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第五章 7



「何だと?」


 コツメの言葉を耳にしたとたん、九郎は反射的に街道の先に視線を飛ばした。



 すると、はるか遠くに黒い点がかすかに見える。


「まさか、七台の馬車じゃないだろうな?」


「そのまさかだ。七台の馬車が道の端で止まっている」


「ってことは、御者のおっさんが言ってた、先に進んだ七台の馬車ってことか。しかし、こいつはどういうことだ? さっきの六台と、あの七台の間の距離は、およそ五キロといったところだ。馬車で普通に走れば五十分、飛ばせば二十分もかからない近さだぞ? 何であいつらは、そんな中途半端なところで止まっているんだ?」


「早めの昼飯じゃないのか?」


 のんびりとしたオーラの声に、九郎は軽く息を吐き出す。


「まだ十一時にもなってないのに、さすがに早すぎるだろ。まあ、普通に考えれば、後続の六台が来るのを待っているといったところだろうが……」


 言ったとたん、九郎は口を閉じて振り返った。


 すると、はるか遠くの後方にも、何やら小さな黒い点がかすかに見える。

 そのまま道の左右に目を向けると、

 どちらにも少し離れた場所に森が広がっている。

 

 顔を上げて空を見ると、灰色の分厚い雲が太陽を完全に覆い隠している。



「なるほど、そういうことか……」



「む? どうした、クロ」


「ああ、いや、何でもない」


 コツメの問いに、九郎は首を左右に振って言葉を続ける。


「この先に止まっている七台の馬車は、明らかにさっきの六台と同じ団体客だ。つまり、オレたちとは何の関係もない。さっきみたいに素通りできるはずだ。あいつらの目的は分からないが、何があっても無視するぞ。たとえオレたちの目の前で殺し合いを始めたとしても、全力で見て見ぬふりをして完璧にスルーするんだ。いいな?」


 九郎の言葉に三人は曖昧に返事をして、黙々と道を進む。



 そして七台の馬車の横を通り過ぎた直後、全員同時に小さく息を吐き出した。



「いやあ、何もないと分かっていても、やっぱりちょっと緊張したな」


「いや。今回は少し、殺気があった」


 不意にコツメが九郎に言った。



「殺気?」



「うむ。馬車の中にいる傭兵たちが武器を握りしめていた。今にも戦闘を開始しそうな気配だ」


「おう、そうだな。それはあたしも感じたぞ」


 オーラもコツメに同意して、九郎を見る。


「ふーん、そっか。それじゃあ、やばいことになる前に、さっさと先に進もうぜ」


 九郎は二人から目を逸らし、歩く速度を少し早めた。



 するとその時――背後に止まっていた七台の馬車が一斉に動き出した。



 馬車の列は九郎たちの真後ろまで近づいてUターンし、

 そのまますぐに走り去っていく。


 オーラとコツメとクサリンは足を止めて、

 遠ざかる馬車を眺めながら首をひねった。


「……なあ、クロウ。馬車がいきなり反対方向に走っていったぞ?」


「そうか。別にいいんじゃないか。どうせさっきの六台と合流するつもりなんだろ」


 オーラの声で足を止めた九郎は、一人だけ前を見ながら淡々と答える。


「しかし、クロ。あの七台はたった今、後ろから走ってきた高級そうな三台の馬車の前でいきなり止まって道を塞いだぞ」


「そ……そうか。べ、別にいいんじゃないか。どうせお互いに顔見知りかなんかだろ」


 コツメの言葉に、九郎はごくりとつばを飲み込み、低い声で答える。


「だけど、クロさん。あの七台の馬車から武装した人たちが一斉に飛び降りて、三台の馬車を取り囲んで攻撃を始めちゃいましたよ?」


「そそそ、そうなのか……。べべべ、別にいいんじゃないでしょうか……。ファンタジーの世界なら、そういうちょっと変わったデンジャーな日常が発生しても、おかしくはないかも知れないかも知れないような、そんな気がしないでもないような気がするかも知れないじゃないですか……」


