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第四章 11



「――なにぃっ!?」


 九郎は、はっと目を見開いた。


 

 いきなり飛び降りてきたコツメの肩にはクサリンがいた。

 緑のローブをまとった小さな体は、縄で手足を縛り上げられ、

 口を白い布で覆われている。



「これはっ!? まさか盗賊かっ!?」


 とっさに推測して顔を上げた。


 すると崖の上の坂道に、いつの間にか無数の人影が立っていた。

 数十メートルの高みに立つ集団は、弓を構えて九郎たちを見下ろしている。



「クロウっ! 河原にもいっぱいいるぞ!」



 オーラの声が鋭く響いた。


 とっさに九郎は周囲を見渡す。

 

 すると崖沿いの細い河原の左右にも、無数の人影が立っている。

 九郎は瞬時に敵の人数を見て取った。


(なるほど。崖の上にざっと二十人。河原の左右にそれぞれ十五人。合計五十人ってところか。くそ、まさかこんな朝っぱらからお出ましとはな。しかもこのタイミングで襲ってくるってことは、オレたちがガマザウルスを倒すのを待ってたな。まったく。まさに盗賊の鑑らしいセコいヤツらだぜ)


「オーラ、コツメ。武器を構えてヤツらを威嚇してくれ。ほんの少しでいいから、何とか時間を稼ぐんだ」


「おうっ!」

「分かった」


 二人は背中合わせで左右の敵に体を向けて、魔剣と小太刀を構えてみせる。


 その隙に、九郎は革の袋にガマの油を流し込み、革紐で固く縛る。

 そしてクサリンの手足を縛っていた紐を切って解放した。


 自由になったクサリンは猿ぐつわを自分で外し、

 申し訳なさそうに九郎を見上げる。


「すいません、クロさん。わたし、いきなり襲われちゃって……」


「いや、気にしなくていい。盗賊がいることを知っていたのに、クサリンを一人にしたオレのミスだ。それよりみんな、聞いてくれ」


 九郎はアブラを入れた革袋をクサリンに渡し、

 頭上の盗賊集団をにらみながら話を続ける。


「いいか? 敵は総勢五十人。上のヤツらは弓を持っている。そしてオレたちの左右も完全に塞いでいる。これは明らかに必殺の陣形だ。いま襲われたらオレたちは全滅する。それなのに襲ってこないのは、ガマザウルスを倒したオレたちの実力を警戒しているからだ。ついでに言うと、クサリンを一瞬で救い出したコツメの動きを恐れている。それと、このタイミングで姿を現したということは、ヤツらの目的は高値で売れるガマザウルスの確保だ。つまりヤツらは、下手にオレたちと戦ってケガをしたくない。しかし、黙ってオレたちを見逃したくないとも考えている。だったらこちらは、それなりの強さを見せつけて、オレたちを深追いするのは危険だとヤツらに思わせながら逃げるのがベストだ。コツメ、スバランの再使用まで、あとどれくらいだ?」


「九十秒だ」


「よし。それじゃあ、みんな。オレが合図をしたら全員で下流の敵に突っ込むぞ。乱戦になれば崖の上のヤツらは弓を使えない。コツメはスバランを使って、一足早く下流の敵をできるだけ倒してくれ。オーラも剣を振り回して敵を蹴散らすんだ。敵が逃げたら追う必要はない。すぐに全員で河に飛び込み、下流に向かって泳いで逃げる。クサリンはオレの前を死ぬ気で走れ。矢が飛んできたらオレが受けるから、ハトバクで傷を返すんだ。みんな分かったな」


「おうっ!」

「はいっ」

「うむ」


「よし。それじゃあ、あと六十秒。全員でカッコつけて、敵をビビらせるぞ」


 言って、九郎は堂々と胸を張り、手のひらを崖の上にまっすぐ向けた。


 クサリンは小さな両手を頭上にかざし、どす黒い魔法陣を発生させる。

 コツメは素早く空を切って小太刀を構えた。

 オーラは足下の岩を叩いて派手な火花をまき散らし、魔剣を軽々と振り回す。


 そのとたん、崖の上の盗賊たちが全員後ろに一歩下がった。

 さらに河原にいる盗賊たちも、どよめきながら後じさりする。


(……よし、ハッタリが効いたな。これならあと五十秒はじゅうぶんに持つ。というか、クサリンの魔法陣はマジで怖いな……。何と言うか、ドロのように溶けた闇が、魔界の底から湧き出しているように見えるんだが……)


