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第二章 7



「――ああ、なるほど、そういうことね」


 九郎に続いて寝室に入ったケイは、ぽんと両手を一つ打った――。



 マータの家の寝室は、暖炉のある居間と同じくらい広い造りになっていた。

 部屋の奥の方に大きなベッドが一つ置いてあり、

 その上に黒い鉄の塊と化したマータが横たわっている。


 マータの頭の下には大きな枕が差し込まれ、

 砕けた首には革が巻かれて補強されている。

 しかし、体は真上を向いているのに、首は真横を向いている。



「はい、こういうことなんです……」


 九郎はベッドの脇に置いていた素焼きの壺を手に取り、ケイに見せた。


「何だかよく分かんないんですけど、オレが婆さんの肩をつかんで振り向かせたら、いきなり頭がもげちゃったんです。それでとりあえず、この壺の中身を塗って首をくっつけたんですけど、頭がすぐに落ちてしまうので、ここまで運んで寝かせたんです……」


「あー、うんうん、大丈夫、大丈夫」


 ケイは軽い口調で答えながらベッドに向かう。

 そしてマータの首を両手で挟み「……ふんっ!」と強引に角度を直した。


「その壺の中身って、ニクアナザーの秘薬でしょ? だったらこれで大丈夫。魔法の鉄が折れるなんてすごく珍しいけど、こうやってくっつけとけば、そのうち治るはずだから」


「そのうち治るって……え? それじゃあ、まだ死んでないのか?」


「ええ、死んでないわよ。というか、マータの体は滅多なことでは死なないから」


「死なない……? でもそれじゃあ、何でいきなり鉄になったんだ?」


「うーん、それなんだけどねぇ……」


 ケイは化粧台の椅子をベッドサイドに運んで九郎を座らせ、

 自分はベッドの端に腰を下ろして言葉を続ける。


「マータはね、大賢者という肩書の他に、『鉄の魔女』という異名を持っているのよ」


「鉄の魔女……?」


「そうよ。見てのとおり、自分の体はもちろん、ありとあらゆる物質を魔法の鉄に変化させることができるから、そう呼ばれているの。で、何でマータがいきなり鉄になったかというと、たぶん、魔法を使う精神力が底を突いたからだと思う」


「魔法を使う、精神力?」


 九郎は眉を寄せて首をかしげた。


「クロウはどうやら知らないみたいだから説明するけど、このバステラという惑星は、精神力をエネルギーに変換する力場で覆われているの。私たちの周りには、目には見えないけど空気があって、光があって、熱があって、引力があるでしょ? それと同じように、精神力に反応する『感応粒子』、いわゆる『シメレント』という、精神共鳴元素が存在するのよ」


「精神共鳴元素……シメレント……?」


 思わず呟いた九郎の声に、ケイはうなずき、話を進める。


「魔法というのはね、その感応粒子が、ヒトの精神に反応して作用する現象のことなのよ。だから精神力が弱い人は魔法が使えないし、魔法が使える人は、魔法を使っていると精神的な疲労がどんどん蓄積していくの。そのため、魔法を使い終わると同時に、どっと疲れに襲われるのよ」


「それはつまり、魔力というのは、精神力と同じ意味ってことか」


「そうそう、そういうこと。たとえばほら、面倒な仕事が終わった時に『あ~、つっかれたぁ~』って思うでしょ? あんな感じね」


「なるほど……。魔法を使うと、体を動かすのと同じように疲れるってわけか」


「一言で言うとそうなんだけど、魔法は体を動かすよりも危険なのよ。あまり強力な魔法を使うと、精神力が一気になくなって、即死することもあるの」



「えっ!? 即死っ!? マジでっ!?」



 九郎は目を見開いてつばを飲み込んだ。


「ええ、もちろん大マジよ。だからマータみたいな大賢者は、そういう即死を回避するために、リミッターをつけているの。精神力が底を突きそうになった時に備えて、自分の命を守るための安全装置を常に作動させているってわけ。それで、マータはおそらく、何か大きな魔法を立て続けに使ったせいで、思いがけず精神力が切れてしまった。だから安全装置が働いて、体を鉄に変えて守ったんだと思う」


「なるほど、そういうことだったのか……。つまり婆さんは、オレの体を作ったせいで魔力が切れてしまった。だから鉄になったってわけか」


「まあ、おそらくそういうことでしょうね。だけどここで、疑問が二つ」


 ケイは指を二本立てた。


「たった一度の魔法で、マータの精神力が切れるとは思えない。それと、どうしてクロウの体を作る必要があったのか。その答えはマータに訊かないと分からないけど、推測することはできる。だからクロウ――ちょっとついてきて」


