退職届を受理してから
次の投稿まで時間がかかりそうなので、短編を作りました。いろいろご都合主義です。
「わかった、退職届は受理した。事務的な手続きは明日、退職日は明後日でよいな」
「はい課長、お世話になりました」
部下は、満面の笑みで答えた。こいつはかわいいし寿退社か、気に入っていたのだが残念だ。
「退職して今後君はどうするのだ」
まあ、すぐに結婚するのだろうが。
「のどかな場所で自由に暮らすのが夢だったのです。それを叶えます」
「そうか、結婚相手は農家の人とかなのか」
なぜか部下は、びっくりした顔をした。
「え、え、結婚なんてしませんよ、彼氏だっていたことも無いのに・・・」
なに!それだけかわいいのに彼氏すらいないとは驚きだ。
「ああそうなのかすまない、君くらいの年でやめる理由は結婚だと勘違いしてしまった。しかし、君は性格も悪くないし、ちょっと抜けているところもあるが、かわいいからよってくる男などごまんといると思ったのだが、見る目がないものが多いのだな」
「好みの男性は声をかけてくれなかったのです」
この会社の若い男どもは、どうしてかチャラ男が多いからな。俺がもう少し若ければいけるのだが四十代後半では釣り合わんか。
「しかし、結婚で無いなら転職か、同業種に就職するのなら、最低限の守秘義務は守ってくれよ」
「え、違います。働かなくても暮らしていけるようにお金を貯めていたのです。退職金を合わせれば三千万になるはずです。凄いでしょう」
部下は、ちょっと得意げな顔をした。
確かによくそれだけ貯めたものだ。だが、それだけでは足らないな。
「君はいくつかね」
「あ、女性に年齢を聞くのってセクハラです」
ああ、言葉が足らなかったな。しかし、ほほを膨らませるな、お前は小学生か。
「そんなつもりはないよ。では、言い換えよう年金がもらえるまであと何年だ」
「そういうことでしたか。三十年です。一年で百万円使えるのです。月に家賃二万五千、食費一万五千、光熱費一万、電話や日用品三万で合計九十六万円ちゃんと計算しています」
なぜ、その無理がある計画でドヤ顔ができるのか、こいつはこういう所が抜けているのだ。
「その計画は無理が無いか、まず一つ目の疑問だが生命保険には入っていないのか?」
「へ・・・・忘れていました、どうしよう」
おいおい、やっぱりか。
「退職届、返そうか」
「いやです、もうみんなに言っちゃったし、家族にだって、いまさらそんな恥ずかしい。そうだ、保険をやめちゃえばいいのです。そうすればいくらかお金も返ってくるし、大丈夫」
部下の声は尻すぼみになっていく。全然大丈夫には聞こえないぞ。
この考えなしが、俺に相談してくれればもうちょっとましな案があったのだが・・・
「わかった、君が辞めても生活していけるように考えよう。俺に任せろ」
「うわー、頼もしいですお願いします」
彼女の顔に笑みがこぼれ、俺を救いの神がごとく見つめている。
「衣食住について、一つずつ確認していこう。家賃二万五千円だと郊外でも六畳くらいのワンルームになると思うが、確か君の趣味は手芸で部屋がぬいぐるみでいっぱいだと話していたがいいのか」
「じゃ、じゃあ三万にしたら二部屋くらいになりますか?」
涙目で聞いてくるのは反則だぞ。
「ちょっと検索してみたが、三万五千からだな。ずいぶんと予算オーバーになるな」
「・・・」
「うむ、俺の持っている物件なら、古いが二部屋あって二万五千で貸してやれるぞ」
「え、ほんとですか、ぜひお願いします」
「正式には、部屋を見てからでいいからな。とりあえず生活拠点は決まったな」
「はい、ありがとうございます。課長はいい人ですね」
こら、無邪気な笑顔を向けるな。心が痛むじゃないか。
「次の問題に移るぞ。食費一万五千円は少ないと思うが、どういう基準で決めたのだ。
「あ、はい、お母さんに食費は毎月六万円だと聞いて、四人家族だから一万五千円で大丈夫だと思いました」
