第六章 5
「――とまあ、オレの方は、そんな感じだ」
陽が沈んだ藍紫色の空の下、
報告を終えた九郎が白い息を吐き出した――。
石畳の広場に面した図書館を遠目に眺めて確認した九郎は、
街の中と外を一周ずつ歩いて回った。
そして日暮れとともに、待ち合わせの酒場『クラフト亭』の前に足を運ぶ。
大勢の人で賑わう大通りに面した店の前には、
既にコツメとオーラとクサリンが待っていた。
四人は店の脇の石段に並んで腰かけ、クリアの到着を待ちながら、
それぞれが見聞きした情報を交換。
全員の話が終わると、九郎が最後のまとめに入る。
「さて、とりあえずこれで全員の情報が出そろったから、簡単にまとめるぞ。このイゼロンの街は、東西と南北の長さがおよそ六キロずつの、巨大な正方形の造りになっている。内部のエリアは大きく分けて五つ。南西エリアは住宅街で宿屋が多い。南東エリアは繁華街で市場がある。北東エリアはサザラン軍の駐屯所や、行政関係の施設が固まっている。北西エリアは魔法ギルド会館を始めとした魔法研究施設や、畑や空き地が広がっている。そして街の中心には堅固な造りの中央城塞があり、魔王はおそらく、そこにいる」
「おう、そこならあたしたちも見たぞ。堀に囲まれた石の城だろ?」
「そうだ」
九郎はオーラの言葉に一つうなずき、話を続ける。
「この街の北には大きな河がある。北東から街の西側に回り、そのまま南西に流れていく河だ。街の中を流れる小川と堀の水は、その河から引いたものだ。水が豊富で畑もあるし、家畜も飼っているから、戦争で籠城することになっても、自給自足でかなり持ちこたえられると思う。さすがは皇帝が滞在する城塞都市ってところだな」
「うむ。自分もあの中央城塞は見てきたが、あそこに侵入するのはかなり難しい」
煌めき始めた星を眺めながら、コツメが淡々と言った。
「オレもコツメと同じ意見だが、それはまたあとで話そう。一番の問題は、既にオレたちの存在が向こうにバレてしまったということだ。オレたちは今日、酒場で情報を集めた。オレは一軒、コツメは六軒、オーラとクサリンは三軒で、全部で十軒だ。そしておそらくそのすべてが、サザラン軍に通じている。残念だが、オレたちの顔は完全にバレていると考えた方がいいだろう」
「すいません、クロさん。まさか酒場のマスターさんが、サザランの軍人さんだったなんて思いもしませんでしたぁ」
しょんぼり呟いたクサリンに、九郎は首を横に振る。
「いや、オレだってこんな事態はさすがに想定していなかったからな。クサリンは気にしなくていいぞ。それに、こういう状況をひっくり返す方法なら、ラノベやアニメで散々見てきたから腐るほど知っている。……とは言っても、顔がバレたのは、やはり痛い。おそらく、既に見張られていると思った方がいいだろう」
「うむ。自分も同意見だ。ここに着いたとたん視線を感じた。しかし、どこから見ているのか特定できない。これはかなりの達人だ」
「やはりな。コツメ。見張っている相手の人数は分かるか?」
「おそらく一人だ。先ほど酒場に入っていった団体客も奇妙な気配をまとっていたが、そいつらは自分たちに見向きもしなかった。あれは無視してもいいだろう」
「ということは、向こうもまだ様子見ってところか。オレたちが敵かどうか見極めるつもりなんだろ。つまり、これ以上目立つ行動をしなければ、しばらくは大丈夫ってことだ。……ああ、そういえば、みんなは今日、街の中で巨人兵を見かけたか?」
九郎が訊いたとたん、三人は首を横に振った。
「わたしとオーラさんは酒場に行ったあと、薬師の寄り合い所で情報を集めましたが、ギガン族さんは一度も見かけませんでした」
「ギガン族? あの灰色の巨人は、ギガン族って言うのか?」
「はい」
クサリンは九郎に向かって指を一本ずつ立てながら説明する。
