第五章 2
「――よーし、みんな。新しい装備の具合はどうだ? 体に馴染まないところがあったらすぐに直してもらうから、今の内に遠慮なく言ってくれ」
新しい装備を興味深そうに見つめている三人に、九郎が横から声をかけた――。
打ち上げパーティーの翌朝、旅支度を整えた九郎たちは、
街の北側にあるハーガス鍛冶屋に足を運んだ。
九郎は注文していた装備を全員に装着させて、
すぐにサイズ合わせをしてもらう。
それから店の裏にある小さな噴水広場に移動して、
一通りの説明をしながら各自の装着感を確かめた。
「えっとぉ……わたしはたぶん、大丈夫そうですぅ」
緑色の髪を短いツインテールに結ったクサリンは、
左腕の小さな盾をじっくりと眺めている。
手首から肘までを覆う楕円形の盾で、素材は軽い金属製。
見た目は薬師ローブと同じデザインで、緑地に樹木の柄が描かれている。
「杖の出し入れも、問題ないですねぇ」
言って、クサリンは盾の内側から緑色の短い杖を引き抜いた。
さらにそのまま十歩先の噴水に杖を向けて、「マシマシ」と唱える。
すると杖の周囲に緑色の魔法陣が浮かび上がり、
噴水が一瞬だけ倍の高さまで噴き上がった。
その結果に、クサリンは軽く目を見張りながら九郎に言う。
「だけどまさか、こんなただの金属の杖で、遠く離れた対象にマシマシをかけられるとは思いませんでしたぁ」
「まあ、普通はそう思うよな。オレだって、一昨日までは無理だと思っていたからな」
九郎は軽く肩をすくめ、オーラを指さす。
「だけど、盗賊たちが作った炎の壁を、オーラが『バッカー』の魔法でぶっ飛ばしたのを見て気づいたんだ。オーラの魔法は攻撃を当てた対象を燃やす効果だから、普通に考えると、物理攻撃の当たらない炎に発動するはずがない。しかし実際には、炎を炎で切り裂くという現象が発生した。これは、オーラが炎の壁を攻撃対象として認識したから、バッカーが発動したとしか考えられない。つまり魔法というものは、使い手の認識次第で自在に使えるということになる。だったら、遠く離れていても発動できるんじゃないかと思ったんだ。ところが――」
九郎は十歩先の噴水に右手を向けて「アタターカ」と唱えた。
しかし、魔法陣は出てこない。
「ごらんのとおり、普通に使うと、遠くにいる対象に魔法は発動しない。でも、こうすると――」
今度はクサリンの杖を借りて、噴水に向けながら魔法を唱える。
すると、杖の周りに黄色い魔法陣が浮かび上がった。
「杖を使うと、なぜか遠くの対象にも魔法が使えるようになる。これはおそらく、杖で魔法を使う対象をはっきり認識することで、意識が集中するからだと思う。だからクサリンにはこの杖を使って、みんなの支援をしてほしい」
「はぁい。わかりましたぁ」
クサリンはこくりとうなずき、九郎から受け取った杖を盾の内側に差し込んだ。
「さて。それじゃあ、次はオーラか。どうだ? どこか気になるところとかないか?」
「うーん……」
訊かれて、オーラは困惑した表情を浮かべた。
オーラの服装は、灰色のシャツの上に赤い革のジャケットを羽織り、
赤い革のズボンといういつもの出で立ちだが、
身にまとう装備は大きく変化していた。
胸には新しい銀の胸当てが鈍く輝き、
その四隅からは飴色の革ベルトが両肩と両脇に伸び、
肩甲骨の中心で斜めに交差している。
さらに、両脇に伸びたベルトは分岐して、
そちらは腰の後ろをまっすぐ横切っている。
その、肩甲骨の中心でクロスした部分と、
腰の後ろに伸びた中央部分の二か所には金属製の留め金があり、
そこで赤い魔剣をガッチリと固定している。
オーラは背中の中心にまっすぐ背負った剣を振り返りながら、
難しそうな声を漏らした。