 クサリンの言葉に、九郎は顔をしかめながらさらに低い声で答える。

 それからゆっくりと振り返り、三人娘に顔を目を向けた。


「……というか、何でおまえら立ち止まってんの? まさかとは思うけど、襲われている方を助けたいとか、そんなバカなことを言い出すんじゃないだろうな?」



「あたしは別に、どっちでもいいぞ」

「わたしも別に、どちらでもいいですけど」

「自分も別に、どちらでも苦しゅうない」



「どっちでもいいなら、足止めてんじゃねーよっ!」


 九郎は思わず歯を剥いた。


「いいか? 一応言っとくけどな、オレはさっき周囲を確認した時に、後ろから走ってくる馬車に気づいていたんだよ。そしてその瞬間に、あの六台と七台が、三台の高級馬車を挟み撃ちにするつもりだって気づいていたんだよ。だから全力でスルーして前を向いて歩いていたのに、何でおまえら振り返るの? あいつらが殺し合いを始めても無視しろって言ったよな? まさかもう忘れちゃったの? お忘れになっちゃったわけ?」


「しかし、クロ。今ならまだ、助けられそうだぞ」


 コツメが馬車の群れに指を向けた。


 およそ三百メートル後方――。


 七台の馬車が道の真ん中を塞ぎ、

 その向こうから激しい剣戟が鳴り響いてくる。


 コツメは馬車の隙間に目を凝らし、戦闘状況を観察しながら口を開く。


「襲われた三台の馬車には、馬に乗った騎士が四人いる。馬車から出てきた衛兵は六人だから、全部で十人。襲っている方は、武装した男たちが二十八人。戦力の差は歴然だが、騎士たちは善戦している。自分たちが騎士の方に加勢すれば、撃退することはじゅうぶんに可能だろう」


「あー、はいはい、そうっすね。それはたしかに可能っすね。えぇ、えぇ、そうすか、そうっすか。つまりおまえらアレなんだろ。このまえ盗賊集団に殺されかけたから、襲われている方に自分たちを重ねて見てんだろ。えぇ、えぇ、もちろん、そういう気持ちはオレにだってありますよ? ええ、そりゃもぉ、じゅうにぶんにありますとも。あー、はいはい、そうね、そうっすね。オーケーオーケー、分かった分かった。それぐらいは言われなくても、余裕で空気ぐらい読めますよ。だけどあえて言わせてもらおう。余計なことに首突っ込んでんじゃねぇっ! このバカっ! 三バカむすめっ! カァッ!」


 九郎は唐突に鋭い声を張り上げた。

 そして瞬時に心を落ち着け、淡々と言葉を続ける。


「えー、それじゃあ、はーい、ちゅうもーく。これから、エセ民主主義の十八番、多数決をとりたいと思いまーす。時間も選択肢もないからボルダルールはありませーん。そんじゃ、騎士たちの方に加勢したい人は手を上げてくださーい」


 その瞬間、オーラとコツメとクサリンが、ぱっと片手をまっすぐ上げた。



「やれやれ……」



 一瞬で決まった投票結果に、

 九郎はがっくりと肩を落として深々と息を吐き出した。



 直後――全力で馬車に向かって駆け出した。



「ぅおらぁーっっ! ぜんいんっっ! さっさと突っ走れぇーっっ!」



 九郎の掛け声で、三人も一斉に飛び出した。



「コツメっ! 十秒の距離まで近づいたらスバランを使って攻撃だっ! 襲っている方を派手にぶっ倒せっ! 騎士たちに、オレたちが味方だと見せつけるんだっ! そのあとはオーラの援護だっ! 後ろの六台が駆けつけてくる前に勝負を決めるぞっ!」


「うむ、分かった」


 コツメはローブを脱いでカバンに突っ込み、走りながら九郎に投げた。


「オーラも敵の中に一気に突っ込め! 全力でケンポーパンチをぶちかますんだっ! 敵の注意を引きつけて、騎士たちと挟み撃ちにして倒していくぞっ!」


「おおぉっ! 任せろっ!」


 オーラもバッグを九郎に押しつけ、追い抜きながら肩を回して気合いを入れる。


「クサリンはオーラの一発目にマシマシをかけてくれ! そのあとはオレの後ろに隠れながら、騎士たちのケガをハトバクで敵に返すんだ!」


「はいっ!」



「いいかぁっ! おまえらぁぁっ! 他人のケンカに割って入るんだからなぁぁっ! ケガなんかしたら承知しねぇーぞぉぉっっ!」



 九郎は三人分の荷物を担ぎながら怒号を発した。


 そして激しい剣戟がはっきり聞こえる距離まで近づいた瞬間、

 腹の底から声を張り上げた。



「コォツメェェーっ! いっけぇぇぇーっっっ!」



「うむ。――スバラン」



 コツメは二本のナイフを抜きながら魔言を唱えた。


 瞬時に黒紫色の魔法陣がブーツを囲む。


 直後――紫緋しのひ装束は黒い風と化し、敵の傭兵集団に切り込んだ。



「なっ!? なん――」



 黒い風に気づいた傭兵が、一言も発する間もなくその場に倒れた。

 

