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第五章 3



「……ん? 何だ?」


 噴水広場から立ち去ろうとした九郎は、数歩で足を止めて目を凝らした。



 見ると、武装した警備兵の一団がわき目も振らずに駆けつけてくる。

 数は十人ほど。

 全員が鎧を着こみ、手には長い棍棒、腰にはそろいのサーベルを提げている。

 


 警備兵の一団はみるみるうちに押し寄せて、九郎たちを完全に取り囲んだ。



 九郎は首をかしげながら、一番手前に立った中年男に声をかけた。



「あんたたちは警備兵だよな? オレたちに何か用でもあるのか?」


「おまえが桃色の髪のクロウだな?」



「いえ、違います。人違いです」



 九郎は即座に言い切った。


 すると男は目を吊り上げて怒鳴り出す。


「嘘をつけっ! そんな髪の色の女が他にいるはずがないだろうっ!」


「いえいえ、ほんと、マジで違いますから」


 九郎は手を横に振って、素知らぬ顔でさらっと言う。


「オレは元々黒髪で、これはちょっとした事故でこうなっただけですから。だから『桃色の髪』だなんて、自分で名乗ったりしてませんから」


「何をグダグダと言っているっ! そんな見え透いた嘘が通用するとでも思っているのかっ!」


「はい。もちろん通用すると思っています。だって、認めなければ大抵のことは通用するじゃないですか。ガソリン代を不正請求したって不倫したって、どれだけ超特大のブーメランをぶっ放しても、認めなければどうとでもなりますから。どんなに致命的な不祥事だって、黙って飲み込んでしまえばきれいさっぱり消化されて、誰の記憶からも消えちゃいますから」


「だからっ! 何を訳の分からないことを言っているっ! そんなことで誤魔化せると思うなよっ!」


 中年の警備兵は声を荒らげて棍棒を突き出した。


 すると九郎は棒の先を手でつかみ、淡々と男に告げる。


「おいおい、訳の分からないことって、それはこっちのセリフだっつーの。あんたはさっきから何を言っているんだ? いきなりこんな大人数で取り囲んで、理由の一つも説明しないなんてどう考えてもおかしいだろ。自分たちの人数が多いからって、偉そうな口叩いてんじゃねーよ。言っとくけどオレ、大賢者マータの知り合いだぞ?」



「なっ……なにぃっ!?」



 言ったとたん、警備兵たちがどよめいた。

 それを見て、九郎は口元をいやらしく歪めながら言葉を続ける。


「しかも、マータの孫のケイさんともマブダチで、無敵薬師のチャッタさんも一応オレたちの仲間だからな。ついでに言うと、オレたちはたったの四人で、ウーマシカ山脈の最強生物、ガマザウルスをぶっ倒してきたばかりだ。おまけに元軍人の盗賊六十人と戦ってケガの一つもしなかったんだけどさぁ、そんな百戦錬磨のオレたちを、あんたたちは十人ぽっちで取り押さえることができると本気で思ってんのか? あん? あぁん? ああぁんん?」


「なっ、なんだと……!?」


 九郎に上目づかいでにらまれて、男はたじたじと後ろに下がる。

 周囲を囲む警備兵たちも、互いに顔を見合わせながら棍棒の先を地面に下ろす。


 九郎は腰の引けた男から棍棒を奪い、石畳に投げ捨てる。

 そして、さらににらみつけながら言葉を続ける。


「そんで? あんたたちはいったいどうして、いきなりオレたちを取り囲んだりしたんだよ」


「そ……それは、桃色の髪のクロウに、殺人容疑がかけられているからだ」


「はあ? 殺人容疑? 殺人って、いったい誰が殺されたんだ?」


「ぎ、ギルバートという男だ。先日まで、伯爵様の屋敷で働いていたコックだ」



「えっ? うそ? なにそれ? あいつ、マジで殺されたの? うほっ! こいつは嬉しいニュースだな!」



 九郎は顔を輝かせて男を見た。



「なあ、警備兵のオッサン。だったらやっぱり人違いだよ。オレはあんなヤツを殺してなんかいないし、むしろ向こうがオレを殺そうとしていたんだからな。どちらかというと、被害者はオレの方だ」


「だっ、黙れっ! それはこちらが判断することだっ! おまえはおとなしく我々に従って取り調べを受けろっ!」



「断る」



 九郎は手のひらを向けて、淡々と言い放つ。


「だいたいさぁ、あの元コックは伯爵の屋敷で食料の横流しをしていた悪党だぞ? しかも盗賊ギルドに加入していた筋金入りのワルだ。そんなヤツが殺されたところで、いったい何が問題なんだよ。むしろ街の治安がよくなって万々歳じゃねーか。そんなことも考慮せずに、ろくすっぽ調べもしないで無実の人間を捕まえようとするなんて、どんだけ脳みそスッカスカなんだよ。しかも、自分たちより相手が強いと分かったら、とたんに怖気づきやがって、そんなんで街の治安が守れるのか? むしろ善良な一般市民をいきなり拘束する武装組織なんて、街にとって害悪そのものじゃねーか。弱い人間だけ取り締まって、強い相手には尻尾を巻くって、どんだけ恥ずかしい人間なんだよ、あんたらは。いざって時に体を張って街を守れないんなら、今すぐ山行って穴掘って死ね。それがバステラに対するせめてもの恩返しだ。なんつって」


