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第一章 4



「――むっ! これは!?」


 不意にマータが声を上げた――。



 アルバカンの王チャブル・パーキンと二人で

 山のような食事を平らげたマータは、

 東屋のソファに座って食後のコーヒーをすすりながらくつろいでいた。



 するといきなり、屋上庭園から立ち昇る光の柱に変化が現れた。



 見ると、柱の中にふわふわと浮かんでいた無数の光の粒が、

 下に向かって勢いよく走り出している。



「むおおっ! 鉄の魔女マータよっ! これはもしやっ!」


 赤茶けた頭髪を禿げ散らかした王も、慌ててソファから立ち上がる


「うむ、おそらくそうじゃろう。この滝のような光の動きは、まず間違いなく、救世主が現れる前兆じゃ」


 青いローブをまとったマータは、黒曜木こくようぼくの杖を握りしめ、

 儀式陣の手前まで歩み寄る。



「しかし……これはちと、おかしいな」



「むむ? どうしたのじゃ、鉄の魔女よ。大賢者たるお主が首をひねるなど、珍しいではないか。何か気がかりなことでもあるのか?」



「うむ……」



 老婆は儀式陣を眺めながら小首をかしげ、さらにもう一度首をひねる。



「この召喚の儀式は、この世のどこかから条件に合う人物を選び、運んでくる魔法じゃ。じゃから先ほども言うたとおり、その人物を選ぶまでに、多少の時間が必要になる。しかし、一度選んだら、その瞬間に連れてくるはずなのじゃ。この光の柱には、文字どおり光の速さがある。この惑星バステラに生きる人間なら、一分どころか、ほんの数秒もかからずに連れてくるはずなのじゃが……」



「ほんの数秒じゃと? しかしマータよ。柱に変化が生じてから、既に一分以上経っているではないか。今回は何ゆえ、これほどまでに時間がかかるのじゃ?」



「それが分からん。だからおかしいと言ったのじゃ」


「ふむ……それはたしかに、おかしな話じゃのう」


 二人の老いぼれはそろって顔を曇らせ、柱を見上げる。

 しかし、救世主が現れる気配はまったくない。


「――うーむ。やはりこれは、ちと異常じゃな」



 不意にマータが呟いた。



「王よ。この老いぼれは一度自宅に戻り、守護のアミュレットを取ってくる。この様子では、何が起こるか分からんからな。備えは万全にしておいた方がよいじゃろう」



「おお、そうか、そうか、鉄の魔女よ。お主が万全の備えをしてくれるというのなら、これほど心強いことはないからのう」



「ふん、念のための備えじゃ。だがしかし、よいか、王よ。この老いぼれがいない間に救世主が現れても、勝手に交渉を進めるでないぞ?」



「おお、もちろんじゃ、鉄の魔女よ」


 王は真面目くさった顔で口を開く。


「我がアルバカンの未来は、お主に任せておるからな。そのことを誰よりもよく承知しているこの我が、お主を差し置いて救世主と交渉するはずがなかろう」



「まったく。貴様もりん奴じゃのう。この老いぼれに嘘は通じぬと言うたばかりではないか」



 言って、マータは黒曜木の杖を一振りした。

 すると青く柔らかな風が瞬時に現れ、老婆の体をふわりと宙に浮き上がらせる。



「よいか、チャブル・パーキンよ。この老いぼれがいないからといって、くれぐれも愚かな真似はするでないぞ。さもなくば、大いなる災いが降り注ぐことになるからのう」


 

 それだけ告げると、マータは星空へと飛び去っていった。



 青い風はみるみるうちに、地平線の彼方に消えていく。

 同時に王は憎々しげに顔を歪め、低い声で吐き捨てる。


「……ふん。何が大いなる災いだ。こけおどしにもほどがある。召喚の儀式さえ済んでしまえば、魔女なんぞに用はないわ。まったく……。ちょっとばかり魔法が使えるからといって、偉そうに説教なんぞしおって、忌々しい。首と胴体がつながっているだけでもありがたく思え、鶏がらババアめ」


 

 王はうっぷんを晴らすかのように、

 たるんだ腹の肉を手のひらで思い切り叩く。

 そして景気のいい乾いた音を屋上庭園に響かせながら怒鳴り散らす。



「おらーっ! プリンだプリンだっ! さっさとプリンを持ってこーいっ! それと魔女が飛んで行った方向に塩でも撒いておけっ!」



 王の胴間声どうまごえに、

 東屋の脇に控えていたメイドたちは大慌てで動き出す。

 数人が樽で作ったプリンと椅子を運び、

 さらに別の数人が、素焼きの壺を抱えて走りながら塩をく。


「さーて、いったいどんな救世主が顔を出すのか、待ち遠しいのう」


 老王は椅子に腰を下ろしてニヤリと笑い、

 樽のプリンに銀の特大スプーンを突き立てる。



 するとその時、光の柱がさらなる変化を見せ始めた。

 柱の中に降り注ぐ光の粒子が色濃くなり、輝きがみるみるうちに増していく。



「おおっ! これはついとる。どうやら魔女がいない間に、救世主が現れそうではないか」

 