「えっとぉ、大昔に栄えた巨人の血を引く種族は、ギガン族と、ギガント族と、ギガンダイン族の三つあるんです。ギガン族の体格は人間に近いのですが、ギガント族の体はギガン族のおよそ二倍から四倍で、ギガンダイン族は十倍以上の大きさなんです」
「十倍以上!? つまり二十メートル以上ってことか!?」
「はい。一番大きい人だと、五十メートル以上もあったそうです」
「おいおい、マジかよ……。それはもう、マクロの空から降ってくるヤツらどころか、超大型レベルじゃねーか……」
九郎は遠くにうっすらと見える黒い外壁を眺めながら、呆然と息を吐き出した。
するとその横顔に、コツメが淡々と声をかける。
「自分も今日は見ていない。かなり街の中を歩き回ったが、普通の警備兵ばかりだった」
「そうか……。そういえばコツメは、民兵ギルド会館で情報を集めてきたんだよな」
「うむ。ラッシュの街で新月グループに登録したから、少し顔を出してきた」
「新月グループ? それってたしか、情報収集とか暗殺とか、そういった裏の仕事を請け負うグループだよな」
「そうだ。この街は汚れ仕事の依頼がかなり多く、ずいぶんと賑わっていた。最近は、金持ちの商人や貴族同士が足の引っ張り合いを繰り広げているそうだ。どうやら皇帝が滞在しているせいで、ライバルを何とか出し抜こうとしているらしい」
「ああ、なるほど、そういうことか。皇帝が近くにいるから今のうちにゴマをすりたい、だけどライバルにはすらせたくない、って思うヤツらがゴマンといるわけか」
「そういえばクロさん。わたしも薬師の寄り合い所で、そういう話をちょっとだけ聞きました」
クサリンが、ふと思い出したように口を挟む。
「ここ二週間ほどで、毒薬を調合してほしいという依頼が急激に増えたそうです。そのせいでいろいろな薬が品薄になって、値段が軒並み高くなっているみたいです」
「やれやれ……。どいつもこいつも考えることは一緒ってわけか。暗殺イコール毒ってのは、どこの世界でも定番らしいな。だけど――」
言って、九郎は目の前の大通りを見渡した。
幅の広い石畳が南北にまっすぐ貫いた道を、
何台もの馬車がゆっくりと走り去っていく。
きちんと整備された両脇の歩道には、細い鉄柱が延々と立ち並ぶ。
鉄柱の上にはカボチャを模したランプが吊り下げられ、
煌々とした灯りがレンガ造りの街並みを明るく照らしている。
大勢の歩行者たちは黒やオレンジ色の外套に身を包み、
みな穏やかな表情で、九郎たちの前を通り過ぎていく。
「この街は、平和そのものに見えるんだよなぁ」
九郎はぽつりと呟いた。
三人娘もそろって首を縦に振る。
「魔法ギルドの受付の人がさ、今の皇帝は清廉潔白だって言ってたんだよ。それってけっこう、すごいことなんだよな」
「うん? 何だよ、クロウ。それのどこがすごいんだ?」
オーラの質問に、九郎は手のひらを上に向ける。
「別に大した話じゃないけどさ、人間ってのは基本的に、自分の知っている価値観でしか物事を見ることができないんだ。だからオレは、オレが暮らしていた二十一世紀の地球を参考にして、おまえたちの世界を見ている。そして、オレの知っている社会というのは、あまりきれいなものじゃないんだ。
たぶんどころか、ほぼ間違いなく、
地球上に存在する国家の指導者たちは、全員が腹黒い。
国のトップという立場にありながら、常に薄汚い駆け引きをして、自分たちの地位を守ることに汲々としている。そんなイメージが常につきまとっているんだ。もちろん、オレはそんな立場になったことがないから、本当のところは分からない。だけど、毎日ニュースを見て、新聞を読んでいたら、誰だってそう感じていると思う。
たとえばこんな話がある。
毎年まいとし税金を増やしておきながら、なぜか毎年、国の借金が増えていく。だからさらに税金をかけます。だけど自分たち公務員の給料はアップします――って、国の指導者が堂々と言っているんだ。そんなの、どう考えてもおかしな話だと思わないか?」
