第四章 4
「――というわけで、こいつは新しく仲間になったコツメだ。二人ともよろしくな」
九郎が紹介すると、オーラとクサリンは嬉しそうな笑みをコツメに向けた――。
旅支度を整えた九郎は、余分な荷物を宿屋に預け、
コツメと一緒に北門へと足を向けた。
既に門の外で待っていたオーラとクサリンは、
すぐにコツメを挟んで簡単に自己紹介。
九郎は三人娘の会話を適当に切り上げさせて、北に向かって歩き出す。
そして、のどかな土の道を進みながら話を切り出した。
「よーし、それじゃあクサリン。その薬の材料とやらについて、詳しく教えてもらえるか?」
「あっ、はぁい」
コツメの隣を歩いていたクサリンが、九郎を見上げて口を開く。
「えっとぉ、その材料は薬師の間で『ガマの油』といわれている、ちょっと特殊な液体なんです」
「へぇ、ガマの油か。だったらやっぱり、ガマから採るってことだよな?」
「はい。ただ、そのガマというのが、素人では取り扱いが難しい生き物で、今までは地元のハンターたちが採取した油を購入していたんです。ですが、そのハンターたちが一人もいなくなってしまったので、油が手に入らなくなったんです。それで薬師グループでも、対応策を検討していたところだったんです」
「うん?」
九郎は首をひねってクサリンを見た。
「何で地元のハンターが一人もいなくなったんだ?」
「それなんですけど、つい最近、アルバカンの王都が爆発しちゃったじゃないですか」
「えっ?」
言われたとたん、九郎はどきりとして目を逸らした。
「あ……ああ、そういえば、そんなことがあったらしいなぁ……」
(本当はオレがぶっ壊したんだけど……)
クサリンは九郎の動揺に気づくことなく話を続ける。
「それでですね、王都がいきなりなくなったことを、アルバカンの人たちは神の怒りだと思って、よその国に逃げ出しちゃったんです。それで、ガマの油を採っていたハンターたちもアルバカンの人だったので、村を捨てて北の国に移動しちゃったらしいんです」
「なるほど、そういう事情だったのか。ってことは、そのウーマシカって山はアルバカン王国にあるんだな?」
「はい。ウーマシカ山脈はアルバカンの北西にあります。山の南東側がアルバカンの領土で、北側はローソシア国の領土です。ラッシュの街からだと、北東にまっすぐ進めば、明日には見えてくると思います」
「なるほど。片道二日の距離というのは助かるな。それじゃあ、クサリン。そのガマの油ってのは、おまえ一人だと手に入れるのは難しいんだな?」
「そうなんですぅ。採取自体は、これくらいの――」
クサリンは小さな両手でお椀を作った。
「――小さな子どものガマからにじみ出る油を集めるだけなので、十分ほどで終わると思います。だけど、母親ガマが子どもに近寄るのを邪魔するので、それが厄介なんです」
「ふむふむ、なるほど。ということは、その母親ガマをオレたちが引きつけて、その間にクサリンが油を集めればいいってわけか。それなら、そんなに難しくはなさそうだな」
九郎はクサリンの手を見ながら、首を小さく縦に振る。
「そうすると一番の問題は、薬師を襲う盗賊集団ってことか……。なあ、クサリン。その盗賊たちって、どれくらいの人数で、どんなヤツらなのか分かるか?」
「それがよく分からないんです」
クサリンは困った顔で首を振る。
左右で結った緑の髪の小さな房が、小さく揺れた。
「あの辺りに盗賊が出るようになったのは、つい最近なんです。だからたぶん、どこか別の土地から流れてきた人たちだと思います」
「つまり、ハンターたちがいなくなった土地に、流れ者が住み着いたって感じか。……いや、だけどアルバカンの王都が爆発したのは十日ほど前で、三人のベテラン薬師が山に向かったのは二週間ほど前だったよな?」
九郎の問いに、クサリンは首を縦に振る。
「そうすると、盗賊たちは王都が爆発する少し前から、山に住み着いていたってことか。ハンターたちが北に移動したのは、もしかすると、その盗賊たちが来たせいかもな」
「そういわれると、そうかもしれません」
「おい、オーラ」
九郎は少し前を進む赤毛頭に声をかけた。
オーラは振り返りながら、歩く速度を落として近づいてくる。
「おう、どうした?」
「ウーマシカ山脈に盗賊たちが住み着いたのは、いつごろなのか知らないか?」