「なっ、なんだと貴様ぁーっ! 黙って聞いておけば――」



「だまれ」



 九郎は男の顔に指を向けて黙らせた。


「いきなり押しかけて来たのはそっちだろうが。そんで、はらわたが煮えくり返ってんのはこっちなんだよ。まったく。街の中を見回っている警備兵ってのは、出世できないバカばかりだって噂だけど、あれはどうやら本当だったらしいな。まともに相手するのがバカらしくなってくるぜ。――クサリン。あれを頼む」


 九郎は背後に立つ薬師に手で合図を出す。


 クサリンは一つうなずき、盾から杖を引き抜いた。

 そして、九郎の前に立つ警備兵にまっすぐ向ける。


 直後、杖の周囲にどす黒い魔法陣が浮かび上がった。


 暗黒の魔言と魔円からはドロのような影がぼたぼたと滴り落ちて蒸発し、

 黒い煙を噴き上げた。



「ひっ! ひぃぃぃーっ! のっ! 呪い魔法だぁーっ!」



 警備兵の一人が、いきなり悲鳴を上げながら逃げ出した。


 すると他の警備兵たちも棍棒を捨てて我先にと駆け出していく。

 さらに九郎と話していた中年男性も全力ダッシュで走り去った。


(うーむ……。やはりあの魔法陣は、誰が見ても怖いよな……)


 九郎はわずかに顔を引きつらせながら、クサリンに向かって親指を立てる。


「グッジョブ、クサリン」


「いえ。この杖が早速役に立ちましたね。素手でやるよりも、すっごく楽に呪うことができましたぁ」


 言って、クサリンは朗らかに微笑んだ。


 その笑顔を、九郎はじっとりとした目つきで見下ろした。


「いや、呪うことができたっておまえ……まさか本当に、あいつらを呪ったわけじゃないよな……?」


「はぁい、もちろん本気じゃありませんよ? ちょっとだけです。ほんのちょっとだけ、かるぅーく呪っただけですから。そうしないと、魔法陣がでてきませんからねぇ」


「そ……そうか。まあ、今回は向こうが悪いんだから、仕方ないということにしておこう。それよりも――」


 九郎は表情を引き締めて、仲間たちに目を向ける。


「あの警備兵は、オレを殺人の容疑者と言っていた。つまり、向こうにはそれなりの根拠があるってことだ。だとしたら、今度は人数をかき集めてオレを捕まえに来るだろう。そしたらさすがに逃げ切ることは難しい。だから、そうなる前に急いで街を脱出するぞ」


「それじゃあ早速、馬車を借りにいきましょう」



「ちょっと待った」



 一歩踏み出したクサリンに、九郎はとっさに声をかけた。


「たぶんもう遅い。馬車乗り場は警備兵の詰め所に近いから、見張られている可能性が高い。ここはヤツらの裏をかいて、一番近い北門から歩いて街を出よう。そして北の森を西に進み、サザラン帝国の領土に逃げ込むんだ。そうすれば独立自治区の外だから、ヤツらも追ってこれなくなるはずだ」


「おう、分かった。でもさ、クロウはそのコックを殺していないんだろ? だったらちゃんと説明すれば、分かってもらえるんじゃないのか?」



「バカ。オーラ、大バカ。まったく。おまえは何も分かっていないな」



 きょとんとまばたきしたオーラの鼻先に、九郎は指を突きつけた。


「いいか? この街の警備兵には、DNAの鑑定技術どころか、指紋採集の知識もないんだ。科学捜査官のおばさんもいないし、窓際部署のクールメガネ様もいないんだ。そんな、被害者の死亡推定時刻すら割り出せない警備兵なんか、目撃証言をでっち上げれば簡単に騙されるに決まってるじゃねーか。そんないい加減なヤツらを、いったいどうやって説得するって言うんだよ」


「いや、だからそれは、きちんと説明すればいいんじゃないか?」


「たしかに警備兵だってバカばかりじゃない。中には話の通じるヤツもいるはずだ。だがな、そいつがオレの話を信じるまで、どれだけの時間がかかるんだ? オレはあと十八日以内に魔王を倒さないといけないんだぞ? 牢屋にぶち込まれている暇なんてこれっぽっちもねーんだよ。だから逃げる。無実だけど、ガチで逃げる。それでもオレはやってないけど、全力で逃げ切ってやる。なぜならば、この世には、バスの吊り革に両手でつかまっていても痴漢で有罪にする裁判官がマジでいるからだ。しかもこんな中世ファンタジー世界の裁判官なんか、その日の気分次第で死刑宣告とか、ガチでやりかねないからな。そういうわけで、オレは自分の直感と連想能力を信じてエスケープをチョイスする。分かったらさっさと行くぞ。門を封鎖されたら脱出が面倒だからな」


 言って、九郎は早足で歩き出す。


 同時にオーラとコツメとクサリンも、一斉にあとに続いた。



 北門に着いた九郎たちは、

 まだ事情を知らない様子の衛兵に明るく挨拶しながら、

 街の外に足を踏み出す。


 そしてすぐに、うっそうと茂った森の中に駆け込んだ。



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