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第五章 8



「――こっ! これはいったいどういうことだっ!?」


 九郎は反射的に椅子から立ち上がり、驚愕の声を張り上げた――。



 傭兵団と騎士一行の戦闘を終結させた九郎たちは、

 馬車を全力で走らせて次の村に駆け込んだ。


 時刻は午後の一時過ぎ――。


 小さな村にはのどかな雰囲気が漂い、

 傭兵たちが追ってくる気配は微塵みじんも感じられない。


 危機を脱した九郎たちは、馬車小屋に馬車を預けて酒場に入り、

 遅めの昼食にアシュボラを注文。

 

 そして、チーズを包んで焼いたパンを、

 とろみのあるトマトスープにつけて一口食べたとたん、

 九郎は愕然と目を見開いた。



「なっ……なんなんだっ!? このパンの美味さはっ!?」


「おうっ! このパン、マジで美味いなっ!」


 オーラもにっかりと微笑みながら円盤状のパンを口に運ぶ。

 厚みのある平たいパンをかじると、

 濃いオレンジ色のチーズがとろりと垂れて、木の皿にぽたりと落ちる。


「いやいやいやいや、美味いなんてレベルじゃないだろっ! こいつはすごいっ! すごうまだっ!」


 九郎はすぐに腰を下ろし、スープにパンをつけてまた一口食べる。


「う~む……こいつは何という奥深い味わいだ……。じゃがいもがとろけたトマトスープのまろやかな酸味と、とろとろチーズのもっちりパンが口の中で爽やかに混ざり合い、否が応でも、だ液の分泌を激しく刺激してきやがる。いかん、何だか思わず目からレーザービームを出しながら、服をはだけたくなってきたぜ……」


「うふふ、なんですか、クロさん。服をはだけるって。そういうことは、女風呂の中だけにしないと、大変なことになっちゃいますよぉ?」


 クサリンがパンを小さくちぎって食べながら、にこりと微笑んだ。


 そのとたん、九郎はショートツインテールを指さして歯を剥いた。


「おいコラ、クサリン、ちょっと待て。前にも言ったと思うが、オレは男だ。いいか? いくら見た目が世界一の美少女でも、中身はアニメ好きのおっさんだからな。外面にだまされて油断していると、そのうち抱き枕にされて、あんなことやこんなことをされるから気をつけやがれ。このロリっ子め」


「わたしは別にいいですよぉ? 最近はずいぶん寒くなってきましたからねぇ。一緒に寝た方があったかいですし」


「よーし、言ったな? それじゃあ早速今夜にでも抱き枕にして、頭にかじりついてやるから覚悟しろ」


「えぇ!? なんでかじるんですかぁ!? そういうのはパンだけにしてくださぁい」


「いいや、残念、もう遅い。オレの国にはそういう微妙な愛情表現をする地域が一か所だけあるんだよ。というか、一人だけだと思うけど。とにかく、そういうわけだから、今夜はオレのよだれで頭を濡らしながら、せいぜい後悔するがいい。男と一緒に寝るというのはそういうことだと、身をもって思い知れ、この腹黒ミドリめ」


「はいはい。クロさんって、本当におもしろい人ですよねぇ」


 クサリンは肩を軽くすくめ、ちぎったパンを口の中に放り込む。


「いや、おまえ、そんなあっさりスルーするなよ……」


 軽くあしらわれた九郎は小さく息を吐き出し、

 トマトスープを一口すすった。

 

 そしてふと、首をかしげて口を開く。



「そういえば、たしかに最近は寒くなってきたけど、今っていったい何月何日なんだ?」



「今日は、ベリンの十月二十九日だ」



 九郎の向かいに座るコツメが淡々と言って、

 半分に割ったパンにかじりつく。


「なるほど。十月の終わりってことは、やっぱり秋だったのか。だけど、その『ベリンの』っていう枕詞まくらことばは何だよ」


「ふむ、そうだったな。クロはまだ生後二週間だから、知らなくて当然か」


「おいコラ、コツメ、ちょっと待て。人のことを新生児扱いするのはやめろ」


「ベリンと言うのは、ベリン教のことだ――」


(ガン無視かよ……。こいつはほんと、マイペースでいきなり話し出すんだよな……)