「おう、ぜんぜん知らない」
オーラはにっかりと笑いながら手のひらを上に向けた。
「ぜんぜんっておまえ、傭兵仲間から噂の一つも聞いたことがないのかよ」
「おう、ないな。あたしは南のバインタインに向かう商人の護衛が専門だから、北の話には興味がないんだ。えっと、コツメだっけ? あんたは何か知らないのか?」
オーラが笑顔を向けると、コツメはわずかに肩をすくめた。
「自分は東からアルバカンを横切ってきたばかりだ。この辺のことはまったく知らん」
「へぇ、アルバカンの方から来たのか。だったら、爆発した王都も見てきたのか?」
オーラは一歩近づいて、興味津々な顔で訊いた。
九郎とクサリンもつられてコツメに目を向ける。
「うむ。たまたまだが、爆発の瞬間をこの目で見たぞ」
「えっ!? マジでっ!?」
九郎の肩がビクリと震えた。
オーラは目を輝かせて、さらに尋ねる。
「おおう! そいつはすごいラッキーだったな! どんな爆発だったんだ?」
「どんな――と訊かれても答えるのは難しいが、あれはとにかく、ものすごかった」
コツメは青空に手を向けて、まっすぐに下ろしながら淡々と話す。
「夜空を切り裂く黄金色の光の塊が、堅牢な石の都に、凄まじい速さで一直線に落下したとしか言いようがない。そして次の瞬間、王都から黒い雲が一気に湧き上がり、大地と天空が激しく震えた。周りの森や湖は破壊の風で粉々に吹き飛び、黒い雲があっという間に夜空を覆い尽くした。自分は遠く離れた山の上から見ていたが、爆発で発生した突風と轟音でふっ飛ばされたほどだ。朝になって王都に近づいてみたが、瓦礫が腰の高さほどに積もっていただけで、形のあるものは何もなかった」
「おう、そいつはすごい……。まさに、神の怒りって感じだな」
話し終えたコツメを、オーラは感心した目つきで見つめている。
黙って聞いていたクサリンも、羨望の眼差しで見上げている。
「すごいですぅ、コツメさん。いいなぁ~、わたしも見たかったなぁ~」
言われたとたん、コツメは緑の髪を軽くなでた。
そして、複雑な表情を浮かべて目を逸らしている九郎を指さしながら、
言葉を続ける。
「そんなに残念がることはない。運がよければ、そのうち目にする機会もあるだろう。王都を爆破した光の正体は、そこにいるクロだからな」
「ちょっ!? おまっ!?」
「えっ?」
「お?」
慌てふためいた九郎を見て、クサリンとオーラはぱちくりとまばたいた。
コツメは前を向いて歩きながら、さらに淡々と口を開く。
「アルバカンの国王が、サザランの皇帝を倒すために、召喚の儀式とやらで救世主を呼び出した。それがクロだ。クロはバステラとは違う星から無理やり連れてこられたせいで、王都に激突して爆発した。それでアルバカンの国王は死んだが、サザランの皇帝を倒さないと死んでしまう魔法契約がクロの精神体に刻まれた。契約相手のアルバカン王がいなくなったから、普通の方法では魔法契約の解除ができないし、強引に解除ができる大賢者も近くにいない。だからクロは、仲間を集めて戦おうとしている。――自分はそういうことだと認識しているが、違うか?」
「……はい。まったくもって、そのとおりです……」
九郎はがっくりと肩を落とし、長い息を吐き出した。
「……まあ、オーラとクサリンにもそのうち話さなきゃいけないと思っていたから、ちょうどいいか。オレがサザランの魔王を倒したい理由はそういうことだ。悪いけど、このことはここだけの話にしてくれ。そうでないと、王都を破壊した犯人として、アルバカンのヤツらに命を狙われそうだからな」
「えっ? それじゃあ、クロさんは本当に、召喚の儀式で呼び出された救世主なんですかぁ?」
クサリンが呆気に取られた顔で九郎に訊いた。
「まあな。自分では救世主だなんて思っちゃいないが、呼び出されたのは本当だ。まったく……。おかげで死ぬほど迷惑してるというか、死んだほどの大迷惑だっつーの」
「へぇ~。それじゃあクロウは、宇宙人だったってことか。だからそんな珍しい桃色の髪をしてるんだな」
「それは違う」
オーラが軽く目を見開きながら桃色の髪を指さしたとたん、
九郎は片手を左右に振った。