 王は満足そうにプリンを頬張りながら、天上に目を向ける。



 夜空の彼方の柱の一部が、いつの間にか倍以上に膨れ上がっている。

 その光の塊はさらに速度を上げて、城に向かって落ちてくる。



「おっほーうっ!」



 チャブル・パーキンは喜びの声を上げて席を立ち、

 プリンを口にかき込んだ。


「どうやらあれが救世主だな。よぉし、いいぞぉ。ついとる、ついとる。さあ来い、さあ来い、救世主。ここまで来れば、お主はもうカゴの鳥じゃ。我がアルバカンのため、その命果てるまでこき使ってやるからのぉ」



 醜い顔をさらに醜く歪ませながら、アルバカンの王はくらわらう。



 その間にも、光の塊は猛烈なスピードで屋上庭園へと突き進んでくる。



「……むう?」



 ふと気づき、首をひねる。



「あの光……本当に大丈夫なのか?」


 ものすごい勢いで突っ込んでくる光を見て、王はほんの少し不安になった。


「おい、おまえたち。ここから少し離れるぞ」



 肥えた老爺ろうやはメイドたちに言い捨てて、

 樽プリンを抱いたまま、東屋の中に駆け戻る。




 そして振り返って顔を上げた瞬間――。

 



 アルバカン王国の王都アーラバ・カーンは、巨大な黄金の輝きに飲み込まれた。




             ***   ***   ***




「――ええい、まったくもって、忌々しい王じゃわい」


 マータは文句を垂れながら、青い風から飛び降りた――。



 ジンガの村の西の外れ――。

 森と小川に接する広い土地にマータの家はあった。

 それは丸太を組んだ平家造りの一軒家で、一人暮らしにはかなり大きい。



 柵で囲われたかなり広い庭には井戸と菜園、そして三人分の墓がある。



 前庭に降りたマータが家に近づくと、庭園灯に次々と火が灯る。

 さらにドアを開けとたん、家中のランプが明るく輝き、暖炉の中に火がおこった。



「さて……」


 家に入ると、そこは居間になっていた。

 広い居間のほぼ中央には、楕円形の大きなテーブルが置いてある。

 

 マータはテーブルに並ぶ細長い金属板を一枚手に取った。

 長さは手のひらほどで、虹のような銀色に輝く表面に、

 複雑な魔紋まもんと魔言が刻まれた魔道具だ。


「命を守るならこのアミュレットが一番じゃが、虹銀にじぎんの魔道具なぞ持っていくと、あの愚かな王なら、まず間違いなくパクるじゃろ。――やれやれ、仕方がないのう」



 大賢者は呆れ顔でアミュレットをつまみ、目の前に掲げる。

 そして、ふっ、と息を吹きかけると、とたんに真っ黒な鉄と化した。



「よし。これならあの卑しい王の興味をくこともないじゃろう。さて、それではさっさと戻るとするかの――む?」




 呟いた瞬間――いきなり窓の外から強烈な光が射し込んだ。




 直後、体の奥まで響く轟音が大気を揺るがした。

 さらに激しい震動が大地を伝って襲いかかってきた。



 家中の棚から食器や置物が次々に落ちて割れ、

 テーブルの上の様々な魔道具も転がり落ちて四散した。



「なっ!? なんとっ!? 地震じゃとっ!? しかも今のあの光っ!? まさか北の火山が噴火したのかっ!?」



 マータは慌てて前庭に飛び出した。

 そして、はるか彼方に見える光景を目にしたとたん、思わず息を呑み込んだ。




「……な……なんじゃあれは!?」

 



 それは、天を衝くほどの巨大な雲だった。




 とてつもなく大きなキノコ状の雲が大地から立ち昇り、

 峻険しゅんけんな山々のはるか上空まで伸びている。



 雲はさらに上にも横にも成長を続け、

 大地に近い部分はなぜか銀色に光り輝いている。

 上空では青白い火花が無数に走り、

 暗い夜空に不気味な雷鳴を轟かせている。



「あれは、王都アーラバ・カーンの方角……。そして、あれほどの巨大な雲が発生するということは、かなりの規模の爆発があった証拠……。ということは、もしやあれは、先ほどの召喚魔法の――」




 瞬間――すさまじい突風が吹き抜けた。




「ふむ……」



 マータは青いローブの裾をはためかせたまま、アゴに手を当てて思案した。


 

 それからすぐに、家の中へと戻っていく。


 台所に入った老婆は慣れた手つきでコーヒーをいれ、

 暖炉の前のソファに腰を下ろす。

 そしてカップの中身をゆっくりすすり、満足そうに息を吐いた。


「……まあ、あの爆発では誰も助からんじゃろ。あの銀色の光はちと気になるが、食後のコーヒーがまだじゃったからな。これを飲んでから見に行っても、遅くはなかろう」


 一つ呟き、肩の力を抜いて背もたれに寄りかかる。


「いやはや。しかしこれは、痛快極まりないのぉ。この結果はさすがに予想出来んかったが、これもあの愚かな王が、この老いぼれを脅した報いじゃ。まさに自業自得の因果応報という奴じゃな。うっひょっひょっひょっひょっひょっひょっ」


 暖炉の炎を見つめながら、大賢者は楽しそうに笑い出す。


 すると青い毛の子猫がどこからかやってきて、老婆の膝にちょこんと座った。

 マータは子猫の背中を優しくなでながら、コーヒーをゆっくり味わった。



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