「今まで腰に差していたから、これじゃあちょっと落ち着かないんだけど……」
「最初だけだ。すぐに慣れる」
ボブカットの赤毛をくしゃくしゃとかき上げたオーラの周囲を、
九郎はゆっくり周って装備をチェックする。
魔剣は留め金にぴったりとはまり、飛んでも跳ねてもズレそうにない。
さらにオーラの両手には、新しい銀色の小手が装備されている。
小手にはスライド式のナックルガードがあり、
何度か動かしてみたが、滑らかに可動する。
九郎は満足そうに一つうなずき、赤い剣を指さした。
「いいか、オーラ。おまえの魔剣の最大の特徴は、その重量だ。長さは一メートルちょっとしかないのに、二十キロ近い重さがある。これは振り回してもかなりの破壊力があるが、ウエイトとして使ってもじゅうぶんに効果を発揮するはずだ」
「ウエイトって、重りってことか?」
「そうだ。少し前に、この噴水広場から民兵ギルド会館まで競争したことがあっただろ? あの時はほとんど同じタイミングでゴールしたけど、本来ならおまえの圧勝だったはずだ」
「あたしの圧勝? どういうことだ?」
「だからさ、そんなに重い剣を腰に差したら、左右のバランスが取りにくいんだよ。だけど背中の真ん中で剣を持てば、バランスは完璧だ。これで間違いなく全力で走れるはずだ。そしてこの状態でパンチを繰り出せば、その威力はヘビー級に匹敵する。つまりオーラ、おまえは今日から、剣と拳、両方の戦い方を身につけるんだ」
「両方の戦い方? それじゃあ、この新しい小手は、そのためか?」
オーラは両手を前に突き出し、訝しげに眉を寄せる。
「そういうことだ。前にここでコツメと戦った時、おまえの攻撃はかすりもしなかっただろ? だから、動きの早い敵と戦う時は、まずパンチを当てて動きを止めて、それから魔剣で止めを刺すんだ」
「おおぉっ! なるほどぉっ! そういうことかぁっ!」
オーラはとたんに、ぱっと顔を輝かせた。
「さてと。それじゃあ――」
九郎は腰の後ろに手を伸ばし、細長い筒から二本の棒を引き抜いた。
それは金属製の細い棍棒で、色はローブと同じ白桃色。
二本とも、突端にはネジの切込みがあり、
反対側の突端側面には小さなフックが付いている。
ネジ部分を組み合わせると、九郎の身長よりも長い棍棒になった。
九郎は棍棒をゆっくり回しながら口を開く。
「よく聞け、オーラ。オレは今までに様々なマンガを読んできた。たとえば、普通の高校生が武術の達人たちにしごかれて、地獄の特訓に突き落とされる格闘マンガや、勇気を振り絞って最初の一歩を踏み出す傑作ボクシングマンガ、拳法の修行で中国に渡った児童が旅をとおして成長する武術マンガなどだ。それでまあ、詳しいことは省くが、戦いの基本は円の動きだ。おまえはこれから、この棍棒のような回転の動きを意識するんだ。攻撃・防御・移動のすべてに円の動きを取り入れて、パンチを繰り出す。そうすることで、おまえはきっと、ベストな戦士になれるはずだ」
「おうっ! 円の動きだなっ! 分かったっ!」
言って、オーラは棍棒の動きを目で追いながら、ふと尋ねる。
「それで、具体的にはどうすればいいんだ?」
「具体的には八極拳だっ! なぜならばっ! 八極拳は世界最強だからだっ!」
「おおぉっ! 世界最強かぁっ!」
「そうだ! オーラ! おまえはこの星で最強の八極拳士を目指すんだっ! そして空中を跳び回る女子高生や、忍者仮面や白衣のお姉さんを片っ端からぶっ飛ばすんだっ!」
九郎は目に力を込めて言い切った。
するとオーラもこぶしを握りしめて声を張り上げる。
「おおっ! 分かったぁーっ! よく分からないけどっ! とにかくぶっ飛ばせばいいんだなっ!」
