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第二章 1 : 現実も 人によっては ファンタジー 



(――ぜんぶ夢だと言ってくれぇーっ!)


 九郎は目を覚ましたとたん、声を張り上げた。



 しかし、声はまったく聞こえなかった。

 自分の中のイメージでは、体を起こしながら叫んだつもりだったのだが、

 体が動いた感覚すらない。



(な……なんだなんだ? この不思議な感覚は……? 手も足も動かないというか、そもそも体がないような、全身麻酔をかけられたような感じがする……。いったいオレの体はどうなったんだ……? って、そういえば、ここはどこだ?)



 九郎は、はっとして目の前に意識を向けた。



 まず目についたのは、暖炉の炎だった。



 やけに鮮やかな朱色に燃える薪と、だいだい色にくすぶるおき火が、

 灰の上で入り混じり、時折小さな音を立てて火花が飛び散る。

 石造りの暖炉は、あちこちに黒い焦げ目が走った年季ものだ。


 暖炉の手前にはゆったりとしたソファが二つと、木製のローテーブル。


 室内はかなり広く、床や壁、天井はすべて木製だ。

 壁沿いの棚にはいくつものランプが置かれ、

 室内をあますところなく照らしている。



(……何だここは? ずいぶんとオールドアメリカンな感じの家だが、ランプを使っているところを見ると、電気がない山小屋か? まさか頭のおかしなオバハンに監禁されてるパターンか? って、それはさすがにないか。だけど、いったい誰が、オレをこんなところに連れてきたんだ――うわぁっ!)


 

 考えながら背後に視線を向けたとたん、九郎は仰天した。


 すぐ目の前に、正体不明の何かがうごめいていた。



(なっ、なっ、なっ、なんだこりゃ!?)



 おっかなびっくりで、謎のモノに焦点を合わせてみる。


 よく見ると、わずかに濡れた小さな鼻。

 ゆったりと伸びる細いヒゲ。

 短い青い毛で覆われた小さな顔に、青く澄んだつぶらな瞳――。


(こっ、これは猫か? 青い毛の――子猫?)


 そう思った瞬間、子猫が九郎をぺろりとなめた。


(やっ、やめろバカっ! 口はやめろっ! 感染症で死ぬこともあるんだぞっ! なめるなら手にしてくれっ!)


 とっさに猫をつかんで遠ざけようとしたが、手がまったく動かない。


(おいおい、何だこりゃ? 手がぜんぜん動かねぇぞ? オレの体はいったいどうなっているんだ――って、はい?)



 視線を体に向けたとたん、九郎は言葉を失った。



 下を見ると、何か複雑な模様が描かれた木製テーブルの天板があるだけで、

 それ以外は何もない。


(……えっ? えっと、ナニコレ? テーブル? テーブルだけで……体がない? え? ちょっと待って? え? ちょっと待って? 何で体がないんだ? え? ちょっとマジで待って? かなり記憶がぶっ飛んでいるんだが、オレはいったい、どうやってここまで来たんだ……?)



 九郎は呆然としながら頭をひねり、何とか記憶を掘り起こす。

 そして次の瞬間、愕然とした。



(……はっ! やっべ。オレの体、爆発したんだった……)



 宇宙ステーションに激突して粉々に砕け散ったシーンを思い出し、

 九郎は憮然ぶせんとして意識が飛びかけた。



 するとその時、不意にヒトの声が漂った。




「……おや? 今、動いたね?」




 反射的に意識を向けると、近くの椅子に誰かが座って、こちらを見ている。



(なっ、何だアンタは?)



 九郎は驚きながら相手を見た。


 声の主は老婆だった。



 肩口で切り揃えた青い髪に、子猫と同じ青い瞳。

 上下そろいのゆったりとした立派な衣装もやはり青で、

 複雑な紋様が刺繍されている。

 目の奥には深い理性の光を宿し、

 小さな体には圧倒的な知性のオーラをまとっている。



(こ、この婆さん、明らかにただ者じゃねぇ……)


 

