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第二章 8



「――さて、それでは、始めるわよ」


 寝室に戻ったケイが、ベッドに横たわるマータにゆっくりと片手をかざした。


「始めるって、何をするんだ?」


 ベッド脇の椅子に腰を下ろした九郎が、白衣のヒーラーを見上げて首をひねる。


「それはもちろん、契約内容の確認よ。召喚の儀式には契約が必須だからね。今回は、召喚を依頼したアルバカンの王と、召喚したマータ、そして召喚されたクロウの三人の精神体に、同じ契約が刻まれているはずよ。だけど、今までの話を聞く限り、クロウはアルバカンの王と契約を交わしていない。それなのに、地球には戻らず、このバステラに居続けている。ということは、召喚の契約がクロウの存在を縛っていると見ていいでしょう。だから、マータの精神体に刻まれた契約書を見て、どんな内容なのかを確認しようというわけ」


「なるほど……。たしかに契約書があるのなら、それを見るのが一番手っ取り早いな。でも、精神体を見るって、そんなことができるのか?」


「もちろんできるわよ」


 ケイは手を引っ込めて、自分を指さす。


「私は『オルピープ』の魔法が使えるの。いわゆる千里眼の魔法なんだけど、患者さんの体のどこが悪いのかを調べることもできる便利な魔法で、それを応用すれば精神体も見ることができるのよ」


「へぇ、そうなんだ。ということは、魔法は特定の使用方法だけじゃなく、状況に合わせて変化させることもできるってわけか」


「当たり前でしょ。火の魔法はランプに火を点けることもできるし、料理にも使える。そんな感じに、魔法はいろいろと応用させるのが基本よ。そうじゃないと、もったいないからね。複数の魔法は覚えられないんだから」



「……えっ?」



 不意に九郎の首が横に倒れた。


「複数の魔法は、覚えられない……?」


「ええ、そうよ。普通の人は基本的に、一つの魔法しか覚えられないの。……って、どしたの? そんな素っとん狂な顔をして」


「あっ、いや、その、実はオレ、もう魔法を一つ教えてもらっちゃったんだけど、そうすると、他の魔法は覚えられないのかなーって……?」


「あ、そういうこと。まあ、たしかに、基本的には一人ひとつしか覚えられないんだけど、クロウの場合はどうかしらねぇ? あなたは一応、召喚の儀式に選ばれた人間だから、普通の人とは違うかも知れないし。だけどまあ、こればっかりは、実際にやってみないと分からないからねぇ」


「そ、それはたしかに、そうだよな。……ああ、そうだ。ちなみにケイさんはどうなんだ? やっぱり一つの魔法しか使えないのか?」


「私? 私はほら、大賢者の孫だから、いくらでも覚えられるわよ。マータなんか、千個以上の魔法が使えるんだから」



「はあ?」



 その瞬間、九郎は思わず眉を寄せてケイをにらんだ。


「いくらでも? いくらでもだと? 普通の人は一個だけしか覚えられないのに、それをあんたは無限に覚えられるっていうのか?」


「ええ、そうだけど?」


「おいおい、マジかよ。何だよ、その勝ち組DNAは。大賢者の血筋はちょっとチートすぎるんじゃねーのか? そんなん、どう考えてもチートだろ、チートだ、チート。チートの魔法使いだから、チーマーだな。くそ、マジでチーマー、うらやましす」


「まったくもう。クロウってほんと、変な言葉を使うのね」


 ケイは軽くため息を吐いた。


「いい? そのチートとか、チーマーとかの意味は分からないけど、たしかに多くの魔法を覚えられるという点において、魔法使いの血統は一般人よりも有利よ。でもね、普通に生活する分には魔法なんて使わないし、使えたとしても、何か一つだけでじゅうぶんに事が足りるのよ。たとえば、パンを売って生活するパン屋さんが『オルピープ』を使えたってしょうがないでしょ? そりゃあ、いろんな魔法を覚えておけば、いつかは何かの役に立つかも知れないけど、大抵の場合は持て余して使わない。それよりも、パン屋さんなら火の魔法を一つ覚えて、毎日使うかまどに火を入れる方が、ずっと役に立つと思わない?」


「そ……それは、はい……たしかにそのとおりだと思います……」


 九郎は一言も反論できす、渋い顔で頭を下げた。


「まあねぇ、誰だって、他の人が使う魔法はすごそうに見えるから、多くの魔法を使える人をうらやましく思うし、その気持ちは、マータの実力を見てきた私にもよく分かる。だけど、たった一つの魔法でも、それを上手に使いこなす方が、多くの魔法を覚えるよりも価値があると私は思う。クロウは、そういうふうに考えることはできない?」


