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第三章 3



「――はぁ~い、どもどもぉ~、おっはよっおさぁ~ん」


 茶色いインバネスコートをまとった若い男が、

 陽気な声で九郎に声をかけてきた――。



 民兵ギルド会館を足早に出た九郎は、街の中央通りで佇んでいた。

 女性職員に紹介してもらった仕事の待ち合わせ場所だ。


 時刻は朝の八時過ぎ――。


 幅の広い頑丈な石畳の大通りには無数の馬車が往来し、

 様々な露店がずらりと並んで活気にあふれている。



「……はあ、どうも、おはようございます」


 九郎は近づいてくる男をいぶかしげに観察した。



(何だこいつは……? 見た目は二十代半ばで、腰の左右には細いサーベル。背すじを少し丸めているけど、身長は低くないし、けっこう鍛えているように見えるから、やっぱ傭兵だよな……? でも、その頭はいったい何だ……?)


 そう思いながら、男の髪型をじっと見上げた。



 若い男は赤茶けた長い髪を頭のてっぺんで一つにくくり、

 噴水のように垂らしていた。

 それが歩くたびに揺れるものだから、どうしても視線が引きつけられてしまう。



「おやおやぁ? やっぱりボクの髪型が気になっちゃうかなぁ?」


 男は目を細め、にやにやと笑い出す。


「……まあ、実物の傾奇者かぶきものを見るのは初めてだからな」


「うん? 何だい? その、カブキモノって?」


「あんたみたいな、奇天烈きてれつな格好を好む人間のことだよ。それよりあんた、この人混みで声をかけてきたってことは、オレのことを知っているのか?」


「そりゃあもちろん」


 男はうなずき、九郎の頭に指を向ける。


「民兵ギルドから、桃色の髪の女の子のところに行けって言われて、わざわざ来たからねぇ。そんなキテレツな色の髪なんて、街中探してもキミしかいないだろ?」


「ふん。意趣返いしゅがえしとは、なかなかよく回る口だな」


 九郎は男をじろりとにらむ。


「だけどな、オレは好きでこんな髪になったんじゃないんだから、あんたなんかと一緒にすんな」


「おやおや。そんなつもりはなかったんだけど、気を悪くさせたのなら謝るよ。それで、ボクはメイレスだけど、キミは?」


「……九郎だ」


「なるほど、クロちゃんか。それじゃあ、よろしくね、クロちゃん」


 男は九郎の横に立ち、ピースサインで微笑んだ。


 九郎は軽く牙を剥き、そっぽを向いて口を開く。


「メイレスだかメフィストフェレスだか知らないが、あんまり馴れ馴れしくすんな。それより、オレたちの仕事って何だよ。オレはとりあえずここに行けってメガネさんに言われただけで、詳しいことは何も聞いていないんだけど」


「なーに、ちょー簡単なお仕事さ。今から、ラッシュの街を取り仕切っている偉い人のメイドさんがやってくる。その人が、ボクかクロちゃんのどちらか一人を選ぶ。選ばれた方は買い物の荷物持ちをする。それだけさ」


 聞いたとたん、九郎の口から息が漏れた。


「何だ、ただの荷物持ちか。それならたしかに、オレにもできそうな仕事だな。だけどたぶん、そのメイドはあんたを選ぶだろ。誰が見たって、あんたの方が荷物を多く持てそうだからな」


「さてさて、それはどうかなぁ? ボクはこう見えて腕力に自信がないからねぇ。しかも頭は見てのとおりのカブキモノだし、普通のメイドさんなら見た目が怪しい男より、クロちゃんを選ぶんじゃないのかなぁ?」


「さあな。別にどっちでもいいさ。あんたが選ばれたら、オレはギルド会館に戻って、代わりの仕事をもらうだけだ。ああ、だけど一応言っておくが、どちらが選ばれても恨みっこなしで頼むぜ」



「そりゃあもちろん。恨んだりなんかするはずないさ」



 メイレスはいつの間にか手にしていた銀貨を、指で真上に高く弾いた。


「だけどまあ、ボクの勘だと、選ばれるのはクロちゃんだと思うけどねぇ。――どう? 表か裏か、一つ賭けてみない?」


「やめとく。ギャンブルするほどふところに余裕がないからな」


「そっかぁ。クロちゃんって、けっこう堅実なんだねぇ」


 メイレスは感心した息を漏らし、落ちてきた銀貨を手の甲で受け止める。

 そして結果を見ずにポケットに突っ込んだ。



 するとその時、横から誰かが声をかけてきた。



「――あなたたちが、民兵ギルドの人ですね」



「うん?」



 二人がそろって顔を向けると、背すじをぴんと伸ばした中年女性が立っていた。

 黒いクラシックなメイド服に身を包み、

 長い黒髪をシニヨンでまとめた、生真面目そうな女性だ。


「うん、そうだよぉ。あなたが偉い人のメイドさんかい?」


 気軽な口調で尋ねたメイレスに、中年女性は首を縦に振る。


「はい。私はイカリン伯爵家のメイド長を務めるエスタと申します」


 メイドは名乗り、立ち並ぶ二人をまじまじと見た。

 そしてすぐに九郎を見つめ、

 脇に置いてある大きな荷車に手を向けながら口を開く。


「あなたに荷物を運んでいただきます。早速、荷車の準備をしてください」



「ええっ!? 荷物持ちって、そんなでかい荷車使うの!?」



 九郎は思わず目を見張った。

 その荷車は、小さな露店なら丸々運べそうなほどの大きさだった。


「当たり前です」


 軽く取り乱した九郎に、エスタはぴしゃりと言い切った。


「三日間の荷物持ちで、こちらは金貨一枚を支払うのです。これくらいは当然です」


「三日間!? まさかこれから三日間、毎朝そいつで荷物を運ぶってことか!?」


「ですから、そう言っているではありませんか。見た目どおり頭の悪い娘ですね。ほら、早く準備に取り掛かりなさい」



(あぁん? 何だとこのクソババア。頭が悪いは余計だろ)



