中に払い、ミルはにっこり微笑んだ。
そして地味なベージュのエプロンを手早く脱いで放り投げる。
「ごめんね、クロウさん。お店がちょっと忙しくて、来るのが遅くなっちゃいましたぁ」
「……えっ? い、いや、オレ別に呼んでねーんだけど……というか、え? ちょっと待って? ミルちゃん、今、あの魔王を蹴っ飛ばしたの?」
九郎は呆気に取られながら、派手に転がったクエキを指さす。
クエキはよろよろと立ち上がり、黄金剣を構えながらミルを見据えている。
「はぁーい、もちろんでぇーす。私はガインさんに呼ばれて来たんですけど――って、あらら。ガインさん、ガッツリやられちゃってるじゃないですかぁ」
ミルは転がっていた右腕を拾い上げ、
仰向けに倒れている巨人に近づいていく。
そして切断面に腕を押し当て、くっつけた。
「――はい、これでよし。ギガン族なら、これで元に戻るでしょ」
「えっ? まさかオヤカタ、まだ死んでないの?」
「はーい。ギリギリですけど、まだ息があります。たぶんバイコールの魔法を使っていたんでしょ。あの魔法は生命力も活性化させますからね。とは言っても、早く手当てを受けさせないと、ちょっとまずいかな」
言って、ミルは周囲を見渡す。
九郎たちを取り巻いている黒ローブたちは、
サザランの大兵団と激しく戦い続けている。
「うーん……あの黒ローブさんたちは、あと三十分ほどで鎮圧できそうですねぇ。するとやっぱり、あとは金色さんのお相手だけですね」
「いや、あいつの相手って……え? まさかミルちゃん。あいつとマジで戦うつもりなのか?」
「はぁーい、もっちろんでぇーす」
ミルは大きく伸びをして、肩をグルリと回して腰をひねる。
「ぃよーっしっ! 準備運動終わりっ。クロウさんは、そこの茶色いコートの人のところまで下がっていてください」
「えっ? でも、戦うって、武器も持たずに戦うつもりか?」
「だーいじょーぶでぇーす。武器ならここに、ちゃーんとありますから」
ミルは微笑みながら胸の真ん中を指でつつく。
九郎はまじまじと大きなふくらみを観察したが、特に変わったものは何もない。
「はて、どこに武器があるんだ? そりゃあミルちゃんの胸はかなりでかいけど、あのイケメン魔王はロリコンだから、色仕掛けは効かないと思うけど」
「そのロリコンって意味は分かりませんが、まあ見ていてください。早くしないと、本当にガインさんが死んじゃいますからね」
「あ、ああ、分かった」
九郎は慌ててメイレスの隣まで下がった。
同時にミルは数歩進み、クエキに向けて言葉を放つ。
「さてと、こんばんは、金色さん。お聞きのとおりこちらには時間がないので、すぐに始めてもいいですか?」
「……うむ。是非もない」
魔王は黄金の歯車と剣を構え、淡々と告げる。
「戦争は既に開幕している。ここは言葉が力を持たぬ戦場である。知恵と力の限りを尽くし、遠慮なくかかってくるがよい」
「そうですか。それは話が早くて助かりまぁーす。では――サザークロスっ!」
ミルは天に右手を掲げ、鋭い声を夜空に放つ。
瞬間――青い光が空間を切り裂き、一振りの剣が現れた。
ミルは宙に浮いた青い剣を片手に握り、斜めに払って空を切る。
そして正面に構えて魔王を見据え、精神を尖らせる。
「それでは、いきます。――サザータイム・サザークロス」
「受けて立とう。――ホル・クラウ・ゴーデントリム」
クエキは左手の黄金歯車を前に突き出し、右手の黄金剣を引いて構える。
直後――ミルが一気に走り出した。
正面に構えた剣の腹に左手を押し当て、二十歩の距離を瞬時に詰める。
(はっ! 速すぎるっ!)
ミルのあまりの速さに九郎は思わず目を剥いた。
それはまさに青い風だった。
三つ編みの銀髪をなびかせながら、
ミルは突風の勢いで魔王の胸に切っ先ごと突っ込んだ。
瞬間――黄金の魔法陣がカチリと回った。
とたんにミルの体が十歩後ろに巻き戻る。
「――っ!?」
魔王の眼前まで迫っていたミルは目を見開いて驚愕した。
同時にクエキが黄金剣を突き出しながら一直線に突っ走る。
(あれはまずいっ!)
