表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/106

第三章 9



「――よし、誰もいないな」


 大きな木の陰から顔を出した九郎は、

 周囲に人がいないことを念入りに確認した――。



 イカリン伯爵邸を出た九郎は、早足で市場に戻った。


 時刻は午前十時前――。


 雑貨の露店をいくつか回り、大きな手ぬぐいを二本と、石けんを購入。

 そしてすぐに街を出て、北の森に足を向ける。


 森の中をしばらく進むと、薄暗い河原を発見。

 すぐさま薪を拾いに走り、たき火をおこす。


 そして大きな木の陰で服を脱ぎ、胸と腰に手ぬぐいを巻きつける。

 それからおそるおそる周囲を見渡したとたん、小さなクシャミが飛び出した。



「うぅ……寒い……。これは手早く済ませないと、マジで風邪をひきそうだ……」



 九郎は脱いだ服をすべて抱えて河辺に走る。

 そして石けんを握りしめ、片っ端から洗い始めた。



「うっひぃーっ! つめたっ! さむいっ! やべぇーっ! 秋の全裸洗濯マジパねぇーっ! こいつはガチで凍え死にそうだっ!」


 全身鳥肌で、歯を噛み鳴らしながら、

 九郎は一心不乱に洗いまくる。


 下着や靴下などの小物は丁寧に、ブラウスやズボン、

 セーラー服やローブなどはがっつりと洗っていく。


 そして洗濯が終わると、たき火のそばに駆け戻り、

 石の上に濡れた服を並べて両手をかざす。


「り……理論上は、たぶん大丈夫なはずだ。よし、いくぞ。――アタターカ」


 手のひらの前に黄色い魔法陣が浮かび上がり、

 濡れた服から薄い蒸気が立ち始める。


「おっ! いいぞぉ、いい感じだ。料理を温めるのと同じように、服が燃えないように気をつけながら、水分子だけを振動させて、蒸発させればいいんだからな」



 九郎は慎重に手を動かし、すべての服にまんべんなく魔法陣を向ける。

 すると数分ほどで、すべて柔らかく乾燥した。



「おおっ! やったぁっ!」


 九郎は喜びの声を上げながら、乾いたローブをすぐに羽織る。

 そのまま体を隠しながら手ぬぐいを脱ぎ、手際よく服を着る。


 するとその時、どこかで何かの音がした。

 小枝が折れたような小さな音だ。



「何だ……?」



 九郎は急いで服を着ながら視線を飛ばす。


 音がしたおおよその方角は分かるが、周囲はすべて薄暗い森。

 確信は持てない。



「だれかいるのかぁーっ!」



 森に向かって声を張り上げ、目を凝らす。

 しかし、動くものは見当たらない。



「気のせいか……」



 呟きながら、河の方へと体を向ける。



 直後、素早く振り返って森を見た。



 すると音がした方向で影が走った。

 薄暗くてよく見えない。

 しかし、間違いなく何かがいる。



「待てっ!」



 九郎は駆け出しながら小石を拾い、影に向かって投げつけた。


 すると、鈍い音がかすかに聞こえた。

 動物のうめき声に似た音だ。

 

 しかし、音のした方に駆けつけてみると、影はもう消えていた。

 耳を澄ましても、森の中は完全に静まり返っている。


「……くそ、こんな場所でのぞきかよ。やっぱケチらずに安い服でも買って、街で洗濯すればよかったな」


 九郎は唇を尖らせながら元の場所に足を向けた。


 そしてたき火に手をかざし、クシュン、と小さくクシャミした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