 カチンときて、九郎の顔が強張った。

 しかしすぐに、はっと思い出し、メイレスに声をかける。


「ああ、そうだ。悪いな、あんた。何だか知らんが、オレが選ばれちまったようだ。ま、縁があったら今度メシでもおごるからさ、今日は別の仕事を探してくれ」


「オーケーオーケー。ボクの方は大丈夫だから、クロちゃんの方こそ、お仕事しっかり頑張ってねぇ」


「おう。それじゃ、行ってくる」


 九郎は軽く片手を上げて、荷車へと足を向ける。


 エスタはメイレスに一言、二言、言葉をかけて、

 すぐに立ち並ぶ露店の前を歩き始める。



「えっと、エスタさんだったよな。それで、今日は何を買うんだ?」


「荷物持ちは黙ってついてくればいいのです」


 メイド長は振り返ることなく、ぴしりと言った。


「まったく。今どきの若い子はつつしみを知らないから困ります。そんなに出しゃばりのお転婆てんばでは、嫁の貰い手がありませんよ。女性なら女性らしく、もっと質実に振る舞うことを覚えなさい」



(な・ん・だ・と・このクソババアぁっ!)



 またまた頭にカチンときて、九郎の顔面が般若のように歪みまくった。


(何でオレが嫁にいかなきゃならねぇーんだっ! オレは嫁をもらう方だっつーのっ! 相手が二年F組の男子テニス部ちゃんか、二年F組の双子の弟ちゃんなら考えないこともないが、オレは基本的にノーマルなんだよっ! 美少女がいいんだよっ! 若くて可愛くてどっちかって言うとツルペ――んん、ああ、ごほごほ、の方がいいんだっつーのっ! そんなわけでクソババアっ! テメーの意見なんか聞いてねぇーんだよっ! 電子レンジで三十年ほど前に戻って出直して来やがれっ! このボケがっ!)


 九郎は歯の裏まで出かかった罵詈雑言ばりぞうごんを、口を固く閉じて何とかこらえる。

 

 中年メイドはそんなこととは露知らず、涼しい顔ですたすた歩く。

 そして大きな露店の前で足を止め、

 素焼きの壺に詰められた塩のセットを十二箱まとめて購入し、荷車に運ばせる。



 九郎はひぃひぃ言いながら荷車を引き、大きな屋敷まで何とか運んだ。



 門を通り、前庭を抜けて、屋敷の横をぐるりと回り込む。

 裏口に到着すると、コックコートの中年男が立っていた。

 九郎は男に言われるがまま箱を下ろし、額の汗をローブの袖で拭い取る。



 するとエスタが、感情のない声で淡々と言った。



「ご苦労様です。今度はワインを買いに行きますよ」



「なんっ……だとぉぅっ……!?」



 言われた瞬間、九郎の顔に大量の汗と絶望が噴き出した。


(ま……マジかよ……。荷物運びって、想像以上にきついじゃねーか……。黒猫や飛脚やカンガルーの苦労がようやく分かった気がするぜ……。これじゃあ、たしかに、『おるかー』って勝手に玄関に上がり込んで、『ここやでー』ってハンコの場所をトントンしたくなってもおかしくねーな……)



「おい、荷物持ち。ぼーっとしてねぇで、さっさと買い出しに行ってこいよ」



「――あ?」



 不意に男性コックの命令が飛んできた。


 九郎は反射的に顔をしかめて振り返る。

 するとコックはニヤニヤと笑い出し、九郎の下半身を指さした。


「なんだよ。なんか文句でもあるのか? たかが荷物持ちの分際で、コック長様をにらむなよ。ほら、さっさとその小さいケツをフリフリして行ってこいや。ここでしっかり見といてやるから」



「…………」



 その瞬間、九郎は左のこぶしを右手で固く握りしめた。

 そして氷の目でにらみ上げながら、無言で中年コックに足を向ける。


 するとエスタが九郎の肩を手で押さえた。


「何をしているのですか。さっさと行きますよ」


「ああ、悪いけどちょっと待ってくれ。先にそこのコックをレンジでチンして、ローラースケートで引きずり回してくるから」


「あなたはいったい何の話をしているのですか。まったく。最近の若い子は、本当に訳の分からないことを言うから困ります。ほら、いつまでも休んでないで、さっさと荷車を引いてついて来なさい」


「えぇ~、今すぐじゃないとダメ?」


「駄目に決まっています。私には他の仕事もあるのです。報酬を減らされたくなかったら、黙ってついていらっしゃい」


「はぁ~い……」


 メイド長に無理やり手を引っ張られ、九郎は渋々返事をして頬を膨らませる。


(……ったく、ほんとにうざいババアだなぁ。というか、あのクソコックはいつかシメる)


 九郎は歩きながらコックに歯を剥き、こぶしを向けた。


 そしてエスタのあとに続いて、屋敷を出た。



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