 九郎は一目で、老婆の存在感に気圧けおされた。



「さてさて。どうやら意識が戻ったようじゃから、早速始めるとするかのう」



 老婆はすっと立ち上がる。

 それから足下に置いていた素焼きの壺を抱え上げ、テーブルへと近づいてくる。



 広い楕円形のテーブルには複雑な魔法陣が描かれ、

 九郎を囲むように十二個のガラスの小瓶が配置されている。

 老婆はその一つひとつに壺を傾け、どろりとした黒紫色の液体を注ぎながら、

 ゆっくりと口を開く。



「まあ、鏡を見て分かっているとは思うが、今のおまえさんには肉体がない。だから今からこの老いぼれが、おまえさんの体を魔法で作ってやろう。体がないと、ろくに話も出来んからのう」



(はあ? 体を魔法で作るだと? 何言ってんだ、この婆さん。というか、鏡なんかどこにあるんだよ。そんなもん、どこにも――)



 周囲には、鏡らしきものは見当たらなかった。


 しかし、子猫がぴょんと跳ねて床に飛び降りたとたん、視界に姿見が現れた。


(お、鏡見っけ。子猫の体で見えなかったのか。えっと、どれどれ――って、うん? んんんんん……?)



 テーブルの近くに置かれていた鏡を見たとたん、

 九郎は心の中でまばたきを繰り返した。



(な……ななな……)




 鏡に映っていたのは、銀色の炎だった。




 子猫と同じくらいの大きさの炎が、青くなったり、白くなったり、

 くるくると色を変えて揺らめいている。



(な、な、ななな、なんじゃこりゃあぁぁっ!)



 九郎が叫ぶと、鏡の中の炎が勢いよく燃え上がった。


「これこれ、もうちっと落ち着けい。この老いぼれが、わざわざ体を作ってやると言っておるのじゃから、そうカッカすることもあるまいて」


 老婆は九郎にふっと息を吹きかけ、再び小瓶に液体を注いで回る。


「これはの、この老いぼれ特製の魔法薬じゃ。人体を構成する元素をすべて混ぜて作った貴重な秘薬じゃから、おまえさんは深く感謝せんといかんぞえ」



(はあ!? 落ち着け!? 落ち着けだとぉぅっ!? 自分の体がシルバーフレイムになって落ち着いていられるヤツがいるわけねーだろうがぁぁーっっ! ……と、思ったけど、たしかにそうだな。騒いだって仕方がない。現実はラノベやアニメとは違うからな。無駄に叫んで尺を稼ぐ必要はない。というわけで、とにかく心を落ち着かせよう。――はい、おちゅちゅいた。じゃなくて、落ち着いた。まあ、ひとまず理由は置いといて、どうやらオレが火の玉になったのは間違いないようだな)



 九郎は心を落ち着けて、老婆を見ながら思案した。



(――そんで、この婆さんは、オレと話をするために体を作ろうとしているのか。ということは、オレがこうなった理由を、この婆さんは知っている可能性が高いってことだ。もっとはっきり言えば、直接の原因を作ったのはこの婆さんかも知れん。しかし、わざわざオレの体を作るということは、それほど悪い人間でもない気がする。……ふむ、だったらいいだろう。魔法だか何だか知らないが、どうやって体を作るのか、じっくりと見せてもらおうか)



 九郎は意識を集中して、老婆の動きを目で追った。



「――さて、これでよし。おまえさんが気を失っている間に準備はしておいたから、あとはおまえさんの意識次第じゃ」


 十二個すべての小瓶に魔法薬を注いだ老婆は、真正面から九郎を見た。


「よいか? この老いぼれは今からニクアナザーの魔法を使い、精神体となったおまえさんを包み込む、新しい肉体を作り上げる」



(は? ニクアナザー? いや、アナザーって、何だか逆に死んじゃいそうな感じがするんだけど……)



「しかし、それがどのような肉体になるかは、おまえさん自身が決めるんじゃ。おまえさんは今から意識を集中して、自分の肉体をはっきり思い出さなくてはならん。そしてじゅうぶんに想像できたら、さっきみたいにその炎の体を大きく揺らすのじゃ。そうしたら、この老いぼれが魔法を使って、そのイメージを具現化する。そういう流れじゃ。分かったかの?」



(……へ? 自分の姿を思い出せって……え? マジで? それってけっこう、難易度高くね?)