「ふむ……クロの話は相変わらずよく分からないが、自分で払える以上の金を使えば、破滅するのは目に見えている。借金で首が回らなくなった傭兵は、そのまま首をねじり取られるだけだ」
淡々としたコツメの言葉に、全員が小さくうなずいた。
「たしかにそうだな。だから、まあ、そんな感じで、オレは国のトップを清廉潔白だなんて思ったことは一度もない。だけど、この街の人間は違う。魔法ギルドのメガネさんだけじゃなく、話を聞いた全員が皇帝をほめていた。農夫たちにパン屋、八百屋や宿屋の女将さん、広場で遊ぶ子どもたちですら、自分たちの皇帝を自慢していたんだ。そいつらはもちろん、皇帝個人のことなんか何も知らない。そういった普通の一般市民が、国のトップを判断する基準は、自分たちが安心して暮らせるかどうか、ただその一点に尽きるし、その一点がすべてだ。つまり、今のサザラン帝国の皇帝は――」
「とてもいい人、ってことですかぁ?」
クサリンの声に、九郎は小さく息を吐き出した。
「ま、そういうことだ。どんな人物であろうと、国のトップにいるからには、清廉潔白でいられるはずがない。だけど国民にそう思わせているってことは、少なくとも国民の生活を理解している証拠だ。正直なところ、サザランの皇帝は魔王どころか、かなりの名君だと思う。今日一日、この街を歩いてみてそう感じたよ。ラッシュの街でオレを暗殺しようとしたメイレスも、光の柱に拉致されたチャッタさんも、皇帝は悪いヤツじゃないって言ってたけど、あれはどうやら本当だったみたいだな……」
「おいおい、これから倒そうって相手をほめてどうするんだよ」
「まったくだ……」
オーラに肩を小突かれて、九郎は首をすくめて呟いた。
「これだけ国民から慕われている皇帝を、悪の魔王だなんて言いふらしたアルバカンの王様ってのは、よっぽど腐ったヤツだったんだろ。どちらかと言えば、アルバカンの方が魔王って感じじゃねーか。まったく……。何でオレがそんな悪いヤツのために、サザランの皇帝を暗殺しなくちゃならねーんだよ。いったいどんだけ理不尽なんだ? このファンタジーワールドは」
「仕方あるまい。クロにとってこのバステラは『はんたずぃ』なのかも知れないが、元々この星に暮らす自分たちにしてみれば、ただの現実に過ぎない。理不尽なのは当然だ」
コツメの言葉に、クサリンもうなずいて口を開く。
「そうですよ、クロさん。自分の命を守るためなんだから、仕方ないですよぉ。チャッタさんだっていってたじゃないですか。サザランの皇帝は戦争で多くの人を殺したんだから、殺されても仕方がないって。それに、どんなに優れた皇帝だっていつかは必ず死ぬんですから、遠慮する必要なんかないと思います」
「……まあな。そう言ってもらえると、ちょっとは気が楽になるよ。ありがとな、クサリン」
(とは言っても、そう簡単には割り切れないけどな……)
九郎はこっそり、胸の奥でため息を吐いた。
(……たしかに、どんなラノベやアニメでも、敵には敵の理由がある。どんなに残酷な魔王にだって守るべき国民はいるし、どんなに狂暴なモンスターにだって大切な子どもがいる。クサリンが言ったとおり、どんなヤツだって、自分や国民や子どもの命を守るためなら、遠慮なく敵を倒す。特にこの惑星バステラでは、弱肉強食のルールが生活に根付いている。二十一世紀の日本に比べて、思考の根底に流れているものがシンプルで太すぎるんだ。敵は殺すし、生きるためなら大抵のことは許される――。そういう力強い生存本能が、モラルという薄い地盤の下で、マグマのように絶えず脈打っている。だからこそ、この三人娘は、生命力に満ちあふれているんだ――)
九郎は隣に並んで座る薬師と剣士と暗殺者を横目で見た。