「え?」


 言うが早いか、ケイはベッドから立ち上がり、寝室から出ていった。


 九郎も慌てて追いかける。

 

 すると白衣のヒーラーは外に出て、広い前庭の中心で足を止めた。

 そして、分厚い灰色の雲で覆われた空の彼方を指さして口を開く。


「――クロウ、見て。あっちの方角にはアルバカンという国の王都、アーラバ・カーンがあったんだけど、それが先日、いきなり爆発して消滅したの」


「爆発して、消滅……?」


 九郎も空の彼方に目を凝らす。


「……ああ、そういえば、村役場のメガネさんが、そんな話をしていたな。たしか、アルバカンのどこかが爆発して、大勢の人たちが別の国に移動しているとか」


「そうよ。今はもう消えちゃったけど、あの時は巨大な雲が天まで伸びて、空を覆い尽くしたの。そして、その爆発が起きる直前、王都に光の柱が立っていたのを、大勢の人が目撃しているの」


「えっ? 光の柱って、まさか……」


 九郎は、はっとして両目を見開いた。


「私の推測だと、その光の柱はおそらく、召喚の儀式で発生した現象だと思う。アルバカンはサザラン帝国と戦争中なんだけど、かなりの連戦連敗で、もうあとがないほど困っていた。だからたぶんアルバカンの王は、マータに頼んで召喚の儀式を行ったのよ」


「召喚の儀式? 儀式って、魔法とは違うのか?」


「あれは大魔法であると同時に儀式だから、ほとんど同じ意味よ。召喚の儀式とは、特定の条件を満たす人間を世界のどこかから呼び寄せて、契約を交わす特別な魔法なの。だけど、一人の人間の精神力で発動させることはほぼ不可能。だから、精神力を補うために特殊な魔法陣を使って、過去の大賢者たちが大気の中に織り込んだエネルギーをかき集めるの。そうやって、様々な大賢者たちの作法や形式を組み合わせるから、儀式と呼ばれているわけ」


「ちょ……ちょっと待ってくれ。今、特定の条件を満たす人間を、世界のどこかから呼び寄せるって言ったよな? それじゃあまさか、その、何日か前の儀式で呼び出された人間ってのは……」


 九郎は白衣のヒーラーを凝視した。


 するとケイもまっすぐに見つめ返し、こくりとうなずく。


「私の推測では、おそらくクロウ。あなただと思う」



「ンなっ……!?」



 九郎は言われたとたん、体がよろけた。

 膝に手をついて支えたが、背すじを伸ばす気力が出てこない。


「な……何でオレみたいな一般人が、そんなすごそうな儀式で呼び出されなくちゃいけないんだよ……」


「それはあとで調べるとして、とりあえずちょっと考えてみて」


 ケイは指を一本立てて、話を続ける。


「いま確実に判明していることは、マータがクロウの体を作って、鉄になってしまったことだけ。ではなぜ、強靭な精神力を持つマータが、たった一度の魔法で鉄に変わってしまったのか」


「……それはつまり、マータはオレの体を作る前に、別の魔法で精神力をかなり消耗していたってことか?」


「そう。大賢者であるマータがそこまで精神力を減らしたのは、大魔法を使ったからとしか思えない。そして数日前に、召喚の儀式で発生する光の柱が現れた。このアンラー・ブールの大陸で、あの儀式を行える人間は三人のみ。大賢者カラプールは四獣の森に隠れ住み、大賢者ミスタパンは所在不明。つまり、今回の儀式を行ったのは、マータの可能性が一番高い。そしてマータは、召喚の儀式のあとに、少ない精神力を振り絞ってクロウの体を魔法で作った。だけどなぜ、大賢者であるマータが、鉄になってしまう危険を冒してまでそんなことをしたのか。この疑問を時系列で推測すると、答えは一つ。召喚したクロウに体がなかったからとしか思えない。ではなぜ、クロウの体がなかったのか。それはおそらく、何らかの理由で、召喚した体が爆発してしまった。それで王都が消滅した。――今回のことは、おそらくそういうことじゃないかと私は考えている」


 言って、ケイは口を閉じた。



 冷たい風が吹き抜けて、二人の服を揺らしていく。



「……なるほどな」


 九郎は地面に目を向けたまま、低い声で同意した。


「そうだな。ケイさん、あんたの推測は正しいとオレも思う。理由はまったく分からないが、オレはあの光の柱に拉致されて、アルバカンの王都に連れていかれた。そして精神体だか魂だか知らないが、マータはそれを拾ってオレの体を魔法で作った。たぶんそこまでは正解だ。まず間違いないだろう。ただし――爆発の経緯だけは違うと思う」