 九郎は慌てて頭をひねり、何とか記憶をほじくり返す。

 しかし、なかなか自分の姿が出てこない。



(えーっと、えーっと……オレの顔って、どんなだっけ? うーん、まいったなぁ。自分の顔なんて意識して見ないから、ぜんぜん覚えてないんだけど……。いや、ほんと、困ったなぁ。オレってどんな顔だったっけ……?)



「……ふむ、どうやら悩んでいる様子じゃな。まあ、時間はあるから、じっくりと思い出すがよい」



 老婆は壺を床に置いて腕を組み、興味深そうな目つきで九郎を眺める。

 

(あ、どーもサーセーン。優柔不断でほんとサーセーン)



 九郎はとっさに心の中で頭を下げて謝った。

 そして心の中でアゴに手を当てて思案する。



(さて、とりあえず、最後に鏡を見た時のことから思い出そう。えーっと、たしか昨日は家に帰って、コンビニの炭火焼ブタ丼食って、それから風呂に入ったから、たぶんその時には見たはずだ。しかし、まったく思い出せん……って、ああ、そうそう、そういや今朝も見たはずじゃん。鏡を見ながらネクタイを締めたんだから、確実に見てるだろ。あの時の記憶を掘り起こすと、たしか顔は――。


 二十代の人気俳優にそっくりで、髪の毛は黒くてふさふさ。

 眉毛はしゅっと横一本の、けっこうなイケメンだったはずだ。


 ――ということにしておこう。

 よし、それじゃあ、お次はボディだな。えっと――。


 週に二回はスポーツジムで鍛えているから、けっこうガッチリしていたはずだ。

 イメージ的には、背筋と二の腕はムッキムキで、腹筋は六つに割れていて……

 ああ、いやいや、せっかくだから夢のエイトパックにしておこう。

 それで身長は、こっそり十センチぐらい伸ばして一八八ぐらいにしておくか。


 ――うん、そうだ。オレはきっと、そういう体だったと思う。たぶん総合的に見れば、どっかの筋肉妖怪二十パーセントぐらいの細マッチョだったはずだ。こう見えてオレ、けっこう動物好きだからな。――よし、これでイメージは完璧だ。もう何も怖くない)



 いつの間にか理想の姿の妄想を固め、九郎は炎の体を揺らして合図を送る。



「……おや、もういいのかい? だったら早速始めるが、最後にもう一度だけ言っておくから、よくお聞き」


 老婆は、しわがれた指を九郎に向けた。


「いいかい? ニクアナザーの魔法は、二度とやり直しが出来ない特殊な魔法じゃ。だから魔法が終わるまで、おまえさんは自分の姿をしっかりと心に描き続けておかねばならん。体がきっちり完成するまでは、決して別のことを考えたりしてはならんぞ。さもないと、あとで必ず後悔することになるからのう」



(オーケー、婆さん。オレのイメージは完璧だっ! いつでもこいやぁっ! 基本骨子も構成材質も、バッチリ変更済みだからなっ!)



 九郎はさっさと腹をくくり、もう一度炎を揺らす。



「どうやら心構えは出来たようじゃな。では、始めるぞ」



 老婆は言って、椅子に立てかけていた黒曜木の杖を握り、頭上にかざす。

 すると、テーブルの上に描かれた魔法陣から青い光が立ち昇った。



(おおっ! すっげぇーっ! なんだこれ! 本当に魔法っぽいじゃないか!)



 青い光で満ちた部屋を、九郎は感心しながらぐるりと見渡す。



 そのとたん、魔法陣から銀色に輝く魔言が次々に浮かび上がってきた。

 光の文字はゆっくりと列をなし、銀の炎の周囲を踊るように回り始める。


「魔言は既に唱えておいたから、時間はかからん。一分とかからずに、おまえさんの肉体は完成する。それまでしっかりと自分の姿を思い続けるんじゃ。よいな?」



(おっしゃーっ! 任せろっ! 理想のオレをっ! トレースオーンっっ!)



