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第六章 4



「――あのぉ、すいません。ここって魔法ギルドですよね?」


 受付窓口に座るメガネの男性職員に、

 九郎がきょとんとしながら声をかけた――。



 サザラン軍の駐屯所から西に向かった九郎は、

 石造りの大きな建築物に足を踏み入れた。

 入口の石壁に『魔法ギルド会館・イゼロン支部』と刻まれた建物だ。


 一階は広いロビーになっていて、

 ローブ姿の人たちがあちらこちらで立ち話をしている。


 受付カウンターに近づいてみると、窓口は五つあったが、

 手前の四つには『休憩中』と書かれた板が置いてある。


 それで九郎は一番奥の窓口に足を向けたが、

 椅子に座っているメガネの男性職員を見たとたん、ふと小首をかしげた。



「ここら辺に図書館があるって聞いて来たんですけど……えっと、どこかでお会いしたことありましたっけ?」


「えっ? いいえ。お会いしたのは、今が初めてだと思いますが」


 男性職員はメガネのツルを指で押し上げながら、不思議そうに九郎を見上げた。


「ああ、そうですよね。すいません。何だかこういう窓口はメガネの人ばかりなので、ちょっとデジャヴュってしまいました」


「ああ、そういうことですか。たしかに窓口のメガネ率は高いですから、お気になさらないでください。それより、図書館とおっしゃいましたが、何か問題でもありましたか?」


「いえいえ、問題とか、そういうことはないです」


 九郎は慌てて手を振った。


「実は、図書館で皇帝陛下を見かけたって聞いたので、オレも一目見たくて来たんですけど、図書館にはどう行けばいいんですか?」



「なるほど。そういうご用件ですか。では、ダメですね。ご案内は出来かねます」



「……はい?」



 九郎は思わずぱちぱちとまばたいた。


 すると男性職員はメガネのレンズを光らせながら淡々と口を開く。


「ですから、今日のところはお帰りくださいと申し上げたのです。そもそも、図書館は本を読むところです。しかもこの街の図書館には、とても貴重な書物が収蔵されています。そんな場所に、本に興味のない方をお通しするわけにはいきません。図書館は、暇なジジイやババアが時間を潰す寄り合い所ではございませんし、あなたのようなミーハーなコギャルちゃんが、知的な男性を逆ナンする狩場でもありません」


「いや、コギャルちゃんが逆ナンっておまえ、いったいいつの時代だよ……」


 呆気に取られて呆然とする九郎に、メガネの職員はさらに言う。


「いいですか? そもそもですね、図書館が朝の九時から夕方の五時半までしか開いていない理由は、あまり多くの人に利用してほしくないからです。ごくごく普通の一般人は、朝から夕方まで働きますよね? そうすると、図書館に行けるのは夜だけですよね? ですがそういう普通の人たちには、ご利用をご遠慮していただきたいのです。だって、あまり多くの人が本を借りたら、本が傷んじゃうじゃないですか。ですから、図書館はわざわざ朝遅くに開き、夕方早くに閉めるのです。一番税金を納めている労働者が利用できないように、わざとそのような時間設定をしているのです」


「……えっ? で、でも、そしたら図書館の存在意義がないと思うんだけど……?」



「はい、そのとおりです。ですが、それでいいのです」



 九郎がおそるおそる質問したとたん、メガネの職員は即座に言い切った。


「なぜかと言いますと、図書館というものは税金で運営されています。ですから、利用者が多くても少なくても、職員の給料は変わりません。だったら、利用者は少ない方がいいに決まっています。だって仕事が楽だもん」


「楽だもんっておまえ……それはさすがにちょっと、ぶっちゃけすぎだろ……」


「ぶっちゃけたって、いいじゃないですか。職員だって人間だもん。楽な仕事で金を稼ぎたいと思うのは、ヒトとして当然ではないですか。それなのに、夕方の五時を過ぎて駆け込んでくる新規の利用者とか、ほんと迷惑なんですよねぇ。こっちは五時四十分には入口に鍵をかけて家に帰りたいのに、利用方法とか説明していると時間をオーバーしちゃうんですよ。まったく。非常識にもほどがあると思いませんか?」


「あー、うん、どうしよう。悪いけど、まったくぜんぜん、これっぽっちも思わない。というか、そっちの考えの方が非常識のカタマリだろ。一般人が気軽に利用できない図書館なんか潰れてしまえ」