 九郎は半ば呆れ顔で、コツメの話に耳を傾けた。


「この惑星バステラでは、ベリン教とバステラ教の二大宗教が、一年ごとに世界中の祭事を司っている。奇数の年はバステラ教、偶数の年はベリン教の担当だ。そして今年は偶数の年だから、ベリンの十月二十九日と言うんだ」


「ほうほう、なるほど。この星では、二大宗教制度が生活に根付いているってわけか。それじゃあ、今年は何年なんだよ」


「一三四〇年だ。正式には、第十三バステラ歴の一三四〇年と言う」


「第十三?」


 首をひねった九郎に、コツメは指を二本立てて言う。


「この世界では、二千年ごとに年度をリセットする。つまり、第一バステラ歴二〇〇〇年の翌年は、第二バステラ歴一年ということだ」


「ほー、なーるほど。それはある意味、合理的な紀年法だな。つまり、第十三の一三四〇年ってことは、トータルすると、えっと……二万七三四〇年ってことか。へぇ、ずいぶんと歴史のある世界なんだな」


「そういうことを知らないってことは、クロさんって、本当に別の星からきたんですねぇ」


 スープに入っていたキノコを嬉しそうに頬張りながらクサリンが言った。


「まあな。オレも最初は異世界に転生したのかと思ってちょっと焦ったけど、よく考えたら、ただの宇宙人だからな。分かりやすく言うと、ちょっと遠い外国に来て、ちょっと整形手術を受けた旅行者みたいなもんだ。それにこの星の魔法だって、素粒子の働きによる化学反応に過ぎないわけだから、紛れもないごく普通の現実世界だ。まあ、一般的な地球人から見ればここはファンタジーワールドだけどさ、実際に生活してみると、そんなふわふわしたもんなんかじゃない。ヒトが生きて、暮らして、灰になる、どこにでもあるただのリアルだ。しかも、地球の現代社会とは生活水準が大きく違うから、はっきり言って不便なことが多すぎる。しかし、オレにとっては以前の生活よりも、いいところもかなりある。たとえば、メシだ」



 言って、九郎はパンとチーズを指さした。



「一番最初に食べたのはシチューだったけど、この星のメシは、はっきり言ってめちゃくちゃ美味い。物資の輸送が発達していないから、どこの店も地元の食材しか使っていないが、そのおかげでどれもこれも新鮮そのものだ。野菜一つ取っても、地球で食っていたものとは比べものにならないほど味がある。こんなに美味いモンが毎日食えるなら、地球に戻れなくてもいいって、本気で思えるぐらいだからな」


「ふーん」


 話し終えて二枚目のチーズパンにかじりついた九郎の頬を、

 隣に座るオーラが指でつつく。


「何だよ、クロウ。クロウの星には、美味いものが何もないのか?」


「んー? いや、いっぱいあるぞ。寿司とかトムヤムクンとかガーリックシュリンプとか、数え上げたらキリがない。だけど、そういうことじゃないんだ。オレが住んでいた国では、街に出れば世界各国の料理が食えるし、そのほとんどは、かなり美味い。でも、ここのメシほど鮮烈な味わいがないんだよ。オレの周りには、絞めたての肉を食ったことのあるヤツなんて一人もいなかったし、作り立てのチーズだって普通は食えないからな。だから、このパンの味に感動したんだ」


「そっか。まあ、あたしにはよく分かんないけどさ、メシが美味いってのはいいことだよな」


 オーラは微笑み、三枚目のパンを口に押し込む。


「そうそう。まったく、そのとおり。メシが美味いと幸せになるからな。しかも今日は、どさくさ紛れに馬車もゲットしちゃったし、もう言うことなしだ。これで夜までにはイゼロンに着くはずだから――って、うん?」


