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第六章 6



「――えー、はーい。それじゃあ、おまえら。とりあえず、ハロウィンパーティーをはまじめす。念のためにも一度言うけど、はまじめす」


 喧噪けんそうに包まれた酒場のテーブル席で、

 九郎が片手にグラスを掲げた――。



 イゼロンの街で最大規模の酒場『クラフト亭』に入った九郎たち六人は、

 壁際のテーブル席に陣取った。


 鉄カブトの若い男は、背もたれのない三人掛けの端に腰を下ろし、

 壁に寄りかかってかぼちゃを固定。


 その隣にクリアとオーラが並んで座る。

 オーラの向かいはコツメで、クサリンはその隣。


 壁際におさまった九郎は、

 ノンアルコールのオレンジワインを全員のグラスに注ぎ、

 すぐに乾杯の音頭をとった。



「飲み物は全員持ったな? よし。それじゃあ――トリック・オア・トリートっ!」



「おうっ! トリトリぃーっ!」

「はぁい! とりっく・あんど・とりっーくっ!」

「…………」

「はいですわっ! お菓子をあげるからイタズラさせなさぁーいっ!」

「うむ。菓子を置いて、消え失せろ」



「はーい、とりあえず緑と黒と金髪は、逆立ち三十秒やっとけよー」


 言って、九郎は琥珀色のワインを飲み干す。


 するとコツメが立ち上がり、テーブルの横でいきなり逆立ちを披露した。


「ふむ。たかが逆立ち三十秒。どうということはない」


「あっ、それじゃあ、わたしもぉ~」


 クサリンもぱたぱたと立ち上がり、コツメの隣で逆立ちした。



「あら! それでは、わたくしもですわっ!」



 クリアも勢い込んで駆けつけて、

 クサリンの横で逆立ちした――とたん、仰向けにひっくり返った。


 クリアは床に大の字で、きょとんとまばたき。


 直後、店中の客がどっと声を上げて笑い出す。


 九郎も思わずニヤリと笑い、倒れたクリアを指さして言い放つ。


「よーし、クリアちゃん。やると言ったからには、キッチリやってもらおうじゃないか。オレはスカートをはいた女子であろうと容赦はしない救世主だからな。おい、コツメ、クサリン。クリアちゃんの逆立ちを手伝ってやれ。そして酒場のおっさんどもに、プリンセスのおパンツを披露して差し上げるんだ。これは風呂場でのお返しだからな。二人とも、手加減なんかしなくていいぞ」


「はぁい!」

「うむ。苦しゅうない」


 逆立ちを終えた二人は、すぐさまクリアの細い足首を左右からつかみ、

 強引に引き上げた。



「いっ! いやっ! ちょ! ちょっと待ってくださいですわっ! きゃっ!」



 小さな悲鳴は喧噪にかき消され、クリアはほとんど宙づり状態で逆立ちした。



 その瞬間――パーティードレスの裾が一気に垂れ下がり、

 スカートの下からオレンジ色のドロワーズが現れた。


 膝の上で裾をきゅっと絞った、可愛らしいフリル付きのドロワーズだ。


 そのとたん、酒場の客たちがさらにどっと笑い出す。

 賑やかな店内に口笛と拍手が飛び交い、テーブルを叩く音が響きまくる。



「くそっ! かぼちゃパンツとはずるいぞっ!」



 九郎とオーラは指をさして大笑い。

 護衛の男も壁にかぼちゃをゴンゴンぶつけ、肩を震わせまくっている。



「やりましたわっ! わたくし、逆立ち三十秒できましたわっ!」



 ぺたりと尻もちをついたクリアが嬉しそうな笑みを浮かべた。

 そしてすぐにルンルン気分で席へと戻る。


「よーし、よくやったクリアちゃん。これで昨日の件は水に流してやる」


 九郎はクリアのグラスにオレンジワインを注ぎ、左手の親指を上に向けた。


 クリアは満面の笑みでグラスを握り、一気に飲んで息を吐き出す。


「わたくし、酒場に来たのは初めてですが、こんなに賑やかな場所だったなんて知りませんでした」


「まあ、ここまで盛り上がったのは、クリアちゃんのおかげだけどな。それと、ここの酒場は、頼めば大抵のものは作ってくれるって聞いたから、今夜はちょっと変わった料理を頼んでおいた。昨日のご馳走のお礼だ」


「あら、どんなお料理ですの?」


「一言で言うと、鍋料理だ。オレの国では冬の定番料理で――お、きたきた」


 言ってるそばから、女性店員が大きな土鍋を運んできた。

 店員は土鍋をテーブルの真ん中に置き、大きなフタを取って戻っていく。


「まあっ! すごいですわっ! なんですの、これ!」


 フタを取った瞬間、大量の湯気が噴き出した。

 そして、湯気よりも真っ白な鍋の中を見たとたん、クリアの瞳が輝いた。


「こいつは雪鍋って言うんだ」


「まあ! たしかに雪のように真っ白ですわ! この白いのは、いったい何ですの?」


「これは大根おろしだよ」


 九郎は大根おろしがびっしり詰まった土鍋に匙を差し込み、

 六つのお椀に中身を取り分けていく。


「初めて見ると、この白さにびっくりするだろ。この大量の大根おろしの中に、キノコと鶏肉、山菜、白身魚、豆腐が入っている。まだ秋だけど、この辺はもうけっこう寒いからな。大勢で食うなら、鍋が一番だろ。――ほい、召し上がれ」