 九郎はちらりと横を見て、ごくりとつばを飲み込んだ。


 ショートツインテールの頭上に浮かぶ漆黒の魔法陣からは、

 形のない影が次々にあふれ出し、黒い煙を上げて蒸発している。

 見る者の心胆を寒からしめる不気味な光景だ。



「……クロ。あと十秒だ」



 不意にコツメが小声で言った。



「よし、カウントスリーで一斉に走るぞ。みんな、準備はいいな?」


 三人は無言で首を縦に振る。

 それを見て、九郎はカウントダウンを開始する。



「それじゃあ、いくぞ。――スリー、ツー、ワン……ゴーっ!」



 全員一斉に岩から飛び降りた。



「――スバラン」



 瞬間――コツメが魔法を発動させた。

 ブーツの周囲に黒紫色の魔法陣が浮かび上がる。

 コツメは黒い疾風と化し、下流の敵集団に突き進んでいく。



 直後――敵の前にいきなり炎の壁が現れた。



 大人の背丈よりも高く燃え上がる分厚い業火だ。

 

 コツメは瞬時に方向転換。

 崖に跳んで駆け上がる。

 そのまま炎を上から回り込み、敵の中に斬り込んだ。



「ンなっ!? なんだあれはっ!?」



 燃え盛る炎に九郎は仰天して目を剥いた。


 同時にクサリンが走りながら声を飛ばす。


「あれは火の魔法を応用したトラップ魔法ですっ! 火の魔法を使える人を集めておいて、事前に準備をしていたんだと思いますっ!」


「ってことは、こっちの出方を想定していたってことかっ! いかんっ! そいつはまずいっ! オーラっ! 罠だっ! 敵は炎の壁の向こうで待ち構えてるっ! 横から回り込むとやられるぞっ! 上からあの炎を越えられるかっ!?」


「おぉーっ! 余裕だぜっ! だがしかぁーしっ! 上から越える必要なんかぁ――欠片もにゃぁぁーいっっ!」


 気合一閃。


 オーラは赤い魔剣を真上に振り上げ、炎の壁に叩きつけた。



 瞬間――炎の壁が爆発した。


 

 赤い炎が朱色に燃え上がり、真っ二つに割れて道ができた。


「うおおっ!? なんじゃそりゃ!?」


 九郎とクサリンは両目を見開いて驚愕した。

 

 オーラは雄たけびを上げて、割れた炎の中に飛び込んでいく。


「よく分からんがクサリン! オーラのあとに続くんだ!」


「はいっ!」


 九郎はクサリンの後ろを走り、炎の壁のすき間を駆け抜ける。


 直後、思わず奥歯を噛みしめた。


 敵の半分以上はコツメとオーラによって倒されていた。

 しかし、さらに下流の河原から、駆けつけてくる盗賊たちの姿が見えた。


「くそっ! さらに十人も隠していたかっ! 完全にこっちの行動を読んでたなっ!」


 瞬時に敵の人数を目測し、慌てて周囲に視線を飛ばす。


 河原の反対にいた十五人も怒涛のごとく走ってくる。

 崖の上の盗賊たちは弓を構えて狙っている。


(まずいっ! これで河の方を塞がれたら全滅だっ!)


「全員河に飛び込んで逃げるぞっ! コツメはクサリンを連れて先に行けっ!」


 即座に退却を決断して声を張り上げた。


 するとコツメがさらに二人を倒し、九郎の前に駆けつける。

 そしてかばうように小太刀を構えて淡々と口を開く。



「断る。クロ、おまえが先に行け」



「アホかおまえはーっ! そういうのはこれっぽっちもいらねぇーんだよっ! この大ボケがぁーっ!」


 九郎はとっさにコツメの細い腰を抱き上げた。

 さらにそのまま数十メートル先の河に向かって走り出す。


「クサリンは先に行け! オーラも走れ!」


「はいっ!」

「おうっ!」


 クサリンはすぐに駆け出し、

 オーラも二人の敵をなぎ倒して九郎の背中を追いかける。


「おいこら、クロ。さっさと放せ。自分で走れる」


「だったら最初から走れバカっ! 手間かけさせんなこのバカタレっ!」


 九郎は走りながら手を離した。


 コツメは隣に並んで走り出す。

 しかし急に加速して突っ走り、クサリンの前に飛び出して小太刀を構えた。



 直後――いきなり頭上から二人の人物が降ってきた。



「ンなっ!?」



 九郎はクサリンと並んで足を止めて目を剥いた。


 突然コツメの前に立ち塞がったのは、背の高い二人組だった。

 どちらもくすんだ赤いローブをまとい、フードで顔を隠している。


「くそっ! どうしても逃がす気はないってことかっ!」


 唯一の逃げ道を塞がれた九郎は、眉間にしわを刻みながら周囲を見た。


 目の前には不気味な赤ローブの二人組。

 崖の上では二十人が弓を構え、河原の上流からは十五人、

 下流からは十人の盗賊たちが迫ってくる。


 背後では二人の盗賊がオーラと対峙。

 さらにコツメとの戦闘で怪我を負った数人が立ち上がりかけている。


(なんてこった! 河はもう目の前なのに、完全に囲まれたかっ! くそっ! どうするっ!?)


