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第三章 13



「――うん? 何だ?」


 唐突に金属質な音を耳にした九郎は、足を止めて目を凝らした――。



 民兵ギルド会館を出てオーラと別れた九郎は、薄暗い路地裏を歩いていた。

 すると、まっすぐ進めば大衆浴場のある表通り、

 右に曲がれば宿屋への近道というT字路で、不意に奇妙な音が漂った。


 ふと足を止めて、前を見る。

 

 石造りの建物に挟まれた裏道に、黒い人影が立っている。

 それは数歩近づき、足を止め、低い声を闇に放った。



「……やぁ、クロちゃん。こんばんはぁ」


「何だ、メイレスか」


 髪の毛を噴水のようにくくったインバネスコートの男を見て、

 九郎は胸をなで下ろした。


「あんまり驚かせるなよ。こんな薄暗い路地裏でいきなり立ち塞がれたら、強盗か何かだと思うじゃねーか」


「イヤだなぁ。ボクはこれでもけっこう稼いでいるからねぇ。強盗なんかするはずないよぉ」


「そう言えばそうだったな。それじゃあもしかして、オレに晩飯をおごるために待っていたのか? ――そんな物騒なモンを握りしめて」



 言いながら、九郎はじりじりと後ろに下がる。



 十メートルほど先に立つメイレスの手には、抜き身のサーベルが握られている。

 遠くで輝く表通りのランプの灯りが、細い刀身に淡く煌めく。


(くそ……。さっきの金属音は、サーベルを抜刀した音か。そしてこのタイミングで剣を抜いたってことは、どう考えても狙いはオレだな)


 T字路の真ん中に立った九郎は、首だけで周囲を素早く見渡した。


 右の道はかなり暗い。背後の道も薄暗い。

 どちらも無人。

 いざとなれば、どちらにでも走って逃げられる。


 メイレスはサーベルの切っ先を石畳に向けたまま、ゆっくりと口を開く。


「急な質問で申し訳ないんだけど、クロちゃんはさぁ、サザランの魔王を倒すって言ってるらしいけど、それがどういう意味なのか、ちゃんと分かっているのかなぁ?」


「そりゃあもちろん、分かっているさ。オレはオレのために魔王を倒す。それだけだ。悪いけど、社会的な影響について考慮する余裕なんかないからな」


「ふーん、そっかぁ。だけどさぁ、クロちゃんにどんな都合があるのかは知らないけど、今の状況で彼を倒すのはやめた方がいいと思うんだよねぇ」


「ほう。一応、理由を聞いておこうか」


 九郎はさらにじりじりと下がり、少しずつ距離を取る。


「そもそもサザランの魔王は、本物の魔王じゃないからねぇ。その呼び名は、サザランの皇帝を悪者に仕立てるために、アルバカン王国が流した風評なんだよ。いかにもアルバカンらしい悪だくみさ。今のサザランの皇帝は、なかなか上手に国を治め、国民をきちんと導いている。そんな優れた皇帝がいなくなったら、このアンラー・ブールの大陸は、さらなる戦乱に巻き込まれてしまう。だからね、クロちゃんには悪いんだけど、彼を倒すことは諦めてもらえないかなぁ? そうしてくれると、ボクも面倒なことをしないで済むんだよねぇ」


「……ふん、なるほどな」


 九郎はごくりとつばを飲み込んだ。


「つまりあんたは、魔王のシンパサイザーに雇われて、オレに魔王討伐を諦めさせるために来たってことか。だったら、オレのパーティーメンバー募集を邪魔したのも、そいつの仕業ってことだな」



「さあねぇ」



 メイレスは一歩踏み出して半身に構え、剣先を九郎の足下に向けて言う。


「邪魔をされるってことは、悪目立ちしすぎたってことじゃないのかなぁ? どうする、クロちゃん。魔王討伐は諦める?」


「分かった。諦める」


「それは嘘だね」


 即座に返答した九郎に、メイレスも冷たい声で即断した。


「実はねぇ、ボクはクロちゃんのことを調べてみたんだよ。民兵ギルドの登録によると、キミはジンガの村の出身になっている。そしてたしかについ最近、キミはジンガの村からやって来た。だけど、キミはあの村の住民ではないし、それ以前にキミがどこにいたのか誰も知らない。この街にいるジンガの村の出身者に確認したから間違いない。そして、キミが姿を現す何日か前に、アルバカンの王都に光の柱が立ち昇った。伝え聞くところによると、その柱は英雄召喚の儀式で現れるという――」



(ぬぅ、やばい……。こいつ、オレの正体に気づいていやがる……)



 九郎は上目づかいでメイレスをにらみながら、わずかに腰を落として身構える。


「さて、クロちゃん。光の柱が出現したタイミングで、キテレツな桃色の髪を持つ常識知らずの女の子がいたら、普通はどう考えると思う?」


「さあな。聖杯戦争かな」


「何だい、それは。十一月の魔王に関係するのかな?」


 言ってメイレスは一歩踏み込み、二本目のサーベルも抜刀した。


「まあ、それが何の戦争なのかボクには分からないけれど、クロちゃんはさっき、自分のためにサザランの皇帝を倒すと口にした。そんなクロちゃんが、あっさり諦めると言っても、鵜呑みにすることはできないよねぇ」