「違う?」



 白衣のヒーラーは眉を寄せて首をひねった。


「それじゃあ、クロウには、あの爆発の原因が分かるの?」


「……ああ、たぶん分かる」


 ふらりと上体を起こし、九郎はもう一度空の彼方に目を向けた。


「――オレは、地球という星にいたんだ。そこで光の柱に捉えられ、宇宙の海を渡ってこの星まで来た。だけどその途中で、オレの体は凍りついて爆発したんだ。つまり、この星に到着する前に、オレの体は既になかったんだよ」


「チキュウ? それじゃあクロウは、別の星から来たの? そしてこのバステラに着いた時には、もう既に体がなかったってこと? だったら、あの爆発はいったい……?」


「それはおそらく、精神体ってヤツのせいだ」


「精神体? でも、ただの精神体に、あんな大爆発を起こせるとは思えないけど」


「いや、できる。単純な原理だ」


 答えながら身を屈め、足下の小石を拾い上げる。


「オレはこの少女の体になる直前、鏡で自分の精神体とやらをたしかに見た。つまり、精神体には質量があるってことだ。そして、あの光の柱は間違いなく、光の速さを超えたスピードで、オレの精神体をこの星まで連れてきた。それが単なる超光速なのかワープなのかは知らないが、とにかく、質量のある物体が、ものすごい速度で地面に激突すると、巨大なエネルギーが発生するんだ」


 九郎は手の中の小石を握りしめ、地面に向かって投げつけた。


 小石はわずかに湿った土に穴を穿うがち、めり込んだ。


「……つまり、隕石と同じだ。おそらく精神体の質量は、ほとんどゼロに近い微量だったんだろう。光の速度で大地に激突して、都市の一つが消滅しただけで済んだのはそのせいだ。もしもオレの肉体が残っていて、光の速度で地表に衝突していたら、この星は砕け散っていたと思う」


「それはつまり……」


 ケイはめり込んだ石を見ながら口を開く。


「光の柱がクロウをものすごい速度で連れてきたから、精神体が大地に直撃して、アルバカンの王都を消し去ってしまったわけね……」


「ああ、そうだ。たぶん、そういうことだと思う」



「それはつまり、王都アーラバ・カーンに住んでいた人たちを皆殺しにしたのは、クロウってわけね……」



「……ん? んんん?」



 その瞬間、九郎はぱちくりとまばたきをした。


「ああ、何てむごいことを……」


 ケイは顔を背け、うれいの息を吐き出した。


 その姿に、九郎は慌てて手のひらを向けた。


「えっ? いや、ちょっと待って? ほんとちょっと待って? それは何か違くない?」


「ああ、ごめんなさい。別にあなたを責めるつもりはないの。でもね、あの王都には一万人以上の人が暮らしていたはずなのよ。だからね、それだけの尊い命が無残にも散ってしまったのかと思うと、さすがにね……。あ、でも、安心して。歴史に残る大虐殺の真犯人がクロウだということは、誰にも言わないでおいてあげるから」


「いやいやいやいや、ちょっと待って? ほんとちょっと待って?」


 九郎は顔面を強張らせながらケイに近づいた。


「えっと、何かものすごーく誤解しているみたいだから説明するけどさ、いいか? たとえば、どっかの国がミサイルを撃ったとする。それが海に落ちて魚を一匹殺したとする。そして、その魚を殺したことを罪とする。だけどその場合、ミサイル自体に罪はないだろ? 悪いのはミサイルの発射ボタンを押したヤツなんだから、ミサイルは悪くないって、それぐらいは分かるだろ?」


「うーん、そうねぇ……そのミサイルってのがよく分からないんだけど、たぶん、ミサイル自体も悪いんじゃないかな? だって、ミサイルがなかったら撃てなかったんでしょ? ミサイルが撃てなかったら、魚も殺されずに済んだわけでしょ?」


「いやいやいやいや、ちょっと待って? ほんとマジでちょっと待って? 武器自体が悪いだなんて、そんなこと言い出したらキリがねーだろ。やろうと思えばスプーンでだって人を殺せるんだし、両手に握ったマグカップで撲殺だってできるんだから。その場合でも、スプーンやマグカップが悪いだなんて、本気で言えるのか?」