 九郎は自分の肉体を都合よく思い描きながら、炎の体を揺らしまくる。



(……ふっふっふ、だーっはっはっはっはっはっ! そうだっ! こんな機会は滅多にないっ! 自分の体をキャラメイキングできるなんて、いったいどんな七番目のサイボーグだよっ! オレはこのビッグチャンスを逃さないっ! そして今日! 憧れのイケメン細マッチョにオレはなる! そしたら女の子にモテモテだぁーっ! 夢のラッキートラブル生活だぁーっ! もう二度と! あんなブタ嫁みたいな女には引っかからない! あんな生ゴミ臭いヤツなんか即チェンジだ! オレはもっと、華奢きゃしゃで色白で性格温厚な美女と付き合ってやる! そう! たとえばアレだ! さっきの女子高生だ! 素顔はお目めパッチリで! 肌が白くて長い黒髪! ショッキングピンクなんかNGだっ! ああいう正統派の美少女がっ! ひねくれずにまっすぐ二十二歳まで成長したような女がいい! オレはそういう女と結婚するんだっ! そして幸せな人生を過ごし――うぐっ!? くっ! 苦しいぞっ!? なんだこれ!? うっ! うぐっ! うぐぐぐぐぐぐっ!?)



 いきなり全身に苦痛が走った。

 九郎は心の中で体をよじり、うめき声を上げて周囲を見た。



 すると、周囲を回っていた光り輝く魔言が崩壊を始めている。

 そして文字の形が完全に崩れた瞬間――室内に強烈な光があふれ返った。



(……うぐぐ!? まっ! まぶしいっ……!)



 青い光の奔流に、九郎はとっさに心の中で目を閉じる。



 

 直後――テーブルに置かれた十二の小瓶が一斉に砕け散った。

 



 小瓶を満たしていた黒紫色の液体も、ガラスの破片も、

 すべてが光の粒となって宙を舞い、九郎の精神体へと一斉に雪崩れ込む。


(くっ! 苦しいっ! なっ! なんだこの痛みはっ! うっ、ぐ、ぐぐぐ……ぐああああああああああああああっっっ!)



 光の粒は次から次へと銀の炎に身を投じ、次第に何かの形を成していく。

 九郎は体の内側が膨れ上がるような苦痛に身悶えしながら、

 叫び声を上げまくる。



(ぐあああああああああああああああ――)

「――ああああああああああああああああっっ!」



 いきなり甲高い肉声が室内に響き渡った。



 そして、すべての光の粒が銀の炎に飛び込んだ瞬間――。

 



 テーブルの上にヒトの姿が現れた。




 その体は、柔らかな桜色の光を放ちながら、宙にふわりと浮いている。

 同時に魔法陣の青い光がゆっくりと消え去り、

 室内は元の様相を取り戻していく。


 すると、空中に浮いていた体も光を失い、テーブルの上にどさりと落ちた。

 さらにそのまま床に落ちて転がった。

 そしてうめき声を漏らしながら、ゆっくりと起き上がる。



「……うぐぐ、なんだ? いったい何が、どうなったんだ……?」


 九郎はテーブルにつかまりながら立ち上がり、はっと気づいた。


「うおっ! 手だっ! すっげーっ! ナニコレ! マジで手がある! 足もある! うっほーっ! ほんとに体ができたのかっ!」



 自分の手を見て足を見て、九郎は喜び勇んで姿見に駆けつけた。



「イッエーイ! 今日からオレはっ! 今日からオレはっ! スーパーイケメン細マッチョだーっ! ヒャッホー……って、うん? あれ? 何だこれ……? これがスーパーイケメン……ほそまっちょ?」



 九郎は自分の姿を見たとたん、思考停止に陥った。

 鏡に映った肉体は、どう見ても、何度見ても、イメージとは程遠い姿だった。



「あー、えーっと……ナニコレ? コレガオレ?」

 

 もう一度、一糸まとわぬ自分の肉体を凝視した。


「オレはたしか、身長の高いスポーツマンをイメージしていたのに、何で身長の低い華奢きゃしゃな体になってんの……? しかもお肌は真っ白で? お目めパッチリの美少女顔で? 髪の毛は長い……桃色……だと……?」



 九郎は呆然と鏡の中の自分を見た。

 そして、顔と体と髪の毛を触りまくり、唐突にはっと目を見開いた。



「まっ! まさかこれっ! あの女子高生じゃねぇかっ!」



 叫びながら鏡にかぶりつき、さらにマジマジと自分を見た。


「まっ! 間違いないっ! これ! この顔! あの琴美って子じゃねぇか! えぇっ!? なんで!? なんでなんで!? なにがどうしてこうなったぁ!? しかもなんで髪の毛だけ桃色なんだ!? あぁん!? あああああぁん!? ハッ! そうだっ! おいババアっ! こいつはいったいどういうことだぁーっ!」


