第十章 10
「――ンなっ!? なにぃっ!?」
突如として駆け込んできた騎兵隊を見て、九郎は愕然と目を剥いた。
それは数十騎からなる完全武装の部隊だった。
部隊はマータの家の前に素早く展開し、九郎たちの退路を遮断。
さらに村道を駆けてきた騎兵団も前庭に突入。
無数の騎馬が九郎たちを完全に包囲した。
「くそっ! 完全に囲まれたかっ!」
九郎は周囲を見渡し、奥歯を強く噛みしめた。
「おいっ! クロウっ! どうするっ!」
オーラが騎乗したまま声を張り上げた。
コツメはクサリンが乗った馬を背中にかばい、
両手にナイフを握りしめる。
マガクもクサリンを守るように拳を構える。
「落ち着け! 相手は動きを止めた! すぐに殺す気はないってことだ!」
九郎は棍棒を組み立てながら声を飛ばし、騎兵たちを見定める。
(……ほぼ全員、頭から足まで覆うフルプレートの鎧。馬も体の大きな軍馬だけ。武器も統一されている。旗も立派な新品ばかり。オレたちを一瞬で包囲した動きも手馴れている。間違いなく精鋭部隊だ。くそ。アルバカンにも、こんな強そうな部隊があったのか)
「……クロウさん」
不意にマガクが小声で言った。
「私の魔法で一時的に敵を足止めすることが出来ます。その隙に森まで逃げるのはどうでしょうか」
「そいつはいいアイデアだが、マガクさんも動けなくなるってオチじゃないよな?」
「そういうことはありません。ただし効果時間が短いので、可能な限り素早く離脱することをお勧めします」
「よし。それでいこう。クサリンはマガクさんの魔法にマシマシをかけてくれ。敵の動きが止まったら、オーラは先に突っ込んで突破口を開くんだ。そのまま全員で森に逃げ込む。いいな?」
九郎は振り返らずに指示を出した。
四人は即座に小さくうなずく。
その時不意に、村道側の騎兵団が二つに割れた。
九郎はとっさに視線を投げる。
すると馬に乗った二人の騎士がゆっくりと近づいてくる。
「……マガクさん。どうやら向こうの代表のお出ましだ。あちらの出方を少し見るから、魔法の準備をしておいてくれ」
「分かりました」
小声でマガクに指示を出し、九郎は進み出てきた騎士たちに体を向ける。
鎧で全身を覆った二人の騎士は、九郎たちから離れた場所で馬を降りた。
それからすぐにカブトを脱ぎ、鞍のフックに引っ掛ける。
一人は赤茶色の髪を肩まで伸ばした若い男。
もう一人は暗い色の茶髪を短く切った若い女だ。
その二人の素顔を見たとたん、九郎は思わず目を丸くした。
「ンなっ!? なんだおまえらっ!? こんなところでなにやってんだっ!?」
「――はぁ~い、クロちゃん。こんにちはぁ~」
長い髪を首の後ろでくくった男はメイレスだった。
銀色の鎧に身を包んだメイレスは、
軽く片手を上げながらゆっくりと九郎に近づいてくる。
メイレスの後ろを歩く女はクンナだった。
イゼロンの外壁上でケンカ別れした時と同じように、
じっとりとした目つきで九郎をにらみつけている。
「おいおい、こんにちはー、じゃなくて、おまえ、こんなところで何やってんだよ」
「ああ、そっか。もう夕方だから、こんばんは、の方がよかったかなぁ?」
メイレスは赤い空を見上げてのんきに言った。
「いや、だから、そうじゃなくて」
九郎は呆れ顔をクンナに向ける。
「おまえ、たしかクンナだったよな? 何でおまえらが、アルバカンの軍隊なんかに入ってんだよ」
「アルバカンの軍隊なんか、だと……?」
クンナは腰の剣を素早く抜き放ち、九郎の目の前に切っ先を突きつけた。
「黙れ。アルバカンを馬鹿にしたらぶっ殺すぞ」
「はあ? 別にバカになんかしてねーだろ」
九郎はとっさに棍棒で剣を弾き、クンナに詰め寄ってにらみ上げる。