「そうだっ! とにかくぶっ飛ばすんだっ! そのためにはまず足を開いて腰を落とせ! 左の拳を天に突き上げ、右の拳を大地に向けろ! 両腕を一本の棒だと思うんだ! そのまま右足で一歩踏み込み石畳を踏み砕け! 同時に左の拳を左に下げて、右の拳を敵に向かってねじり込め!」
「おおうっ! こうかぁーっっ! うおおおおおおりゃあああああぁーっっ!」
オーラは瞬時に腰を落として天地に構える。
そのまま右足で石畳を踏み砕き、右の拳を全力で突き出した。
瞬間――拳から激しい爆炎が噴き出した。
猛烈な火炎旋風が空を切り裂き突っ走る。
激しい火花を散らす炎の渦は、十歩先の噴水を瞬時に粉砕。
さらに砕いた欠片を焼き尽くしながら貫通し、
数十歩先まで赤い軌跡を大気に刻んで飛び散った。
「おおぉっ! なんだこれっ!? すっげぇーっっ! あたしすげぇーじゃんっっ!」
オーラは自分の出した爆炎に狂気した。
クサリンとコツメも目を見張りながら声を上げる。
「オーラさんすごぉーいっ!」
「ほほう、今のはなかなかだな」
「そ……そっすねぇ……。オーラさんたら、飲み込みめっちゃ早いっすねぇ……」
無邪気に喜ぶオーラの横で、
九郎は砕け散った噴水を呆然と眺めがらつばを飲み込んだ。
(やばい……。何だ今の、バカみたいな破壊力の爆炎パンチは……。オレはもしかして、とんでもないバケモノを生み出してしまったんじゃないだろうか……)
葛藤する九郎の前で、オーラはさらに石畳を踏み砕きながら、
炎のパンチを連続で繰り出している。
その動きは一歩ごとに鋭くなり、炎の射程も伸びていく。
「おうっ! クロウっ! ハッキョクケンってほんとにすごいなっ!」
「お、おう、何てったって地球最強の拳法だからな。だけどもう、今日はその辺でカンベンしてください……」
「おうっ! そうだな! 連続で魔法を使うとやばいって、お師匠も言ってたからな!」
オーラは一つ息を吐き出し、改めて自分の装備に目を落とす。
「いやぁ、それにしても、このベルトと小手は本当にすごいな。デスポポスちゃんを背中に担ぐと体がすっごく軽くなったよ。今ならあのガマザウルスでも、一人で倒せそうな気がするぜ」
「そ……そっすか……。それじゃあ、またいつか、狩りにでも行きましょうか……」
九郎は思わず額の汗を手で拭った。
(うーん、今のはマジでびびったぜ……。どうやらオレは、脳筋のポテンシャルを甘く見ていたようだ。バカとハサミは使いようと言うが、調子にのったバカほど恐ろしいモノはないかも知れん……)
「ふむ。それでは次は、自分の番だな」
不意にコツメが九郎に近づいて口を開いた。
「ああ、そうだな。えっと、おまえは肩掛けベルトと腰ベルトの二本を追加したが、具合はどうだ?」
「うむ。どちらもなかなか苦しゅうない」
コツメは後頭部の高い位置で結んだ長い黒髪を翻しながら、くるりと回る。
緋色の模様が描かれた紫緋装束の上着には、
黒い革ベルトが二本巻かれている。
一本は右肩から左脇を通って背中に回る斜め掛けで、
背中の留め金で小太刀を斜めに固定している。
もう一本は腰に巻いて、
左右に提げた革ケースにそれぞれ諸刃のナイフを差している。
「小太刀を背中に装備することで、自分も少し走りやすくなった気がするぞ」
「そりゃそうだろ」
満足そうに話すコツメに、九郎は軽く肩をすくめた。
「おまえも小太刀を腰に差していたから、バランスが悪かったんだよ。それと、チャッタさんと戦った時に攻め切れなかったのは、向こうは短剣で、おまえは小太刀だったからだ。刃渡りが長い分、攻撃速度がほんの少し負けていたんだ。だけど、その戦闘用のナイフを使えば、チャッタさんにも勝てるはずだ」
