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第二章 10



「――早かったな」



 ずぶ濡れで戻ってきた九郎に、コツメが淡々と声をかけた。



「し……死ぬほど寒かった……。ちょ……ちょっと風呂に入ってくる……クシュン……」



 九郎は濡れたマントを暖炉に干し、震える体で風呂場に走った。



 そして風呂から上がって居間に戻ると、コツメがブリキのヤカンを向けてきた。



「茶を飲むか?」


「おおっ、気が利くじゃねーか。ありがたくいただきます」


 コツメはヤカンで茶を注ぎ、椅子に座った九郎に差し出す。


 カップからは、温かな白い湯気がふわりと昇る。


 トリィが脱いだ魔法衣装を着た九郎は、両手でカップを包み、茶をすする。


 空になると、コツメが再び茶を注ぐ。

 そしてぽつりと訊いてきた。



「おまえ、どうしてあの子を家まで送ったんだ」



「ん? そんなの決まってるだろ。ご褒美だよ、ご褒美。あんな可愛い子をおんぶできるチャンスなんて滅多にないからな。それにこんな雨の夜道を、子ども一人で返すわけにはいかないだろ」


「どうして?」


「は? どうしてって、夜は普通に危ないだろ。それに最近は、アルバカンって国のヤツらが村に出入りしているから気をつけろって、村役場のメガネさんにも言われたからな。あんな子どもをどうこうするヤツがいるとは思えないけど、念のためだ。世の中には、ガチで危険なロリコンヤローが通学路に立っている、なんてことも、絶対にないとは言い切れないからな」



 コツメは静かに茶をすすり、それからゆっくり口を開く。



「……ふむ。その、ロリコンという言葉の意味はよく分からないが、危険というからには、おそらく変質者の類だろう。だったら、おまえだって若い女だ。自分の身も危ないとは思わなかったのか」


「ああ、何だ、そういうことか。それはたしかにそうかも知れないが、一応言っておくと、オレは女じゃない。男だ」



「なに? 男だと?」



「まあな。見た目はこうだが、中身はれっきとした男だ。しかも、おまえよりかなり年上だからな。だから大人の務めとして、小さい女の子を一人で帰すような真似なんかできないんだよ」


「ほほう。どれ」


 コツメは不意に立ち上がり、九郎の前でしゃがみ込む。

 そして青い魔法衣装の裾をめくり上げた。


 しかし九郎は一瞬早く、太ももの上から裾を押さえてガードした。


「おいこらテメー。いったい何しやがる」


「何って、確認だ。そんな桃色の長い髪に細い体つきをした男なんて、どこの大陸でも見たことがない。どこからどう見ても女だし、声だって女だ。だったら、妖精さまがくっついているかどうか確認しないと判別できない」


「んなもん、確認せんでいい。だいたい何だよ、妖精さまって。そんな『はんたずぃ』なモノが、そんな所にくっついてるわけねーだろ、このボケ」


 言いながらコツメの小さな頭を手で押して、強引に引き離す。


「……まったく。ケイさんといい、おまえといい、この世界の女は、マジでちょっと頭おかしいんじゃねーのか」


「ふむ。茶を飲むか?」


「あ、いただきまーす」



 コツメがヤカンを向けてきたので、反射的にカップを差し出す。

 コツメは自分のカップにも茶を注ぎ、椅子に戻って問いかける。



「さて。クロと言ったな。おまえは今、『この世界』と口にしたが、それはいったいどういう意味だ?」


「ん? ああ、別に。そのまんまの意味だけど」


 九郎は不機嫌そうに茶をすすった。

 そして一つ息を吐き出し、横を向いてぶっきらぼうに言葉を続ける。


「……オレはさ、この星の人間じゃないんだよ。アルバカンとかいう国のバカな王様が、戦争相手の魔王だか皇帝だかを倒すために、召喚の儀式で救世主を呼ぼうとしたらしいんだ。そしたら、どこをどう間違ったのか、なぜか別の星にいたオレが光の柱に拉致されて、無理やりこの星に連れてこられたんだ。しかも、あとたったの四週間でその魔王とやらを倒さないと、オレは死んでしまうんだとよ。さらに頼みの綱の大賢者は鉄みたいに固まって、いつ元に戻るか分からないときたもんだ。まったく……。もうほんっと、わけが分からなすぎて、どうすりゃいいのかさっぱりだ」