「……ああ、そうだな」


 ケイに微笑まれ、九郎は照れくさそうに頬をかく。


「つまり、器用貧乏よりも、プロフェッショナルの方がすごいってことだろ。それはたしかに、オレもそう思う。魔法を覚えられる数に限度があるなんて知らなかったから、ちょっとへこんで卑屈になっていたよ。ごめんな、嫌味っぽいこと言っちゃって」


「別にいいわよ。そういうの、けっこう慣れっこだから」


 ケイは白い指で、九郎の額をツンと押した。


「それで、クロウが覚えた魔法って、どんな魔法? 基本的な魔法なら応用はいくらでも利くから、覚えて損はないはずよ」


「へぇ、そうなんだ。それならよかった。せっかく覚えた魔法がハズレだったら、ちょっと立ち直れないところだったからな」


 言われて、九郎はほっと息を吐き出す。


「えっと、オレが教えてもらったのは、初歩的な魔法の『アタターカ』ってヤツだ」



「えっ、アタターカ?」



 ケイはきょとんとまばたいた。


「そうそう、アタターカ。いつでもどこでもあったかい食事ができるというすごい魔法なんだけど、ケイさんなら知ってるだろ? これってどういうふうに応用できるんだ?」


 九郎は目を輝かせてケイを見る。


 しかし白衣のヒーラーは、なぜか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、

 目線を横に逸らしていく。


「……ねえ、クロウ。その魔法ってもしかして、サーネに教わったのかしら」


「ああ、そうだよ。酒場でメシを食った時に教えてもらったんだ。授業料として銀貨二百枚も請求されたけど、その分の価値はあるんだよな?」


「さあ、どうかしら。私、その魔法は知らないから、よく分からないわね」


「……?」


 ケイは明らかに仏頂面。

 九郎は首をひねって、ふと尋ねる。


「ケイさん? どうしたんだよ。急にそんな変な顔をして」


「別に。何でもないわ。そんなことより、マータの精神体に刻まれた契約を確認するわよ」


「え? あ、ああ……。それじゃ、よろしくお願いします」


(何だ? ケイさんって、サーネさんと仲が悪いのか?)


 九郎は疑問に思ったが、何も訊かずに口を閉じた。


 ケイもすぐに気を取り直し、再びマータの胸に右手をかざす。


 すると、手のひらの前に青い魔法陣が浮かび上がった。

 同時に青いスパークが右腕全体に走り始める。

 ケイはそのままこぶしを握り、静かに意識を集中する。

 

 そしてこぶしを開いた瞬間――手のひらをマータの胸に素早く押しつけた。



「うおっ!」



 九郎は思わず目を見張った。


 ケイの手がマータに触れたとたん、無音の青い火花が激しく飛び散った。

 さらに腕のスパークが一気にマータへと流れ込む。

 青白い火花は瞬時に鉄の体を駆け巡る。

 そしてすぐに大気に飛び出し、溶けて消えた。


「――はい、出てきたわよ」


 ケイが鉄の体から手を離すと、

 青い光の塊がマータの胸から抜け出てきた。

 それは次第に薄い紙のように変化して、宙にふわりと留まった。


「えっと、どれどれ……?」


 ケイは青い光のペーパーを手に取り、目を通す。


「……ああ、やっぱりね。マータはアルバカンの王に頼まれて、召喚の儀式を行ったみたい。呼び出す英雄の条件は――って、あら? 何これ? 英雄じゃなくて、救世主って書いてあるわね」


「はあ? 救世主? オレが?」


「まあまあ、ちょっと待って。この契約書、何だか不安定で読み取りづらいのよ。えっと……召喚する救世主の条件は、知識と知恵と勇気、それと、どんな状況にも揺るがない強い意志を持つ者――」


(何じゃそりゃ……。そんなの、オレ以上の人間なんてゴロゴロいるだろうに……)


 九郎は思わず、呆れ顔でため息一つ。


「――それで、契約内容は、期限内に魔王を倒すこと」


「はい、ムリです。ムリムリ。むちゃ振りキマシター」


「クロウ、ちょっと黙ってて。意識を集中しないとオルピープが切れちゃうんだから。それで、報酬は――」



(なにっ!? 報酬!?)



 その瞬間、九郎はケイにすり寄って耳を立てた。


「期限内……に、魔王……サザラン帝国の皇帝を倒したら、アルバカンの王から金貨一万枚と貴族……の称号。それと、北西の城を一つと領地を与える。もしくは、マータが望みを一つ叶える――って、あら? 何これ? どういうこと?」


「え? ど、どうしたんだ?」


「えっと、それがね、ちょっとこれを見て」


 ケイはきょとんとしながら、青い光の紙を向けて、中央付近を指さした。


「……うん? 何だこれ? そこの一行だけ、横に棒線が引かれているけど」


 九郎の顔に困惑が浮かんだ。


 光の紙は、たしかに契約書のように横書きで文字が並べられていた。

 それは十三の条件で構成されていたが、そのうちの一行が、

 なぜかただの棒線になっている。


「そうなのよ。これはたぶん、削除された文章だと思う」


「削除? それって、用意されていた何かの条件が、キャンセルされたってことか?」


「たぶん、そういうことだと思う。それで問題なのは、『契約が合意に至らなかった場合、呼び出された英雄は元の場所に送り返す』という条件が普通は入っているはずなのに、それがどこにも見当たらないのよ」