「そうか、だが君のお昼のお弁当箱はずいぶん大きいようだが、ご家族もいっぱい食べるのかな?」
「いえ、弟は年が離れていて、まだ小さいから私ほどではないし、両親も小食です」
「それでなぜ一万五千円で大丈夫と思った。最低でも二万円以上ではないのかね」
「う~ん、じゃあ一万八千円、これなら予算内に納まるし、少し我慢すれば・・」
こら、悲しそうな顔をして、俺を見るな。虐めているみたいじゃないか。
「大丈夫だ、さっき紹介した部屋は俺の家のすくそばにある。食材はこちらで用意するので、気が向いた時だけでもいいので、君と俺の昼食の弁当を作ってくれ。一食浮くからその予算でも腹いっぱい食べられるだろ。どうかな?」
「男の人の家にいくのはちょっと・・」
「作る場所は君の家でもいいのだが?」
「それならいいです。何とかなりそうな感じがしてきました」
いや、実際この程度ではどうにもならないのだが・・・
「では次だ、電話と日用品が三万円なのは、どうやって決めたのだ」
「それは簡単です。いつも自分が使っているお金が大体三万円くらいなのです」
「ほう、共同で使うシャンプーや洗剤のようなものは自分で買っており、その他の物もご両親に買ってもらったりしてないのだね」
「あ・・・・・」
「大丈夫だ、まず電話から見直してみよう。君の電話はTTNのスマートフォンで毎月の基本料金はだいたい五千円のはずだ、これを千五百円の会社に変更する」
「でも、私よく分からなくて・・・」
「安心しろ、全部俺が教えてやる」
「だったら、オッケーです」
「これで衣食住は、何とかなりそうなのだが、最大の問題が残っている」
俺は、真剣なまなざしで部下を見た。
部下は、息をのんで見つめ返してきた。
「まだ、あるのですか?」
「最大の問題は国民年金保険料と国民健康保険税だ、特に年金がやばい」
部下は緊張の面持ちで俺を見つめている。
「年金は年間二十万、健康保険はこの町では年間一万三千円だ」
部下にとっては絶望的な金額だったのだろう若干青ざめている。
しかし俺はさらに追い打ちをかけるようなことを言わなくてはならない。
「ほかにも問題がある。君が持っている原付の維持費が年間五万以上だ。しかもここまでの計算は将来物価が上昇することは、まったく考えていない」
「そんな・・」
泣きそうな顔もかわいいな、ちょっといじめたくなる・・・ハッ、違うだろう。
「かなり厳しい状況だが希望もある。聞きたいか?だが相当の覚悟がいるぞ」
部下は、胸の前で両手を握ってゆっくりと頷いた。
揺らぎのないよい目だ、覚悟ができたようだ。
「俺と家族になればいい」
よく分かっていないのか小首を傾げてこちらを見る。
俺は、説明を続ける。
「養子に迎えられればいいのだが、未婚の俺では無理がある。だが、未婚であるため結婚すれば俺の家族になれる。これですべての問題は解決できる」
「えーーーーー!結婚・・・待ってください、いきなりそんなことを「まて、誤解するな書類上結婚するだけでいいのだ。いっしょに住む必要はない!」」
俺は重要な部分を強調した。
「※※※※※※※??????」
「書類上だけでも結婚するのは、君にとって苦痛であろうとは思う。だがこれによって、年金と健康保険は一切支払う必要がなくなる。そして、原付だが私の原付を使えばいい。保険は誰が乗って事故をしても支払われる契約をしている。俺はたまにしか使わないから普段は君が使って問題ない。物価上昇率だが、昼の弁当の準備だけでなく三食用意してくれれば、食費は不要になる」
俺は立ち上がって部下の手を取った。
「だから、俺と結婚しよう」
部下の顔が赤く染まる。
「あの、その、えっと・・・よろしくお願いします」
その後、結婚届に必要な書類等の話をした。
-翌日-
「ねえ美鈴、ワイルド系のイケメン部長と結婚して寿退社するってほんと?」
・・あれ、どうしてこうなった?
実際には、働かずに食べていくには中古住宅をかって、年間百五十万円くらい用意できれば普通に生活できそうです。