九郎は反射的に飛苦無を握りしめた。
直後、黄金剣がミルの胸を刺し貫いた――刹那、ミルが光となってかき消えた。
「――なんとっ!?」
魔王の目が驚嘆に見開いた。
クエキは瞬時に前方をにらみつける。
目の前には突き出した黄金剣。
ミルの体はどこにもない。
上下左右に視線を飛ばす。
しかし影も形も見当たらない。
魔王は反射的に足を踏ん張った。
さらにそのまま黄金剣を振り回す――直後、背後で勢いよく弾かれた。
(な……なんだとぉぅっ!?)
九郎は息を飲み込んだ。
魔王の前にいたミルが、ほぼ同時にクエキの真後ろに立っていた。
しかもその体は青い光に包まれている。
青く輝くミルは瞬時にブルーソードを魔王の背中に振り下ろした――。
刹那、振り向きざまの黄金剣に弾かれた。
しかし青い剣は無限の剣閃を虚空に刻んで魔王を襲う。
三撃、六撃、十二撃――息つく暇もない連続攻撃。
防戦一方――。
黄金魔王は高速の剣戟を紙一重で受け続ける。
直後、わずかな隙を突いて青い剣ごとミルを弾き飛ばした。
同時に後ろに跳んで間合いを取る。
千載一遇。
魔王は着地と同時に気合いを放つ。
黄金歯車で自分を囲む。
黄金剣を斜めに構え、前をにらんだ。
直後――魔王の背後にミルが現れた。
青い光を放ちながら瞬時に移動したミルが、
クエキの背中を十字に切り裂く。
黄金ローブが不様にめくれ、石畳に血が飛び散った。
クエキは足をこらえて振り返る。
ブルーソードの三撃目を黄金剣で打ち払う。
瞬間――魔王の左右と背後にミルがいた。
「――ぐはっ!」
三方向からの青い牙に切り裂かれ、黄金の魔王が血に舞った。
ミルはさらに青い光と化して剣を振るう。
その体は四人、五人、六人と、一撃ごとに増えていく。
四方八方から切って切り裂き切り下ろす。
クエキは赤い血に染まりながら、ミルの攻撃を弾き飛ばす。
しかしすべては防げない。
腕、肩、背中、脇腹、太腿――。
次から次に切り裂かれていく。
そして傷が二十太刀を超えた直後――。
腹と背中にブルーソードが突き立った。
魔王は膝から崩れ落ちる。
そしてそのまま石畳に倒れて伏した。
「む……娘よ……」
クエキは顔だけで横を向き、ミルを見上げて声を絞り出す。
「私は……王冠の魔王、クエキである。しょ……勝敗は決した……。名を……名を聞いておこう……」
「私はミルです」
ミルはブルーソードを一振りして血を払い、
胸の前で切っ先を天に向ける。
そして地に這う魔王を見下ろし、淡々と名乗りを上げる。
「私はミル。エクエスエミル・ゴールドバビロン。サザランの大地を守る、一振りの剣です」
「なるほど……。サザランの最強騎士であったか……」
クエキは、ふっと息を吐き出す。
「今は騎士ではなく、酒場のウェイトレスですが――」
ミルはクエキの横に立ち、サザークロスを上段に構える。
「いざ、おさらばです」
「うむ……。縁があれば、また相まみえようぞ……」
王冠の魔王は呟き、目を閉じる。
その首に、ミルは剣を振り下ろした。
直後――クエキの体は黄金色の光となって崩壊し、
初冬の風に巻かれて散った。
広場に浮かんでいた光の球も瞬時に消えて、世界に闇が舞い降りた。
「――全軍聞けぇぇいっっ!」
ミルの大音声が星空に響き渡る。
「敵の首領は討ち取ったぁぁーっっ! 勝どきを上げろぉぉーっっ!」
瞬間――天を突いたブルーソードが閃光を解き放つ。
闇に包まれた広場を青い光が瞬時に切り裂く。
サザランの大兵団は一斉に拳を突き上げ歓喜の声を吠え上げる。
そして雄叫びを上げながら、
十三魔教の黒ローブたちを片っ端から斬り殺していく。
ミルはさらに、青く輝く剣をクルリと回す。
すると広場の端から十人ほどが駆け寄ってきた。
そのうちの三名は青いローブをまとった魔法使いだ。
彼らは倒れているガインを囲み、すぐに魔法で治療を始める。
「お……おい、ミルちゃん」
瀕死の巨人兵を淡々と見下ろすミルに、
九郎がおそるおそる声をかけた。
するとミルはにっこり笑い、軽く片手を上げて口を開く。
