第二部(予告) 序章 : むちゃ振りは 言ってる本人 気づいてない
「――ぜんぶ夢だと言ってくれぇーっ!」
目を覚ましたとたん、九郎は声を張り上げながら体を起こした。
すると、周囲は暗かった。
「……何だ? やけに静かだな。それに何だか、妙に暗いような……?」
音のない世界に、九郎はきょとんとしながら顔を上げる。
目に映るのは、高い空。
黒に近い、藍色の空だ。
「やはり外か。夜……じゃないな。星が薄い。夜明け前か。――む?」
ふと何かの匂いが漂った。
どこか懐かしい風が、鼻の前をふわりと優しく吹き抜けていく。
「これは……潮の匂いか? そうか、海が近いのか。潮風なんて、久しぶりだな」
九郎は胸いっぱいに息を吸い込み、細く長く、ゆっくり吐き出す。
とたんに腹の底から元気が湧いてきた。
よしっ――と一つ気合いを発し、勢いをつけて立ち上がる。
そしてくるりと振り返り、周囲の景色に目を凝らした。
瞬間――度肝を抜かれて、すっ転んだ。
「ンなっ!? ンなにぃーっっ!?」
目の前の光景に、思わず目玉が飛び出しかけた。
九郎は尻もちをついたまま、ごろりと後ろにでんぐり返る。
さらに腰を抜かしながら後ろに下がり、視線を四方八方に飛ばしまくる。
「こっ! ここはまさかっ!?」
はっ、と気づいて地面を見た。
見たとたん、驚愕した。
見ただけでは信じられなかった。
九郎は手のひらで何度も叩き、感触を確かめた。
しかし、やはりそうだった。
黒くて平らな地面だ。
近くを見ると、白いラインがいくつも整然と引かれている。
「こっ! これはやはりアスファルトっ! どどどっ! 道路だっ! 道路に間違いないっ! それじゃあっ! やっぱりっっ!」
九郎はもう一度顔を跳ね上げた。
目の前には、道路を横切る立派な歩道橋がある。
その奥には、屋上が緩やかに湾曲した二棟の高層ビルに、
四角い高層ビルが見える。
すぐ右手には横長のビルが二棟。
そして、ひと際巨大な超高層ビルがそびえ立っている。
九郎は口をぽかんと開けた。
そしてそのまま、視線をゆっくり地面に下げる。
よく見ると、九郎は片側三車線の交差点にへたり込んでいた。
周囲には信号機が六つある。
道路標識は多すぎて数えきれない。
「ちょ……ちょっと待て。ここは……見覚えがある……。ここはまさか……」
九郎は呆然と立ち上がり、ふらふらと歩き出す。
歩道橋に設置された信号機の上には、交差点名の標識が設置されている。
しかし、夜明け前の空の下。
世界はまだまだ薄暗く、遠目では読み取れない。
九郎はゆっくりと近づきながら目を凝らし、標識の文字を読む。
そこにはよく知る地名が書かれていた。
「やはり……ここは、オレの街……」
九郎はごくりとつばを飲み込む。
「まさか……嘘だろ? まさか地球に……日本に戻ってこれたのか……? ははっ……嘘だろ、マジかよ……」
次第に笑みが浮かんでくる。
直後――感情が爆発した。
「うおおおおおおおおおおおおおぉぉーっっ!」
九郎は雄叫びを上げながら、握りこぶしで天を衝いた。
体が自然に動き出し、くるりくるりと回り始める。
「うっひょおおおおぉーっっ! ぃやったぁーっっ! うっほほぉぉーいっっ! マジでぇーっ! マジかぁーっ! うっひょーっ! ぃやったぁーっ! なにがなんだかよくわからんがっ! やったやったぁーっ! とにかくやったぁーっ! ぃよっしゃぁーっ! 早速家に帰ってアニメを見よぉーっとっ! 社会復帰はそれからだぁーっ! イエーイっっ!」
九郎は顔を輝かせながら歓喜の声を張り上げる。
そしてすぐに、彼方に見える高層ビルへと駆け出した。
するとその時――歩道橋の上に無数の人影が突如として現れた。
暗い銀色のローブをまとった百以上の存在だ。
全員がフードで顔を隠し、誰一人として音を立てずに静かに歩く。
そして整然と並び立ち、眼下の道路を無言で見下ろす。
次の瞬間、陽の光が闇を切り裂いた。
フードの奥の無数の瞳が、澄んだ光を静かに湛える。
それらの聖なる眼差しは、喜び勇んで走り去る九郎の背中を、
ただじっと見据え続けた。
本作をお読みいただきまして、まことにありがとうございます。
2018年1月25日より毎日更新してまいりました本作の第一部、全106話、および第二部予告は、本日2018年4月6日の投稿で終了となります。
およそ二か月半に渡りお付き合いいただきまして、まことに、まことにありがとうございました。
本作『めた・りある・はんたずぃ』の更新は、本日をもちまして一時休止とさせていただきます。現在鋭意執筆中の長編小説の脱稿後に、改めて第二部の再開を予定しております。
そして、最後になりますが、重ねて申し上げます。
本作をお読みいただきまして、心より厚く御礼申し上げます。
記 : 2018年 4月 6日 松本 枝葉