「戦闘用のナイフ――これか」
コツメは腰の左右から二本のナイフを引き抜いた。
「そうだ。そいつの刃渡りは小太刀の四分の一だが、鍔があるから相手の攻撃を受けられるし、攻撃速度は段違いに跳ね上がる。状況に応じてナイフと小太刀を使い分ければ、今まで以上に安定した戦いができるはずだ」
「そうだな。自分もそう思う。何より、コレが気に入った」
コツメはナイフを腰に戻し、ポニーテールの根本を指さした。
そこにはリボンをあしらった黒紫色の髪留めがあり、
長い黒髪を結わえ付けている。
「そうか」
九郎も髪留めに目を向けた。
「おまえは派手に動くわりに、髪はナチュラルに伸ばしたままだったからな。しかも短く切るのはイヤ、編むのはめんどくさいって言うからポニーテールにしたんだが、気に入ったんならよかった。そうでもしないと、背中の小太刀を抜く時に一苦労だからな」
「うむ、これはいい。苦しゅうない、苦しゅうないぞ」
コツメはくるくると横にターンして、ポニーテールを回して喜んでいる。
「それで、クロさんの武器は、その棍棒なんですね?」
不意にクサリンが訊いてきた。
九郎は白桃色の金属棒を軽く振り回しながら口を開く。
「ああ、そうだ。色は目立たない黒の方がよかったんだが、この金属が一番軽くて丈夫らしいからな。こいつは六尺棒、つまり一八〇センチの棍棒をそのまま持ち運ぶのは邪魔くさいから、二つに分けてもらって組み立て式にしたんだ。さらに、先端の側面に小さなフックを溶接して、釣りにも暗殺にも使えるように工夫しておいた」
「暗殺? その棍棒は暗殺用なんですか?」
「まあな」
九郎は腰に装備した黒い箱から、指の長さほどの短い刃物を引っ張り出した。
刃物の先端は鋭く研いであり、持ち手の端には丸い穴が開いている。
穴には、金属製の箱から伸びた黒い金属線が結び付けてある。
「この小さいナイフは飛苦無って言うんだ。こいつを棍棒のフックに引っ掛けて、釣りのルアーのように投げて敵を攻撃してもいいし、細い金属線で敵の首をはねてもいい。この黒い糸は、炭素鋼で作ってもらったスチールワイヤーだ。二百メートルほどの長さがあるから、かなり遠くから罠を張ることもできる。他にも、二本の棒のフックにワイヤーを通して、敵の首をしめ上げるなんて使い方もできるから、護身用と暗殺用を兼ねているってわけだ」
「へぇ、そうなんですかぁ。そういうえげつない方法って、わたしも大好きでぇす」
クサリンが満面の笑みで言い切ったとたん、
九郎の顔面が引きつった。
「い……いや、オレは腕力がないから、こういう小細工をする他に方法がないんだよ。別に、えげつない手段が好きってわけじゃないからな」
「うふふ。最初はみなさん、そうおっしゃるんですよねぇ」
「みなさんって、おまえ……」
にっこりと微笑むクサリンに、九郎はそれ以上何も言えなかった。
(いかん……。こいつに心を許すと、ダークサイドに引きずり込まれて抜け出せなくなりそうな予感がする……)
「と……とにかく」
九郎は気を取り直して三人を見渡した。
「全員、新しい装備に問題はないんだな?」
三人娘は「おうっ!」「はい」「苦しゅうない」と、
いつもの調子で返事をする。
「よし。それじゃあ、まだ朝の十時だが、市場で食料を調達して、早めに昼飯を済ませるぞ。それから馬車乗り場で馬車を雇って、イゼロンに出発だ。山から戻ったばかりで悪いけど、向こうに着いたら二、三日はゆっくり情報を集めるから、それまで少し辛抱してくれ」
九郎の言葉に三人は首を縦に振る。
そして四人は、オーラが破壊した噴水広場をそのままにして、
すぐに市場へと足を向けた。
するとその時、東側の大通りから複数の人影が走り寄ってきた――。