第三章 12
「――やっぱり、誰も来なかったな」
ひびが入った石のベンチに座ったオーラが、
夜空を見上げてぽつりと言った――。
九郎とオーラは宿を出たあと、噴水広場に足を向けた。
日時計を見ると、影は三時を過ぎている。
しかし、応募者は一人も来ていなかった。
二人は石のベンチに並んで座り、ぽつり、ぽつりと言葉を交わす。
そうして遠くの山に陽が沈むまで待ち続けたが、結局誰も来なかった。
オーラは星がまたたき始めた夜空を眺め、一つ小さな息を吐き出す。
それから、肩を落としている九郎に声をかけた。
「どうする、クロウ。メンバーの募集は今日までだよな」
「そうだな……」
九郎も暗い空に目を向けて、薄い月に息を吐く。
「サザランの魔王は今、イゼロンとかいう城塞都市にいるそうだ。このラッシュの街からそのイゼロンまでは、馬車で三日か四日ほどの距離らしい。意外と近いところにいたのは好都合だが、今から暗殺計画を立てて準備をすると、時間的な余裕はあまりない。だったらもう、オレたちだけで何とかするしかないだろ。できれば魔法使いかヒーラーが欲しかったけど、贅沢は言ってられないからな」
「そっか。あの薬師の子も二日目には来なかったからな。たしかに、今から声をかけに行っても無理だよな」
「薬師だと?」
不意に九郎がオーラの肩をがっちりつかんだ。
「なあ、オーラ。そういやおまえ、ヒーラーっぽい薬師がどうとか言ってたよな?」
「え? ああ、言ったよ。傭兵だらけの中に一人だけ、緑のローブがいたからな」
「ほほう、緑のローブが薬師の証ってことか。だけどおまえ、何でそいつがヒーラーだって分かるんだ?」
「ああ、薬師にはけっこうヒーラーが多いんだよ。あいつらは山にこもって薬草を採るだろ? そういう時にケガをして動けなくなると命取りだからな」
「おお、なるほど。けっこう説得力のある推測じゃねーか」
九郎は、ぽんと手を叩いた。
「まあな。本当にヒーラーかどうかは、そいつに聞いてみないと分からないけどな」
「それはまあ、たしかにそうだが……おまえ、そいつの顔は覚えているか?」
「おう。けっこう特徴的なヤツだったから、バッチリだ」
「よくやった。グッジョブだ。今からそいつに声をかけに行くぞ」
「えっ? ほんとに行くのか?」
「当たり前だ」
きょとんとしたオーラの鼻先に、九郎は指を突きつける。
「いいか? パーティーってのは基本的に、剣士、ヒーラー、魔法使い、それとちょっとエロい盗賊の四人組って相場が決まってんだよ。素晴らしいファンタジーの世界ってのは、だいたいそういう感じになってんだよ」
「はあ? 何だよその、はんたずぃってのは」
「はんたずぃ、じゃなくて、ファンタジーな。ファンタジーってのは、女神と掛け合い漫才を繰り広げる、面白おかしい夢のような世界のことだ」
「掛け合い漫才?」
オーラは首をひねりまくって九郎に言う。
「そんな女神がいるなんて聞いたことがないぞ? それに、ちょっとエロい盗賊って何だよ。盗賊なんかいっぱいいるんだから、もっとマシなヤツにしようぜ。その方がパーティーも安定するだろ」
「いやいやいやいや、そこを変えちゃったらパーティーが成立しないんだよ。まあ、うちのパーティーは女性限定だからその設定は無理だけど、できればあと三人は欲しいからな」
「三人? 四人組なら、あと二人じゃないのか?」
「いや、三人だ」
九郎は指を三本立ててオーラを見つめる。
「剣士はおまえがいるからいいとして、あとはヒーラーと魔法使い、それと弓使いが必要だ」
「ああ、なるほど、弓か。たしかに弓を使えるヤツがいると便利だよな。でもそしたら、クロウは何をするんだ?」
「オレはもちろん、オペコをやる」
「オペコ? 何だそれ?」
怪訝そうに眉を寄せたオーラに、九郎は胸を張って口を開く。
「オペコってのは、オペレーショナル・コマンダー、つまり作戦指揮官のことだ」
「作戦指揮官? それって、パーティーリーダーのことじゃないのか?」
「もちろんオレがパーティーリーダーだ。だけど戦闘には参加しない。オレは安全なところから戦いの推移を観察し、戦闘方法を的確に指示して勝利に導く。それがオペコの役割だ」
「いや、リーダーなら、戦いながら指示しろよ」
「いやいや、オレは戦いには向いていないんだよ。見てみろ、この細い体を」
九郎はベンチから立ち上がり、オーラの前でくるりと横にターンする。
洗い立ての桃色のローブが、裾を広げてふわりと舞った。
「おう、たしかに細っこい体つきだな」
「だろ? まあ、見た目のわりにはけっこう機敏に動くし、それなりに力もある。だけど、オレ自身は戦い方をまったく知らないからな」
「でも、ガヨクをぶっ飛ばしたんだろ?」
「あれは熱湯をぶっかけて奇襲したからだ。仮にも向こうはプロの傭兵だからな。まともに戦って勝てるはずがない。そして、こんな駆け出し冒険者のオレが、あとたったの二十三日で、魔王に立ち向かえる戦闘技術を身につけるなんて不可能に決まってる。オレにできることと言えば、何とか頭をひねって、戦闘を有利に運ぶ知恵を出すことだけだ。これでも一応、三国志演義と封神演義、それに水滸伝と最遊記は読んだことがあるからな。それに戦術的なオーガとか、炎のエンブレムとかもけっこう得意だから、ターンごとに指示を出すことぐらいはできる。というか、それしかできん。だからオレはオペコをやる。そういうことだ」
「おうっ! なるほどっ! そういうことかっ!」
オーラは感心した顔で、こぶしを握りしめながら立ち上がった。
「何だかよく分からないけど、リーダーはクロウだからなっ! ぜんぶ任せたっ! あたしは戦いに勝てればそれでじゅうぶんだからなっ!」
「よしっ! よく言った! それでこそ脳筋の鑑だ!」
九郎もこぶしを握って前に突き出す。
オーラはこぶしを突き合わせ、さらに元気に声を上げる。
「おうっ! よく分からないけど、あたしは脳筋なんだなっ!」
「そうだっ! それじゃあ早速、ギルドホールに駆け込んで、そのヒーラーを探して拉致するぞっ!」
「おうっ! あたしに任せろ! 縄で縛るのは得意だからなっ!」
「よしっ! それじゃあ、ギルドホールまで競争だっ!」
「おうっ! 競争なら負けないぞっ!」
二人は楽しそうな笑みを浮かべ、ほとんど同時に走り出した。
手ぶらの九郎と、赤い剣を腰に提げたオーラは並んで街を駆け抜ける。
そしてそのままギルドホールに飛び込んだ。
しかし、薬師の姿は見当たらなかった。
二人はがっくりと肩を落として外に出る。
そして、翌朝再びホールに集まることを約束して、
それぞれの宿屋に向かって歩き出した。