第四章 1 : 誰だって 自分の都合が 最優先
「――とまあ、そんな感じで、何とか逃げ切ることができたんだ。まったく。昨日はマジで死ぬかと思ったぜ」
ギルドホールのテーブルに頭をのせた九郎が、疲れ切った声を漏らした――。
警備兵の詰め所で一晩を過ごした九郎は、
日が昇ると同時に民兵ギルド会館に移動した。
早朝のギルドホールは人の姿が見当たらず、不気味に静まり返っている。
九郎はそそくさと奥のテーブル席に腰を下ろし、
壁を背にして警戒しながらオーラを待った。
そして、七時過ぎにあくびしながら姿を見せた赤毛の剣士に、
昨夜の一件を事細かに説明した。
「おおう、さすがはクロウ。三人に囲まれて逃げ切ったのか。そいつはすごいな」
オーラの感心した声に、九郎は軽く肩をすくめる。
「そりゃまあ、一番弱そうなヤツの横をすり抜けたからな」
「でも、その内の一人はあの黒いヤツで、もう一人はメイレスだったんだろ? あいつらから逃げ切るなんて、相当すごいと思うけど」
「何だよ。メイレスって、そんなに強いのか?」
「おう、かなりの凄腕だって噂だぞ。たしか仲間が一人いて、そいつ以外とはほとんど口を利かない変なヤツって話だ。あいつは新月グループに入っているから、誰かにクロウの暗殺を依頼されたんだろ」
「ああ、まず間違いなくそうだろうな」
九郎は大きく息を吐き出した。
「まったく。この街はいったいどうなってんだ? 凄腕の暗殺者が二人に、頭のネジが完全にぶっ飛んだ殺人コックに狙われるなんて、いったいどんなダークファンタジーの世界だよ」
「うん? 何だよ、クロウ。はんたずぃって、掛け合い漫才のことじゃなかったのか?」
「ダークがつくと、ちょっと血生臭い掛け合い漫才になるんだよ。それよりオーラ。オレが今から言う単語を、ちょっと続けて言ってみてくれ」
「え? ああ、別にいいけど」
「それじゃあ、いくぞ。――『ファンタジー』『フェアリーテイル』『シャングリラ』『ユートピア』」
「あー、『はんたずぃ』『へあるりてぇる』『しゃんぐらら』『ゆるとぴあん』――何だか変な単語ばっかりだな」
「うーん、やっぱりそうか……」
九郎はアゴに手を当て、顔をしかめた。
「何だよ、クロウ。今の単語がどうかしたのか?」
「ああ、いや、何でもない。たまに言葉がうまく伝わらない時があるから、ちょっと確かめただけだ。それよりオーラ――」
九郎はギルドホールの奥を指さした。
「そろそろ窓口が開く時間だろ? おまえが見た薬師の特徴をメガネさんに話して、名前と居場所を調べてもらおうぜ」
「ああ、それならもっといい方法を思いついたぞ」
「いい方法?」
「おう。薬師の寄り合い所で探すんだ」
「薬師の寄り合い所? そんなところがあるのか?」
きょとんとした九郎に、オーラはにっかり笑って口を開く。
「もちろんあるぞ。あそこは薬師のギルドホールみたいなところだからな。ここの職員より、あっちの窓口の方が詳しいんじゃないかって思ったんだ」
「そりゃまあ、薬師のことは、薬師に訊いた方がたしかに早いだろ。だけどおまえ、昨日はそんなこと一言も言ってなかったじゃねーか」
「おう、今朝起きた時に気づいたんだ。どうだ、クロウ。あたしもけっこう冴えてるだろ」
「いや、それはちょっと、冴えるのが遅すぎだろ……」
九郎は思わずじっとりとした目つきでオーラを見た。
しかし赤毛の剣士は上機嫌で立ち上がり、さっさと出口に足を向ける。
「ほら、クロウ。早く行こうぜ。ぼさっとしてると日が暮れちまうぞ」
「いや、だから、おまえの頭がぼさっとしていたせいで、夜が明けちまったんだっつーの……」
九郎はため息を吐きながら立ち上がった。
そして、オーラと一緒に薬師の寄り合い所に足を向けた。