「オレの髪は元々、黒だったからな。こうなったのは、まあ、いろいろと残念な事故が重なった結果だ。具体的に言うと、細マッチョの脳内イメージが、いつの間にか千年に一人の美少女にすり替わったせいだ。髪の色が桃色になったのは、おそらくオレの美的センスが無意識に修正したんだろ。これでショッキングピンクだったら、不幸中の大不幸だったからな」
「お、おう、そうか……。何のことだかまったく分かんなかったけど、とりあえず、でかい不幸よりは小さい不幸の方がマシってことだな」
「ま、そんな感じだ」
九郎はオーラに一つうなずき、話を戻す。
「さてと。それじゃ、オレの問題についてはとりあえずこのくらいにして、当面の課題は盗賊対策だ。普通に考えれば、方法は二つしかない」
言って、指を一本ずつ立てながら説明する。
「一つは盗賊に見つからないようにガマの油を採取する。もう一つは、盗賊を先に見つけて倒してしまう。つまり、隠密行動か先制攻撃のどちらかということだ。しかし、先制攻撃を仕掛けるのは、現実的にはほぼ不可能だ」
「え? 何でだよ。そんなこと、やろうと思えばできるんじゃないか?」
「たしかに、やろうと思えばできないことはない。しかし、結論から言えば、オレがやりたくない」
オーラの問いに、九郎は真顔で言い切った。
「いいか? 先制攻撃ってのは、実際に実行するのはかなりハードルが高い。なぜならば、まず敵の居場所を見つけなくてはいけないからだ。さらに、敵の人数と装備を調べて、行動パターンの把握も必要になる。こっちの人数や戦闘力が圧倒的に勝っていれば話は別だが、オレたちは四人しかいないからな。頭数で負けている場合は、念入りに下調べをして作戦を練って、奇襲をかけるしか勝つ方法はない。だけどそんなことをしていたら、時間がいくらあっても足りないだろ」
「うむ。たしかにそのとおりだ。しかも敵の戦力を調べている間に、こちらの存在がバレたら元も子もない」
「そういうことだ」
九郎はコツメの言葉にうなずきながら話を続ける。
「現実は、ご都合主義のラノベやアニメみたいに、オレたちにだけ有利な展開になることなんてないからな。適当に伏線を張っておけば、いきなり予想外の味方が現れるとか、大ピンチの土壇場で一発逆転のアイデアがひらめくとか、そんなことは万が一にも発生しないんだ」
「ラノベ……?」
クサリンがきょとんしてオーラとコツメに目を向けた。
しかし、二人とも軽く肩をすくめて首を振る。
そんな三人の仕草に気づくことなく、九郎は一人で話を進める。
「たとえばだ。オレたちが盗賊に襲われている時に、オレの命を狙っているメイレスがいきなり現れるなんてことはあり得ない。さらに、『クロちゃんはボクの獲物だからねぇ。盗賊ごときに譲るわけにはいかないんだよぉ』とか、思わず草が生えそうなセリフを口にして、盗賊たちを滅多切りにするとか、そんな超展開は絶対にあり得ない。
なぜならば、山って広いじゃん?
誰がどう考えたって、探している相手をたまたま見つけるなんて不可能だろ。だって、プロのレスキュー隊ですら、遭難した登山者を探すのは難しいっていうのに、山に入った主人公を追いかける敵キャラが、『見ぃつけたぁ』とか言ってあっさり発見するアニメとか、もうアホかってレベルだろ。それならまだ、バスが谷底に落ちて、乗客全員が飢え死にする設定の方が、よっぽどリアリティがあるってもんだ」
「はあ……」
ぱちぱちとまばたきしながら聞いていたクサリンが首をかしげると、
コツメとオーラも顔を見合わせて首をひねった。
「……まあ、話がすこし逸れたが、つまり、盗賊は無視するぞ、ってことだ。可能な限り見つからないように行動して、見つかったらすぐに逃げる。これが基本方針だ。そしてクサリンには悪いが、ガマの油をゲットしたら、すぐに街に戻る。先に山に入った薬師たちを探す余裕なんてないからな。それでいいか?」
「あ、はい」
訊かれてとっさに、クサリンはうなずいた。
「わたしの目的はガマの油ですから、それでいいです。それに、三人ともすごく腕のいい薬師なので、きっと大丈夫だと思います」
その言葉に、九郎を始め、オーラとコツメもアゴを引く。
「よし、それじゃ決まりだ。あとは作戦を考えるために、全員の実力を夕飯の時に確認するぞ。それまでは、ひたすら前進だ」
九郎は仲間たちにそう告げて、
目の前に広がる暗い森にまっすぐ足を踏み入れた。