「……あー、はいはい、オッケーオッケー。なるほどなるほど、そういうことか」



 九郎はいきなりこぶしを握りしめ、目に力を込めてマータを見た。


「それはつまり、こういうことか。その、元の場所に戻すっていう文章が、なぜか削除されてしまった。だからオレは地球に戻れなかった。それでミカン畑のハゲオヤジにセクハラされたってわけだな――って、ッザッけんじゃねぇぞゴラぁぁぁーっっ!」


 唐突に、堪忍袋の緒が切れた。


 九郎は怒りに目を血走らせ、腹の底から怒号を吐いた。

 さらにほとばしる感情に身を任せてマータの首をねじり取り、

 全力で頭突きを食らわせた。


「おいこらババアーッ! なんでそんな大事な文章だけがキャンセルされてんだぁーっ! あぁんっっ!? テメーマジでブッコロスぞコノヤロぉぉーっっっ!」

 

 九郎は絶叫しながら鉄の頭を殴りつけた。


 さらに殴って殴って殴りつけた。

 ポイっと捨てて全力で蹴り飛ばした。

 鉄の頭部は壁に激突。わずかにめり込み、床に落ちて転がった。



「――っだぁぁぁーっ! こンのドちくしょぉぉぉーっっっ!」



 九郎はあらん限りの声で叫んだ。


 そしてすぐに床に崩れ、四つん這いになってぼろぼろと涙をこぼす。


「……クロウ」


 ケイは床に膝をつき、そっと九郎の肩に触れた。


「クロウが落ち込む気持ちは分かるわ。そして、こんな時にこんなことを言うのも何だけど、実は契約書の中の一文が、もっと大きな問題なの」


「……はひ?」


 九郎はくしゃくしゃになった泣き顔を上げる。


 ケイの眼差しは真剣だった。


「実はね、どうやらこの魔法契約は、完全にクロウの存在を縛っているみたいなの。別の星から来たクロウが私と普通に会話できたり、この星の文字が読めたりするのは、光の柱がクロウの精神体に、意思の疎通が可能になる魔法を刻み込んだからよ。そしてそのせいで、クロウの体が爆発して消滅しても、光の柱はマーキングしていた精神体を強引に確保して、この星まで連れて来ることができた。だけど、クロウの肉体がなくなってしまったから、元の場所に送り返すという文章が自動的に削除されたんだと思う。つまり、何が言いたいのかというと、召喚の儀式はクロウという存在を、曲がりなりにも交渉のテーブルまで送り届けていたということなの。そしてね、ここからが重要なんだけど、さっき、報酬の話をしたでしょ?」


「……報酬? それってたしか、金と称号と城と領地。それか、一つだけ何でも叶えるって……」


「そう。問題なのは、マータがクロウの望みを一つ叶えるってやつ。その報酬が既に支払われてしまったから、クロウは召喚の魔法契約に縛られてしまったのよ」


「……はひ? 支払われた……?」


 意味が分からなかった。

 九郎は首をひねってパチパチとまばたいた。


「だからね、その報酬っていうのは、その体のことよ。マータはあなたに、ニクアナザーの魔法を使ったでしょ? それで召喚の魔法契約は、それがあなたの望みだと認識してしまい、あなたが契約の報酬を先に受け取っちゃったと判断したのよ」



「なんっ……だとぉぅ……!?」



 九郎は四つん這いのまま目を剥いた。


「それでさっきの話に戻るけど、契約書の中の一文が大変なの。もし、契約を交わしてから期限内にサザランの皇帝を倒せなかった場合は、『召喚された救世主の命は自動的に消滅する』って書いてあるのよ。マータがこんな条件を入れるはずないから、おそらくアルバカン王が儀式陣の中に組み込んでいたんでしょう。きっと、救世主が魔王討伐に失敗した場合に、自分たちは無関係だと言い張るための口封じね」


「ちょ……ちょっと待って……。それってつまり……」


 九郎の口は、わなわなと震えていた。


 ケイは無言で一つうなずき、九郎からそっと目を逸らす。


「そ……それはつまり……魔王を倒せなかったら、オレは死ぬってことか……」

 

 泣き顔が、さらにくしゃりと悲嘆に歪んだ。


「そ……それじゃあ、その期限って、いつまでなんだ……?」


「それが――」


 ケイはいったん口を閉じた。

 それから、九郎をまっすぐ見つめてぽつりと告げた。


「あと、二十八日よ」



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