「クロ。この二人はおそらく盗賊の親玉だ。自分が相手をするから、クサリンを連れて先に行け」


 九郎が決断する前に、コツメが先に口を開いた。

 そして言うが早いか、一歩手前に立つ赤ローブに斬りかかる。


 金属製の弓を背負った赤ローブは一瞬で短剣を引き抜いた。

 そしてコツメの小太刀を素早く受ける。


 コツメはさらに二手、四手、八手、十六手、三十二手と、

 高速の斬撃で攻め立てる。


 しかし赤ローブは右手に握った短剣で、

 連続攻撃をすべて風のように受け流していく。



(ま……マジかよ……)



 九郎は愕然とした。


(信じられねぇ……。あの赤フード、コツメの攻撃を片手で軽くいなしてやがる……。盗賊って、こんなに強かったのか……。もしかしてこっちの世界の盗賊って、最強クラスの破壊不能オブジェクトなのか……?)


 内心で舌を巻きながら、九郎は二人の攻防に見入っていた。


 すると不意にコツメが相手の短剣を大きく弾き飛ばした。

 そしてそのまま九郎の前に跳ねて戻る。


 同時に赤ローブは左手に金属製の弓を握り、矢をつがえてコツメに向ける。


 優雅な鳥の羽根が彫刻された弓が、

 柔らかな朝日を受けて銀色に輝きながら反り返る。



 直後――鋭い矢を解き放った。



 矢は瞬時にコツメと九郎の間を突き抜け、

 オーラと対峙していた盗賊の頭がいを貫通した。



「……はい?」



 九郎は顔の横を吹き抜けた突風を追って振り返る。

 すると二人目の盗賊も、額に風穴が開いてくずおれた。



「……はひ?」



 首を傾けながら、九郎は再び赤ローブに目を向ける。


 赤ローブの人物は河原に右膝をついて、弓を水平に構えていた。

 そして背中の矢筒から抜いた矢をつがえて撃つ。

 さらにそのまま流れるように連続で矢を放つ。


 無数の矢は目にも止まらぬ疾風と化して空を切り裂く。

 そして下流から走ってきた十人すべての頭部を一瞬で貫いた。



 するとその時、もう一人の赤ローブが不意に片手を高く掲げた。



 その白い手のひらの上には、奇妙な魔法陣が浮かび上がっている。

 赤い円と青い円が、斜めに組み合わさった立体的な魔法陣だ。


(何だ、あの魔法陣は……?)


 九郎がふと呟いた時、河原に転がる無数の小石が空中高く浮かび上がった。


 その数百の小石の群れはいきなり赤黒く燃え上がり、超高速で宙を突っ切る。

 向かう先は上流から走ってくる十五人の盗賊たち。



 まるで火山弾と化した無数の小石が、盗賊たちに容赦なく降り注ぐ。

 炎の豪雨が肉体を瞬時に貫通。

 一人残らず燃え上がり、その場に崩れて動きを止めた。

 

 破壊の嵐。


 河原には砕けた石の粉が舞い上がり、肉が燃える煙がゆらりと漂う。


 

 その時突然――崖の上から何かがどさりと落ちてきた。

 しかし、充満する粉と煙で視界が利かない。何も見えない。



「こ……今度は何だ……?」



 九郎とオーラとクサリンは、呆然と崖の上に目を向けた。


 すると、弓を構えていた盗賊たちが次から次に落下してくる。


 よく見ると、くすんだ赤いローブの人物が大きな得物えものを振り回し、

 盗賊たちを力任せに叩き落としている。


 大地を離れた盗賊たちは、両手を振って叫び声を上げながら、

 呆気なく谷底に落ちて呼吸を止めた。


 さらに、コツメとオーラと戦って死んでいなかった盗賊たちが、

 慌てて立ち上がって逃げ出した瞬間、鋭い矢が全員の頭蓋を貫通した。



 そうして総勢六十名の盗賊たちは、数分で全滅した。



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