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響也の天才の秘密

作者: 藤馬
掲載日:2017/08/29

天才ピアニスト響也の子供の頃の話。

芳子は町のピアノ教室の先生である。時々友人らとコンサートを行うが、ほとんど自宅のピアノ教室で生計を立てている。それは、芳子は子供にピアノを教えることが大好きだからであり、自分の天職と考えていた。子供の扱いが上手で、評判を聞いて、先生を変える子供もたくさん来る。しかし、それによって、普通では扱いにくい子供もたくさん来た。一対一のピアノのレッスンでは、いわゆる先生と生徒の相性というものがあるが、きちんと練習する子はだいたい先生にとっては扱いやすいし、生徒からすると、ピアノが好きでなかったり、厳しい先生は嫌いだから、相性などという理由は、実は相性というものではない場合が多い。

神妙な顔の親とともにやって来た響也という男の子もそんな感じで、驚くほど次々と先生を変えていた。どの先生も響也の才能に目を見張り、将来大ピアニストになる可能性があるからと、熱心に指導するが、熱心になればなるほど、どうも響也の方が先生を嫌いだといい出すのであった。親の明子は教養を身につけさせるために響也にピアノを普通に習わせたが、響也はピアノがすぐに好きになり、家のグランドピアノでもよく自分一人で練習するのであった。だからメキメキと上達したが、やがて先生のところには行きたくないと言い出し、それは頑固であった。なぜ、そんなに頑固に行きたがらないのか、全く理解不能であった。しかし、自分の子供の才能よりも、我が子のピアノ演奏が気に入っていた明子は、将来のことよりもとにかく今はこのピアノを続けさせたいと思い、嫌だ、行かないというたびに先生を変えたのである。

芳子は通う前に話をしたいという明子に、ここへ来た経過を聞かされたが、単純に厳しい練習が嫌になったのだろうと思った。

「とにかく、自分で練習すれば十分だから行かないと言い出すと、もう頑固で絶対にいうことを聞かないんです。」

「そうですか。」

芳子は響也の方を向いて、

「先生も嫌われないように、なんとか一緒に頑張れるといいね。」

響也は黙っていたが、緊張した顔をしていた。だいたい新しい先生に会いに行くと不機嫌な顔をしているのに、今日は機嫌が良さそうだったので、明子はほっとした。

「ではね。ちょっと弾いて見てくれる。どんな曲やったいたの。モーツァルト?」

トルコ行進曲を弾き始めた響也の音に、芳子は驚いた。上手な子供の弾くピアノは先生の演奏に似るものであるが、今聴いている演奏、どちらかというと古い感じの弾き方だが、聴いたことがない独特のものであった。さらにその音は心に直接響いて来るのであった。紛れもない天才か、と芳子は思った。時々、音が乱暴になるのは、これから直せば良い、これくらいの未熟さがなければ教える必要はなくなってしまうであろう。

「よく弾けました。とても上手ね。前の先生にも言われたでしょう。」

「でも、弾きたいように弾かせてくれなかったから嫌い。」

「弾きたいようにって。自分が感じるように弾きたいってこと?」

「うん。」


音楽が好きで、熱心に練習する子供は、曲から何かを感じるものだが、それは漠然としているものだ。だから、だいたいは教師が具体的にこう演奏しなさいと教え、そう演奏する。そうすると、もともと子供が感じていたものは忘られてしまうが、やがて大人になり、自分で演奏を模索する段階になると再びそれを見出すようになる。もちろん、子供の頃と同じものを感じるわけではないだろう。

芳子が子供に教えるのが上手なのは、その子供が感じるものを大切にするからであった。そして、それを忘れないようにして補うように指導するのである。だから、大人びた演奏をすることはないが、のびのびとした演奏で子供も親も満足するのであった。

響也のそれは、ずいぶん違っていた。かなり具体的に演奏のイメージを持っていたのである。だから、ここはこうしてみたらと言うと、それはいいねと言うときもあれば、それはやりたくないと言う場合もあった。そして、芳子と響也は非常に、明子が驚くほど長く、うまく続いていた。

ある日のこと。

「この部分ね、もうちょっと丁寧に弾いてみて。」

「そんなんだけど。丁寧に弾くと、違うって言われるんだ。」

と言った循環、響也の顔に動揺が現れた。

「違うって、誰が言うの?」

「え、あ、勘違えた。」

「響也君、誰が違うって言うの?もしかして、ずっとそうやって響也君を教えてくれる人がいるのね。」

と芳子は漠然と馬鹿げたことと思いながら言った。

「先生、知ってるの。先生もわかるの。」

「そりゃ、先生だもの。わかるわよ。」

と言ったものの、芳子は自分でも何言っているのだろうと思った。

「顔とか全然違うよね。」

「誰が?」

「モーツァルト。」

「えっ、響也君、モーツァルト見えるの?」

「見えるよ。いつも、教えてくれる。先生はやっぱり見えないの。」

芳子は、急に慎重になった。安易に会話を進めてはならない。そう思った。そういえば、最初の頃、どうしてこんな小さい子が一人でそこまで練習できるのか、と不思議に思った。家で親が教えたりすることもあるから、あまり深くそのことを考えなかった。しかし、今になると全てはっきりした。彼にはモーツァルトが見え、そのモーツァルトが演奏を教えてくれていたのかもしれないのである。

「先生には見えないのよ。でも、なんとなくどう弾くのかだけは、わかるかな。」


いつもではないが、響也には時々作曲家が現れて、曲の演奏を指導してくれるのであった。時々、先生の指導や自分の演奏に作曲家自身が驚き、感嘆することもあった。そして、いい演奏をすると、作曲家は必ず笑顔で現れた。常に自分の演奏を聴いていると響也は思っていた。だから、先生にこう弾けと教えられる前から、響也はそう弾くことができたが、時々、先生がこう弾けと言うことに、作曲家が首を横に振ることもあり、そうなるととても困ってしまうのであった。そのために、このジレンマが一度でも問題に発展すると、もうその先生のところへは行けなくなってしまうのである。


響也と芳子の師弟関係は、ずっと続いたが、芳子はコンクールに出ることを勧めなかったし、響也も出たいとは思わなかった。しかし、音大に進み、評判をとると、自然に演奏家としての道を進むことができた。その頃には現れる作曲家と響也の関係は対等になっていた。世間では仕事を選ぶ演奏家と言われ、一部熱狂的なファンがついたし、教えを受けたいという若者もたくさん来たが、決して大成功を収めた演奏家というわけではなかった。響也は芳子が教えた生徒の数をはるかに超える生徒を教え、音楽界に大きな功績を残したが、終生、芳子を音楽家として尊敬し、弟子に芳子と同じような指導方法をとった。不思議なことに作曲家が見えないのに、自分と同じような演奏をする弟子がいるのであった。


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