 九郎は反射的に目を怒らせて振り返り、

 背中を見せて突っ立っている老婆に詰め寄った。


「オイコラババアッ! なんだなんだっ! このデビューしたての女子高生アイドルみたいな体と声は! オレのイメージとぜんぜん違うじゃねぇかっ! 断固としてやり直しを要求するっ! 今すぐこの体をデリートして、キャラメイキングをもう一度――」


 怒鳴りながら老婆の肩を荒々しくつかみ、無理やり振り向かせた。




 瞬間――老婆の首に鋭い亀裂が走って砕け、頭部がごとんと床に落ちた。




「やりなお……せ……って――ゴトン?」


 九郎の声はすぐにしぼみ、そのまま視線も下がっていく。

 見ると老婆の頭は、青い髪もくすんだ肌も真っ黒に変色して、

 ボールのように転がっている。



「うっっぎゃあああああああーっ!」



 家中に甲高い少女の悲鳴が響き渡った。

 九郎はその場に腰を抜かし、床に尻をつけたまま逃げるように後ろに下がる。


「おっ! オレじゃないっ! オレじゃないぞっ! 犯人はオレじゃないっ! たしかにボコボコにしてやろうと思ったけど、まだ何もしちゃいない! 振り向かせただけで首がもげるなんて知らなかったんだぁーっ!」



 九郎は壁にすがりついた。

 白い手で顔を覆い、あらん限りの声で悲鳴を上げる。



 それから指の隙間を少し開けて、老婆の頭をチラリ、チラリとのぞき見た。


「……あれ? 何だかあの頭……血が出ていないような……?」

 

 よく見ると、頭が胴体から完全に分離しているのに、血が一滴も流れていない。


 

 四つん這いでおそるおそる近づいて、老婆の頭を細い指先でつついてみる。

 すると、コツコツという硬質な音が響いた。

 思い切ってなでてみると、黒い頭部には弾力がまったくない。

 まるで金属のように固まっている。



「……何だこれ? この硬さは……鉄か?」


 九郎は首をかしげながら、突っ立ったままの老婆の手に触れてみる。

 するとやはり、鉄のように固まっている。


「うーん……この黒い色と硬さは、やっぱり鉄だよな。でも何で、婆さんがいきなり鉄になっちまったんだ? しかもこれって――」


 言いながら、老婆の衣装に触れてみた。

 さっきまではたしかに柔らかそうな青い服だったのに、

 今はなぜか真っ黒な鉄と化している。


「何だこりゃ? 何で肉体だけじゃなく、服まで鉄になってるんだ? それに指輪も、ネックレスも、ブーツまで鉄になるなんて、どう考えてもおかしいだろ。……うーん、だけどまあ、とりあえず――」



 九郎は近くに置いてあった壺を引き寄せ、中をのぞく。

 どろりとした黒紫色の液体が、まだ半分ほど残っている。



「たしかこれが、人体を構成する秘薬とか言ってたよな。だったら……」



 呟きながら壺を持ち上げ、中の液体を首の断面に慎重に垂らす。

 それからまんべんなく指で伸ばし、頭部をのせて、ぴたりと合わせる。

 さらに、壁際の机に置いてあった薄い革を首の周りに巻きつけて、

 革紐で縛って固定した。



「……よーし、こんなもんだろう。元に戻るかどうかは知らんが、首が取れたままよりはマシなはずだ。しかし……」


 九郎はしげしげと自分の体を見下ろし、それから周囲を見渡しながら思案した。


「とりあえず、現状の把握と対策をまとめると――」




一、美少女フェイスのスレンダーボディはすっぽんぽん。

二、部屋の中に服はまったく見当たらない。

三、体を作ってくれた老婆はなぜか鉄と化している。

四、しかも首がもげている。

五、老婆から聞けたはずの情報は手に入らず、ここがどこかも分からない。

六、何が起きたのかも分からない。

七、これからどうすればいいのか、まるで見当もつかない。




「うーん、こいつはちょっと、ハードル高すぎじゃね……?」


 九郎はがっくりと肩を落とし、深々と息を吐き出した。


 それから小さなクシャミをした。



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