「なるほど。よくある話だ」



「ねぇーよっっ!」



 思わずテーブルを叩いて声を張り上げた。


「こんな話が他にあるわけねーだろうがっ! 普通のサラリーマンがいきなり美少女になって一か月で魔王を倒せって、どんな無理ゲーだよっ! 巨大ロボットの中に強制転移させられて、命を削ってロボット同士の戦いをしなくちゃいけない子どもたちの次くらいにありえねぇー設定だろうがっ! そんなゲームがあったら速攻でアンインストールさせていただきますがなっ!」


「ふむ、茶を飲むか?」


「あっ、はーい。いただきまーす」


 またもやヤカンを向けてきたので、条件反射でカップを差し出す。

 コツメはゆっくり茶を注ぎ、テーブルにヤカンを置いて口を開く。


「自分は以前、七日以内に敵を倒さないと死んでしまう呪いにかかった者を見たことがある。よくある話とは、そういうことだ」


「ああ、そういうことか……」


 九郎は肩の力を抜いて、小さく息を吐き出した。

 するとコツメが、ぽつりと言った。



「だからおまえも、その魔王とやらを倒せばいいじゃないか」



「……え?」



 九郎は、はっとして目を見張る。


「倒さなければ死ぬのだろう? だったら倒せばいい」


「いや、そんなおまえ……。だって、そんなのどう考えても無理だろ。魔王って言うぐらいだから、相手は王様だぜ。ああ、いや、皇帝だったかな? でも、どっちにしても、そんなの絶対無理に決まっているじゃねーか。そいつはアルバカンと国家間の戦争をしていたんだぞ? まず間違いなく、種イモをくれるような心優しい相手じゃねーからな」


「無理かどうかなどは聞いていない。これを見ろ」


 コツメはテーブルの上に七枚の銀貨を置いた。


「何だそれ。銀貨じゃないか」


「そうだ。これは今日、自分が働いて稼いだ金だ。自分は働こうと思って働いたから、この銀貨を得られた。しかし、働こうと思っても実際に働かなかったら、この金は得られなかった。そして働いていなかったら、トリィに会うことはなかったし、おまえとも会わなかった。だから、今ここにいる自分は、働いてよかったと思っている」


「……はあ? なんだそりゃ」



 九郎はじっとりとコインをにらんだ。



「それはつまり、行動しないと結果は得られないって、言いたいのか?」


「少し違う。行動しても、結果が得られないことは往々(おうおう)にしてある。そうなった時に不貞腐ふてくされるような人間は、最初から何もせずに死んだ方がいい」



「はっ! きっついこと言ってくれるぜっ!」



 九郎は声を上げてテーブルに肘をつき、黒髪少女を指さした。


「つまり、おまえの言いたいことは『ぐだぐだ悩まずにまず動け。そしてそれを後悔するな』――ってことか?」


「うむ。そんな感じだ」

「おいおい、簡単に言うなよ。それができたら、最初からやってるっつーの」


「そうか」

「そうだよ」


「茶を飲むか?」

「……いただきます」


 九郎はたび、カップを差し出す。

 しかしヤカンは、半分ほどで茶が切れた。


 するとコツメはおもむろに席を立ち、暖炉の前のソファに座る。

 そしてそのまま膝を抱え、かすかな吐息を立て始めた。



「……おいおい、マジかよ。普通、このタイミングでいきなり寝るか?」

 

 九郎は呆れ顔で、半分の茶を飲み干した。



 それから寝室の毛布を取ってきて、細い体にかけてやる。



「おい。寝るんなら、壁際の長椅子を使っていいぞ」


 しかしコツメは、既にすやすやと寝入っている。


「……ったく、しょうがねぇなぁ」



 九郎は玄関のドアにかんぬきをかけ、コツメの隣のソファに座る。


 

 そしてそのまま、朱色とだいだい色に燃える暖炉の炎を見つめ続けた。



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