「あ、クロウさん。お待たせしました。見てのとおり、バッチリ決着つきましたから」
「ああ、いや、それはたしかにありがたすぎて、厚く御礼申し上げますってところなんだが、えっと……ゴールドバビロンって、マジっすか?」
「はぁーい。マジでぇーす。マジマジでぇーっす」
ミルはピースサインを九郎に向けながら、
宝剣サザークロスを夜空に放り上げる。
青い剣はくるりと回りながら光を放ち、瞬時にどこかへと消え去った。
「どこかの誰かさんのお蔭をもちましてっ! 昨日めでたく処刑されましたっ! エクエスエミル・ゴールドバビロンでぇーすっ!」
「いやぁ……どこの誰のお蔭なのか、オレにはちっとも分かんないなぁー……」
九郎は顔を強張らせながら、目線を横に逸らしていく。
「えへへぇ。だーいじょうぶですよ、クロウさん。私、別に怒ってなんかいませんから。むしろ、ちょっとだけ感謝しているぐらいです」
「えっ? 感謝?」
九郎はきょとんとまばたいた。
ミルはベージュのエプロンを拾い上げ、ほこりを叩きながら九郎に話す。
「はーい、そうでぇーす。感謝です。私だって本当は、あんな暗殺なんか命令したくなかったんですよねぇ。だけど駐留軍のトップの立場もあるし、陛下の命令に背くと養子にしてくれたゴールドバビロンの家名にも傷がつくし、そういうめんどくさいしがらみってヤツがあるんですよ」
「お……おい。こんなところで、そんな話をぶっちゃけていいのかよ」
「大丈夫でぇーす。だって私、もう死んじゃってますから」
近くの兵士やメイレスを見て慌てる九郎に、
ミルはくすりと笑って言葉を続ける。
「それに正直なところ、ゴールドバビロンって名前は派手すぎて、あんまり好きじゃなかったんですよねぇ。だけどこれで堂々と名前を変えることができるから、けっこう嬉しいんです」
「まあ、たしかにゴールドバビロンってのは派手だけど、それよりミルちゃん。あの魔王をあっさり倒したってことは、もしかして剣聖だったのか?」
「いえいえ、そんなまさか」
ミルは笑顔で両手を振った。
「私は今まで男として駐留軍のトップにいたので、剣聖の承認をもらいに行くことができなかったんです。最前線のトップが女で、しかも小娘だと、よその国に侮られてしまいますからね」
「ああ、なるほど、そういうことか。たしかにラッシュの街でも、女性は低く見られていたからな。それもしがらみの一つってわけか」
「はい、そういうことです。まあ、今は酒場のウェイトレスですから、どうでもいい話ですけどねぇ」
「いや、魔王を瞬殺するウェイトレスって、どう考えてもおかしいだろ……」
「……ねぇ、くろぉ」
「うん?」
ふと横を見ると、クヨがいつの間にか小さな手で九郎のローブを握っている。
「……おかしまだ?」
「ああ、悪い悪い。そうだったな」
九郎はにこりと微笑み、白いパジャマ姿のクヨを抱き上げる。
「それじゃあ、ミルちゃん。オレたちはマンイン亭に行ってメシを食うよ。いつまでもここにいたってしょうがないからな」
「あ、それなら私もご一緒しまーす。早く戻らないと、マスターさんに怒られちゃいますからねぇ」
「いや、おまえ、軍のトップならちゃんと指揮しろよ。みんなまだ戦ってるじゃねーか」
「おっことわりでぇーす。そぉーんなの、私の知ったこっちゃありませぇーん。それに今日は鎧を着ていないので、ほとんどの兵士は私のことに気づいていませんから、今のうちに退散でぇーす」
ミルは優しく微笑み、クヨの白い頬を指でつつく。
「やれやれ……」
九郎は軽くため息を吐き、メイレスに目を向ける。
「おい、メイレス。悪いけど、あそこに転がってる魔王の剣を拾ってきてくれ」
「はいはい。クロちゃんって、けっこう人使い荒いよねぇ」
「うるせー。こっちは幼女様で手いっぱいなんだよ」
メイレスは半ば呆れ顔で、黄金剣ホル・クラウを拾いに向かう。
それから九郎とクヨ、メイレスとミルの四人は連れ立って歩き出す。
そして楽しげに話しながら死体の山を通り過ぎ、血だらけの広場をあとにした。