「そうなんですよねぇ。あなたのおっしゃるとおりだと思います。私もまったく、これっぽっちも理解できないんですよねぇ」



「……はい?」



 急にメガネの職員が困惑した表情を浮かべたので、

 九郎も思わず眉を寄せて首をかしげた。


「いえ、実はですね、図書館の対応の悪さと閉館時間が早いことに、以前から多数のクレームが寄せられているのです。どうやら図書館職員の態度がとても横柄で、五時半になると利用者をさっさと追い出し、ひどい時には力ずくで放り出しているそうなんです。しかも、サザラン帝国内の図書館は基本的にサザラン帝国が運営しているのですが、収蔵している書物のほとんどは魔法ギルドが提供していますので、利用者のクレームがこちらにきてしまうのです。それで魔法ギルドとしても無視できない状況になりましたので、つい先日、図書館側に対応改善を求めに伺ったのです」


「なるほど。それで図書館に行ったら、さっきみたいなことを言われてしまったってことか」


「はい、そうなんです。コギャルちゃんのところだけは、私が付け加えましたけど」


「いや、そういう演出はいらねーから」


 じっとりとした目つきでにらむ九郎に、メガネの職員は頭を下げた。


「申し訳ございません。ですが、初めての方が図書館に行くと、先ほどの話より、もっとひどいことを言われるのは間違いありません。ですから、とりあえず注意喚起をしておこうと思いまして」


「マジかよ……。あれよりひどい言い草って、逆にちょっと興味があるけど、それはひとまずおいておこう。それよりもメガネさん、こっちの世界の図書館職員って、そんなに態度が悪いのか?」


「え? こっちの世界?」


「ああ、いや、何でもない。今のは忘れてくれ」


 小首をかしげた職員に、九郎は慌てて手を振った。


「それより、オレは本を読みたいわけじゃなくて、皇帝陛下を一目見たいだけなんだけど、陛下は図書館によく来るのか?」


「陛下ですか? さあ、どうでしょう。そういった話は聞いた覚えがありませんが、たしかに皇帝陛下は読書をたしなまれるそうですから、図書館をご利用になられてもおかしくはないと思います」


「なるほどねぇ……。それじゃあ、陛下はよく街の酒場をハシゴしているそうだけど、そういった話も聞いたことがないかな?」


「陛下が街の酒場をですか? いえ、それも聞いたことがありません。そもそも陛下は清廉潔白なお方だと評判ですので、酒場を渡り歩いて飲み明かすようなことはしないと思います」



「清廉潔白?」



 九郎は思わず目を丸くした。



「オレが聞いた皇帝ってのは、女遊びの激しい、大酒飲みのろくでなしって噂なんだけど」


「それはまた、ずいぶんとひどい噂ですね」


 メガネの職員は、手と首を同時に左右に振って言う。


「私は噂話をあまり知らない方ですが、それはさすがにないと思います。まあ、陛下のお顔や日常生活を知っている人なんて滅多にいませんから、実際はどうなのか分かりませんけどね」


「えっ? 顔を知らない? それはどういう意味だ?」


「え?」


 思わず身を乗り出した九郎に、男性職員は首をかしげた。


「ですから、そのままの意味ですよ? 陛下のご尊顔を拝謁はいえつした人なんて、この街にはほとんどいないはずですから」



「あーっ! そうかぁーっ! そういうことかぁーっ!」



 九郎は突然声を張り上げ、頭を抱えた。



(……よく考えたら、そんなの当たり前じゃないか。この星にはテレビどころか写真もないのに、ごく普通の一般人が皇帝の顔を知っているはずがなかったんだ。さっきの大工のオヤカタだって、パレードを遠くから眺めただけって言ってたし、それが普通の世界なんだ。二十一世紀の地球みたいにネットで検索できるわけじゃないんだし、人の顔なんてそうそうはっきり覚えられるもんじゃねーからな。立派なマントを羽織って護衛に囲まれていたら『あ、皇帝陛下だ』って分かるかも知れないけど、一般人の格好をして一人で歩いていたら、誰にも分からなくて当然じゃねーか。


 ってことは、酒場のマスターは本当に皇帝のことを知らなかったのか……? 


 いや、あいつはオレが店を出た直後に軍の駐屯所に向かったし、警備兵に敬礼されていたから明らかに一般人ではない。つまり、あのマスターが軍の関係者だと分かったのは偶然ってことか。うーむ……やはり現実ってのは、ラノベやアニメみたいに、フラグや伏線がすべてきっちり回収されるわけじゃねーんだな……)


「えっと……どうかしましたか、桃色さん。急に大きな声を出したりして、大丈夫ですか?」


「えっ? ああ、いや、何でもない」


 心配そうに見上げる職員に、九郎は苦笑いを浮かべてみせる。


「いやあ、思い込みって怖いなぁって思って、ちょっと愕然としたんだよ。今の今まで、サザランの人間なら、誰でも皇帝陛下の顔を知っているって勘違いしていたからな」


「ああ、なるほど、そういうことでしたか。たしかにそういう思い込みってありますよね。よその国ではどうだか知りませんが、サザランの皇族はあまり表に顔を出しませんから。特に陛下は似顔絵も許可しておりませんので、国民のほとんどがご尊顔を存じ上げません。もしも陛下がお一人で街の中をお歩きになられていたとしても、誰も気づかないと思います」