 九郎はたまり醤油に出汁だしとスダチを加えた調味料を

 お椀の中身にさっとかけて、みんなに差し出す。


 クリアはそぎ切りの豆腐に息を吹きかけ、熱そうに一口頬張る。

 そのとたん、目を丸くして声を上げた。


「まあっ! とっても美味しいですわっ! こんなお料理を食べたのは初めてですわっ!」


「ま、そりゃそうだろ。この辺の料理は、基本的にフレンチが多いからな」


「あら、クロロン。この辺の料理は、サザラン料理って言いますのよ?」


「ああ、悪い。そうだったな。ま、とにかく、冷めないうちに堪能してくれ」


「はいですわっ!」


 クリアは心の底から幸せそうに微笑んだ。

 そして木のフォークを器用に使い、お椀の中身を黙々と口に運ぶ。



 六人は一心不乱に食べ続け、鍋はあっという間に空になった。



「よーし。思ったとおり、鍋一つじゃぜんぜん足りなかったな。それじゃあ料理を追加で頼むけど、何かリクエストはあるかー?」



「おうっ! あたしは米と魚が食べたいぞ!」

「わたしはキノコをもっと寄こせですぅ」

「…………」

「わたくしはよく分かりませんので、お任せしますわっ!」

「自分はケン何とかのフライドチキンを、バーレルタワーで持ってこい」



「よーし。それじゃあ、焼きおにぎりとフィッシュフライ。鶏肉のオニオンスープとキノコのガーリックチーズ。食後のデザートは、かぼちゃのベイクドチーズケーキとホットコーヒーでいいな? 何となーく、どこかのファミレスっぽい感じだが、文句は言うなよー」


「自分は、ケン何とかのフ――むご」


 九郎はクサリンの頭越しにコツメの口を手で押さえ、

 店員に追加注文した。



 そして、次々に運ばれてくる料理を、六人は話に花を咲かせながら完食した。



「――このケーキも、とっても美味しいですわっ!」



 食後のケーキを一口食べたとたん、

 クリアが白い頬を押さえながら喜びの声を上げた。


「そうか。そいつはよかった」


 九郎も満足そうにコーヒーをすすり、さらに言葉を続ける。


「それで、クリアちゃん。さっきまで知らなかったんだけど、この辺にもハロウィンの風習ってあるんだな」


「ええ、もちろんですわ。今日の服装は、ハロウィンの伝統的な仮装ですの」


 クリアはテーブルの中央に置かれたホールケーキに手を伸ばし、

 もう一切れ、自分の皿に取り分けた。


「簡単に説明しますと、ハロウィンと言うのは、元々は前夜祭という意味ですわ。毎年十一月最初の三日間に、ベリン教が収穫祭を始めたのがきっかけと言われています。それがいつのころからか、十月三十一日を前夜祭としてお祝いするようになり、そしていつの間にか、その四日間すべてをハロウィンと呼ぶようになってしまったのです」


「ほほう。つまり本番の収穫祭が、前夜祭に飲み込まれてしまったわけか。だけど何で、護衛の頭にかぼちゃなんか飾っているんだ?」


「それはもちろん、収穫祭を司るのが、秋野菜の女神『パンキプーナ・スワクッシュ』様だからですわ。ハロウィンの四日間は、パンキプーナ様を讃えるためにかぼちゃを飾って、かぼちゃをイメージした仮装をするのが習わしですの」



「ぱ……パンキプーナ?」



 九郎は思わずきょとんとまばたき。



 するとクリアはぱくりとケーキを一口食べて、にこりと微笑む。


「どうやらクロロンは二大宗教についてあまりご存知ないみたいなので、それも軽く説明しますわね。バステラ教は、惑星バステラの化身である『バステラ神』を崇める一神教で、逆にベリン教は、世界各地で信仰されている二〇六柱の女神様に祈りを捧げる多神教ですの。それでベリン教は、半年に一度の大礼拝と、季節ごとの祭事を執り行っていて、ハロウィンはその祭事の一つというわけですわ」


「ああ、そういえば、酒場のマスターもそんなことを言ってたな。今日からベリン教の祭事があるとかなんとか。それじゃあ、今日が前夜祭とすると、本番の祭は明日からってことなのか?」


「そのとおりですわ」


 クリアは二切れ目のケーキを食べ終え、コーヒーを一口含む。


「このイゼロンには、今までベリン教の教会がなかったのですが、明日からのハロウィン礼拝に間に合うように、新しく教会を建てたのです。工事が遅れたせいで、完成したのはつい先ほどだったようですが、間に合って本当によかったですわ」


「それじゃあ、北東エリアの駐屯所に作っていたのが、その教会ってことか」


「ええ、そうですわ。クロロンは今日のお昼ごろ、工事の様子を見物されていたと伺いましたわ」


「え? それはたしかにそうだけど、そんなこと、誰に聞いたんだ?」



「それはもちろん――」



 言いながら、クリアは隣の男に右手を向けた。


 すると男は鉄カブトを両手で脱いで、座席の後ろの床に置く。

 そして九郎をまっすぐ見つめ、微笑みながら口を開いた。



「僕ですよ」



「えっ?」



 男の素顔を見たとたん、九郎は思わず目を丸くした。




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