「ただ質問しただけで何いきなりキレてんだ? 何いきなりカチンときてんだ、この猿娘は。ケンカ売ってんなら買ってやんぞ? テメーとはまだ決着がついてなかったからなぁ。あぁん?」
「黙れ小娘。何がケンカだ」
クンナも顔を突き出し、九郎をにらみ下ろす。
「おまえみたいな一般人が私の相手になるわけないだろ。いいからその臭い口を閉じて黙ってろ」
「はいぃ? 何だと、コノヤロー。オレは毎日三回歯ぁ磨いて、岩塩でゆすいでるから臭いはずがねーんだよ。テメーの勝手なイメージだけで適当ぶっこいてんじゃねーぞコラ。事実を認識できないほど脳みそが退化してんなら、野生のクマと温泉にでもつかってろ、この猿娘が」
「誰が猿娘だ。おまえの方こそこの状況が理解できないのなら、その下品な桃色の髪を全部剃って、修道院にでも閉じこもってろ。この馬鹿娘が」
「はあ!? も一度言うけど、はあ!? 猿が偉そうにニンゲン様のことをバカ扱いしてんじゃねーぞコラぁ。オレのことが気に入らねーんなら、キーキー言わずにさっさとかかってこいやボケぇ。その茶髪を全部むしって猿山に引退させてやんよぉ、このダボが」
「よーし、いいだろう、よく言った。ならばこの場で切り捨てて、おまえの死体をブタの朝飯にしてやろう。母なるバステラの土に還り、命を育む糧となれ。それがおまえにできる最後の奉仕だ。覚悟しろ、馬鹿娘」
「オーケーオーケー、上等だ、コノヤロー。だったらとことんやってやんよ。ラノベやアニメじゃこういう場合、仲裁が入ってなあなあで終わるのが大鉄板のお約束だけどな、現実はそんなに甘口じゃねーんだよ。死んでも恨むんじゃねーぞ、この猿娘が」
言って、九郎は後ろに五、六歩下がる。
それから風を切って棍棒を構え、クンナの目をにらみつける。
クンナもメイレスから離れて剣を抜き放ち、正面に構えて腰を落とす。
「――おぉ~い、二人ともぉ~。その辺で終わりにしてくんないかなぁ~?」
「メイレスは黙ってろっ!」
のんきな声を出すメイレスに、九郎はピシャリと吐き捨てた。
「この猿娘は最初から気に入らなかったからな。一度きっちりカタにはめておかねーと、こっちの気が済まねーんだよ」
クンナもメイレスの言葉を無視し、九郎の目をにらみ続ける。
二人は互いにジリジリと、すり足で間合いを詰める。
直後――クンナが素早く踏み込んだ。
鋭い切っ先が九郎の胸に襲いかかる。
瞬間、棍棒がうなりを上げた。
迫る剣身を薙ぎ払い、九郎はコマのように体を回す。
そのまま全力でフルスイング。
棍棒がクンナの側頭部をぶっ叩いた。
寸前――クンナはとっさに体を逸らした。
棍棒が鼻先を横切っていく。
直後、剣を肩に構え目を見開く。
眼前には、棍棒を空振りした九郎の脇腹。
刹那に気合いを発し、渾身の一撃を突き下ろす。
瞬間――空振りした九郎の棍棒が大地を突いた。
反動で九郎の体が瞬時に飛び退く。
クンナの剣がギリギリ腹の前を突き抜ける。
全力の一撃が空を切った瞬間、クンナの体が前に流れた。
クンナはとっさに歯を食いしばる。
前のめりで足を踏ん張り剣を引く。
――しかし一歩遅かった。
大きく跳んだ九郎が着地と同時に飛苦無をクンナに放った。
ワイヤーがクンナの剣に素早く巻きつく。
瞬間――気合いとともに九郎の魔言が空を駆け抜けた。
「おらぁーっっ! アタターカっ! アタタぁーカっっ!」
ワイヤーを握る手に黄色の魔法陣が二重に発生。
刹那――炭素鋼のワイヤーが超高速で振動。
クンナの剣が真っ二つに千切れ飛んだ。
「ぃぃぃよぉっしゃぁーっっ! オレの勝ちだぁーっっ!」
九郎はこぶしを天に突き上げ、腹の底から勝どきを上げた。
瞬間――クンナが三歩踏み込んだ。
間合いを詰めながら剣を捨て、突風の勢いで九郎の腹に拳を突き刺す。
さらに旋風のごとく体を回して空を切り裂き――。
九郎の頭を大地に蹴り落とした。