「デスヨネー」


 言って、九郎はがっくりと肩を落とす。


「……それじゃあ、メガネさん。念のために確認するけど、皇帝陛下は今、この街にいるんだよな?」


「ええ、お越しになられていらっしゃいますよ」


「どこに滞在しているんだ?」


「それはもちろん、中央城塞だと思います」


「それって、街の真ん中にある、堀に囲まれたところだよな?」


「はい、そうです。この街では、あそこが一番安全ですからね。あの城の中で巨人兵に護衛されていれば、誰も陛下に手出しはできませんから」



「巨人兵?」



 耳慣れない言葉に、九郎はぱちくりとまばたいた。


「何だ、その巨人兵って」


「ああ、巨人兵というのは、陛下の護衛をしている側近のことです。えっと、大昔にいくつかの大陸を支配していた巨人族の末裔で、石のような灰色の皮膚を持つ方たちです。体格は二メートルを超えていて、普通の人間ではとても太刀打ちできないほど強い人たちばかりなのですが、桃色さんはまだ見かけたことがありませんか?」


「ああ、なるほど、あいつらが巨人の末裔だったのか。どうりでバカみたいにでかいわけだ。今までに薬師と大工の二人を見たことがあるけど、薬師の方は、たしかに鬼のように強かったな。何しろ、うん十メートルの崖から飛び降りてピンピンしてんだから、あの時はマジでビビったぜ」


 九郎はウーマシカ山で出会ったバルサクを思い出し、首を小さく左右に振った。


「そうなんですよ。巨人の方って体がとても頑丈で、しかも頭もすごくいいんです。残念ながら人口はとても少ないのですが、ここの魔法ギルドにも一人だけ、巨人の方が研究員として働いていらっしゃいますよ」


「へぇ、巨人って頭もいいのか。やっぱり脳の体積が大きいと、知力も高いのかな」


「それはどうでしょう。この星で最大の脳容量を誇るのはドラゴンで、たしかにその知能は人間よりもはるかに優れています。ですが、バッコウクジラの脳は人間の十倍以上も大きいですが、その知能はお世辞にも優れているとは言えません。つまり、知能は脳の大きさとは関係なく、進化の過程で獲得した武器と言えるのではないでしょうか」


「なるほど、知能は武器か……。そう言われると、たしかにそんなような気もするな」


「ああ、すみません。私ったら、つい変な話をしてしまいました」


 メガネの職員は咳払いを一つして、改めて口を開く。


「それで、桃色さん。いかがいたしましょうか。ご希望なら図書館までご案内致しますが、あそこはあまり気分のいい場所ではありませんよ」


「さっきの話を聞く限りだと、どうやらそうみたいだな。うーん、それじゃあ、どうしよっかなぁ……」


 九郎はふと、アゴに手を当てながら横を向いて思案した。


 何気なく後ろを見ると、広いロビーにはさっきよりも人の姿が増えている。


 半分ほどは鮮やかな白いローブを身にまとい、

 残りの半数は様々な色のローブを羽織っている。


 赤、青、金色、黒、茶色――。

 緑色の薬師ローブも一人いる。


 九郎は不意に小さく呟き、メガネの職員に顔を向けた。


「すいません、メガネさん。あの、やたら真っ白なローブを着てる人は、魔法ギルドの研究員かな?」


「ええ、そうですよ。左肩からまっすぐ下にラインが一本入っているのが、研究員の証です。ラインの色が違うのは、所属しているグループの違いです」


「へぇ、そうなんだ。それじゃあこの中に、魔法ギルドとは関係のない一般人っているのかな?」


「一般の方ですか? それなら――」



 メガネの職員はロビーをざっと見渡した。



「あの茶色いローブの方と、いま入ってきたベージュのローブの方は一般人だと思います。派手な色のローブは熟練の魔法使いが好んで着用しますので、一般の方は誤解されないように、地味な色のローブを選びますから。ですが、それがどうかしましたか?」


「ああ、いや、何でもない。ちょっと気になっただけだから」


 九郎は軽く片手を向けて、言葉を続ける。


「それじゃあ、メガネさん。一応、図書館の位置を教えてもらえないかな? とりあえず、建物だけでも見ておきたいから」


「ええ、もちろんかまいませんよ」


 メガネの職員はすぐに椅子から立ち上がり、

 窓口に『休憩中』と書かれた板を置く。

 

 それからカウンターの外に出てきて、出口の方に手を向けた。


「イゼロン図書館は、ここから北西の広場にあります。少し遠いので、ご案内致します」


「サンキュー。わざわざ悪いね」


 九郎は軽く頭を下げて、職員のあとについて歩き出した。




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