第三章 2
「――おや、桃色さん。おはようございます。今朝もお早いですね」
民兵ギルド会館の受付窓口に座るメガネの女性職員が、
九郎を見上げて微笑んだ――。
昨日より早起きした九郎は、
朝市の準備で賑わう石造りの街をゆっくりと散策した。
時間は朝の六時過ぎ――。
日が昇ると同時に動き出した人々は、荷車を引き、露店を開き、
肉や果物、茶葉や雑貨など、様々な商品を丁寧に並べ始めている。
ふと見ると、一軒の屋台に人が集まっていた。
のぞいてみると、客たちは白い湯気の立つドンブリを手にしている。
どうやら温かい透明なスープに細い米の麺を入れた、
立ち食いそばの屋台のようだ。
九郎もすぐに注文し、一杯食べて体を温めた。
それから、近くの露店で木の歯ブラシと、
動物の牙から削り出した白い爪楊枝を購入する。
そしていろいろと考えをまとめながら、ゆっくりと街の北側を回り、
民兵ギルド会館の窓口に顔を出した。
「おはようございます、メガネさん。今日も掲示板に求人依頼を張り出して欲しいんだけど、いいかな?」
「ええ、もちろんかまいませんよ」
メガネの女性職員は愛想よく答える。
「桃色さんは民兵ギルドに会員登録された、正規のギルドメンバーですからね。依頼内容は、昨日と同じでよろしいですか?」
「ああ、実はそのことでちょっと確認したいんだけど、もしかしてこの世界って、男女差別がけっこう激しいのかな?」
「えっ? この世界?」
職員がきょとんとまばたきをしたので、九郎は慌てて手を振った。
「ああ、いやいや。実はオレ、ちょっと遠い国から来たばっかりで、この辺の風習を知らないんだよ」
「ああ、なるほど、そういうことでしたか。ですが、その男女差別というのは、どういう意味での差別でしょうか?」
「どういう意味って、えぇっと――」
九郎はわずかに目線を逸らして考えた。
「そうだな……実は昨日、五人のオッサンに声をかけられたんだけど、その全員が『女のくせに生意気だ』って言ったんだよ。それでもしかして、この街では男が女をバカにしているのかなって、ちょっと思ったんだけど」
「ああ、そういう意味ですか。そう言われると、たしかにそういう傾向はありますね。もちろん人にもよりますが、この辺の地域では珍しいことではありません」
「ああ、やっぱそうなんだ」
「はい。魔法ギルドは女性の実力者が多いので、そういうことを口にする男性は少ないと思いますが、それは特殊な方です。ほとんどの組織では、男性の方が社会的に高い地位を占めていますからね。特にこの民兵ギルドは仕事の性質上、気性の荒い男性が多いので、女性を下に見る人はかなりいます」
「なるほどね……。でもさ――」
ふと体を横にして、ホールの中に顔を向けた。
ギルド会館は、昨日と同じように多くの人で賑わっている。
ほとんどは仲間同士で固まったパーティーだ。
中には数人の女性だけで
一つのテーブルを囲んでいるパーティーもいくつか見られる。
「ざっと見たところ、ここってけっこう女性が多いですよね。民兵ってのは、戦争の傭兵として雇われたり、商人の馬車を護衛して山賊を撃退したりする危険な仕事だって聞いてるけど、それをきちんとこなせるなら、女が男よりも下ってことはないと思うんだけど」
「ええ、それはもちろん、そのとおりです。男性より強い女性はたくさんいます。ですが、それこそ桃色さんが先ほど仰ったとおり、地域特有の風習というものがあるんです」
「風習?」
「はい。男性の多くは、自分より強い男性の存在を認めることができても、自分より強い女性の存在は認めたくないというのが本音です。ですから、男女混合でパーティーを組んだ場合も、リーダーはほぼ例外なく男性が務めています。それは、他のパーティーに対して威厳を保つためという対外的な意味もあるので、女性もそれに従わざるを得ないのが暗黙のルールですね」