三人は、夕飯に何を食べようかと、のんきに笑いながら話し合っている。
(……この三人は迷いが少ない。だから強い。だけどオレは、こいつらとはまったく違う。魔王を倒すためにここまで来たけど、その覚悟が本当にあるかというと、断言できる自信はない。今の日本に生きる人間なら、普通はそうだ。
普通の日本人は陰でコソコソ誰かの悪口を言っても、
面と向かって言うことはない。
五百円玉を拾ったらさっさとポケットに突っ込むけど、
一万円札を拾ったら交番に届ける。
コンビニでお釣りが多く返ってきたら、その場で店員さんに教えてあげるし、
授業中の教室で誰かがすかしっ屁をしても、素知らぬ顔でスルーする。
満員電車で香水臭いオンナがいても、眉をしかめるだけで我慢するし、
隣の吊り革につかまったオッサンのワキガがどれだけ殺人的でも、
文句を言わずに窓を開ける。
駅の構内で『カッカッカッカッ!』と
バカみたいにヒールの音を響かせて歩くクソオンナがいても、
後ろからこっそり全力でにらむだけで我慢するし、
トイレのあとに、水をほんのちょっと指先に付けただけで、
手を洗ったつもりでいるアンモニアハンドのサラリーマンを見ても、
鏡越しに般若顔を向けるだけで我慢する。
つまりは、そういうことなんだ。
普通の日本人はモラルが高いから、ヒトを傷つけるようなことなんてできるはずがないんだ。特にオレなんてモラルのカタマリだから、違法行為がバレて警察の世話になったことなんか一度だってありはしない。
スーパーマーケットのセルフレジで
ヨーグルトをうっかり打ち漏らしたこともないし、
高速道路で時速十キロ以上のスピード違反もしたことがない。
生ゴミ臭いブタ嫁を、ラップフィルムで縛り上げて実家の前に転がしたのは、
厳密に言えば拉致に当たるのかも知れないが、オレは何も悪くない。
悪いのは、あんなクソオンナの存在を許している日本国憲法だ。
うーむ、あいつのことを思い出したら、無性に腹が立ってきたな……。まあ、とにかく、オレには魔王を倒せる自信はないし、誰かを傷つけるようなこともしたくない。カルネアデスの板みたいに、自分か魔王のどちらかしか助からないとしても、緊急避難的に魔王を倒すなんてことはしたくない。
そうだ、そんなことはしたくないんだ。
したくない。
したくはない。
したいはずがあるわけない。
……が、だがしかし。
そうしないと生きていけないのであれば、そりゃあもう、仕方がないだろ。だってほら、郷に入っては郷に従えって言葉もあるし、朱に交われば赤くなるし、外国に行ったら、その国のルールに従うのはむしろ当然というものだ。だったらオレも、地球のルールにこだわって死ぬよりは、バステラ流の生き様を身につけるのが自然の流れってもんだろ。
それをダークサイドに堕ちたと言うなら、言えばいい。
白き鎧のパラディンから、黒き鎧のダークナイトに身を落としてでも、
オレはこのファンタジーライフの世界を生き抜いてやる。
まあ、今の状況でサザランの皇帝を暗殺するのはほぼ不可能だが、問題点を一つずつ洗い出してクリアすれば、きっと何とかなるはずだ。うん、そうだ。きっとそうに違いない。……ぃよぉぅしっ、何だか気合いが入ってきたぞ。早速今夜から中央城塞に張り込んで、何としてでも皇帝の顔を確認してやる。そしたらあとは生活パターンを把握して、襲撃計画を練り上げて、予行演習を二度重ね、計画の穴埋めをしたら実行だ。それらの準備に要する時間は、おそらく残りの二週間でギリギリだ。しかし、成功の可能性はゼロじゃない。なぜならば、必要なカギはたぶんもう、この手の中にあるからな……)
九郎はもう一度、仲間たちをこっそり見た。
にっかり笑う赤毛の魔剣士に、無邪気に微笑む緑の薬師。
そして、澄まし顔の黒髪暗殺者。
夜の街の明るい大通りで、三人娘は話に花を咲かせている。
