第四章 7
「――よーし、おまえら。今から作戦を説明するぞー」
輪になって腰を下ろした三人に、九郎は小枝を手にして話を始めた――。
森の中で一泊した九郎たちは、早朝から休まず歩き続け、
午後になってようやくウーマシカ山脈のふもとに到着した。
四人は一息ついて軽い休憩を取り、すぐに周囲を警戒しながら山を登り始める。
すると、三時間ほどで中腹の森にたどり着いたが、
盗賊の気配や痕跡はまったく見当たらず、動くものはシカとウサギだけだった。
クサリンの話によると、ガマの生息地はいくつかあり、
一番近いのは森を抜けた奥に流れる谷川だという。
行ってみると、一時間ほどで崖に到着。
見下ろせば、深い谷底に幅の広い河が流れ、
石の河原沿いに森が長細く茂っている。
九郎たちは崖の上にある大きな岩の前で足を止めて、作戦会議をすぐに始めた。
「いいか? オレたちは今、崖の上にいる。そして目的のガマがいるのは崖の下の広い河原だ。すぐ近くに坂道があるから、そこを通って河原まで降りる。そしてガマを見つけたら、クサリンが木の箱にそいつを入れて油を採る。その間に母親ガマが襲ってきたら、オレとコツメで引きつける。オーラは油の採取が終わるまでクサリンの護衛だ。コツメは周囲の警戒も頼む。万が一、盗賊に見つかったらすぐに逃げるぞ。オーラは作業が終わり次第、音を立てて合図を出してくれ。そしたら全員すぐに坂道を登って、もう一度ここに集合だ。作戦は以上だが、何か質問はあるか?」
訊いたとたん、すぐにオーラが口を開いた。
「あたしはクサリンのそばにいればいいんだな?」
「そうだ。何が起こるか分からんから、おまえが危険だと判断したら、すぐにクサリンを抱えて逃げろ。クサリンも、何かあったらすぐにオーラと逃げるんだ」
九郎の指示に、二人は首を縦に振る。
するとコツメも淡々と訊いてきた。
「その母親ガマというのは、倒してはいけないのか?」
「その判断はおまえに任せるが、無駄に殺す必要はないだろ。そいつが高く売れるというなら話は別だが、オレたちの目的はガマの油だからな。余計な手間はなるべく省きたい」
「そうか。分かった」
「あ、でも、クロさん」
コツメがうなずいたとたん、不意にクサリンが声を上げた。
「ガマの母親は、かなり高く売れますよ?」
「え、マジで? どのくらいの価値があるんだ?」
九郎は軽く身を乗り出した。
「えっとぉ、成長した母親ガマの体は、ほとんど余すところなく薬の材料になるので、引っ張りだこの人気商品ですからねぇ。それに最近はハンターがいないので、どこの街も品薄だと思います。だから、大きいものだとたぶん……金貨で四十枚か、五十枚ぐらいにはなると思いますけど」
「よっ……四十だとぉぅ……!?」
「おう、それはすごいな。なあ、クロウ。ついでに倒して持って帰ろうぜ」
「いや、ちょっと待て」
九郎は思わず目を剥いたが、すぐにオーラに手を向けて考え込んだ。
(金貨四十枚ってことは、銀貨一枚を五百円とすると……にっ!? 二百万円だとぉぅっ!? だけど、そんなに価値があるってことは、もしかして、めちゃめちゃハイリスクな危険生物なのか……?)
「……なあ、クサリン。その母親ガマって、もしかして、ものすごく強いのか?」
「はいっ! それはもう、すっごく強いですぅ!」
クサリンは小さな体で背伸びをしながら、
両腕を回して大きな円を描いてみせた。
「体はこぉーんなに大きくてぇ、大きな口には牙もあるんです。しかも、背中のイボから出る粘液はとても強い毒なので、熟練のハンターでも倒すのはかなりむずかしいんです」
「なるほど、やっぱりそういうことか……」
九郎は納得顔でアゴに手を当てた。
(つまり、体重一〇〇グラムの赤ちゃんパンダが、成長すると一三〇キロになるのと同じように、母親ガマはかなりでかいってことか。クサリンは背伸びをして表現したから、体長はおそらくオレかコツメぐらいはあるはずだ。そうすると、クマ並みってことか。そのサイズで毒を持っているなら、たしかに手強い相手だ。ここはやはり、下手に色気を出さない方がいいな)
「……よし。金貨四十枚はかなり魅力的だが、やっぱり最初の作戦でいこう。母親ガマは倒さない。欲をかいて大ケガしたら、元も子もないからな」
その言葉に、三人は素直に首を縦に振った。
九郎も仲間たちに一つうなずき、すぐに谷底へと足を向けた。