「つまり、どうあっても、オレをここで始末するってことか」


「ごめんね。これがボクの役割なんだ」


 メイレスは一つ息を吐き出して、二本のサーベルを九郎に向ける。



 瞬間、九郎は反対方向に駆け出した。



「くそっ! 付き合ってられるかっ! ――なにっ!?」



 しかし、その足が二歩で止まった。


 いつの間にか、背後の道にも誰かが立ち塞がっていた。

 その人物は二、三歩近づき、ニヤニヤと笑いながら九郎をにらんだ。


「おっと、ここは通行止めだぜ。通りたくても通さねぇ。このクソ生意気な荷物持ちが」


「お……おまえは屋敷から逃げたコックじゃねーかっ! 何でこんなところにいるんだよっ!?」


 九郎はよろりと一歩下がる。


「はあ? ンなモン決まってんだろうがっ! テメーを殺しに来たんだよっ!」


 コックコートをまとったギルバートは、

 声を張り上げながら腰の包丁を抜いて構える。


「いいか、このクソガキが。俺はすげぇ慎重に横流しをしてたんだ。見ない顔が荷物を運んで来た時は、罠かと思って警戒して、今日まで慎重にやってきたんだ。それなのに、テメーみたいな間抜け面が荷物を運んで来たもんだから、ついつい油断しちまったじゃねぇか。つまり、俺がコック長をクビになったのも、街中の警備兵に追われているのも、すべてテメーの責任なんだよ。だからテメーはぜってぇ殺す。テメーは殺されて当然のことをしたんだからなぁ」


「え? ちょ……え? ちょっと待て。それって、オレのせいなのか?」


 九郎は自分を指さしながら、ギルバートとメイレスを交互に見た。


 メイレスはサーベルを構えたまま微動だにしていない。

 

 ギルバートは怒りに顔を歪めて声を張り上げた。


「あぁっ!? ンなもん当たり前だぁっ! テメー以外の誰に責任があるって言うんだぁっ!」


「いや、責任はもちろん、盗んだおまえにあるだろ。それに、おまえの罪を暴いたのはメイレスなんだから、オレを恨むのはどう考えたっておかしいだろ。そんなの、完全にただの逆恨みじゃねーか」


「ざけんなこのクソガキぃっ! 都合が悪くなるとヒトのせいにするなんてっ! テメーはどんだけ性根が腐ってやがるんだぁっ!」



「なっ……何というブーメラン……」



 九郎は度肝を抜かれて愕然とした。



(し……信じらんねぇ。何なんだ、このコックは……。ここまで自分のことを棚に上げられるなんて、どういう神経してんだよ……。これが真性のサイコパスってヤツか……? やばい、こいつはガチでやばすぎる。対象の脅威判定が更新されまくりじゃねーか……。どうする……? どうやってこの場を切り抜ける……?)


 九郎はもう一度、前後に立つ二人の男を交互に見た。


 ギルバートは包丁を握りしめて腰を落とし、

 今にも飛びかかってきそうな構えを見せている。

 

 メイレスは相変わらず無言のまま、

 サーベルを構えて九郎の姿を見据えている。


(ぬぅ、これはいかん……。前門のカブキモノに後門のサイコパスって、最悪じゃねーか……。こうなったらもう、仕方がない……)



 九郎は瞬時に判断して、右側の路地に駆け出した。



 直後――たったの一歩で体が固まった。

 さらに驚愕で目を見開いた。



 右の闇にも、いつの間にか人影が立ち塞がっていた。

 しかもその服装は、緋色の模様が暗く浮かぶ黒装束だ。


 長い黒髪の下の不気味な黒仮面が、九郎をまっすぐ見据えている。

 間違いなく、オーラと剣を交えていた黒い敵だ。



「お……おまえらまさかぁっ! 全員グルなのかぁーっ!?」



 九郎の顔から恐怖の汗がどっと噴き出す。



 すると三方に立ち塞がる三人が、申し合わせたように動き出した。


 メイレスはサーベルを、ギルバートは包丁を、

 そして黒い暗殺者は小太刀を構え、ゆっくりと九郎に近づいてくる。



「くっ! くっそぉぉーっ!」



 九郎は瞬時に三人を見渡した。



 直後――ギルバートに向かって走り出した。

 そしてそのまま全速力で距離を詰める。


(怖くない、怖くない、怖くない、怖くないっ! 刃物なんかぁーっ! 当たらなければどうということはなぁーいっっ!)


 九郎は頭を下げて、一直線にギルバートへと突っ込んでいく。


「こ、このぉーっ! たかが荷物持ちの分際でぇっ! この俺をなめんじゃねぇーっ!」


 ギルバートは怒りに顔を歪めて包丁を振り上げた。

 そして突っ込んでくる九郎の頭目がけて思い切り振り下ろした。



 瞬間――九郎は斜め前に飛び込んだ。



 ギリギリで包丁をかわし、汚れた石畳に転がり込んだ。

 さらにすぐさま立ち上がり、死に物狂いでダッシュした。


(くっそぉーっっ! 冗談じゃないっっ! こんな危ないヤツらの相手なんかやってられるかぁーっっ!)



「――待ちやがれぇーっ! このクソガキがぁーっ!」



 背後でギルバートの怒気が爆発した。



 しかし九郎は振り返らない。

 遠くに見える表通りのランプに向かってひたすら走った。


(待てと言われて待つバカがいるかボケぇーっ! 現実じゃ、通りがかりのハーフエルフやイケメン剣聖が助けてくれるなんてことはねーんだよっ! だから逃げるっ! オレは逃げるっ! 逃げて逃げて逃げまくるっ! あいつらがバカらしくなって諦めるまで逃げ切ってやるっっ!)


 九郎は歯を食いしばり、頭を下げて一気に路地裏を駆け抜ける。

 

 スピードに乗った細い体は薄暗い道を素早く突っ切り、

 明るい表通りに飛び出した。

 さらにそのまま腕を九十度に曲げて街の中を全力疾走。

 

 そして警備兵の詰め所に飛び込んで、身柄を一晩保護してもらった。



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