第四章 9
「――はーい。それでは早速、作戦会議テイクツーをはまじめす」
崖の上のスタート地点に戻った九郎は、再び三人を見ながら話を始めた。
「えー、念のためにもう一度言うけど、はまじめす」
「何だよ、クロウ。その『はまじめす』って」
「『始めます』のアナグラ語尾だ。大した意味はないからスルーしてくれ」
九郎は握った小枝をオーラに向けて、すぐに本題へと入る。
「えー、おほん。ここで皆さんに大変残念なお知らせがあります。コツメのスーパー加速魔法スバランには、持続時間が約三十秒、クールタイムが約三分、そして使い終わったら普通に息が切れるという、かなりシビアな制限があると判明しました。しかもさっきのガマザウルスは、二足歩行で人間並みの速度、四足だと馬より早いスピードで走るということなので、どう考えても逃げ切れません。そういうわけで、当初の予定を変更します。ガマザウルスを倒します。ガチでモンハンして脅威を排除します。そして安全を確保してからアブラを採ります」
「でもクロさん。あんなの、どうやって倒すんですか?」
「それはもちろん、罠を仕掛ける」
クサリンの質問に、九郎は地面に周囲の地形図を描きながら答える。
「いいか? これがこの谷川の地形図だ。真ん中に大きな河があって、その両脇に石の河原がある。そしてその河原と崖の間には、上流まで続く細長い森がある。しかし、さっきのガマザウルスがいた場所から下流に二キロほど行くと、森がなくなり、崖沿いの細い河原だけになる。この細い河原は、谷底に降りる時に通った岩だらけの坂道の真下にある。この河原に罠を仕掛けて、ガマザウルスをおびき寄せて倒す」
「なるほど、罠ですか……。でも、どんな罠をしかけるんですか?」
「理想は落とし穴だな。子どものガマからアブラを採る十分間だけ、母親ガマを穴に落として動きを封じるのがベストだ。しかし、オレたちには、そんな大きな穴を掘っている時間はない。盗賊たちに見つかったら、さらに面倒なことになるからな。だから単純に、木の杭を使う」
「木の杭? そんなもので倒せるんですか?」
言って、クサリンは首をかしげる。
九郎は手にした小枝を近くの森に向けて説明する。
「たぶんクサリンは小さな杭を想像したと思うが、サイズが違う。そこら辺に生えている大きな木を丸々一本使うんだ」
「木を丸ごとですか?」
「そうだ。手順としては、まず木を切り倒し、先端を鋭く削って杭にする。その杭を河原に倒してロープを結ぶ。そしてガマザウルスが走ってきたら、ロープを引いて斜めに立てて串刺しにするんだ。あの巨体が馬より早いスピードで走ったら、すぐには止まれないから必ず突き刺さる。単純な罠だが、これでまず間違いなく倒せるはずだ」
「なるほどです。それならたしかに倒せるかもしれません。でも、そんなに都合よくいくでしょうか……?」
「もちろん保険はかける」
九郎は地面に描いた地形図に小枝を向けて、岩の坂道を丸で囲んだ。
「木の杭を仕掛けるポイントの真上は岩の坂道だ。そこに大きな岩を集めておいて、いつでも落とせるように準備しておく。ガマザウルスに杭が刺さったら、岩を落として止めを刺す。万が一、杭が刺さらなかった場合も、岩を落として隙を作り、その間に逃げる。そして逃げることになっても、そのころにはアブラの採集は終わっているという算段だ」
「なるほどぉ、そういうことですかぁ。たしかにそれなら、なんとかなりそうですねぇ」
「まあな」
九郎は軽く肩をすくめて、さらに話す。
「オレたちは、ゲームのキャラみたいに死に戻ってリトライなんてできないからな。これで何とかケリをつけるしかない。それじゃあ、これからの行動と、各自の役割を説明するぞ」
九郎の言葉に、三人娘はそろってうなずく。
「まずは、あと一時間ほどで日が暮れるから、それまでにみんなで木を切り倒して杭を作る。それを河原に運んで設置してから、坂道に岩を集めてロープで固定して、いつでも落とせる準備をする。実際に岩を落とすのはクサリンだ。杭に結んだロープを引いて、ガマザウルスを串刺しにするのはオーラにやってもらう。コツメはさっきと同じように子どものガマを箱に入れて、スバランの効果が切れる前に、森の中で待っているオレに箱を渡す。ガマザウルスは森の木が邪魔で足が遅くなるはずだから、その間にオレがオーラのところまで走る。そして追いかけて来たガマザウルスを串刺しにする。以後、本作戦をガマザウルス・ハント作戦、通称『ガマハン作戦』と呼称する。――と、まあ、こんな感じだが、ここまでで何か質問はあるか?」
「おうっ! あたしはないぞ!」
「わたしもないですぅ」
オーラとクサリンはすぐに首を横に振る。
するとコツメが、ふと訊いてきた。
「自分はクロに箱を渡したあと、どうすればいいんだ?」
「おまえはオレのバックアップだ」
九郎は、地形図の森から細い河原まで線を引きながら説明する。
「いいか? オレは森からオーラのいる場所まで走る。しかし、森や河原は足場が悪いから、転ぶ可能性が高い。だからおまえは、オレから少し距離を取って並んで走るんだ。もしもオレが転んだら箱を投げるから、おまえは箱を受け取ってオーラのところまで走る。状況次第では、オレとおまえで箱をパスし合いながら走ることもありうるから、そこら辺は臨機応変にいこう。それと、森を抜けた辺りで、おまえはスバランが使えるようになっていると思うが、なるべく使わずに温存しておいてくれ。オレたちの目的は、ガマザウルスを罠のポイントまでおびき寄せることだから、あまり距離が離れると罠を使うタイミングが難しくなる。ガマザウルスの鼻先にエサをおくことで、ヤツの視野を狭くするのも狙いの一つだからな」
「そうか。よく分かった」
コツメは納得顔で一つうなずく。
「よし。それじゃあ、決行は明日の朝だ。日の出と同時に仕掛けるぞ。あのガマザウルスはおそらく変温動物だから、薄暗い早朝なら動きが鈍いはずだ。本当は夜の方がいいんだが、それだと暗すぎて、オレたちも連携が取れないからな。それじゃ、日暮れまであまり時間もないことだし、早速作業に取り掛かるとするか」
九郎が話を締めくくって腰を上げると、三人も立ち上がる。
そしてすぐに全員で、近くの森に足を向けた。