するとふと、コツメがアゴを上げてぽつりと言った。
「……相変わらず、クロの考えていることはよく分からないが、気合いが入ったのならそれでいい。リーダーの意志がくじけると、パーティーは成立しないからな」
「何だそりゃ……」
言われたとたん、ため息一つ。
九郎はコツメを軽くにらむ。
「おまえ、ほんとは心波の達人なんじゃねーのか? どんだけオレの考えを見透かしてんだよ」
「心波なぞ使わずとも、顔を見れば誰だって分かる、そうだな、クサリン」
「はぁい。クロさんは時々、考えていることが顔にでますからねぇ」
「おう。今のはあたしでも分かったぞ。さっきまで、目が死んでたからな」
クサリンは自分の頬を指さし、オーラは自分の目元をつついて言った。
「そうか。顔に出ていたか。それじゃあ――」
九郎は急に立ち上がり、三人に顔を向けた。
「オレが今、何を考えているか分かるか?」
「おうっ! ビールが飲みたい!」
「はいっ! キノコがたべたい!」
「うむ。ケン何とかのフライドチキンをバケツでまとめて持ってこい」
「よーし。コツメはもう少し自重しろ。だけど、たしかに腹が減ったからな。クリアちゃんには悪いけど、先に店に入って、何か食いながら待つとするか」
九郎は言って、顔を上げる。
目の前には大通りの明るいランプ。
はるか彼方には光輝く無数の星。
吐き出す息が淡く広がり、冷たい風が吹き散らす。
そこに、オーラの元気な声。
「おうっ! 待ってましたっ! 早くメシにしようぜっ!」
三人は一斉に腰を上げて、尻の汚れを手で払う。
するとその時、一台の馬車が九郎たちの前で停止した。
四頭立ての洒落た馬車だ。
客車の天井がわずかにくぼんでいるので、どことなくかぼちゃに似ている。
「おっ。もしかしてクリアちゃんか?」
九郎が呟いたとたん、客車のドアが突然開き、長い金髪の少女が飛び出した。
「はーいっ! どもどもーっ! こぉーんばーんわぁーっ! クリアちゃん、十五歳でぇーっすっ!」
クリアは甲高い声を張り上げて、くるりと回ってポーズを決めた。
今夜の服装は、黒とオレンジ色の瀟洒なパーティードレスだ。
頭にはオレンジ色の小さなクラウンをのせて、
足には滑らかな艶のある上げ底ブーツを履いている。
左右の手首にはコウモリリボンのブレスレット。
白い首には昨日と同じネックレス。
橙玉をはめ込んだ黒い金属ステッキを右手に握り、
満面の笑みを浮かべている。
「どうやら間に合ったみたいですわねっ!」
「ま、ギリギリセーフってところだな。――うん?」
九郎がクリアに言ったとたん、馬車から一人の男がよろよろと降りてきた。
鼻から上を鉄カブトで覆った若い男だ。
男は石畳に足をつけたとたん、馬車に寄りかかり、
がっくりと肩を落とした。
そのカブトのてっぺんには、上にまっすぐ伸びた細い鉄の角があり、
かぼちゃが丸ごと一つ突き刺してある。
男は重そうに頭を揺らしながらふらふら歩き、クリアの背後で足を止めた。
「……お、おい、クリアちゃん。その人は護衛の騎士だよな?」
九郎が呆気に取られながら尋ねると、
クリアはステッキをクルリと回して微笑んだ。
「そのとおりですわ。どうしてもついてくると言うので、軽く仮装させましたの。邪魔でしたらすぐに帰しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「いや、護衛は別にかまわないけどさ、何で頭にかぼちゃなんか突き刺してんだ? というか、お忍びで来いって言ったのに、何でそんな、ど派手なパーティードレスなんかをチョイスしてくるんだよ」
「そんなの決まっていますわっ! 今日はハロウィンの初日だからですわっ!」
「はっ!? ハロウィンだとぉぅっ!?」
九郎は思わず両目を見開いて驚きの声を上げた。
クリアはさらににっこり微笑み、得意気な顔でポーズを決めた。