「なるほどねぇ。やっぱりどこの世界でも、男尊女卑ってのはあるんだな。……って、ん? いや、待てよ」
九郎は不意に、女性職員をまっすぐ見つめた。
「すいません、メガネさん。今、男より強い女がいっぱいいるって言いましたよね? それって、どのくらい強いのかな?」
「えっ? どれくらいって聞かれても、何て答えていいのか、ちょっと分からないんですけど」
「ああ、そっか。それじゃあ、えっと……そうだな、たとえばだけど、女性の剣聖っているのかな? 剣聖っていうのは大賢者の剣士バージョンみたいな感じで、圧倒的に強い剣士って意味なんだけど」
「え? ええ、それはもちろん、女性の剣聖ならちゃんといますよ。ハイ・ハイヴやジブリンにもいますし、ベリンの大剣聖なんか特に有名ですから」
「おおっ! 剣聖なんてマジでいるのかっ! それじゃあ、そのベリンやジブリンってのがどこの土地なのか知らないけど、この辺にもいるのかな?」
「さあ、それはどうでしょう」
職員は困ったように微笑んだ。
「残念ながら、この辺りに女性の剣聖がいるという話は今までに聞いたことがありません。ですが、剣聖として認められる方の多くは、剣の修行で各地を放浪するそうです。もしかすると、この近くを旅している凄腕の女性がいないとも限りません。ただ、そういった噂は、ちょっと耳にしたことがありません」
「そうですか。それじゃあ、剣聖とまではいかなくても、腕の立つ女性がこのギルド会館に来ることはあるのかな?」
「はい、いらっしゃいますよ」
九郎が背後の人だかりに指を向けると、女性職員は首を縦に振った。
「桃色さんがどの程度の実力を想定しているのかは分かりませんが、強い女性なら、今もこの中にたくさんいらっしゃいます」
「なるほど……。そうすると、やっぱり攻め方を変えた方がいいかもな……」
「攻め方ですか?」
「ああ、いや、何でもない。それより、今日の求人依頼はちょっと変更するよ」
九郎はカウンターの記入用紙を手に取り、さらさらと羽根ペンを動かした。
女性職員はメガネをクイッと指で上げて、記入した用紙を受け取り、目を通す。
「えーっと――。
『女性限定パーティーメンバー大募集。目的は、二十日以内にサザランの魔王を倒すこと。報酬は、あなたの目的を達成するために、どんなことでも協力します。女性なら誰でもオッケー。男に嫌気が差した女性よ集まれ。前衛、後衛、ヒーラー、魔法使い、ワルキューレ大歓迎。募集期間は、本日を含めて三日間。集合場所は毎日午後三時、街の北側にあるハーガス鍛冶屋近くの噴水広場。毎日、日が暮れるまでお待ちしています。顔見せや、話だけでもオッケーよん♪ お気軽に遠慮なく来てみてねん♪ by‐クロウ。PS――男が来たら速攻で砂にします』
――ですか。なるほど、女性限定とは考えましたね」
「まあな。なかなかいいアイデアだろ?」
九郎は自慢げに親指を立てた。
「オレなんか、たったの一日でここのオッサンどもに呆れ返ったんだから、他の女性なんか相当頭にきてんじゃないかなって思ったんだよ。それに、魔王討伐もちゃんと書いといたから、それなりに腕に自信のあるヤツが来るはずだ。待ち合わせ場所も、顔見知りのいるこのホールじゃなくて外にしたから、気楽に来ることができるだろ。とりあえず、話だけでも聞こうと思って足を運んでもらわないと、それこそお話にならないからな」
「それはたしかにそうですね。それに、こういった報酬は初めて見ましたが、意外と需要があるかも知れません。とにかく、この内容で今日から三日間、掲示板に張り出しておきますね」
「ああ、よろしく頼むよ」
メガネをクイッと上げた女性職員に、九郎は軽く微笑んだ。
それからすぐに表情を引き締め、
これ以上ないほど真剣な眼差しで言葉を続ける。
「それはそうと、メガネさん。何かオレにもできそうな、簡単な仕事ってないかな?」
「はい?」
唐突な質問に、女性職員はメガネをクイッと上げて、首をかしげた。