 九郎はふと、ヒトの気配を感じて顔を上げた。


 すると、いつの間にかテーブルの真横に鎧姿の若い男性が突っ立っていた。

 鉄カブトを小脇に抱えた金髪の騎士だ。

 男は九郎と目が合うと、まっすぐ見つめて口を開く。


「――あー、食事中に失礼する。先ほど、我々の窮地を救ってくれたのは、おまえたちだな?」



「いえ、違います」



 九郎は瞬時に手のひらを向けて首を振った。

 そして素知らぬ顔でパンとスープを食べ続ける。


 しかし騎士の男は、困惑した表情を浮かべながら食い下がった。


「いや、しかし、私に話しかけて鎧を叩いたのはおまえに違いない。その長い桃色の髪を見間違えるはずがないからな」


「いえ、マジで違いますよ? こんな桃色の髪をしたスーパー美少女なんて、ラッシュの街には百万人ぐらいいますから。どうやら最近、桃色に染めるのが流行ってるみたいなんですよねぇ」


「いや、しかし、長い黒髪のナイフ使いに、赤毛の炎使い、それに緑の髪の童女までそろっていたら、もはや疑いようもない。我々を援護してくれたのは、間違いなくおまえたちだ」


「いえ、マジで違いますから」


 九郎はパンを木の皿に置き、軽く息を吐き出した。

 そして、テーブルに肘をついて指を組み、低い声で言葉を続ける。


「いいですか、イケメン騎士さん。今どき、こんな四人組なんて珍しくも何ともないんですよ。そんなもん、アニメをワンクール見れば分かるでしょ。美少女四人組なんて、もはや鉄板っすよ、鉄板。しかもどの作品も、キャラごとに無理やり個性を付けようとして、逆に他の作品と同じような設定ばかりという負のスパイラルじゃないっすか。もうね、ほんと、そういうのを王道とか言って容認するのはいい加減にしろよってレベルっすよ。だったらもう、いっそのこと、ヤンデレ四人組とか出してみろよって思うでしょ、普通。たとえば


――空っぽの鍋をオタマでかき回す幼なじみとか、誰もいないナイスなボートの女子高生とか、なたを持ってかぁいいものをお持ち帰りしちゃう女子中学生とか、未来からリバースしてくる究極ストーカーとか――


 そういうのを、全部まとめて出してくれたら神アニメ認定っすよ。まったく。そういう神に挑む作品って、ここ二千年ほどはちょっと少ないと思うんですよねぇ」


「か……神……?」


 若い騎士は首を斜めに傾けながら、ごくりとつばを飲み込んだ。


「ええ、神っすよ。それに比べてオレたちときたら、個性の欠片もないミジンコパーティじゃないっすか。赤毛のボブカットなんて、たまにブチ切れるだけの普通に明るいかわい子ちゃんだし、緑髪のショートツインテールなんて、ちょっぴり腹黒いだけの普通に可愛いロリっ子だし、黒髪のロングポニーテールなんて、ちょっとツンツンしてるだけの普通にクールな美少女じゃないっすか。しかもオレなんて、毎年出てくる千年に一度の、そっこら辺に転がってる宇宙一可愛い美少女に過ぎませんからね。こんなの、アキバのメイドカフェに行ったらゴロゴロいますよ。さらに声優カフェなら永遠の十七歳ばかりっすよ。……まあ、そういうわけで、金髪イケメンのナイトさん。あんたが誰を探しているのかは知りませんが、それはオレたちみたいな半端な美少女グループじゃないっすよ。悪いことは言わないっすから、別の場所を探してくだしあ」



「く……くだしあ……?」



 金髪騎士は首をひねりまくって聞いていた。

 しかし、ふと思い出したように革の巾着袋を取り出して、

 テーブルの上にどさりと置いた。


「あー、言い忘れていたが、我が主が、おまえたちに会いたいと申しておられる。とりあえず足代として金貨五十枚を預かってきたのだが、我々を助けてくれたのは、本当におまえたちではないのだな?」



「いえ、オレたちっす」



 九郎は一瞬で巾着袋を引っつかみ、さっさとカバンの中にしまい込んだ。


「それじゃあ、騎士様。すぐに食事を終わらせるので、ちょっとそこで待っててください。――よーし、おまえら。さっさとメシを終わらせて、さらに金貨をもらいに行くぞー」



「おうっ!」

「はいっ!」

「苦しゅうないっ!」



 三人娘は元気いっぱいに返事をして、パンとスープを全力でかき込んだ。

 

 そしてあっという間に食事を終えた四人は一斉に席を立ち、

 騎士の背中を押して酒場をあとにした。




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