「言える」



 ケイは真剣な顔で言い切った。


「凶器を憎んで、人を憎まずって言うでしょ?」


(言わねー……ぜってぇ言わねー……)


 九郎はそう言おうとしたが、開いた口が塞がらず、

 声がまったく出てこなかった。


「まあ、でも、大丈夫よ。もしもアルバカンの人たちに、王都を破壊した犯人が誰なのかバレたりしたら、そりゃあもう、どんな大騒ぎになるかぐらい、私にだって容易に想像できるからね」


 ケイは九郎に近づき、顔を寄せてにこりと笑った。



「だから――黙っていて、あげるわね」



(こ……こいつはまさか……)


 九郎はヒーラーの目をのぞき込みながら、おそるおそる口を開く。


「あ……あんたまさか……オレのことを脅してんのか……?」


「いやぁねぇ、そぉんな、まぁさかぁ。ヒーラーのこの私が? クロウを脅す? あらあら、まあまあ、そぉーんなこと、すぅーるはずが、なぁーいじゃなぁーい」


 わずかにおどけた表情。芝居がかった物言い。

 しかしケイの目は笑っていなかった。


 九郎は背すじに冷たい何かを感じながら、

 思わずごくりとつばを飲み込んだ。


(い、いや、こいつはやる……。この目は……この、底意地の悪そうに黒光りしている茶色い瞳は、絶対に間違いなくオレを脅していやがる……)


 九郎は上目づかいでケイを見ながら、唇を尖らせた。


「た……たとえ脅さないとしてもだ。一応言っておくが、そんなモンは脅しのネタにならねーからな。あんただってほんとは分かってんだろ。スプーンやマグカップと同じで、オレ自身は何も悪くない。ちゃんと説明すれば、誰だってそれぐらいは理解できるはずだからな」


「ええ、たしかにそうね。それぐらい、私にはちゃーんと分かっているわよ。……だけどね、クロウ。よく考えてみて。本当に、『誰だって』分かってくれると思う?」


 言って、ケイはニヤリと笑う。


「ど……どういう意味だよ、それは」


「いえね、たしかにクロウの言うとおり、このジンガの村の住民は、みな冷静で理性的だから、ちゃんと説明さえすれば大抵のことは理解してくれると思う。でもね、アルバカンの人間っていうのは、とても感情的で被害妄想が激しいのよ」


「ひ……被害妄想……?」


「ええ、そうよ。何しろ、馬車を追い抜かれただけでカチンときて、殴り合いのケンカを始めちゃうぐらいなんだから。しかも国民の半分以上が、茶色い牛のお乳をしぼれば、コーヒーミルクが出てくると信じ込んでいるぐらい知性的なの。そんな人たちに、スプーンやマグカップがどうこうなんていう話、本当に理解できると思う?」


 聞いたとたん、九郎の顔から汗がだらだらと流れ出た。


「そ……それはちょっと、無理そうっすね……」


「ふふふ、無理かどうか、試してみる?」


 ケイの白い指先が、九郎の滑らかな頬を軽くつつく。


 九郎は顔面を引きつらせながら、目線を横に逸らして口を開く。


「す……すいません、ケイさん。やっぱり今の話は、黙っておいてもらっても、よろしいでしょうか……」


「あぁーら、クロウったらおかしなことを言うのねぇ。私は最初から、黙っておいてあげるって言ってるじゃなぁーい」


「そ、そうっすね……。あ、ありがとうごじゃいましゅ……」


「あぁーら、あらあら、べぇーつにお礼の言葉なんかいらないわよぉ? 今度、ちゃーんと体で払ってもらえれば、それでいいんだからぁ」


「そ、そうっすか……。その時はその……お、お手柔らかにおなしゃす……」


「ええ、ええ、それはもちろん、クロウの見た目は女の子なんだから、優しく取り扱うに決まっているじゃなぁーい」



 そこまで言って、ケイはコホンと一つ、咳払い。



「――だけどまあ、今はとりあえず、家の中に戻りましょうか。アルバカンの王が召喚の儀式で、あなたとどんな契約をしたのか調べないとね」


 急に真面目な顔に戻ったケイは、九郎の頬を優しくなでて、

 ドアに向かって歩いていく。


(やばい……。サーネさんといい、こいつといい、この村の女は、かなりやばいヤツがそろっている気がする……)


 冷たい風が強くなってきた前庭で、九郎は呆然と立ちすくんだ。


 そして、離れていく白衣の背中を見つめながら、もう一度つばを飲み込んだ。



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