 さらに手前の高級馬車を囲んでいた敵四人を

 鋭いナイフが数秒で切り伏せる。


 コツメは目にも止まらぬ速さで飛び跳ねながら、

 武装した男たちを次々に切りまくっていく。



「ぃぃぃよっっしゃぁぁーっっ!」



 コツメの初太刀に遅れること十秒後――

 敵集団の横腹にオーラが飛び込んだ。


 オーラは闘志に身を震わせながら左右の拳を天地に構えた。



「――マシマシっ!」



 馬車の壁を転がり抜けたクサリンが、とっさにオーラに魔法をかけた。



 直後――オーラの一歩が大地を砕き、渾身の一撃が火を吹いた。



「うおおおおおおおにゃあああぁぁーっっ!」



 瞬間――拳から生じた紅蓮の炎が龍と化した。



 炎は激しい渦を巻きながら敵集団を焼き貫く。

 

 射程内の敵十一人が猛烈な拳圧でふっ飛んだ。

 半数は燃え上がり、地面に転がったまま動きを止めた。


「よしっ! いいぞオーラっ! そのまま敵を挟み撃ちにしろっ! クサリンっ! こっちだっ!」


 九郎は二人に声を飛ばし、オーラの後ろに回り込む。


 オーラの前には五人の敵が立っている。

 その奥には一台の高級馬車。鎧の騎士三人が守っている。


 すると不意に、コツメが高級馬車を飛び越えて駆けつけてきた。

 コツメはオーラと並び立って敵に構え、後ろの九郎に淡々と声を放つ。


「クロ。まともに動ける敵は、そいつらだけだ」


「よし! クサリン! ハトバクだ!」


 馬車の手前に倒れている二人の騎士に、九郎は素早く棍棒を向けた。


「はいっ! ――ハトバク」


 クサリンはステッキを騎士に向けて魔言を唱える。


 直後――立っていた二人の敵がその場に倒れて動きを止めた。


 同時に倒れていた騎士たちがよろよろと立ち上がり、残りの敵に剣を向ける。



「おいっ! そこの三人っ!」



 九郎はとっさに残りの敵に声を飛ばす。



「残りはおまえたちだけだぞっ! 追わないからとっとと逃げろっ!」



 その声に傭兵たちは動揺した。

 しかし互いに顔を見合わせるが、なかなかその場を離れない。



「くそっ! 分かんねーヤツらだなっ! おい、オーラっ!」


「おうっ!」


 九郎の意図を瞬時に察し、オーラは即座に拳を突き出した。


 再び爆炎が渦を巻いた。


 斜め上空に放たれた炎は敵をかすめて宙に飛び散る。


 同時に傭兵たちが駆け出した。

 三人は近くの馬車に走って飛び乗り、全速力で去っていく。



(む、あれは……)



 傭兵たちが背中を向けた瞬間、何かが落ちたのを九郎の目は捉えていた。

 金属質の小さなものだ。

 九郎は高級馬車に向かって走りながら、地面に落ちたものを素早く拾う。


 そしてそのまま騎士の一人に駆け寄り、平手で背中を叩き飛ばした。


「ほらっ! あんたたちも早く馬車に乗って逃げろ! すぐに敵の増援が駆けつけるぞ!」


 九郎は他の騎士たちも叩いて押して発破はっぱをかける。


 呆然と九郎を見ていた騎士たちは、すぐに我を取り戻して走り出した。


 動ける騎士は倒れた仲間を馬車に運び、馬に飛び乗る。

 そして三台の馬車を先導し、街道を全速力で突っ走っていく。



「よしっ! オレたちも行くぞぉーっ!」



 九郎は声を張り上げ指示を飛ばし、御者が逃げた馬車にダッシュした。

 そして後ろから駆けてきたクサリンを抱き上げ、馬車の中に放り込む。


 クサリンは転がりながら立ち上がり、御者台に飛び込んだ。

 そして全員が荷台に転がり込むと同時に手綱を振るい、馬を一気に走らせた。



 そうして九郎たちは、後続の敵が駆けつける数分前に戦場を離脱した。




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