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第四章 8



「――へぇ、あれがガマの子どもか。ほんとにけっこう小さいんだな」


 目を凝らして石の河原を眺めた九郎が、小さな声で呟いた――。



 幅の広い谷底に降りた九郎たちは、岸壁沿いに歩いて森に入った。

 森の幅は、岸壁から河原までの数百メートルほどしかないが、

 長さは河の上流まで果てしなく続いている。


 九郎たちは木の陰に隠れながら、河原に向かって慎重に進んでいく。

 すると不意にクサリンが足を止めて、

 森と河原の境にある巨大な岩の横を指さした。

 森で一番背の高い木と同じほど巨大な岩だ。


 目を凝らして見ると、九郎の両手に納まるほどの小さなガマが座っている。

 九郎はその子どものガマを遠目に見ながら、クサリンに声をかけた。



「……クサリン。準備はできているか?」


「すいません、ちょっと待ってください」


 クサリンは大きな背負い袋を地面に下ろし、木の板を何枚も取り出した。

 そしてすぐに組み立てて、ガマが納まるほどの箱を作った。


「――はい、準備できました」


「へぇ、その箱に入れるだけでいいのか」


「そうなんです」


 クサリンは空っぽの箱を九郎に向けた。


「こういう狭い箱に入れると、ガマは防衛本能を発揮して、体の表面からアブラを分泌するんです。たぶん十分ほどで、この箱いっぱいのアブラが採れるので、それを革袋に移し替えれば終わりです。そのアブラは魔法の効果を高める作用もあるので、魔法使いにも人気が高いんです」


「そうか。それじゃあ、さっさと終わらせて街に戻るとするか。――コツメ、周囲は大丈夫か?」


「うむ。問題ない」


 コツメはすかさず返事をした。


 オーラも無言でクサリンの背負い袋を担ぎ、九郎に向かって目配せする。


「よし。それじゃあ、作戦開始だ。コツメ、悪いがひとっ走りして、あのガマを箱の中に閉じ込めてくれ」


「分かった」


 コツメはクサリンから箱と手ぬぐいを受け取ると、

 すぐに魔法を発動して走り出した。

 

 黒い風と化したコツメは素早く森を駆け抜ける。

 そして目にも止まらぬ速さでガマをキャッチ。

 即座に箱に突っ込んで、九郎の方に掲げて振った。


「よし、よくやった。みんな、行くぞ」


 言って、九郎は河原に向かって歩き出す。


 直後、その足がぴたりと止まった。

 視界の中に何か奇妙な違和感があった。



「……二人とも、ちょっと待て。何か変だ」



 手を広げて二人を止めて、九郎は目を研ぎ澄ませる。


 よく見ると、さっきまで陽に当たっていたコツメの体が、

 いつの間にか影の中にいる。


「影……?」と呟きながら、視線を垂直方向に上げていく。

 

 すると、コツメの頭上に何かがある。

 それが何かを認識したとたん、九郎は息を呑んで目を丸くした。



「な……な、何だありゃ……!?」



 それは巨大な生物だった。



 身長がコツメの十倍近くもある巨大な生き物だ。

 そいつが大きな岩の陰からのっそりと一歩踏み出した。


 不気味なイボだらけの丸い顔に、ぬらりとした太った胴体。

 体格に比べて短い手足は筋肉質で、体の表面は岩のような灰色だ。

 頭の大きさに反比例した小さな目玉をギョロリと緑色に光らせて、

 締まりのない口から生えた鋭い牙をコツメの頭上に突き出している。



「クロさんっ! あれが母親ガマですっ!」



「ンなアホなっっ!?」



 クサリンの言葉に、九郎は思わず全力で突っ込んだ。


「あんなのどう見たってガマガエルじゃねぇーだろっ! あれじゃまるで恐竜だっ! ティラノさんよりでけぇじゃねぇかっっ!」


「そうですっ! あれはガマガエルじゃなくて、ガマザウルスですっ! ……いってませんでしたっけ?」


「聞いてませンーっっ! そんなのぜんぜん聞いてませンーっっ! なんなんだよそのガマザウルスってのはっっ!」


「成長したガマザウルスは、この山の最強生物ですっ! 馬を一頭丸のみしちゃうほど狂暴なんですっ! ……いってませんでしたっけ?」


「聞いてませンーっっ! そんなの絶対に聞いてませンーっっ! あんなのどうやったって勝てるわけねぇだろっっ!」


「だから、ガマの油集めは危険なんですよねぇ~」


「ほんっとそうですネっ! ハンパなくデンジャラスっすネっっ!」


 冷静に感想を漏らすクサリンの横で、

 九郎は取り乱しながらコツメに向かって声を張り上げた。



「おぉーいっっ! コツメぇーっっ! いますぐ逃げろぉーっっ!」



「……ん? どうかしたのかぁ~?」



 百メートル以上先のコツメが、のんきな声で訊いてくる。


 九郎とオーラとクサリンは、慌ててコツメの頭上を指さした。


「アホかぁーっ! うしろだうしろぉーっ! とっと後ろを見てこっちに逃げろぉーっ!」


「はて? 後ろがどうしたと言うのだ……あっ」


 ゆっくりと振り向いたとたん、コツメとガマザウルスの目が合った。

 お互いに、ぱちくりとまばたき一つ。


 直後、コツメは森に向かって、てくてくと駆け出した。


「このバカぁーっ! さっさと魔法を使って走って逃げろぉーっ!」


「無理だーっ。あれは連続で使えないんだーっ」


「こンのドアホぉーっ! そういう大事なことは先に言えボケぇーっ!」


 コツメは身軽に飛び跳ねながら森の中に駆け込んだ。


 その瞬間、ガマザウルスが動き出した。


 巨大な母親ガマはヌメヌメとした巨体を揺らしながら二足にそくで走り、

 短い腕で森の木をなぎ倒しながらコツメを追いかける。


(いっかーんっ! このままではコツメがやばいっ!)


 瞬時に判断。

 九郎はとっさに指示を飛ばす。


「コツメぇーっ! 作戦中止だーっ! 子どものガマを母親に返して逃げろーっ!」


 コツメはすぐにガマを箱から取り出し、足下に置いて離脱する。


 すると、母親ガマの動きがぴたりと止まった。


 ガマザウルスは短い腕を器用に動かし、子どものガマを抱き上げる。

 そして何事もなかったかのように元の場所へと戻っていく。



「――コツメ、無事か?」


 駆け戻ってきたコツメに九郎が訊いた。


 コツメは、少し赤くなった手のひらを向けて淡々と答える。


「問題ない。ガマの油でかぶれただけだ」


「そうか。とにかく無事でよかった。それじゃあ、とりあえず上に戻るぞ」


 九郎はほっと安堵の息を漏らし、すぐにみんなを連れて崖の上に撤退した。



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